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お兄さんとその後

 

 一分一秒も惜しい。


 なんで帰りのHRなんてものがあるのだろう。特に連絡すべき内容がないなら最終の授業が終わったらハイ、さようならでいいじゃないかと思う。小学生ならまだしも、中学生までは義務教育の一貫で致し方ないとしても、もう高校生なんだから。やるなら連絡事項は掲示板に張り出して各自確認するようにとかでもいい。高校は義務ではないのだ。聞き逃した連絡事項は自己責任にしてしまえ!

 と、ぐだぐだ述べましたが要約すると、つまり、私は、一刻も早く、帰りたいのだ。

 間延びした初老の担任の中身のない周知。こんなの明日の朝でもいい事を何故今言うの! 声を大にして異議を申し立てたいが、そんな議論をする時間も惜しいので私は黙る。ただ耐える。この時間を。

 楽しい時間は瞬く間、嫌な時間は悠久の時間。

 人間ってどうしてこうも不合理に出来ているのだろう。歯噛みして黒板上に架けられた時計を睨む。HRに決まった時間はない。全て担任の匙加減で終了の時間も変わって来る。早いクラスなんか、担任が教室に入り、席が埋まってるのがぱっと見分かれば周知がない限り即解散ってのもあるというのに、残念ながら我がクラス担任はどうにも担当クラスの生徒と接する時間が欲しいらしい。

 別にそんなにコミュニケーションを取らなくてもいいよ、先生。私は先生の充実して分かりやすい授業で確かに尊敬をしているのだからこれ以上何を求めるの!

 言って教えてあげれば先生はHRを短縮してくれるだろうか。そんな事がちらりと思い付くが、口に出すとややこしくなりそうなので思いとどまる。


 あまりに私が焦れていると、ポケットの中の携帯電話までもが震え出す。原則、昼休み、放課後以外の携帯電話の使用が禁じられているので直ぐに確認は出来ないけど、多分メールだ。鈴ノ木さんからの。

 となると余計に私の気持ちは焦り、もう今はどうでもよくなり、鞄を抱えて教室を飛び出したくなる。というか、飛び出してやろうかって九割本気になった所で、待ちに待った解散の号令がかかった。

 起立、礼。の、終わりの「い」の字を言い切る前に私は教室を飛び出した。それはもう風の如くするりと人の間を縫っての早技だ。これが体育のバスケットの試合でも生かせたら私の努力の三の成績表はもうちょっと光明が刺しただろうに。

 そうチラリと思いながらとにかく競歩ばりの早歩きで目的地へ向かった。こんな時、どうして自宅が近いのを理由に徒歩通学にしたかを悔やむ。せめて自転車通学ならこの移動時間も短縮出来ただろうに。……いえ、此処だけの話、私、自転車乗れないのですけどね。

 ともかく無心で歩く。途中、歩きながら携帯電話をチェックしたけれど、想定内の文章だったので返事はせずにすぐにしまった。

 季節は真冬。春までまだまだ先なのにコートの下の私はじわり汗ばむ。マフラーの下も熱いけど、むき出しの耳はちょっぴり痛い。風を切って急ぐから向かい風が強いのだ。それでも目的地はすぐそこで、目に見えた途端真っ直ぐ飛び込もうとする所を、思い直して立ち止まった。

 いつもなら周囲なんて我関せずを貫くけど、そうもいかない。鏡を取り出して、乱れた髪を直す。眼鏡は磨き直して、潤い成分配合のリップを塗る。化粧直しなんてとても言えないが、それでも年相応に綺麗に整えて、呼吸を整えて私は自動ドアをくぐった。


「いらっしゃいませ」


 柔らかい。男性にしては丸みのあるやや細い声が分かりやすい歓迎の色を帯びて迎えてくれた。


「お勉強、お疲れ様。ひとみちゃんが来るのをずっと待っていたよ」


 入り口近くにあるレジカウンターの中から、就労中だというのに私情を挟んだ挨拶はもはや常套句。此処で今更照れる事なく聞き流せるようになったのは、月日の長さでなく頻度だろう。鈴ノ木さんは「言わなくても分かるだろう」なんて日本人たるぼかしがない。恥ずかしいくらいにストレートに好意を言葉に乗せてくる。作品は日本人の琴線に触れる比喩や表現にぼかしを入れるくせに、実生活で真逆の行動。それでバランスを取っているつもりなら、二次元と三次元とで半々に取り入れて貰いたいものだ。


「ところで鈴ノ木さん、例のアレ、もう来てるよね?」


「うん。心配しないでもちゃんとあるよ」


 ほら。と、鈴ノ木さんがカウンターに出したのは、ファンならもうお馴染みのイラストレーターによる水彩の柔らかい表紙の新書の本。勿論、木之蓮の新作小説だ。


「わざわざ買わなくても献本があるのに」


「これだけは買いたいの。だって木之蓮が好きなんだもん」


 財布を取り出しながら口を滑らせたと気づいて、慌ててカウンター越しの鈴ノ木さんを見上げて一言添える。


「あくまで木之蓮なんだからね!」


「はいはい」


「顔がにやけてる。やめてよ、仕事中に不真面目」


「営業スマイルです」


 嘘だ。そんな営業スマイルを惜しみなく放出していたら、今頃この本屋は連日女性客で満員だ。そうはならないのは、偏に鈴ノ木さんが、普段は目立たないように地味スタイルの鎧を纏っているから。……最近、それが綻んで本屋の美人なお兄さんの噂が広がってはいるけども。その原因が私自身にあるのってのも問題だ。主に私が嬉しくなるという点で。


「これ、お代ね」


「ありがとうございます」


 にっこり。

 スマイル〇円は某ファストフード店の専売特許じゃないのか。困るくらい無償の好意の垂れ流しに私は精一杯のクールさを装って会計を済ませる。

 書店の袋に包装された本を胸に抱えたら、用は済んだ。あとは速攻で帰宅して中を読むだけ、だった。……今までは。


「それじゃあ、私、向かいの店で待ってるから」


「うん。俺もあと一時間したら上がるから、だから……」


 言葉尻が途切れたと思うとふわりと両耳に熱が広がった。


「寒いのに急ぐから耳もほっぺも冷たい。温かいカフェオレでも飲んでちゃんと温めなさいね」


「……公序良俗に反します。それでもって職務怠慢です」


 上辺だけなんとか冷静を取り繕ってそうは言ったものの、私の心臓は飛び出し寸前。

 この人はどうして何食わぬ顔で人の顔をその手で包むかなー! まるで顔でも近付けたらキスをするような仕草を、此処! 絶賛営業中の本屋で! しかもレジカウンター越しです! いくら後ろに客が並んでないからとは言え、不届きではないでしょーか!?

 バクバクとする胸を抱える本で必死に押さえ、私はだらしなく目尻を下げる鈴ノ木さんを睨んで低く囁く。


「恥ずかしくてもうこの本屋に来れなくなったら、高校卒業まで鈴ノ木さんを恨んでやる」


「卒業まで、ね」


 くっくと喉で笑う彼を尻目に、私は恐ろしくて他に目を向ける気にもなれずに店を出た。通学路にある唯一の本屋さん。通えなくなったら本気で恨むつもりなのに、それさえ鈴ノ木さんは嬉しそうなのだから、この人はとんでもなく恐ろしい人なのではないかと、最近、ちょろりとそう思わないでもない。



 * * *


 さて、鈴ノ木さんと知り合ってやがて四ヶ月。正確には私が彼を認識してからの月日だが、まさかの相手からの告白や私の自覚で両想いに至ったが、実は私達、付き合ってはいない。

 お互いに好きなら付き合えばいいのに何をしてるんだ。

 サトにはそう叱咤を貰ったが、私の性格が自分で思うよりも難儀だったから仕方ない。

 私は鈴ノ木さんにこう言った。


「鈴ノ木さんの気持ちは嬉しい。実は長い間片想いをしてくれる程真剣だと分かるし、からかってはいないと信じれるけど――」


 自信がない。

 私の気持ちにでなく、鈴ノ木さんの気持ちを受け入れる自信が。

 我ながらどんな言い分かとツッコみたくなるが、我が身に置き換えてみて欲しい。

 自身で己の地味さを自覚していて、分相応を保って平穏無事に過ごしていたのに、美のヒエラルキーの頂点に立つような性別を超えた美貌の鈴ノ木さんの隣に居座る勇気が急に持てようか?

 客観的に見ても私と彼ではあまりにもチグハグだ。

 王子様が光り輝く美しさのシンデレラを通り過ぎて、たまたま妙齢で招待状の条件に合うだけで舞踏会に参加した名もない背景のモブ娘にダンスを求める話がないように、薔薇の花束にタンポポの花を添える事がないのと同じくらいそれは歪な光景なのだ。

 此処に来てそんな後ろ向きな発想もどうかとか思うけど、基本私は痛みを少なく失敗を怖れる典型的な長女体質なのだ。分不相応と思う相手の胸においそれと飛び込めない。


 ――かと言って、見込みがないならともかく、両想いと知りながらおめおめと諦める程臆病でもない。

 自信がないならつければいい。それは単純な事。

 タンポポがどんなに品種改良を重ねたって薔薇にはなれないけど、いくら綺麗に咲いたって釣り合いが取れるとは思わないけど、私は人でタンポポじゃない。

 私はただ、鈴ノ木さんに好きと言われて、鈴ノ木さんの隣に立って堂々と彼女だと言えればいいのだ。私に足りないのは周りの視線に耐える強さだ。

 それが足りないと思った私は、付き合うより先に、「私が鈴ノ木さんの隣にいて、それが自然だと周囲に思わせていると実感出来たらはっきり決めたい」なんて面倒な提案をしたのだ。勿論鈴ノ木さんも最初は理解に窮したようだけど、何となく私の厄介な性格に気付いたように承諾してくれた。



 ――それから、それから……。

 私達は時間が許す限り一緒にいるようになった。

 放課後は鈴ノ木さんが空いていれば学校まで迎えに来て、一緒に歩いて帰ったり、本屋の仕事が入っていれば私の方から会いに行ったり。鈴ノ木さんが本業で原稿から手が離せない時は、私が部屋まで行って身の回りの片付けの手伝いや食事の世話など焼いたりした。そして時間が合えば休みの日は図書館だったり食事だったり買い物だったり水族館だったりと外に出掛けたりもした。


「つーか、それは普通に付き合ってんじゃね?」


 と、最近の私らの様子を見てサトはそう言うけど、やっぱり厳密には違うのだと否定する。

 だって私達は恋人同士なら自然な接触は一度たりとも行ってはいないのだ。

 キスはおろか、腕も組まないし手も繋がない。

 絵に描いたような恋人未満を現在も継続中な訳なのだ。

 しかしいい加減、いくらなんでも鈴ノ木さんが不憫だとサトが同情し、私への非難が増して来たのでそろそろ潮時かなと思い始めている。


 実はと言うと、「自信がない」なんて最初だけの言い訳。ホントはいつだって付き合ってもいいくらいの気持ちは固まっていたのだ。

 私は気付いてしまったんだ。鈴ノ木さんが「好き」と言ってくれる度、「愛しい」と熱を込めて見詰めてくる度、言いようの感情が私の内で大きく波紋を作る事を。

「好き」と言われて嬉しいのは自然だ。ただ、その時に素直に私が受け取らなかった時の鈴ノ木さんの寂しげな顔は子犬がしゅんと耳を垂れる様に似ていてなんともそそられる。

 鈴ノ木さんの百の「好き」に対して私が三十程の「ありがとう」を言った時の物足りなさげな顔とか。それでも毎日毎時間尻尾を振って惜しみなく注がれる鈴ノ木さんの愛情を浴びる心地よさに私は浸っていたのだ。

 鈴ノ木さんは健気にただ一つのご褒美を待っている。ただ一つの言葉を待っている。

 私が「好き」と言うのを待っている。

 それを知っていて褒美を出し惜しむ私がいるのだと気付いてしまった私の難儀な性格。

 とにかく鈴ノ木さんを焦らしたいって、悪癖だ。

 先に色々な理由を述べても結局はそれは全てただの言い訳。私はもっともらしく臆病な羊を演じながら、ホントはただ鈴ノ木さんを困らせる事への本音を隠していたに過ぎない。

 これには私さえ驚く新たな自我でもあった。ただ、鈴ノ木さんのブレない気持ちが前提にあって成立するのだけど。


 因みに、この性癖を言ってしまえば私はサディスティックな側になるのだけど、人前で恥ずかしげもなく甘さ全開の鈴ノ木さんに翻弄されるのも嫌いじゃないのが困る所だ。

 だけども思うに、鈴ノ木さんはそれすら気付いていてその両面を楽しんでいる節がある。だから余計に私はしまっている餌を出す時期を逸していたりもする。

 ええ、ある種のプレイだとサトには揶揄されましたよ。だからどうにかしようとも考えるのだけど、遊びが過ぎてしまって今更な感じがより難易度を上げてる現状です……。

 先人はそれを自業自得とよくぞ言ったものだ。

 しかし、今は先人の有り難いお言葉で反省するより木之蓮の新刊である!

 期間限定の新作ドーナツと定番のドーナツを一つずつにカフェオレを注文し、私は壁際の角の二人掛けの席に着く。それからカフェオレを一口飲んで、買ったばかりの本を取り出した。

 本日発売の鈴ノ木さんの新作短編集。書き下ろしもついているのが嬉しくて、目次からタイトルをなぞる。どうやら今回の表題にもなっている書き下ろし作品から始まるみたいだ。


「本屋のお兄さん」


 自然と思い浮かぶ人が一人いる。

 私は食べるのも忘れて読み耽った。

 それは本屋で働く主人公の青年が、客として訪れる一人の女子高生に想いを募らせる内容で、全てが主人公のラブレターのように綴られていた。

 一途で真っ直ぐ過ぎる本屋さんは、女子高生の思わせぶりな態度に翻弄されっぱなしで笑えるも何処か切ない。というか身に覚えのあるエピソードも含まれ、これはほぼエッセイではないかと意見したい。

 ああ、でもエッセイと言うなら此処にある本屋さんの心情は鈴ノ木さんの気持ちと言えるのだ。なんて公私混同。他人では分からないのを良い事に公の出版物でラブレターなんて狡すぎる。それも私の大好きな木之蓮の名前を使ってやるのだから反則だ。

 私の中で鈴ノ木さんへの好きと、木之蓮への好きは違うベクトルを向きながらもどちらも失いたくない程に好き。その相乗効果を狙うように、木之蓮作品として、作品の中の鈴ノ木としてラブレターを書くのは卑怯と言っても許されると思う。

 嬉しくて仕方ない。

 ラブレターなんて、こんな人目につく場所で読むにははばかられるのに、読者としての性がページを捲れと促す。そして私の中の恋心は勘弁してと悲鳴をあげる。

 嬉しくて恥ずかしくて恥ずかしくて嬉しくて照れ臭くて、好きって言葉の花一輪が抱えきれない花束みたいに捧げられた気分だ。


 ページを捲る。

 話はいよいよラスト。なんとか想い人と友人関係を築く事が出来た本屋さんが、まだ恋人とは呼べない彼女が待つカフェに向かうシーン。そしてこれから告白をするぞという所で物語は終わった。

 はっきりとした決着は敢えて記さなかったようだけど、幸福を願わずにはいられない幕引きだった。

 だけどその願いは本の中の彼か、本の外の彼か。

 ダークレッドのスピンを挟んで本を閉じ、一息ついでにカフェオレを飲む。……ぬるい。

 どうせお代わりは貰えるからと、一気に飲み干してドーナツに手を伸ばす。

 私としては珍しい事に、本の続きを読むにはちょっと間を開けたかった。あの甘酸っぱい気持ちを噛み締めたかった。


「お待たせ」


 ドーナツを食べ終える頃、仕事を終えた鈴ノ木さんがやってきた。


「お疲れ様です。何か食べてから帰りますか?」


「今日は平気。冷蔵庫に貰い物のシュークリームがあるから。ひとみちゃんも食べる?」


「……食べたい、です」


 ドーナツを食べたばかりと言わないで。鈴ノ木さんの貰い物と言ったら、有名スウィーツ店の物が多いから誘惑度が高いんだ。


「それじゃあ早速帰ろっか」


「はい」


 早々に店を出ると、冬の空気の洗礼を受ける。陽も傾いているから、より寒い。


「ひとみちゃんはこっちね」


 鈴ノ木さんが車道側に立って歩く。車避け以上に風避けかも知れない。こんなエスコートも嬉しいけど、私を冷やさない為の手段て他にもあるのに。

 鈴ノ木さんはあれだけ好きだと言いながら、真率丁寧に律儀に頑なに私の長い長い待ての「良し」を守っている。

 確かに最初の私の態度も悪かったけど、少しは強引に我が儘に出てもいいのに。最初の最初は強引に行動してたくせに。


「鈴ノ木さんのバカ」


「え、なに突然……え……?」


 発言に驚いて、次はまた別の理由で鈴ノ木さんが目を丸くする。

 私が、鈴ノ木さんの手を繋いできたからだ。


「ひとみちゃん?」


「こっち見ないで前見て歩いて下さい」


 これから私はデれるのだ。恥ずかしいから顔を見られたくない。まるでいつかの放課後のように私達は並んで歩く。


「本、読みました。あれ、私宛てですよね?」


「そうだよ。気に入ってくれると嬉しいけど」


「気に入らない訳ないじゃないですか」


 大好きな作家の文章で、大好きな人から告白を大々的に受けたのだ。


「でも、二度とやらないで」


 心臓に悪いし、他の人が分からなくとも自分宛てのラブレターなんて誰かに読まれたくない。


「……あれが私だけの為の文なら、本にしたら駄目だよ」


「ごめんね」


「……別に、怒ってないけど……」


 独り占めしたいだけなの、気付いてないのかな。いや、分かって欲しいならはっきり言わない方が普通に悪いのだ。

 延ばし延ばしにして来たけど、言うなら今日にした方がいい。此処で逃したら私の性格上、また次のきっかけまで数ヶ月のスパンを要するのは想像に難くない。

 さあ、言うのだ。「好きです!」って。


「あの、鈴ノ木さん……っ」


 足を止めて思い切って隣の鈴ノ木さんを見上げ、私の息は止まった。

 じっとこちらを見つめる鈴ノ木さん。とっさに私が目を離すも、向こうが逸らさないのが分かる。目尻はだらしなく垂れ、フィルターを通さずとも分かる好き好き光線。その感情を隠そうともしないから、真っ直ぐな気持ちがダイレクトにハートに突き刺さる。

 加えてこちらの気持ちを見透かすみたいに「好きなんでしょ」って問い掛ける視線の居心地のなさったらない。

 分かってるのだ。私の気持ちなんて最初っから。

  私が鈴ノ木さんの気持ちが分かるのと同じように、私の想いも手に取るように分かっている。そのくせ、どうしても私の口から言わせたいのだろう。「好き」の一言を。どうしても聞きたいのだろう。「好き」の一言を。


「ひとみちゃん、俺に言う事は?」


「知らない」


 恥ずかしさに負けて結局背中を向ける。自分でもツッコもう。どこのツンデレだ! って。これでまた私はしっかりきっかり鈴ノ木さんとのお付き合いを延ばして微妙な関係を続けるのだ。

 ――そう思ったのに、右腕を後ろから取られ、私の視点は一転する。人気の無い住宅街。誰それと分からないお宅の塀に背中を押し付けられ、私はすっかり鈴ノ木さんに囲われる。

 この態勢はいわゆるアレだ。恋人的な何かだ。


「誰かに見られたら困ります」


「俺は見られても構わない」


「私が嫌がったら鈴ノ木さんが悪人ですよ」


「嫌がるの?」


 コツンとおでこがぶつかった。全体像を映さない程に鈴ノ木さんが近く、生暖かい息が吹きかかる。熱いのはどっちの吐息だろう。戸惑いながらも今度の私は視線を逸らせずにいた。


「本、読んだよね?」


 口頭で答えたら息が余計にかかりそうで、まばたきで頷く。


「あれがラブレターだって分かってくれたんだよね?」


 もう一度まばたきを繰り返すと、鈴ノ木さんは満足げに微笑む。


「じゃあ、返事を頂戴」


 子供みたいにおねだり。


「好きか嫌いか、それだけが聞きたいんだ」


 猫みたいなおねだり。鼻と鼻が擦れ合う。


「いつか言ったよね。ちょっとずつ近付くつもりだったって」


 眼鏡をずらされ、まぶたに唇をあてがわれる。離れて再び目が合う。


「今が良い時期だとお兄さんは思うのですよ」


 大きな右手が私の左の頬になぞって触れる。親指が弧を描いて頬骨の部分を撫でる。そして唇をなぞる。


「ねえ、好きって言って?」


 甘いおねだり。

 鈴ノ木さんの長い睫毛が私の顔に影を作るくらい近付くから、目を閉じた。これは許しの合図。

 それなのに、それなのにだ。

 チュッとわざとらしいリップ音と共に吸いつかれたのは唇の真横。いつかと同じ場所のキスなのに、鈴ノ木さんと目があって私は酷く物足りなさを感じる自分に気付いた。


「言ってくれなきゃ、駄目だよ」


 何が駄目なのか分かってる。

 私の最後の砦が崩された。頑強で強情な素直になれない私の砦。

 そして思い知った。焦らすつもりが、全部鈴ノ木さんの掌で踊らされてまんまと私の恋心を育て上げられた事を。

 少なくとも、これだけ焦らされてキスをねだりたくなるくらいに育った私の恋心。


「鈴ノ木さん……」


 とうとう観念した私は、心を決めて鈴ノ木さんの耳に手を当てる。

 これで上手に言えたら、後から貰える褒美を期待して。


 

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