お兄さんとデート/お食事編
『男が指輪をプレゼントする意味? そんなの独占する為に決まってんじゃん。《売約済み》の札貼るようなもんよ。え、何? 陽幸、彼氏出来たの?』
「そうじゃないんだけどさぁ。電話じゃあれだから明日ちゃんと話すよ。アリガト」
『どういたしまして~。そんじゃまぁ、陽幸の浮いた話を待ってるわ~』
「そうじゃないっての。もう切るよ」
これ以上ケータイを繋いでも茶化される一方な気がして、半ば強引にサトとの電話を切って私は息を吐いた。思わずやりそうになる深呼吸を慌てて止めるのは此処がトイレだから。
私達はまず市街地に出て、指輪を見る前にちょっと早めのランチをとレストランに来ている。
ファミレスでもファストフード店でもないイタリアンレストラン。ドレスコードのあるような格式張ったものではなく、ファミレスよりは上、だけどもライト。家族の外食で私も来た事はあるけど、私のお小遣いじゃ縁遠い所。しかも男の人と二人きりと来た。
これで緊張しないとか嘘だ。
だから私はオーダーを取るなり逃げるようにレストルームに飛び込んだのだ。とにかくこれが自分の思い違いなのかを確認するのも予てサトに意見を求める為に。
その結果、サトも同意見だった訳なのだけど……。
結局、否定して貰いたかった意に反し、私は気持ちを乱しただけだった。
「……お待たせしました」
「ああ丁度良かった。今、サラダとスープが来た所だよ」
ふんわりと微笑み、私を迎える鈴ノ木さん。……だから笑顔が眩し過ぎます! 何ルクスなの!
デートだからかなんなのか、本屋にいる時より美人オーラが三割増な感じがする。ほら、斜め向こうの席でランチをしているお姉さん方が鈴ノ木さんをチラチラ見てるよ。
やっぱり目立つんだなぁ。どうしてあの本屋の常連で今まで気付かなかったか不思議だ。この人忍者の末裔とか? ――まさかね。少なくともサトは気付いていたしね。だとしたら私が鈍くて無関心だっただけか。
季節のサラダのヤングコーンをフォークで突き刺して、私は向かいの鈴ノ木さんを盗み見る。
伏せる瞳から伸びる睫毛が頬に影を落とす。一応マスカラしている私より長いってどうなんだ。
見れば見る程に溜息ものと自信喪失の造形美。
一体どれだけの人が私と鈴ノ木さんを見てデートだなんて思うだろう。精々仲の良い兄妹? それも随分見劣りのする妹と思われてるかも知れない。
やっぱりこんな日の為にコンタクトくらい買っておくべきだったか。いや、私が眼鏡を外した所で何が良くなるのか。良くなったとして張り合うレベルでもないんだ。目を覚ませ私!
――ホントにほんっとうに、何で鈴ノ木さんは私をデートに誘ったのだろう。鈴ノ木さんくらいならもっと良いお相手はいそうなものなのに……。
考えれば考える程深まる謎に、私は食べてる物の味が全く分からずに口に押し込むだけだった。
* * *
さて、これはどうしたものか。
私は繋がる右手の結び目を見ないふりして、鈴ノ木さんに合わせて歩く。
「どこか寄りたい所とかある?」
「いえ、特に何も……」
寄りたい所とかそんなんピックアップする気持ちの余裕なんてない。それよりも私はこの右手のカップル繋ぎの方が気になるんだよ。
何かなこれ。自分の手が包まれてる感じ。フォークダンスよりも半端なく手汗とか気になるし!
は、離してくれないかなぁ。
願う思いで鈴ノ木さんを見上げると、彼はにっこり笑って小首を傾げる。本日何回と向けられた笑顔でしょう。
「今日一日付き合ってくれるんだよね」
「でもカップル繋ぎよりまだ腕を組んだ方が……」
手汗とか気にならないなぁなんて思って口にしたら、鈴ノ木さんはしたり顔。
「ひとみちゃんが望むならそれでもいいけど? たまに胸が当たって俺も嬉しいし」
私は黙って繋ぐ手に力を込める。鈴ノ木さんは喉の奥で笑った。
絶対、人が狼狽えている姿を見て楽しんでるよなぁ。――でも、私をただ惑わせる為だけに今日、誘ったんじゃないとは分かる。誘い方があまりにも不計画で唐突だったし。
指輪の件だって別に他意はない、と思う。
「ねぇ、鈴ノ木さんはなんで私を誘ったの?」
「可愛い女の子の知り合いがひとみちゃんしかいなくてね」
「そういう答えは期待してないです。何の為に付き合う必要があるんですか」
ふざけた回答を切り捨て、横から見上げると鈴ノ木さんは眉尻を下げて口角を上げる。
答えに窮しているのか。困った顔。このまま追及してもいいものか私が迷っている頭上から深い呼吸。
「見合い写真が届いてたんだ。とてもいい相手だけど結婚の気はないから、相手の体裁を傷付けない最良の断る口実には《恋人がいる》と伝える事だと思わない?」
吐息と共に漏れる声に咄嗟に耳を傾けた。鈴ノ木さんの声は上質なシルクのように滑らかに流れる声だから、油断すると聞き逃しそうになる。
今だって同意を求められたのについ完結したものだと思いかけていた。
「――古典的な手だと思います」
慌てた所為で早口になったから、ちょっと一息ついて私はまた言葉を継ぐ。
「そもそもそのお見合い話は本当ですか? なんか設定が使い古された在り来たりな内容で嘘臭い感じ」
改めて出たのは疑念の言葉。だけど鈴ノ木さんは気を悪くする事なくフワリと笑った。
「確かに編集からダメだし食らいそうなネタだなぁ」
また喉の奥で笑い、嬉しそうに握る手に力を込める。
「まぁ嘘臭くても付き合ってやってよ。見合いを断るなら指輪を贈るくらいのパフォーマンスを見せた方が相手に伝わりやすいからさ」
「……やっぱり釈然としないです。恋人を理由に断るならそう伝えればいいだけでしょ。誰でもいいなら尚更だし、私を連れて親に挨拶するんでもないなら指輪なんていらないし。……まさか私を本気で親御さんの前に連れ出すとかはないですよね?」
「それはないから安心して」
此処に来て納得出来ない事を述べ連ねても鈴ノ木さんは微笑みを崩さない。それどころか私の頭をぽんぽんと軽くはたくように撫でる。これじゃあ恋人というより子供扱いだ。――別に恋人扱いを期待してる訳じゃないけどね!
歩きながらふとショーウィンドウに写る自分が目に入った。
まるで彫刻でも施したような絶世の美貌の横顔。それに対してその隣りにいる私はどれだけ地味な事か。
まるで大理石の彫像の隣りにコケシが並んだみたい。
「アレが欲しい?」
急に耳元に甘い吐息がかかり私は思わず肩を震わせる。ホントなら距離も置く所だけど、がっちりと繋いだ手がそれを許さない。
「驚かせたらごめんね。で、アレが気になるなるの?」
激しく揺れる心臓を押さえてあたしは鈴ノ木さんが何を言ってるのか、数秒悩んでハッとする。
私が見ていたショーウィンドウ――の向こうで展示されているマネキンが着ている服、正しくはドレスを指しているんだ。純白の花嫁衣装を。
「うん、陽幸ちゃんに似合いそうだね」
「んな訳ないじゃないですか! 別に気になって見てませんから、鈴ノ木さんも無視して下さいっ」
恥ずかしい。よりにもよってよって何でブライダル店のショーウィンドウを見てたんだろう。
私は鈴ノ木さんの手を引いて早足になる。向かい風で熱くなる顔を冷ますように。
「似合うと思うけどなぁ」
ぽつりと零すシルクの声に聞こえないふりをする。
そういうの、私を自惚れさせるみたいで怖い。
分かってるのに。
《恋人のふり》だって分かってるのに、鈴ノ木さんの私を甘やかせる言葉は毒のように回る。私の心臓を悪くさせる。
早く目的を果たしてこの体に悪いデートを終わらせよう。
「さ、鈴ノ木さん早く行きましょう。何処ですか」
急かして繋ぐ手に力を込める。
鈴ノ木さんは優しい完璧な笑みを浮かべて、こっちだよと私を反対方向へ誘導した。
まるでダンスのように、フワリと腰に手を添えて私を扱う。
ホント、やめて欲しいんだよね。そうやって素敵な恋人顔。
勘違いしそうで、私は重なった視線から不自然に逸らして逃げた。