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お兄さんに告白

 

 少女漫画の世界では好きな相手と何らかの理由で仲がこじれ、ちょっと顔が合わせ辛いなって時に、その相手が校門前で待ち伏せしてるってシチュエーションをよく見かける。

 ――私、現在それを身をもって体験しています候。


「……学校関係者以外が校門前でウロウロしてると、通報されるんですよ」


「世知辛い世の中になったよねー」


 にこりと屈託なく微笑みを返すと、鈴ノ木さんは何事もないように私に合わせて歩き出す。


「もうお体の具合は良いんですか?」


「過労と睡眠不足だから一晩休めば平気。それよりも早くひとみちゃんに会いたかったから」


 さらりと吐かれる甘い言葉を聞き流すようにしながら、顔色を窺い見るが無理した様子は見当たらなかった。

 本屋では隠している美人オーラも現在は惜しみなく発散し、帰り際の学生さんらが興味津々と視線を浴びせるのが背中からでも分かる。ちらりと視線の先にクラスメートが見え、今にも口を挟もうとしているのが分かったので私はさっさと通常の帰宅ルートを辿る事にする。何も言わなかったけど、鈴ノ木さんも隣りに足並みを揃えてきた。

「道案内をしてたんだよ」って言い訳は明日通じるだろうか。そう思いながら少し息をつけば鈴ノ木さんは気遣わしげにゴメンねと言った。学校まで来るのは迷惑とは思ったけど、怒りはない分そんな申し訳なさそうな顔が心苦しい。というか、キュッと切ないのはもう私がまごうことなくソレだからなのだけど、いまいち素直な気持ちの伝達方法が分からずに「いいえ」と素っ気ない言葉だけを返してしまう。


 取り敢えず私達は無言で歩く。目的地が自宅なら私と鈴ノ木さんはゴールが同じなので、並ぶのは必然になる。

 さて、どうしたものか。

 どうせならわざわざ鈴ノ木さんから作ってくれたこの機会にお話なんぞした方がいいだろう。だけど、注目度の高い彼と適当なお店に入る気にはならない。かと言って青春ドラマの定番の公園や土手道がルートにはない。


「……道すがらのお話でもいいでしょうか?」


 一番手っ取り早いかなって案を不意に出せば、すぐに意図を解した鈴ノ木さんに一笑される。


「ひとみちゃんてば、恋愛にずぼらだねぇ」


「そんな事、言われたの初めてです」


「そりゃそうだよ。ひとみちゃんの過去に他の男との色恋は要らないもの」


 ナニソレ。

 言ってる意味が分からず首を捻ると、鈴ノ木さんは小さく教える。


「ひとみちゃんのマジ恋は俺への分以外はゴミだから。ずぼらでもマメでもその恋愛に対する姿勢とか気持ちとかは全部俺に向けてるものであって欲しいの」


「それは独占欲、なんでしょうか」


「勿論。言ったよね、好きだって」


 あ、今鈴ノ木さんが私を見てる。

 視線を横目で捉え、私は気恥ずかしさで向き合えずにひたすら歩く方向を見つめる。

 やっぱりまだ慣れない告白にはどんな顔をしたらいいのか分からず困るなぁ。

 私だって鈴ノ木さんは好き……と言っていいと思う。だからこれは両想いと言えるのだろうけど、婚約者の件もあるのでうっかり喜べない。

 詳しい事は本人に聞けとサトには言われたが、鈴ノ木さんは私が気付かないだけで周りにはだだ漏れなくらい私をずっと見ていたのだとだけ教えてくれた。加えてその行為はストーカー行為だとも言われたけど、そんな被害は微塵も覚えがないのでどこまで本気なのかは分からない。ただ、客観視しても鈴ノ木さんの私を見る目がとろけるように甘く思えるのは自意識過剰じゃない、筈。

 けれども自分の恋愛を客観視して、相手の気持ちを量って確信を得るなど女子高生には難易度が高くないだろうか。


「難しい顔してるね」


「ちょ、鈴ノ木さん、危ない」


 我に帰ると鈴ノ木さんが正面から私を覗き込んでいたので、恥ずかしいのと前方不注意とで慌てて彼の顔をのかして後ずさる。

 自分の顔が赤くなるのが分かる。

 だけど赤くなるのは仕方ないでしょ。鈴ノ木さんの顔をアップで見るなんてまだ耐性が出来ていない上、近付いた時は軽いキスを貰ってるので反射的に色が差してしまう。


「ひとみちゃん、顔、赤い」


「それ、わざわざ言いますか!」


「言った方が分かりやすいでしょ?」


「言わなくても自分で分かりますよ」


「でも言った方がもっと分かりやすい。ひとみちゃん、全部心の中で考えるタイプでしょ? そんな難しい顔するより聞いた方が早いのに」


「……なんて聞くんですか」


「俺がひとみちゃんと松子、どっちが好きなのか、とか?」


 不意の発言に言葉に詰まる。

 それを改めて私の口から言わせたいのか。素直に応じたら鈴ノ木さんはどんな返事をするのだろう。

 私と即答してくれるのだろうか。


「ひとみちゃん、また自分だけの思考に留まってるー」


 だんだん恨みがましくなる鈴ノ木さんの批判に、私はおかしくなって吹き出した。

 頬を膨らませ、まるでお母さんにかまってもらえない小さな子供みたい。

 そんな一面を見せられて、私をどぎまぎさせるかっこいいお兄さんの印象ががらりとを変わる。

 笑ってしまったからだろうか。さっきまで緊張していた肩の力が抜け、突然閃いたように何かが見えた。


「――鈴ノ木さん、私、ちょっと自分がどうしたいか分かった気がする」


「ん?」


 きょとんとする鈴ノ木さんをしっかり見上げ、私は自分なりにちょっと頑張って可愛く笑ってみせた。


「え!?」


 きっと予想もしてない私の反応に戸惑う鈴ノ木さんは、思いきり赤面を見せる。

 ああ、私はこの人からこんな顔を引き出す事も出来るのか。いつもこっちが翻弄されているのだからいい仕返しだ。


「ひ、ひとみちゃん?」


 今のは何? と、どもる鈴ノ木さんの声がおかしいくらいひっくり返っている。私は笑い出すのを堪えて早足で鈴ノ木さんの数歩先に進んで振り返った。

 話しているうちにいつの間にか自宅マンション前に着いていた私達は、郵便受けのあるホールでいつかの日のような立ち位置で向かい合っていた。

 思えばあの日の再会の瞬間は私にとって、苦虫潰しちゃう嫌な記憶だったんだよね。でもあれが実は仕組まれた罠だと知った今は、そんな鈴ノ木さんの行動が子供じみて甘酸っぱくて、それからじわじわ来る腹立たしさ。私は本気で恥ずかしい思いをしたと言うのに、この人はそれに漬け込もうとしたのだ。


「鈴ノ木さん」


「は、はい!」


 緊張している鈴ノ木さん。いつの間にか形勢が逆転していて、私は楽しくなる。

 楽しくて、くすぐったくて、加えて優位な立場を知ると人は大胆になれるのだと知った。

 驚いて息を飲むくらい綺麗な顔で、なのに地味を装って本屋のお兄さんをやっていて、そのくせ実は有名な私の大好きな作家さんで、更には私に一年前から片思いをしてくれていたらしい鈴ノ木さん。

 私なんて地味だし、ちょっと読書が好きなくらいの取り分けた特技もない平凡な女子高生なのになんて勿体ない相手なんだと思う。

 でも、確かに今私が受けている熱の籠もった視線は、確かなものだと信じていいよね?

 自惚れでなく、本気だと受け止めていいんだよね?


 私も彼を「好き」と応えてもいいんだよね……?


 

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