鳴子さんは、右利き上手 4
※*※
「あら、あなた……」
向かいの、身をおこして、お婆さんが手招きしている……。
「あの子……えらい別嬪さんねぇ、あなたの‘こういう’人、なんでしょう?」
皺を刻んだお婆さんの小指、一緒になって起き上がると、そうして世間話をもちかけてくる。ほんとうに、世話のやかないお婆さんであるけれど、ただ、僕たちはこの室内で二人きりなのだった。
「いえいえ、そんなことは」
両手で押し引きジェスチャーを返すが、一見、つうじた御様子ではなく。まだまだ、おおさめいただくには物足りないのであろうかと、しばらくお付き合いのほど……耳を傾けることにする。
お婆さんの好奇心と、とめどない問わず語りはおよそ僕の通っている学校のことにまでのぼり、『あそこの丘はどうなっている』、『あれまぁ旧校舎はもう使われていないの』、『七不思議といってももう一つあるのよ』、と、感心するばかりの僕がいる。
なにはともあれ、嬉しそうな顔をしてあれこれ語るお婆さんを見るのも、そう悪い気はしないので……。
『裏山の今は昔』にひとしきり興味を抱く中、お婆さんは僕の方から目移りすると、「あら、もうこんな時間なのね」と窓の向こうに投げかける。
「最近、日が短くってねえ……年はとるものじゃないのかしら、ね」
つつましやかな笑窪に、ひっそりと右手を添え、目尻に皺を寄せるお婆さん……けれども、何かあることに気付いてしまった様子で、表情を固く、暗くするのだ。
「ごめんなさいね……」
素気なく被せられた寝具の上、掌を重ねるお婆さん……左薬指を見て、光るものを指で触れたかと思うと、他人の視線を憚るかのように……陽の当るところから隠してしまった。太陽は、沈む西の空にあるところを迎えている。伸びる影に、一日の短きありようを、‘歳’の瀬を眺めている
「あなた、いくつ……?」
唐突に問われ、茫然とする……けれども、『今年で……十六に』と返答す。
「そう……」
もう一度、手許を見て、それから……足元を見て、嘆息するのだ。
『もう、夜更けなのね』、と独り尋ねる。
お婆さんの、その変わりように……息を呑んで、‘どうしてしまったのか’と、目を反らすことも躊躇われる。
そして……そう、まだ陽は『西の空』にあるのだ。
「……長かったのかしら、それとも、短く……感じてしまったのかしら、」
ひと思いに、決める……告げることもできない様子で、口に漏らす一言をだけ、残す……お婆さん、
「……あなたはどうかしら、あの子を、悲しませてはいないのかしら」
お婆さんはそれ以来、僕の目の前にいて、語るもなく……口を噤んでしまった。
prologue 鳴子さんは右利き上手
とりあえず、飽きてしまわないように、小説を同時執筆してます。つまり飽きっぽいので、もうひとつ何を続けましょうか迷っています。という、不定期更新の言い訳でした。