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「逃がすんじゃねえぞ!」
「囲め! 相手はあと一人だ!」
「馬を狙うんだよ!」
身なりの汚い男たちが馬に乗り、単騎の騎士を追いかけている。
その騎士は壮麗な甲冑を身に纏っていた。
右手に剣を携え、左手で馬を制している。
騎士の駆る白馬は、白い息を吐きながら走る。
白馬は精悍な体つきをしているが、速度は出ていない。
長い距離を走ってきたのだろうか、足運びに力を感じない。
騎士を追いかけている男たちは8人。
皆同じように不潔な格好をしているが、馬を駆っていた。
ボロボロの兜や、一部が擦り切れている皮鎧などを着ている。
傭兵くずれか、それとも脱走兵か。
どちらにしても、軍隊での訓練を受けた者たちなのであろう。
「撃てェ! 馬にあたりゃあそれで良い!」
男がクロスボウを取り出し、騎士を狙う。
馬に乗りながらの射撃。
そうそう当てられるものではないのだろうが、その男の腕が良かったのか、それとも運が良かったのか、放たれたボルトは騎士の馬に命中した。
馬が鳴き、転ぶ。
馬から放り出された騎士は体を地面に叩きつけられた。
「へっへっへ、ようやく捕まえたなァ」
「この甲冑は高く売れるぜェ」
男たちが下馬し、騎士に近づく。
騎士は落馬したときの衝撃で朦朧としているようだ。
「おいおい、この騎士様……」
「女だぜッ! こりゃあ良い拾いものだなァ!」
騎士が着ていた甲冑は、胸に膨らみがあった。
「キッヒッヒ、久々に女を味わえるぜぇ」
下卑た笑みを作り、男たちは騎士に近づく。
男たちから何とか離れようとする騎士だったが、這いずるのが精一杯だった。
騎士の手には剣はない。
落馬したときに落としてしまったのだろう。
「なぁなぁ、とりあえずここで……」
「そうだな、折角だし俺たちだけで愉しむか」
「それでも8人いるからなァ、どれだけかかることやら」
この状況で尚も騎士は諦めていなかった。
呼吸を荒げながら、それでも這いずり、逃げ――、彼女は地面に刺さっていた“俺”を手にしたのだ。
「おいおいおい、まだ戦えるのかよゥ」
「脚を撃っちまえ」
「穴が増えちまうなァ」
男たちの声を無視し、騎士は俺を構える。
俺の先をしっかりと男たちに向け、呼吸も落ち着きはじめていた。
先ほどまで萎えていた騎士の足は、しっかりと大地を踏みしめている。
二人の男がクロスボウを取り出し、騎士の脚を狙う。
距離は5メートル程、訓練を受けていたであろう男たちがはずす距離ではない。
男が二人同時に引き金を引き、ボルトを発射させる。
二人の男の狙いは正確で、騎士の脚があった場所を射抜いていた。
しかし、ボルトが騎士の場所に到達する頃には、騎士はそこにいなかった。
騎士はクロスボウを持っていた2人の男の頭部と胴体を切り離し、鮮血を浴びていた。
「お、おい」
「何が起きた……?」
「いいから得物を抜――」
言いかけていた男の首が刎ねられる。
事ここに至って状況を把握した男たち。
手にした得物で騎士に斬りかかり、或いは殴りかかるが――。
騎士により、全て切り伏せられた。
いとも簡単に。
追いかけてきた8人の男、その全てが絶命していた。
血で汚れた兜を取り、騎士が素顔を見せた。
短く切った金色の髪。長く伸ばしていれば、さぞ女性らしく美しかったであろう。
細く、角度のついた眉が厳しい印象を与えるが、女性らしい顔立ちが和らげる。
印象的なエメラルドグリーンの瞳からは自らを律する、強い意志が感じられた。
恐らく彼女には使命があるのだろう。
命に代えても成さねばならない使命が。
「一体、今のは……?」
彼女は手にした俺を見つめ、白い息と共に呟く。
俺を手にした彼女は、俺の剣技を再現して見せた。
剣と化した俺を手に取り、振るう彼女はとても美しい。
殺すことを極めた俺の剣技は、肉を斬り、骨を断つその瞬間が最も艶やかだ。
あの女――人間だった俺と最後に会話をした女。
あの女の言う“呪い”により俺は剣に魂を封じ込められていた。
そして俺を手にしたこの騎士は、俺の剣技を見事に再現して見せた。
あの女は剣を振るう理由がどうとか言っていたか。
どうせ今の俺には何もできることはない。
ならば、この騎士の行く末を見守るのも良いかもしれない。
そう思ってしまう程に、俺の剣技を振るう騎士の姿は美しかった。
この騎士になら、俺と俺の技を預けても良いと思わされた。
「考えても仕方ない……か、とにかく先を急がねば」
彼女は元々扱っていた剣を拾い、腰の鞘に納めた。
俺のことをどうするか、少し迷っていたようだが、結局持っていくことにしたようだ。
ここに置いていかれたら、俺にはどうしようもなかった。
騎士は男たちが乗っていた馬に乗り、駆け出した。
凍てつく寒さの夜を、騎士が駆けていく。