片思いだと思っていた彼に告白したら、「知っているが?」と言われました
私には、好きな人がいる。
だから今日も、私、ユリア・フランチェは、大好きな彼の屋敷へ押しかける。そして、ソファーに座っている彼の元へ躊躇いもなく駆け寄ると、その隣に腰を下ろした。
「ねえ、セシル〜。今日は何を読んでいるの?」
「……経営学」
ぶっきらぼうに答えたのは、セシル・ローズベルト公爵令息。銀髪に碧眼。息を呑むほど整った容姿に加え、学問も剣術も超一流。あまりの美貌に、彼のファンクラブまで存在するほどだ。まさに完璧な貴公子とも言える彼には、ひとつだけ大きな欠点があった。
それは、人を寄せ付けないほどの超絶無表情だということだ。
そのせいか、彼はいつも一人で過ごしている。冷徹な性格もあるだろうけど、友達という友達を見かけたことがない。
セシルはちらりと私を見ると、すぐに手元の本へ視線を戻した。眉ひとつ動かさず、目も口も笑っていない無表情のまま。けれど私は、そんなことなど気にしない。
「もう、またそんな難しい本を読んでいるの〜?」
「……ああ」
「よく飽きないわねえ」
「……そうだな」
「私だったら三ページくらいで眠くなっちゃうわ」
「……そうか」
相変わらずセシルの返事は短い。でも、彼はいつも無視せず、ちゃんと答えてくれる。それだけで、嬉しいのだ。
私は、今日もめげずにセシルへアプローチを続けている。
もう何度目になるのか分からない。
屋敷を訪ねては話しかけて、彼の隣に座って、どうでもいい話を延々と聞いてもらう。
それでもセシルは、私を追い返したことがない。だから私は、今日もここにいる。
「ねえ、セシル」
「……なんだ?」
「今日もかっこいいわね!」
そう言って笑いかける。最近では、好意を示す言葉もすっかり息をするように言えるようになった。
けれど、セシルの反応はいつも決まっている。
「……そうか」
短い返事に無表情。やっぱりセシルは、顔色ひとつ変えない。私がセシルに「大好き〜!」と言ってもこの反応だったのだ。
今だって、私のことを見つめることもなく、淡々と本のページをめくっている。
(まあ、いつものことだけれど)
でも、こうして私の話を聞いてくれるだけで嬉しい。それに、彼の周りには友達らしい人もいない。もしかしたら、私が唯一の友達なのかもしれない。これだけで十分、及第点だわ。彼にとって恋愛感情まではいかなくても、少しは特別な存在になれている気がする。
だから今日も、私は彼の隣で笑うのだ。
そしてふと、テーブルに置かれた紅茶のクッキーが目に入る。セシルがよく食べているものだ。多分、彼のお気に入りだ。
「セシル、これ食べてもいい?」
「……ああ」
「じゃあこれにするわ」
そうして、私は紅茶のクッキーを手に取る。普段食べないけれど、今日は何故だか食べてみたくなったのだ。
クッキーを口に運ぼうとしたその時。セシルが口を開く。
「それは君が好きじゃないだろう」
「え?」
「……いや。好きな方を食べればいい」
そう言って、セシルは本に視線を戻す。私は小さく首を傾げながらも、クッキーを口に運ぶ。
思っていたよりもおいしかった。
彼が好きなものを私も楽しむ。そんな小さなことに幸せを覚える。
そして、不意に窓の向こうの花々へと視線を移した。窓の向こうには、私の大好きな花々がたくさん咲いている。セシルの好みも私と同じなのだろうか。そう思うだけで、胸があたたかい。
(……ああ、今日も楽しいなあ)
呑気に花を見ていた私は、気がついていなかった。
――セシルが、先ほどから一度もページをめくっていないことに。彼の視線はしっかりと、私の横顔を捉えていたことに。
◇
そんなある日のこと。
友人のマリアとお茶をしていた私は、いつものようにセシルの話をしていた。
「それでね〜! この前、剣術の練習をしている所を見たのだけれど、もう本当にすごかったのよ! あんなに強い人、見たことないわ!」
興奮気味に話す私を、マリアはいつものように笑顔で眺めている。
「あなた、本当にセシル様が大好きよね」
「もちろん!」
食い気味に答えると、マリアがくすくすと笑った。
「でも、何がきっかけなの?」
「うーん。最初は正直、顔!」
「あはは! 正直ね!」
マリアがお腹を抱えて笑う。
「だって、あんなに綺麗な人がいるのよ? 一目惚れするのも仕方ないじゃない」
「まあ、それもそうね」
「それで、何度も何度も話しかけたの。最初はしつこいって思われたのか、無視されていたんだけど……。それでも、毎日のように話しかけていたら、だんだん返事をしてくれるようになったの。それからは、私が何を話してもちゃんと聞いてくれるようになって……」
「なるほどねえ」
「私、セシルと話している時間が大好きなの」
そう言うと、マリアは微笑む。私も嬉しくなって、続けて口を開いた。
「世間では冷たいとか、怖いとか言われているけれど、私はそんなことないと思うわ。だって、こんなにしつこい私を追い返したことだって一度もないもの」
「……まあ、それはそうだけど」
そこで、マリアの笑顔がふっと消えた。
「……ねえ、ユリア」
「なあに?」
「私は、あなたが少し心配だわ」
「……心配?」
先ほどまでとは違う声に、私は思わず首を傾げた。
マリアは少し迷うように視線を落としてから、ゆっくりと口を開く。
「あなた、もう結婚適齢期でしょう? いつまでセシル様を追いかけるつもりなの?」
その言葉に、ぎゅっと胸が締めつけられた。
それは自分自身がよく分かっているのだ。両親からだって、時々それとなく言われている。私がセシルを好きだと知っているから、強くは言われないだけだ。
でも、このまま何も変わらなければ、いつかは政略結婚を受け入れなければならないかもしれない。
「……分かっているわ。分かってはいるの」
無意識に膝の上で、ぎゅっと手を握る。
頭では理解していても、セシル以外の人を好きになる自分なんて、想像できなかった。
「だって、私にはセシルしかいないもの」
「ユリア……」
もしかしたら、という淡い期待を、私はずっと捨てられずにいる。
セシルは私以外の女性と親しくしているところを見たことがない。友人らしい友人もいない。
私が屋敷を訪ねれば、いつだって迎えてくれる。私がどれだけくだらない話をしても、追い返さずに聞いてくれる。
だから、もしかしたら――私は彼にとって、少しくらい特別なのではないか。そんなふうに思ってしまうのだ。
「……少しくらい、私のことを特別に思ってくれているかもしれないでしょう?」
小さな声で呟くと、マリアは何とも言えない顔をした。
「ユリア。そう言い続けて何年が経ったのよ。私は心配なの。しかも相手は公爵家よ? 恋愛結婚でなければあなたと結ばれるのなんて難しいわ。セシル様に別の縁談が持ち上がる可能性だってある。ある日突然、政略結婚をすることになるかもしれない。そうじゃなくても、セシル様が別の女性を好きになるかもしれない。そうしたらあなた……どうするの?」
「……それは」
返す言葉もなく、私は視線を落とした。胸の奥が、ずきりと痛い。マリアの言っていることは理解しているつもりだ。
それでも、怖いのだ。セシルの隣に居られなくなる未来なんて、考えたこともなかったから。
そんな私を見かねたのか、マリアがそっと私の手を握った。
「ねえ、ユリア。私の従兄弟に会ってみない?」
「え?」
思ってもいない提案に、思わず顔を上げた。
「セシル様には到底及ばないけど、見た目もそこそこ良いし、家格もあなたと同じ伯爵家よ。それに人柄は私が保証するわ」
「でも……」
「もちろん、今すぐ好きになれなんて言わないわよ」
マリアは困ったように笑った。
「ただ、一度くらい他の男性と話してみてもいいんじゃない? あなた、セシル様ばかり追いかけて、他の人を知らなすぎるもの」
確かに、その通りだった。私は今まで、セシル以外の男性に興味を持ったことがない。
そもそも、知ろうとしたことすらなかった。
「気負わなくていいの。お茶を飲んで少し話すだけ。それで合わなければ、それまででしょう?」
マリアの言葉に、私はしばらく黙り込んだ。
(セシル以外の男性と会う……)
それは、今まで考えたこともなかったことだった。正直、そんな気になれない。けれど、ここまで心配してくれているマリアのことを無碍にはできなかった。
「……わかったわ」
私は小さく頷くと、マリアの顔がぱあっと明るくなった。
こうして、私はマリアの従兄弟、エリク様と会うことになったのだった。
◇
「……楽しかったわ」
ポツリと呟くと、私は自室のソファーへとゆっくりと腰を下ろした。
そう。私は今日、マリアの従兄弟であるエリク様と顔合わせをしたのだ。
正直ものすごく緊張した。何しろ、セシル以外の男性と二人で話したことはほとんどなかったのだから。
けれど、エリク様はそんな私の緊張を察してくれたのか、終始優しく接してくれた。歩く速度を合わせてくれたり、自然に椅子を引いてくれたり。私が話しやすいように、何度も話題を振ってくれたりしてくれたのだ。
そして、帰り際には――。
「ユリア様は、笑った顔がとても素敵ですね」
なんて、優しく微笑みながら言われ、思わず心臓が大きく跳ねた。今でも思い出すだけで、胸がむずむずする。
これが、普通の男女の距離感なのだろうか。
「…………ふう」
そんなことを考えながら、小さく息を吐くと、私は天井を見上げた。
ここまで考えても、やっぱり頭に浮かぶのはセシルの顔だった。
もし、セシルが今日のエリク様みたいに私をエスコートしてくれたら。もし、セシルがあんなふうに私へ微笑みかけてくれたら。
私はどうなってしまうのだろうか。
きっと、今すぐ死んでもいいと思うくらい嬉しいんだろうなあ。
そんなことを想像しただけで、胸がきゅっと苦しくなった。
「……もう」
私は両手で顔を覆う。
結局、何をしていてもセシルのことを考えてしまう。これでは、何のために他の男性と会ったのか分からない。
「……やっぱり、私……セシルが好きだわ」
小さく呟いてから、私はそのままソファーへずるりと身体を滑らせた。
どうしよう、余計にセシルに会いたくなってしまった。
◇
エリク様との顔合わせを終えて、数日後。
私は、再びセシルに会いに公爵家を訪れていた。
やっぱり、急に会わないなんて考えられなかったのだ。今後、セシルのことを諦めることになったとしても、せめて……自分で気持ちに折り合いをつけたかったから。
公爵家に足を踏み入れると、いつものようにセシルが出迎えてくれた。手紙で訪問を伝えることもあるけれど、私は昔から突然ここへやって来ることが多い。それでもセシルは、一度だって私を追い返したことがない。
「……久しぶりだな」
「そうね」
返事をしながら、私は少しだけ目を瞬いた。
久しぶりという言葉が妙に引っかかった。
私は二、三日に一度はここへ来ていた。少なくとも、一週間以上セシルに会わなかったことなんて今まで一度もなかったのだ。
今回は十日ぶりの訪問だ。確かに、私たちにしては久しぶりなのかもしれない。
「忙しかったみたいだな」
「え?」
私は思わず顔を上げた。
セシルは相変わらず無表情だった。けれど、なんだろうか。今日は、いつもよりよく喋る気がする。それでも普通の人に比べると無口なのだけれど。
(……でも)
私がここへ通い始めてから数年、セシルの方から、こんなふうに話題を振ってくることなんてほとんどなかったのだ。
もしかして……と、淡い期待が胸の奥で小さく膨らむ。
「……もしかして寂しかったの?」
恐る恐る尋ねると、セシルの足がほんの一瞬だけ止まった。
「……違う」
いつものように短く答えるセシル。
「……そう」
そして、彼はすぐに前を向き、何事もなかったように歩き始めた。一連の様子を見て、私はセシルに気づかれないように小さく笑った。
(まあ、そうよね)
さっき、セシルの身体がぴくりと動いたような気がした。でも、きっと気のせいだ。だってあんなにもいつも通りなのだから。ちくりと胸が痛んだけれど、私は気がつかないふりをした。
そして、ふとエリク様との件を思い出した。
「そういえばね。この前、マリアの従兄弟に会ったのよ」
その瞬間、セシルの足がぴたりと止まった。
「……従兄弟?」
「ええ。少しお茶をしたの。それで、今度一緒に観劇に行かないかと誘われたわ」
その時、セシルは何も言わなかった。ただ、こちらに背を向けたまま立っている。
「……セシル?」
思わず名前を呼ぶと、ゆっくりとセシルが振り返った。
そこにあったのは、いつもの無表情だった。やっぱり、何を考えているのか分からない。
「もしかして、それは男か?」
「え?」
思わず目を丸くする。セシルが私の交友関係について、こんなふうに聞いてくるなんて珍しい。
「ええ……まあ、そうね」
「…………そうか」
それだけだった。そして、セシルは再び前を歩いて行った。
(……なんだ)
少し期待してしまった私が、馬鹿みたい。胸の奥にあった小さな期待は、音もなく萎んでいった。
男かどうかを聞いたのは彼なのに。私が誰と会おうと、どこへ行こうと、セシルはそれ以上何も聞かなかった。「そうか」と呟いただけで、また歩き始めてしまう。
私はその背中を見つめながら、唇を噛んだ。
まるで私の恋愛事情なんて気にも留めていないように感じられて。
なんだか無性に惨めな気持ちになった。
私は今まで思い上がっていたのだ。セシルが私を追い返さず、私の話を最後まで聞いてくれる。私以外の女性と親しくしているところを見たことがない。そんな些細なことで、彼にとって自分は特別なのだと思い込んでいた。
(私……いつまで続けるんだろう)
もう、いい加減に諦める時が来たのかもしれない。
◇
最後にセシルに会ってから一週間が経った。
今までの私は、セシルにとって一番近い存在でいられるなら、それで十分だと思っていた。けれど、エリク様と会ってみて分かった。自然にエスコートをしてくれること。こちらが緊張しないように話題を振ってくれること。そして、こちらの言葉に笑顔で応えてくれること。
これが、男女が距離を縮めていくというものであると、分かってしまったのだ。
私とセシルの距離なんて、別に近くもなんともなかったのかもしれないと思うようになってしまった。そう考えるようになってから、いつものように公爵家へ足を運ぶことができなくなっていた。
そんな折、机の上に置かれた一通の手紙が目に入る。そこにはエリク様からの手紙があった。先日話していた通り、観劇への誘いが書かれている。
返事をどうするか、ずっと迷っていた。けれど、私はゆっくりと筆を取った。これ以上、セシルを追いかけ続けるわけにはいかない。だったら、他の人を知ってみるのもいいのかもしれない。
そう思って、便箋に一言だけ書いた。
”是非、ご一緒したいです”
そうして、私はエリク様への返事を出した。
◇
さらに一週間が経った。今日は、エリク様と観劇へ行く日だ。
「デートなんですね!?」
朝から興奮しているメイドに急かされるように、いつもより丁寧に髪を整えられ、化粧を施される。
鏡の中の自分を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
(……大丈夫)
今日は、ただ観劇へ行くだけ。そう自分に言い聞かせて、準備を終えると、屋敷の扉へ向かった。
そして、扉が開かれた――その瞬間。
「――ユリア!!」
「……え?」
聞き慣れた声に、私は目を見開いた。
屋敷の前に、息を切らして立っているセシルの姿があったのだ。
「……セシル?」
彼が私の屋敷まで来たことなんて、誘った時以外には今まで一度もなかった。いつだって私が彼の元へ会いに行っていたのだ。
なのに、今日はどうして――。
「アイツに会うのか?」
「……アイツ?」
「エリクとかいう男だ」
思いがけない名前が出てきて、私は目を瞬いた。けれど、セシルの表情はいつも通り無表情だった。何を考えているのか、さっぱり分からない。でも、あのセシルが、息を切らしてここまで来たのだ。
「ねえ、セシル……何かあったの?」
もしかしたら、何か困ったことでもあったのだろうか。
セシルにとって、友人と呼べる人間は私くらいしかいない。だから、何かあった時に頼れる相手が私しかいなくて、わざわざここまで来たのかもしれない。
そんなことを考えていると、セシルが僅かに視線を逸らし、こちらの様子を窺うように口を開く。
「好き……なのか?」
「え?」
一瞬、意味が分からなかった。
"好き"という単語が聞こえた気がしたけど……。
何かの聞き間違い?
聞き返そうとしたその時、セシルはもう一度、口を開いた。
「その……エリクという男のことが好きなのか?」
私は黙り込んだ。
どうして、そんなことを聞くのだろう。
わざわざ息を切らして私の屋敷まで来て、聞きたかったことがそれなの?
「今日、出かけると聞いたから……」
淡々と続けるセシル。
その声には、怒りも焦りも感じられない。
なんだか、思っていた反応と違っていた。
あまりにも淡々としている彼の様子に、なんだか無性に惨めで仕方ない気持ちになる。
もうこれ以上は、耐えられそうになかった。
「……何よ」
思わず声が漏れた。
「え?」
「わざわざそんなことを聞きに来たの?」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
「それは……何のための質問なの?」
その瞬間、初めてセシルの表情が崩れた気がした。わずかに目を見開いている。よく見なければ分からないほどの変化だけれど、ずっと彼の表情を見てきた私にはわかった。
でも、今の私にはそんなことを気にする余裕なんてなかった。
「私だって……行きたくて行くんじゃないわ」
「なら、行かなければいい」
あまりにも簡単に言われて、胸の奥が痛んだ。
こっちの気も知らないで。私はどれだけ悩んだと思っているの。私が、どれほどの覚悟でエリク様と会うことに決めたのか知らないくせに。簡単に言わないで欲しかった。
「……もうやめてよ」
「ユリア?」
「私ばかりが、好きみたいで辛いのよ!」
そう口にした瞬間、ハッと我に返る。
待って、今……私はなんて言った!?
こんな風に思いを告げるつもりはなかったのに。私は慌てて口元を手で覆った。
けれど、もう遅い。それに、セシルも何も言わない。私はいたたまれなくなって、彼に背を向けた。
「……ごめんなさい。忘れて」
屋敷へ戻ろうと、一歩踏み出したその時だった。
セシルに腕を強く掴まれた。
「……待ってくれ」
「……っ」
一瞬、心臓が大きく跳ねたけれど、それはすぐにおさまった。むしろ冷たい何かが通ったように、心臓が凍えた。
だって、こんな時でもセシルの表情が変わらなかったから。
(……やっぱり、私だけが好きなのだわ)
そう思った瞬間、堪えていたものが溢れ出した。
「もう離してよ!」
掴まれた腕を振りほどこうとする。
「なんなのよ……!」
「ユリア、待て」
「あなたは気づいていないでしょうけど! 私はあなたが好きなの! ずっと好きだったの! でもあなたは――」
「……知っているが?」
「…………え?」
その瞬間、時が止まったような気がした。
今、なんて言った?
私はポカンと口を開け、きっと間抜けな顔をしているに違いない。けれど、セシルは平然としていて何事もなかったかのように続けた。
「君の気持ちくらい理解している。だから、最近の君の行動が理解できなかったんだ」
「……何を言ってるの?」
頭が追いつかない。そんな私を見て、セシルはほんの少し首を傾げた。
「それに、誤解しているようだから言っておくが、俺は随分前から君のことが好きだが?」
再び、思考が止まった。
(今……好きって言った?)
え? セシルが……私を??
けれど、目の前の彼は、とてもじゃないけど告白しているような人間の表情をしていなかった。涼しい顔で、平然と言ってのけている。
「……そんなこと、言ったことないじゃない!」
「それは君も言わなかったからな」
面と向かって好きだと告白したことはなかったけれど、それでも私なりに好意は示していたつもりだ。
「言ったわよ! 私はいつもあなたにかっこいいとか大好きとか言ってたじゃない!」
「…………あれは冗談だろう?」
「じょ、冗談じゃないわよ!」
「そうだったのか?」
セシルが本気で分からないという顔をする。もちろん、無表情なのだけれど。
私は言葉を失った。
(まさか、本気で言っているの……?)
そんな私を見て、セシルは続ける。
「君は分かりやすいからな」
「……何が?」
「態度や仕草を見ていれば、君が俺を好いていることくらい分かる。だから、当然君も俺の気持ちには気がついていたと思っていたのだが……」
「…………あなたの態度の、どこが?」
思わず聞き返してしまう。セシルは少し考えるように黙り込んだ。
「まず、君が我が家へ来る時間は大体分かっている」
「……え?」
「だから、いつ来てもすぐ案内できるようにしていた。君が好きだと言っていた菓子や茶も用意していた。香りや花も、君が好むものを選んでいたつもりだ。それに、俺は一度も君を追い返したことがない」
「……確かに」
言われてみれば、そうだった。
突然訪ねても、いつもすぐに通してくれた。出てくるお茶も、お菓子も、花も。思い返してみれば、私の好きなものばかりだった。
「だろう?」
なぜだろう、無表情なのに。
――ものすごく得意げに見える。
「俺は、本来そこまで優しい人間じゃない。君以外の人間なら、有無を言わさず追い返している」
彼の言っていることは理解できたつもりだ。
それでも、私にはどうしても納得できないことがあった。
「それならどうして、いつも無表情なのよ……!」
「……え? 笑っていなかったか?」
「…………へ?」
セシルが瞬きをする。思ってもみない反応に、間の抜けた声が漏れてしまった。
「俺はいつも、君が隣で笑っているのを見ていた。君が楽しそうに話しているのを聞くのが好きだった。君が笑っていると、俺も楽しくて、幸せだった。だから、当然俺も笑っているとばかり思っていた」
その言葉に、思わず目を見開いてしまった。
本当に……?
こんな時だって彼は、笑うばかりか照れている様子も見せない。
でも、わずかに揺れた視線と気まずそうに口元へ添えられた手をみて……胸の奥からどうしようもなく愛おしい気持ちが込み上げてきた。
「もう……全然笑ってなかったわよ」
「……すまなかった」
なんだか、今までより少しだけ彼が小さく見えた。可愛いとさえ思ってしまう。
私は、くすりと笑いながら彼の頭をそっと撫でた。
「……ユリア」
「仕方のない人ね」
「……これからは、もう少し努力する」
「本当よ? 表情もそうだけど……あなた、言葉足らずにもほどがあるんだから!」
「分かった。また、君が離れようとしたら困るからな」
セシルは真剣な顔――もとい、いつもの無表情で頷いた。
「本当?」
「ああ、本当さ。もう俺は……君が隣にいない人生なんて考えられないんだ。だから、これからはちゃんと伝える」
いつになく弁舌な彼の顔を、まじまじと見つめてしまう。
「……あなた、そんなに喋れるのね」
「努力すると言っただろう?」
「もう……」
私は笑いながら、もう一度彼の頭を撫でた。
◇
数日後。
ローズベルト公爵家では、いつものように朝の支度が進んでいた。
セシルの私室へ、従者が一通の手紙を持って入ってくる。
「セシル様、ご令嬢からお手紙が届いております」
「要件は?」
「セシル様とお会いしたいそうです」
「断っておけ」
迷うような様子を一切見せずに、セシルはすぐに答えた。すると、従者は少し言いにくそう続けた。
「このご令嬢は、公爵家と取引のあるお家のお嬢様でもありますが……」
「興味ない。それにその程度で駄目になる取引なら、その程度だろう」
「……かしこまりました」
従者が一礼して退出しようとすると、セシルが呼び止めた。
「ああ。それよりも先日頼んでいたものは用意できたか?」
「例のお菓子とお茶でございますね。もちろん準備できております」
「そうか。ありがとう。今日、彼女が来るだろうから、用意しておいてくれ」
「……いつも思っていましたが、よくユリア様の来られるタイミングがお分かりになりますね」
「まあな」
セシルは胸元から懐中時計を取り出し、時刻を確認した。
(あと、十分ほどで来るだろう)
今日のユリアは、どんな顔でどんな話をするだろうか。まあ、どんな話でも構わない。ユリアが俺の隣にいて、楽しそうに話してるという事実だけで、俺は楽しい。もはやそこに存在しているだけで十分だ。
そういえば先日、彼女が街で流行っているケーキの話をしていた。
「最近、街で流行っているケーキがあるんですって! でも、いつも行列な上に予約も数ヶ月先まで埋まっているみたいで……」
そして、例のケーキが手に入ったのだ。ユリアはどんな顔をするだろう。
きっと驚いて、それから嬉しそうに笑うに違いない。
(……楽しみだ)
どうやって手に入れたのかと聞かれたら、随分前から予約していたと答えればいいだろう。
そんなことを考えながら、セシルは立ち上がった。
「では、彼女を迎えに行ってくる」
「セシル様……」
従者は何か言いたげな顔をしていたが、セシルは気に留めることなく部屋を出ていった。
◇
いつものようにユリアを出迎え、二人でソファーに並んで座る。
例のケーキを出すと、ユリアは目を輝かせた。
「わあ……! これ、食べてみたかったの!」
嬉しそうに笑いながらケーキを頬張る。
その姿を眺めながら、セシルは思う。
(……可愛い)
それだけで、今日もここまで生きてきた甲斐があったというものだ。
そういえば、恋人同士になって、初めて顔を合わせるな。ならば、今後のことも考えておかなければならない。
まずは、ユリアの両親への挨拶だな。手土産は何がいいだろう。それから婚約式のことも考えなくてはいけないな。婚約したら、その次は結婚か。
……結婚。
セシルは無表情のまま、さらに思考を進める。
結婚したら子どもは二人くらいがいいだろうか。娘と息子が一人ずつ。娘はユリアに似てきっと可愛いだろう。息子は……俺に似るだろうか。……いや、俺のような無表情では困るな。やはり、彼女に似て欲しい。まあ、どちらにしても彼女との子なんだ。きっとどうしようもなく愛おしいのだろう。
ああ、そうだ。子供ができたら別荘も必要だろうな。
……そういえば、犬を飼うのもいいな。ユリアは犬が好きだったはずだ。庭で遊べるように、ある程度広い敷地が必要だな。
やはり別荘を建てるか。場所は――。
「ねえ、セシル」
「……なんだ?」
「今日は何の本を読んでいるの?」
セシルは手元の本へ視線を落とした。
「……人心掌握術」
「本当に難しい本ばかり読むのねえ」
ユリアは感心したように頷く。
セシルは何も言わず、本を閉じた。そして、何事もなかったかのように彼女の隣に座っている。
(……まあ、その前にまずは婚約だな)
これが、セシル・ローズベルトの日常である。
セシルは結構な恋愛脳です。
ユリアはピュアっピュアです。
あと、セシルの名誉のためにお伝えしておきますが、彼はナルシストではありません。
何年も何年もユリアから好意をぶつけられ続けてきたのです。
そりゃあ、「自分のことが好きなんだな」と思いますよね。
むしろ疑う方が無理があります。
そうです。ユリアがセシルを育てたのです。
以上、無表情なのに脳内お花畑な男をお送りしました。
面白かったら、ブクマや評価で応援してくださると、励みになります!
お読みいただきありがとうございました。




