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お兄さんとデート/出発編

 

 モノクロのボーダー柄のハイウエストワンピにレギンス。

 露出もあまりなく、異性を挑発するって事もない。むしろ私に異性を誘惑して挑発するようなものがあるかって話ではあるのだけど。

 と、取り敢えずデートする服装としてはおかしくないよね?

 ドギマギしながら私は自宅マンション入口の郵便受け前に立つ。


「待った?」


 背中にかかる声に振り返ると、エレベーターを降りて自動ドアをくぐるヒト。

 インディゴブルーの細身のジーンズにTシャツ、その上にチェック柄の木綿のシャツを上着に引っ掛けている。

 ラフな格好のくせに、それが様になるのは彼のスタイルが極端に良く、涼しげな顔が嘘みたいに綺麗だからだろう。


「……鈴ノ木(すずのき)さん。いえ、今来た所です」


「そ、良かった。私服、可愛いね」


「どもです」


 年上の男の人って、こうも簡単に可愛いって言うのかな。

 家族と学校の男子ぐらいしか異性との関わりがない私は、言われ慣れない賛辞にたじたじだ。


「さ、行こうか」


 前に突き出された鈴ノ木さんの腕に私は戸惑う。彼を窺うと白い歯を零し、


「腕、組むんだよ。デートなんだから」


「あ、あぁ……そうですよね」


 何とはなしに言われるとそこで照れるのは負けた気がして、私も当然だと受けて立つ。遠慮がちに腕を絡めてしまう時点で虚勢をバラしているのだけども。

 それでも鈴ノ木さんは満足そうに微笑み、私はなるべく美し過ぎるその顔から目線を反らす。

 生きた心地がしないってこの事。

 しかし一体何故、何の因果でどのような経緯で平々凡々な女子高生がレベル最高峰の美人のお兄さん……本屋の美人なお兄さん、鈴ノ木さんとデートをするはめになったのか。

 その理由としてはきっと、NOとは言えない日本人の性格と、我が身かわゆさ故に保身に走った私がいけないのだろう――……。




 * * *


「昼間の腐女子ちゃん」


 友達のお使いで買ったエロ系BL本を会計してくれた、本屋の美人のお兄さんに自宅マンションで再会しちゃった私、嶋崎陽幸シマザキヒトミ

 そのお兄さんは私と、私が手を掛けたポストを見比べて納得した顔を見せた。


「あー、嶋崎さん家のお嬢さんか。うん、目許がお母さんそっくりだよね」


「何でうちの母のこと知ってんですかっ!?」


 ほぼ初対面な人にいきなりうちの母親の事を言われたら、そりゃ動揺するってもんだ。

 まさか母さんの若い燕とか言わないよね!

 いやいや、うちの母さんに限ってまさか!

 ああでも若い子ぶってアイドルとか若い子とかイケメン俳優とか好きだから、絶対本屋のお兄さんとか好みの顔だもの。万が一くらってしちゃったとか……。

 いやいやでもでも、姦淫は戒律で許されていない。祖父母の代から十字架切ってる家で育ったお母様がそんな後ろめたい事をする訳がないよね!?


「――大丈夫?」


 脳内でパニックしている私を察してくれたのか、お兄さんは優しく声をかけてくれる。距離を近付けないのも、私を警戒させないという優しさなのだろう。

 そういう気遣いに気付くと私も少し落着いた。


「何か誤解させたみたいだけど、君のお母さんにはマンション住民の活動でお世話になってるから顔見知りなだけだよ?」


「あ……そうですか」


 なんだ。訳を知ればなんて事はない。

 大方お節介焼きでイケメン好きの母が、此処ぞとばかりに声をかけたのだろう。

 それにしても若い住人がマンションの住民活動(主に周辺清掃)に参加する事は少ないって聞くのに感心な人だ。(因みに私は参加なんてした事ない)


「お母さんに一二〇一号室の鈴ノ木がよろしく言ってたって、伝えておいてね」


「はい。鈴ノ木さんですね」


 鈴木じゃなしに、鈴ノ木。

 変わった苗字だなとどうでもいい事を思いながら、私は他愛もない挨拶で済んだ安堵感でセキュリティの自動ドアを開けようと鍵を取り出す。

 その間、背後ではお兄さん――鈴ノ木さんが自分のポストを開けてるみたいな音が聞こえた。

 ガサガサと紙の音から察するに郵便物があったのだろう。アレかな、やらしい広告とかホントに入ってたりするのだろうか。

 ホント、どうでもいい物音からぼんやりそんな想像をして、自動ドアを潜ろうとすると、突然後ろからグイっと腕を引っ張られた。


「わわっ」


 バランスを崩した私の後頭部がポスンと何かにぶつかった。そのまま見上げればドキッとするような美術品のように整った顔がこちらを覗いている。

 鈴ノ木さん、が、真剣な瞳でこちらを見て……る?

 まじまじと、上から私を見つめる瞳が何処か憂いを帯びていて、出来るものなら鼻血を噴水の如く吹き上げてしまいそうになる色気が心臓に悪い。公害レベルに悪い美しさだ。


「嶋崎さん、名前は何て言うの?」


「ひ、陽幸です……」


「陽幸ちゃんか」


 ふむと、一人頷く鈴ノ木さん。

 私は私で色気にあてられて馬鹿正直に名乗ったけれど、問題はない……よね? だって鈴ノ木さん、母さんと顔見知りだし。

 しっかし、男の人の胸に体を預けるこの態勢……恥ずかしくて嫌だなぁ。

 何とか体を離しても、後ろから腕を掴まれてるから大した距離も置けない。

 不思議と怖いという恐怖心は感じないけど、やっぱり居心地は悪いなぁ。


「ひとみちゃん……」


「な、何でしょう?」


 じっと見つめられるこの感じ。

 く、くすぐったい……!

 心臓がくすぐったい!

 超絶美人な男の人に見つめられ、平々凡々な女子高生が耐えきれる訳がない。

 彼氏いない歴=年齢で、男性との対応レベルが最低の私に耐えられる筈がない。

 だって鈴ノ木さんは百戦錬磨の魔王クラスの手練だもの、絶対! ひのきの棒とお鍋の蓋を初期装備の私にはかないっこないレベルだもの、確実に!

 あー! 誰か助けて下さいっ!


「ねぇ、俺と付合ってくれない?」


「はいっ! 分っかりましたっ!!」


 …………。


 て……――あ、れ?

 色香に混乱して思わず返事をしてしまったけど、もしかしてとんでもない返事だっただろうか。


「す、鈴ノ木さん、今……」


「うん、いい返事で助かったよ。それじゃあ、明後日の日曜日、朝十時に此処で待ち合わせで――」


「いやいやいや! ちょっと正気ですかっ? 何の冗談ですか! いえ、そもそも付合うって何かの付添いとかでいいんですよねっ!?」


 そうだよ。例えばお一人様一個のトイレットペーパーを買うとか、もしくは女性同伴でないと入場不可な場所とか!

 だって付合うって……地味な私がこんな綺麗な兄さんと付合うってありえないからっ!

 私は目を白黒させて反論する。

 しかし、鈴ノ木さんは全く動じず、目を細めてほくそ笑んだ。

 自然と壁に添えられる手。


 ……つーか、私、知らない間に壁際に追い詰められてる?


 一見すると迫られている。

 否! マジで迫られている態勢に反論の言葉を紡ぎ出せずにいると、鈴ノ木さんはゾクッとするような甘い吐息を私の耳元に吹き掛けた。


「……知ってるくせに」


 ――っ……!


 お、おまわりさーん! この無駄にフェロモンまき散らすこのお兄さんをしょっぴいて下さいっ。

 もう、恥ずかし死にする勢いで腰砕け寸前の私をようやっと解放すると、鈴ノ木さんはニコリと妖しく笑う。


「あ、エレベーターが来るみたいだ」


 自動ドアの向こう、点滅するエレベーターのランプを見て鈴ノ木さんが言った。

 私達は慌ててセキュリティを通り抜け、エレベーターの前に立つ。


「……乗らないの?」


 降りて来た住人と入れ違いに鈴ノ木さんが入ると、中の開ボタンを押して私に尋ねる。


「おかまいなく、私はもう一基の方で乗りますから」


 首を振り、私は別のエレベーターボタンを押す。

 そりゃ、まぁ、あんな事があった後に密室で二人きりになる訳がない。

 鈴ノ木さんもそんな心情を察したか、無理に誘いはしない。

 けど、エレベーターが閉まる寸前、鈴ノ木さんは口を開いた。


「もしバックれたら、今日の本屋の買い物、お母さんに話すから――」


「ちょっ――!」


 ちょっと、それはマジで言っていますか!?

 問い質す間もなくエレベーターは閉まる。

 本屋の買い物。勿論、あのBL本の事だ。

 まさかそれをネタにゆするとは……。

 てゆーか、お母さん、どんだけ我が家の事を鈴ノ木さんに話してんだよ。


 色香たっぷりの鈴ノ木さんから離れれば、徐々に取り戻す冷静さ。

 付合う事とか、日曜のデート(?)とかどうするべきか悩み考えに考えて、結局私は約束の日曜日には律義に定時で待ち合わせ場所に立つ事にしたのだった。




 * * *


「本当はバックれられても当然だと思ってた」


 腕を組んで歩きながら、鈴ノ木さんはホッと息を吐く。


「脅しといてそれはないんじゃないですか」


 私が責める口調になれるのは、今は鈴ノ木さんがあの誘惑フェロモンを抑えているからだろう。多分。


「大体、うちの母さんは我が家の宗教まで話してたんですか?」


「会話好きのお母さんだよね。我が家がカトリックだって教えてくれたよ」


 お節介、イケメン好きの喋り魔。

 いくら若見え奥様でも中身がおばちゃんであるには変わらないんだな。


「それにしても、その話からよくあのゆすりネタに繋がりましたね。まさかBL嫌いまで聞いたとか?」


「勘かな。カトリックの戒律を思えば何となく……」


 その勘によるかまかけに私は怯えたのですか。

 と言いますのも、うちの母さん、BLとか同性愛的な作品が嫌いでして、その人の性質とかをとやかく言う人ではないけれど、ネタとして軽く扱われることに嫌悪を感じるらしい。私は別にBLものをこよなく愛する娘ではないけれど、以前、サトが私の部屋に忘れたBL漫画をうっかり母さんに見付かって散々な目にあってるんだよね。

 それを思うと、冗談でもBL本のお使いでも知られたくない子供の事情。

 だけれどもこうまで強引に私をデートに誘う事情があるのだろうか。

 気になって隣りの鈴ノ木さんを見上げると、彼はにこやかに首を傾げて「どうしたの?」と口許を緩める。


 ……やっぱり、なにげない表情でさえ綺麗過ぎだよ。


 日陰属性の私には眩し過ぎて思わず目を反らす。

 普通、その表情は女を勘違いさせてしまうって知ってる?

 そもそも、デートもこの腕組みも、たまたま私があの場にいたからこうなったに違いないんだ。そうでしょ?

 だから、私は強い心を持って挑まねばいけないの。


「電車で悪いんだけどさ、そんなに遠くないし、車だと不便なところだからいいかな?」


「何処に行くんつもりなんですか?」


 うっかりした話だけど、そんな肝心な事も知らない私は尋ねる。

 きっかけはどうであれせっかく初めてのデートなのに、行き先もプランも何も知らない。描いていたデートってどんなものだったっけ。少なくともこんな手順を踏まない通り雨みたいになるとは思いもしなかった筈。

 理想と現実のギャップを残念に思っていると、鈴ノ木さんは知ってか知らずか追い討ちをかける。


「指輪、買いに行こうか」


「へっ?」


 指輪って誰の?

 私の?


 出会って最初のデートで指輪って、どんだけ一足飛びなっ!

 わ、私、変な勘違いをしないで今日を上手くやり過ごせるかな?

 組んだ腕から緊張が伝わりそうで、私はそっと腕を浮かせて隣りを歩いた。


 こうして私は私の為に予防線を張るんだ――……。


 

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