召喚事故の1例。
考えてみよう。
ある日突然、文字通り知らない場所へ放り出されて、「元いた場所へ帰りたければ協力しろ」と有無を言わさず命令されて、誰が従いたいと思うだろう。
しかもその命令内容が、「自爆しろ」だの「相手を攻撃しろ」だの物騒なものばかり。
そうでなければ、「知識だの技術だのをよこせ」、もちろん無料で、である。
それに、命令を無事に実行して当然という顔。事が終わればさっさと叩き返されればまだいい方、悪けりゃ放逐、嬲り殺しも当たり前。
もちろん、何かしらダメージを受けても補償もなく、謝礼もない。
大事なことなので繰り返す。
「誰が従いたいと思うんだ?そんな無理な要求」
「…すみませんそこまで考えてませんでした…。」
と、説明をしてやれば、魔法使いは滝のような汗を流しつつ突っ伏した。土下座スタイルってやつか?
みすぼらしい部屋や、中古や質の悪い道具ばかりの少年の様子からすると、なりたてに毛がはえた、できるからやりたくてやった、結果など考えていない。そんな所だろう。
「第一、召喚陣に服従の術式こっそり仕込んでおくなんて、なんの嫌がらせだよと俺は言いたい。」
まあ、俺には効かないけどな。理由は面倒なんで省略するが。
それを聞いて、ぎょっとした顔をしたのに、ため息をつきたくなる。目が泳いでいるのは、知らなかったとでも言うつもりか。だが、普通は構築時点で気づく。実行した時点でどう考えても確信犯だろ。
「その根性が気に食わん。というわけで、俺は帰るぞ」
そう告げると、うなだれていた魔法使いはがばっと顔を上げた。
「そんな事は許しませんよ!? 【汝、我に捧げた名の下に従え】!」
「だが断る。」
光の鎖は、手で払いのけただけで千切れて消えた。
だがちょっとまて、誰がお前に名前をいつ捧げた。あれか、召喚時の呼応の時か? なんつータチの悪い罠をしかけやがる。
大人しく帰すならこちらも大人しく帰ろうと思ったが、…この対応はいただけないな。
魔法使いは消えた光に呆然としていたが、少し睨んでやったらパニックを起こして喚き始めた。
「師匠の嘘つきー!なにが召喚獣なんて簡単な術、無料奴隷呼び放題ですか!なんで強制の呪文がきかないんですかあ?! あの、えっと、ぼ、僕を傷つけると帰れなくなりますよ!?だから攻撃するのはお勧めしません!」
「誰がお前に帰してもらうなんて言った? 自分で帰るに決まってるだろ」
「え、自力で帰れるんですか!?」
「何を言うんだ? 呼べたということは帰せる、帰る方法がある、今回俺はたまたまそれを知っている、だから俺は帰れる、当然だろ?」
まあ、確かに条件によっては面倒といえば面倒なんだが、それはわざわざ言ってやる理由はないな。
魔法使いは脅迫手段を失って、慌てているらしい。顔色が面白いぐらいに青と赤をいったりきたりしている。
「だから、俺はわざわざ帰してもらう必要はない、お前に従う謂れはない。むしろその態度、お前が俺に手間賃を寄越せ、と言いたいぐらいだ。」
「ええっ、そんな理不尽な」
「理不尽なのはお前だろ? その発想、どんな思考形態してるんだ…。」
まあ、想像できなくはないけどな。ああ、色々とイヤになる…。
「お前は運がなかったと諦めな。」
部屋の中に、風船が割れたような音が数回。後には、ひどい血だまりだけが発見されたらしい。
俺は無事に元いた世界へ帰ってきた。赤い空に黒い地面、澱んだ空気が懐かしい。
「「「おかえりなさいませ、魔王様!!!」」」
出迎えまで寄越すとは、脱走と間違えられたか。うまい説明方法を考えておかないと、軟禁を食らいそうだ。
本当に、予想外の召喚だった。厄介ごとばかり増やしてくれたな、あの異世界の魔法使い…。
だけど、まあ、普通、召喚した相手がはるか格上だとは思わんわな。
最後の殺人も俺がやっといてなんだけども、自業自得ってやつだ。帰還用の媒介に肉体は必要だったし。対価は物足りないが、あの魂1つで納得しておいてやろう。味はまずそうだが、とりあえず、言い訳と手土産ぐらいにはなるかな…?
ため息をこらえながら、俺は自宅までの帰路を急いだ。