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異形の子ら  作者: Gさん
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第五章

 十月になって、弊社に耳を疑う様な依頼があった。

 三組の神前結婚式の依頼である。それ自体は珍しいものでもなく、弊社の貴重な収入源だ。珍しいのは顔振れである。

 一組はジュン君のお姉さんとチンピラA、つまり兄貴と呼ばれていた奴である。

 もう一組はネジさんの知り合いのチンペーさんと、僕がカジノで知り合ったおばさんだ。彼女が死んだと思っていた人物がチン坊さんであり、おばさんにとって、かつての恋人だったという話らしい。あんな奇妙なケミカルショップで買い物をした人物は一人しかいなかったのだ。 

 最後の一組は、何と、ネジさんその人とあのソムリエールさんである。中津総支配人にお願いしていたのはその事だったのかと得心した。ネジさんの別れ際の台詞に感心させられたが、何の事はない、単なる事実をいったに過ぎなかったのだ。


 この話に狂喜乱舞したのは祖母である。

「だから結婚式場を作っておこうといっていたんだ。あの坊主は出世したから、黙っていても五百人は集まってしまう」

「今から建てられませんし、どうすべきか悩ましいですな」と父。

 母は落ち着いて意見を述べる。

「今からできる事を考えましょう。雨が降らない事を前提に、野外で行えばどうでしょうか」

 この人が降らないといえば降らないのだろう。

 僕も続けて意見する。

「皆さん、その議論をする前に予算は聞いたのですか?」

 それはそうだ、と父が問い合わせてみた。

「・・・・・・・・」

「父上、どうかなさいましたか?」

「金は払わない、との事だ」

「まさか!」

 全員が声を揃えた。

「何でも『ハルに貸しがある』とかで、無料にしろと」

「冗談じゃないよ! あのクソ坊主」

 祖母が怒っている。こんなに怖い事があろうか。

「ハル! 説明しなさい」

 父母が目を吊り上げて叫んだ。

 やむなく事情を説明する。ネジさんに人捜しを手伝って貰った事、その報酬として彼がもう一度、京地下を巡る旅をする程度の金銭を払う約束をした事を。

 まず、父が噛みついてくる。

「お前が悪い。細かな事情はどうあれ、約束したなら対価を払うべきだった」

「そうおっしゃいますが、乞食坊主の類だと思っていたネジさんが大僧正と知って、それでも十万程度のお金を欲しがるとは思わなかったんです」

 祖母が畳みかける。

「十万が百万でも構わなかったんだよ。その程度の小銭を握らせておけば、今回の言い掛かりはなかったんだ。一体幾らの損害になるか・・・・」

 皆の視線が痛い。

 母が意を決して切り出す。

「できるだけ回収しましょう。きっとできます」

 母のポジティブさに救われた。


 数日して、参加者名簿が送られてきた。

 親類縁者が三十名程。その他がざっと千名。内、賓客が十名程度だ。三組の挙式にしては親類縁者が少ないが、その他の人数が多過ぎる。それらの殆どが京阪からで、バスを連ねてやってくるそうだ。

 祖母の目が光る。

「これはチャンスだよ。うちの嫁さんがいった通りだ。回収できる」

 何か良からぬ事を思い付いたらしい。僕としては、余りに無体な事まではさせられない。

「宴席を設けるとしても、千名分は無理ですね」

「そりゃ無理だ。親類縁者と賓客だけ上がらせて、他は我慢して貰うさ」

「それは良いとしても四十名ですよ。拝殿に座って頂く事は可能ですが、そこで宴会をする訳には行きませんし」

「宴席は社務所に設ける。それ以外の人は立たせておく」

「来客はお歳を召した方も多いですし、立たせておくなら医者の手配が必要では?」

「嫌ならさっさと帰って貰うさ。どうせ坊主ばかりだよ」

「宴席の料理はどうしましょう。料亭にでも頼みますか」

「馬鹿いってんじゃないよ。近所の定食屋で充分さ。海老フライ定食でも並べて終わりにする」

「まあ、海老フライで良いのでしたら、私が作りますよ」

 母が明るく応えている。

 もう、何もいわない方が良さそうだ。

 それから境内の大改修が行われた。社務所の襖を取り払い、宴会会場に仕立てる。これができるのが日本建築の素晴らしさだ。

 何故か境内を竹垣で囲み、門を作って机と椅子を設置する。駐車場の看板を外し、新たに『バス駐車料金五万円』『一般の参拝者の方は三時までご遠慮下さい』と書かれた看板を立てる。

 祖母は地元警察へ打ち合わせに行った。何を打ち合わせる必要があるのだろう?


 当日。

 大型バスが二十数台連なってやってきた。交通整理に借り出された警察官が忙しくしている。ホイッスルと怒号が飛び交う。

「駐車料金がそんなに高いなんて聞いてないぞ」

「そっちの都合なぞ知らんわ。嫌なら他へ行け」

 運転手と警官が揉めている。バスは一旦他へ回り、諦めたのかやっぱりここへきた。

 交通会社としても、乗っている僧侶の方々を遠くから歩かせる訳にはいかなかったらしい。百万以上の出費で大赤字だろう。

 不幸はまだ続く。バスを降りた坊さん達の群れは、竹垣に囲まれた境内に入れないでいる。その入り口には受付が二カ所あって、一方は婚姻のご祝儀の受付で、残りは入場料の受付である。『入場料五千円』と大きく表示されている。

 大胆にも、一人の坊主が竹垣を越えようとしている。

 警官が素晴らしい手つきで防犯ボールを投げつけた。

 ボールは後頭部に当たり、蛍光塗料が丸い模様を作る。

「家宅不法侵入罪だ」と取り押さえられ、小人宇宙人よろしく両脇を抱えられて退場して行った。

 祖母が不敵に笑う。

「一人は出ると思ったよ。坊主はケチなのが多いからね」

 その様子を見て、袈裟姿の集団はしぶしぶ手続きを始めた。


 親類縁者と賓客の方々には裏手から境内に入って頂き、幾つかの仮設テントとパイプ椅子で構成された控え室にて休憩をとって貰う。

 父と弟妹達は式と宴席の準備に忙しく、接客は母と祖母がしている。

 女性方は着付けに忙しいみたいだ。そっちは母の担当である。袴姿のチンピラ兄貴とチンペーさんは、緊張した面持ちで座っている。チンペーさんってこんな人だったのか。海水浴場で泥酔して溺死してしまった伝説のボクサーに似ている。

 竹垣の向こうの様子を見て、ネジさんがいう。

「流石はフユ大姉やな。入場料は十万にでもしてやったら良いのに」

「そんなに手持ちがある筈もない。連中は金を払う事をしないからね。ところで『大姉』はやめろ」

 ネジさんをアキ君と引き合わせた。

「おお君やな。儂を殺そうとしたのは」

「よく死ななかったね」

「めでたい日に縁起でもない事言いなや」

「いい出したのはソッチでしょ」

「まあそうやけど。しかし、ちっこいのう」

「ちっこいいうな。これから大きくなるんだ。まだ十二歳だから」

 ネジさんは大きく溜息を吐いた。

 アキ君は「結婚おめでとう」との言葉を残し、辞した。

 代わって僕が喋る。

「彼が十二歳だっていってませんでしたか」

「いや聞いとったが、聞くと見るとは大違いやな。改めて会うと、まず落ち込まずにはおれんわい」

「彼に不幸を負わせた事が?」

「そうやな。あんな少年が悩まなくてはならん世の中を作ってしもうた事にや。丁度良い機会や。今日は面白い連中も来とるさかい、何とかできんやろか」

 賓客の事か。名簿では高級僧侶の他、近畿州と山陰州の知事、丹後市の市長、地方経団連のお偉いさん達がきている。


 医師に抱かれてナツがきた。彼女はもう喋れる様になりつつある。

「ネジちゃ、おめちょ」

「おめでとうというとるのかいな。有難う。これは可愛い赤ちゃんやな。君の子か?」

「そんな訳ないでしょ。でもネジさんもご存じの筈ですよ」

「誰や」

「僕達の女神じゃないですか」

「おお。え! ほー。嘘吐け」

「嘘ではありません。僕は嘘を吐けないんです」

 医師に代わって僕が抱く。

「彼女には諸事情がありまして、リアルではこの姿なんです」

「ネジげんちちょでよか。よめちゃもちゃなびじ!」

「先生、通訳をお願いします」

 医師が手帳をひきながら答える。

「ええと、約30%の確率で『ネジさん、現地が少なくて良かった。読め茶を! おもちゃはビジーだ』でしょうか」

「どこが30%やねん」

「ぶー」とナツ。

「今のは100%の確率で『それは違う』ですね」

 三人で大笑いした。ナツも「キャッキャッ」と楽しそうだ。

 祖母が僕からナツを取り上げる。

「この子と少し話をするよ」

 そういうとどこかへ連れ去ってしまった。まるで女衒だ。


 入れ替わりでヘーハチ校長がくる。

「あんたがハルを助けてくれたネジさんか。還暦と聞いとったが若いのう。結婚おめでとうさん」

「かたじけない」

 そう言葉を交わしてから、黙して見詰め合っている。この二人には何か通じるものがありそうだ。

 ヘーハチ校長がポッと頬を赤らめる。それに応じてネジさんはモジモジし出した。

 どうやら何かが通じ合ったらしい。

 突如、ネジさんが叫ぶ。

「そもさん!」

「説破!」と校長。

「小僧戯れに問う『猫に仏性ありや』と。和尚答えて曰く『無』也。これ如何」

 これは有名な禅問答の捩りだろうか。「犬に仏性があるか」と聞かれた高僧が「ない」と答えた話があって、その真意を考えよと言うヤツだ。その犬を猫に置き換えて「何故猫に仏性がないのか」その理由を問うているのだろう。

 校長は額に汗して唸っている。

 ナツが連れてきた子猫のキーマが近くにきている。ニャーと一鳴きしてどこへ去った。

 校長が閃いた様に答える。

「無しと自ら答ふるものなりや。ニャーって」

 苦し紛れの答えだ。

「愚かなり。真意を答えよ」

 ネジさんの追求は厳しいが、校長もただの人ではない。

「海じゃ。真意は海にある」

「成る程『海』か! う~む、これは深い答えや。いや参りました」

 校長は「ホッホッホッ」と笑いながら去って行った。

「ハルよ。お前の周りには凄い人達が集まっとるのう」

「どこにですか?」

 僕には全く理解できない。


 そうしているうちに、挙式の準備が整う。

 数々の御贄が備えられた祭壇を前にして、三組のカップルが親類縁者や賓客達に囲まれて鎮と座っている。坊主軍団は拝殿の中に入る事を許されず、早くも疲れた面持ちで立たされている。狭い境内に千人の和尚連が立錐の余地なく詰め込まれていて、人いきれでスキンヘッドも曇りがちだ。

 宮司たる父が大仰な装束に冠を被り、大幣を持って現れた。

 弟達がタイミング良く雅楽の再生ボタンを押す。

 これから祝詞の奏上が始まるのだが、お経と違って祝詞はその意味が分かり易い。それが良いという人もいれば、有難味が少ないという人もいて悩ましいところだ。

 父は祭壇に一礼し、振り返って一礼して、もう一度祭壇に向かう。そして、シャカシャカと大幣を左右に振り出す。

「かけまくも、かしこきとようけのおおみかみのおおまえに、かしこみかしこみもをさく。このたびさんくみのこんいんのぎをとりおこなうも、じかんがないのでくいっくばーじょんでおこないたまふことゆるしたまへ・・・・」

 皆がポカンとした表情になる。笑って良いところなのか、笑ってはいけないのか判断が難しい。辛い十分間だったと思う。

 祝詞が終わると竹垣が取り払われ、代わりに露店が並べられた。

 押し込められていた坊主衆は外へ出ようと我先に飛び出して行く。そして、苦痛から解放された喜びも手伝って、多少浮かれた気分で露店を覗く。祖母の手による演出である。

 ペットボトルのお茶千円、精進お好み焼き千円、精進タコ焼き千円と掲示されている。確かに暴利だが、喉も渇いているし、食事も摂っていない者達ばかりである。競う様に買い出した。

「このお好み焼きは何が入っているのですか?」

「キャベツだね。精進料理だから。あとは粉と水、それにソースか」

 しぶしぶ千円を差し出す。

「割り箸を頂けますか」

「割り箸も千円になります」

 僧侶は泣きそうな顔をして引き上げる。手づかみでお好み焼きを食べる僧侶の姿は、生涯忘れられないだろう。でも蛸なしタコ焼きよりはマシかも知れない。そっちは爪楊枝一本が千円なのだから。


 社務所では宴席の準備ができている。

 かなり思い切った趣向だ。お膳は四十人分もないので数名に一つ、振舞いは銀色のお盆に乗ったレタスと海老フライだけ。飲み物は子供用にプラッシーと、2Lペットボトルに入った甲種焼酎がでんと置かれているのみである。

 親戚縁者の方々は目を丸くしていた。喜んでいたのは若干一名のみである。賓客達は流石に肝が据わっているらしく、ガハハと笑いながら焼酎をあおっている。

 そんな折、一つの影が音もなく祖母の席に近寄る。

「お祖母様、首尾をご報告申し上げます」

 妹のソラである。今日は細作の役目をしているらしい。

「報告せよ」

「駐車料金百万円、入場料五百万円、屋台の売り上げ百五十万です」

「利益は?」

「約六百万かと」

「警官達は袖の下を要求しなかったかい」

「お祖母様の読み通りでした。皆面白かったと喜んで帰りました」

「そうだろうとも。で、結婚祝儀の総計の方は」

「これが驚くべき数字です。約一億でした」

「千人が十万づつ包んだ計算かい。何て事だ」

 祖母の目が勝負師のそれに変わる。

「ネジ。お前らの祝儀、半分は置いて行くんだろうね」

「何をおっしゃいますやら。一銭も置いて帰りまへんで。これはウチらが取るんやない。連れの二組にプレゼントするんですわ」

「何を善人振っているんだ。この欲深坊主が」

「そんなら儂のココロをちょちょいと読んでみてや」

「ええい、お前だけは若い頃から読めやしない。この特異体質めが」

 そんなに昔から知り合いだったのか。今後、僕が知り合う人の全員が既に祖母の知己だと思う事にしよう。

「酷いいわれ様や。どっちが特異や」

「こんな事なら入場料を一万にしておくべきだったよ」

「だからいいましたやろ。なんぼでもアイツらから取ればエエって」

 祖母と対等に渡り合う人を始めて見た。僧侶なのに神前で挙式を行う程の人だから、心臓に剛毛がびっしり生えていても不思議ではない。

「もう分かったよ。その代わり、これからする事を手伝いなさい」

「何をするのか知らんけど、お手伝いしましょ」


 祖母が手招きして、ネジさんと政治家達を自分の執務室へ呼ぶ。当然僕も同行した。これ以上何もさせられない。

 丹後市長が口火を切る。

「また何かご依頼を承るのでしょうね」

「その事は後回しです。皆さん適当に座りなさい。今から重大な発表をします」

 どうやら祖母は政治家達ともつながりがあるみたいだ。そういえば、選挙になる度に忙しく動き回っていた。票集めに奔走していたのだろう。

「私は今日をもって我が社の斎女を引退します」

「おお」と賓客達。

「そして、この子が私の後を継ぎます」

 奥から医師に抱かれてナツが登場してきた。

「ちゃい。ばぶー」

 一斉に騒めく。当然の反応だ。どこへ連れて行ったかと思えば、こんな茶番を仕込んでいたとは。

「この子は形は0歳でも頭はお前達より大人だよ。現に、半世紀かけても適わなかった国家事業を一人で完遂させている。自分達の0歳の時を思い出してみなさい。何もできなかっただろう」

 それは当たり前だ。というか0歳の時の事なんて誰も憶えていない。

「この子が表で斎女をして、私は隠居として裏で院政をひきます」

 結局は同じか。

「院政とは法皇にでもなられた様な口振りですな。具体的には何をなさるのですか?」

 山陰州知事が尋ねた。祖母に嫌味を含んだ表現をするなんて、気骨のある人物だ。

「今日のところは通訳だね。我が社に新斎女が誕生したんだ。その祝いを皆さんから貰おうと思ってね」


 茶番劇場の始まりか。

 ナツが喋り出す。

「えびちょ。ちょ、えびちょう。ちゃるちゃるちょーちゅちょ」

「最近の州の政策のうち、小中学校をリアル世界に建築する法案に一部改正を求める」

「えびちゅき。ちゃべちゃいな。ちゅこちちゃけ」

「立地場所を病院・施設に併設する事とし、クラスA・Bの子らも楽に登校できる様、配慮する事」

「えびふりゃ。ちゃべるの」

「更に、廃棄される予定の旧エリアのプラットホームを、全クラスの子供達に解放し、彼らの自治の元に自由に活用させる事、だそうだ」


「最後の方は我々でも聞き取れたのですが」

 丹後市長が申し訳なさそうにいった。

「頭の悪い奴だね。今いっている事を訳したんじゃないんだよ。予め聞いておいた事を話したんだ」

 政治家達は馬鹿らしいと嘲笑している。

「そうかい。じゃあ次期選挙での票集めは諦めるんだね。今後はこの子に票集めを依頼しなきゃならない立場だって、分かっているのかい? しかも対立候補を見付けてくるとしよう。どこぞの女性ニュースキャスターでも呼ぶとするかね。さあ、文句があるならこの子にいっておくれ」

 数々の陳情を受けている連中だ。祖母が票田を握っているにしても、唯々諾々と聞いてはいられないだろう。言葉上手にはぐらかすのが常だ。しかし、今回は形だけではあっても乳幼児が相手である。そんな手合いに駆け引きは通じない。意外と上手い手なのかも知れない。

 ネジさんも援護する。

「儂も手伝うかの。京都や大阪で運動でも起こすかな」

 皆が勘弁してくれと頭を振った。

「確かにそう言う意見もあると聞き及んでいますし、その方向で協議してみましょう」

 山陰州知事がそう確約して解散となった。


 結局、ヒコジョー氏達の願いは叶えられたが、どうも納得できない。ナツはだしに使われるし、そもそも手段が不誠実だ。

「お祖母様、お話ししたい事があります」

「いわれなくても分かっているさ。票をチラつかせてたりして汚いといいたいのだろう?」

「その通りです」

「相反する意見を戦わせてみても結論は出ない。そんな場合には、双方に無関係な者の意見に落ち着くものさ。政治家達だって考え倦ねていたんだから、背中を押してやっただけだよ」

「僕には『考え倦ねて、それでも結論を導き出す事』が重要だと思われますが」

「そう考えるお前は正しい。でも今回に限っては結論が出なかっただろう。だから私が無理矢理動かした、という訳さ」

 それでも納得できない。僕達の苦労が意味を失くしてしまう。でも、それで幸せになれる人がいるなら、それで良しとすべきなのだろう。僕がアキ君に話した様に。


 ナツを奪い返し、取り敢えず残り物のエビフライを食べさせた。小さく切って『ちゃるちゃるちょーちゅ』を付けて口に入れる。

 小さな乳歯で噛み砕きながら、満面の笑みを見せる。

「うま、うま」

「美味しいかい。お前が斎女だってさ。何をいい出すんだろうね、あの人は」

「もっちょ」

「もっと食べるのかい。良いとも。しかし斎女ならこの杜を守らなきゃいけないね」

「そうだよ」

 祖母が夫婦の間に割って入った。

「あの施設にいる必要はもうないんだ。だったらここで暮らすさ。家族としてね」

 晴天の霹靂とは、正しくこの事だ。


「キャー、この子ウチの子になるの?」

 近くで会話を聞いていた母がナツを奪い取る。抱き締めてグルグル回って、頬を擦り合わせている。ここまで喜んで貰えれば本望だ。ナツ本人もそう感じているのだろう。「キャッキャッ」と嬉しそうにしている。

 祖母が孫達を集合させる。

「ソラ、リク、カイ、お前達のお姉さんだよ。ご挨拶しなさい」

「ええーっ」

 見事なユニゾンだ。そして生暖かい視線で僕を睨んでいる。弟妹達よ。兄は変態ではないのだよ。けして信じて貰えまいが。いや信じて貰うしかないが。

 父はこの騒ぎに乗り遅れて、十歩程離れた位置で口をパクパクさせている。母が近寄ってナツを見せると、デレデレと締まりのない顔で微笑み出した。この人を陥落させるのは簡単だ。赤ちゃんに『赤子の手をひねる様に』扱われる五十男。新しい異名の誕生である。


 最後は全員で記念写真を撮った。

 三組の新婚夫婦を中央に据えて、全員の顔が付きそうなぐらいに寄り添ってフレームに納まる。僕達一家も入っている。当然ナツも。

 数枚のショットの中で、偶然、キーマが横切ったものがあった。この一枚を写真立てに入れて机に飾るとしよう。

 ラベルのない缶詰と並べて。


                  了


最後まで読んで頂きありがとうございました。クスリと笑って頂けたでしょうか? 暇潰しになりましたでしょうか? どんな事でも結構ですので、感想をお待ちしています。また本作のスピンオフを2本アップする予定です。ハルの父の青春譚とネジさんの少年時代のお話。そちらの方もヨロシクです。

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