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お兄さんとデート/お買い物編

 

 恥ずかしながら彼氏いない歴=年齢な私だから、正直ナマモノ的な男女交際というものがよく分からない。フィクションの世界なら知識にはあるんだけれど、それでもヒロインと私、相手と鈴ノ木さんの設定がまるっきり一致してくれなきゃ参考になりようもない。

 正論ならばね、付き合い方なんて人によってはそれぞれだろうけど、一般的というか王道という段取りがあると思うのよ。

 例えば指輪は付き合い始めより、もっと親密になってから渡すとか?

 だって指輪は婚約、結婚を連想させるマストアイテム。

 つまり、二人の仲を明白にするにもベストなアイテムなんだ。だから、お見合いを断る為に仕立てた偽恋人に指輪を贈るというのは説得力を付けると言いたいのだろう。

 そんな経過で鈴ノ木さんが私に指輪を贈るというなら、まあ心臓に悪いけど理解しようと思う。納得出来るかは別として。

 しかしながら指輪だってピンからキリまである事はすっかり失念していた私は、ガラスケース越しに煌めく宝飾に目を眩ませた。


 私、嶋崎陽幸は若干十七歳にして、超場違いなジュエリーショップにご来店です。


 金、銀、プラチナ、ホワイトゴールド。

 広告や雑誌で目にするようなキラキラとした輝き。私の今日のピアスの材質、樹脂加工のプラスチックなんですけど。私、絶対完璧に場違いだよね?

 ああでも神様! どうか店内で注目を浴びる要因は、場違いな私でなく奇跡の美貌を持つ彼でありますよーに!


「ひとみちゃんの好きなのを選んでいいんだよ」


 私の祈りも露知らず、隣りでは鈴ノ木さんがニコニコと「これなんかどう?」と指差して勧めるプラチナ。その台座の下にある長方形の紙を埋める桁にまた目眩。

 私のお小遣い三か月分を足しても届かない金額。

 それにこれってアレなブランドだ。スクリーンの妖精と謳われる名優が朝食を食べる映画のタイトルと同じ名前。

 偽装恋人に贈るには勿体ない品に、私は訴えるように鈴ノ木さんを見上げた。それなのに鈴ノ木さんは何を思ったか「これじゃ子供向け過ぎるか」と見当違いの答えを導き出す。

 勘弁してよ。

 もっと安いのってないかな。てゆうかお店を代えたいと願いながら鈴ノ木さんから離れ、私が眉根を寄せていると、カウンター越しに一人の店員さんが近付いて来た。


「何かご希望の御品をお探しでございますか?」


「え、あ、いえ……」


 息を飲んだ。

 乗り気じゃない所で声をかけられた気まずさもあるが、店員さんのオーラに気圧されたのが正直な反応。

 さすが高級ジュエリーを扱うショップの店員というか、私よりもお姉さんの方が色々似合いますよってなもんだ。

 特に私に声をかけた店員さんは、店にいる誰よりも美人だ。ぱっちり二重に、天然に見える長い睫毛とか綺麗な巻き髪とか。服装は鈴ノ木さんがラフ過ぎるけど、素材で言えば店員さん相手がよく釣り合う。


 ――て、何を本気で比べているのだか。別に私には関係のない事なのに。


 思わず出てしまった溜息。あ、店員さんに変に誤解されちゃ申し訳ないと思って慌ててぎこちなく愛想笑い。店員さんはニコリと微笑む。

 うーん、プロだ。


「お悩みでしたら、こちらのピンクダイヤはいかがですか? お客様は肌が白いのでよくお似合いになると思いますよ」


 キラキラとした笑顔。清涼で滑らかな声。

 私、セールストークって苦手。断るととても悪い事した気になるんだよ。

 仕事って分かってる。分かってるけど、私の一言がこの人の営業成績に関わるかと思ったら無下にも出来ないんだよぅ!


「宜しければ指に通してみませんか?」


「あぁ、それなら僕に……」


 ふっと湧いたように横から鈴ノ木さんが顔を覗かせた。

 助け船……では、なさそう。


「ひとみちゃん、どうかな」


 あっさりと。するりと私の薬指に指輪をはめて小首を傾げる鈴ノ木さん。しかもフェロモン増なのはこれ如何に?

 ほらもう、店員さんまでびっくりして目を丸くしてるじゃない。人目を引く存在だって自覚してよね。


「彼女さんにプレゼントですか?」


 お、でもそこはプロ。冷静に対応ですね。てか鈴ノ木さん腰抱きはやり過ぎです。私、ウエストに自信はないのでそこに触れてもらいたくないんですよ? カウンターの影でこっそりその手をつねるけど、鈴ノ木さんの笑顔は崩れない。


「そうなんです。照れ屋なんでね、なかなかプレゼントを贈らせてはくれないんですよ」


 よく言うわ。

 ケッと舌打ちを心の中にとどめて私は右手の薬指に収まった指輪を眺める。

 プラチナのシンプルな台座に五粒のピンクダイヤが花を模して形作ってて、可愛い……。ちょっと、いいかもなんて誘惑に駆られたけど、そこにある値札が私に夢を見させない。


「鈴ノ木さん、こんな高いのはいらないよっ」


 店員さんの手前、私は鈴ノ木さんの背中を引っ張って極力小声で訴える。


「大体、鈴ノ木さんの本屋の仕事でこの指輪って無理してない!?」


 年収なんて知りませんがね、正社員だろうが一書店員さんが偽装恋人に贈る品にしてはお遊びが過ぎる。失礼な物言いだと思われても構わない。


「貯金はあるんだよ」


「このご時世、貯金は残してなんぼでしょっ」


「余力があるならお金は使わないと経済は良くならないよ?」


「私、政治経済は苦手分野なんですっ」


 話が脱線した。

 ともかく、私の必死の説得も鈴ノ木さんには暖簾に腕押しで、何だか本人オッケーなら私が彼の財布の口を固くするのも馬鹿らしくなる。でも、貰うのが私なら拒否権ってあるよね?


「――やっぱり今回はなかった事でっ」


 悩んだ末、私は指輪を外すと店員さんに向けてカウンターに突き返す。一瞬ぽかんとするお姉さんを尻目に、鈴ノ木さんの腕を引いて店を出た。ちょっとだけ、残した指輪に後ろ髪を引かれながら。(ちょっとだけね!)




 * * *


「指輪、気に入らなかった?」


「(値段が)気に入りませんでしたっ」


 表に出て、店から離れて人気の少ない通りで、私は止めてた息を吐き出すような勢いで答えた。


「一体何ですか。偽装なら安いけどそれっぽく見える指輪でもいいでしょう」


「うち、安物だと見破る親だから」


「それだけ目利きなら偽装彼女の存在も見破りますよ!」


「そこの辺りは平気だと思うけどな~」


 駄目だ。

 脱力して私はその辺にあった電柱に背中を預ける。

 何言っても折れる気はないんだ、この人。

 目的が何だとかどうして私だとか分からない。けど、強引なくらい指輪にこだわり、同伴を望んだ鈴ノ木さんの行動に閃くものがあった。昨日、眠れないからと推理小説を一冊読破した効果かも知れない。


「鈴ノ木さん、ホントは女の子連れであの店に行きたかったんじゃないの?」


「そう見える?」


 否定も肯定もない。飄々としていて鈴ノ木さんの表情は私には読めない。

 しっかし、何度見ても綺麗な顔。

 肌はすべすべしてそうで、ニキビ痕とか全然見当たらなくて。睫毛長くて、通った鼻筋も涼しげな目許も無駄がなく綺麗。まるで芸術品みたいに非のない均整の取れた鈴ノ木さん。そのおかげで顔色を読みながら毒牙にかかったみたいに私の顔は熱くなる。


「赤くなった」


「……鈴ノ木さん、楽しんでるでしょ」


「ひとみちゃん、反応がいいからね」


 性格わる。

 幼気な女子高生が狼狽える様を楽しむ大人気ないお兄さんは、勿論私が睨んだ所で怯む様子はない。きっと私が問い質したとしても、この調子で躱しちゃうんだろうな。

 詰まるところ、私は鈴ノ木さんの真意を計れずじまいって事だ。


「鈴ノ木さんてヤな奴ですね」


「うん。よく言われる」


 鈴ノ木さんが極上の笑顔でその点は同意した。かと思ったのも束の間、鈴ノ木さんの手が私の首に周り、ひやりとした物が鎖骨辺りに落ちる。


「これは俺がヤな奴で迷惑かけた分の慰謝料で、今日のお礼」


 そう言って鈴ノ木さんが直接私にくれたのがネックレスだった。

 いつの間に買っていたのか。プラチナピンクのチェーンに王冠のチャーム。そのチャームの王冠の空洞部分には透き通った石の雫。

 ……ガラス玉だよね。ガラス玉であって欲しいなって願いつつ鈴ノ木さんを見た。


「良心的な値段だから安心して貰ってね」


 尋ねる前に答えられて私は曖昧に笑う。


「ありがと、ございます」


「お気になさらず。たまに使ってくれたら何よりだから」


 とことんそーゆー類いの扱いに慣れていない私のぎこちないお礼ったらない。それなのに鈴ノ木さんたら余裕しゃくしゃくで笑顔を崩さないんだから、私が腹を探ろうとしたって敵う訳がないんだよね。

 もういいや。謎は謎のままで、私は良い経験をさせて貰ったんだと思う事にしよう。そうすれば、今日という日も、わたわたおたおたした情けない思い出にちょっとは楽しい記憶が残るだろうし。

 あと、正直な話、このネックレスはかなり嬉しいし。

 プレゼントで気分が切り替わるなんて単純だけど、私だって女の子の端くれ。指輪はまだ勇気がないけど、他のアクセサリなら素直に喜べる。


「今度、私からも何かお礼をさせて下さいね」


 社交辞令とかでなく、自然と口から出た本当の感謝の気持ち。首に下がる物が何だか照れ臭くてくすぐったくて。それでもとても嬉しかったから鈴ノ木さんを真っ直ぐ見てそう言ったんだ。

 鈴ノ木さんは相変わらずの笑顔なんだと思ってた。でも、見上げた鈴ノ木さんは笑っているけど、何処かがちょっと違って見えた。何がどう違うかは分からなかったけど、私が頭に疑問符を浮かべるより先に《ソレ》は来た。

 私の唇の横に、柔らかい温もりが押し当てられる。


「お礼はひとみちゃんでいいよ?」


 一瞬何が起きたのか、私の脳は現状を理解するのに、古いパソコン並みの処理能力の時間を要した。要して、理解した途端顔に火が付いた。


「すすすすすすすずのきさ……いいいいま……」


「絵に描いたような動揺だね」


 いけしゃあしゃあと喉の奥で笑いやがりますが、私は笑えなかった。

 だって、キスした。

 ほっぺよりも甘く、唇には触れない意味深なキス。因みに私、ファーストです。

 もう一体何なんだ何がしたいんだセクハラだ。裁判だ。

 ぐるぐるぐる混乱する私に鈴ノ木さんは涼しい顔でとどめを刺す。


「本番は、もう少し待ってね」


 何が何だか分からずに、私は奇声のような悲鳴を上げては鈴ノ木さんの腹部に思い切り膝蹴りを入れてこの場を逃げ出した。


 私、嶋崎陽幸、十七歳。

 自分が思う以上に過剰に純情でした。


 

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