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12.情報化社会では隠せない

 

 昔の会社では、社員が他社の実情を知る機会は限られていた。


 近隣にどのような会社があるのか。

 同じ仕事で、他社はいくら給料を払っているのか。

 休暇はどれくらい取れるのか。

 上司はどのように部下を扱うのか。

 教育制度や福利厚生は整っているのか。


 こうした情報を得るには、実際にその会社で働いた人から話を聞くか、転職して自分で確かめるしかなかった。


 求人票に書かれている情報だけでは、職場の実態までは分からない。


 そのため、企業と求職者の間には大きな情報の非対称性があった。


 会社側は自社の内情を知っている。

 しかし、応募する側は会社が見せたい情報しか知らない。


 入社して問題に気づいても、他社も同じようなものかもしれない。

 転職すれば、もっと悪い会社に入るかもしれない。

 新しい環境に慣れる負担もある。


 そう考えれば、不満があっても現在の会社に慣れ、ある程度妥協するのは自然な判断だった。


 これは必ずしも、その会社に強い満足があったという意味ではない。


 比較対象が少なく、移動に伴う不確実性が大きかったのである。


 しかし、現代では状況が変わった。


 インターネット上には、企業の求人情報、給与水準、福利厚生、社員の口コミ、退職者の体験談、業界全体の評判が蓄積されている。


 一つの情報だけなら、誤解や個人的な恨みが含まれることもある。


 だが、複数の人から似た内容が繰り返し語られれば、求職者はそこに共通する構造を読み取る。


 人が定着しない。

 教育が雑である。

 残業が常態化している。

 備品を十分に用意しない。

 休暇を取りにくい。

 管理職が現場の意見を聞かない。

 長く働いた社員でも簡単に切り捨てられる。


 こうした情報が集まれば、会社がどのように社員を扱っているかは、外部からも推測できる。


 企業と求職者の間にあった情報の非対称性は、以前より小さくなっている。


 そのため、現代の会社は、社内だけを見て人を扱うことができない。


 一人の社員に対して行ったことが、現在働いている社員だけでなく、将来応募するかもしれない人にも見られる可能性がある。


 この時に重要になるのが、雇用者ブランドである。


 雇用者ブランドとは、その会社が「働く場所としてどのように評価されているか」という信用である。


 商品を買う時に企業の評判が判断材料になるように、就職先を選ぶ時にも、会社の評判は判断材料になる。


 社員を大切にする会社。

 教育が整っている会社。

 努力が正当に評価される会社。

 問題が起きた時に改善する会社。


 そのような評判があれば、応募者は集まりやすい。


 反対に、社員を交換可能な部品として扱う会社、現場へ一方的に負担を押しつける会社、長年の貢献を軽視する会社には警戒が生まれる。


 会社側がどれほど求人広告を整えても、実際の社員の扱いと一致しなければ、信用は続かない。


 つまり、社員への対応は社内問題であると同時に、採用活動の一部でもある。


 社員を軽視すれば、現在いる人のやる気が下がるだけではない。


 退職者が増える。

 悪い評判が蓄積する。

 応募者が減る。

 採用できる人材の幅が狭くなる。

 残った社員の負担が増える。

 さらに退職者が増える。


 この循環に入ると、会社の人材構造は劣化する。


 新入社員が減れば、単に人数が減るだけではない。


 将来の中堅社員が育たない。

 一部のベテランに知識と負担が集中する。

 教育できる人が不足する。

 新しい考え方が入りにくくなる。

 欠員を補うため、採用基準を下げざるを得なくなる。


 その結果、現場の負担と教育難度はさらに上がる。


 社員軽視は、人件費を抑える短期的な判断に見えることがある。


 しかし長期的には、採用費、教育費、離職による知識流出、残業増加、品質低下といった別のコストを発生させる。


 これは離職コストと呼べる。


 退職者一人分の給料が不要になったから、その分だけ会社が得をするわけではない。


 代わりの人を募集する費用がかかる。

 応募者を選ぶ時間がかかる。

 入社後に教育する必要がある。

 一人前になるまで、周囲の社員が補わなければならない。

 それでも定着する保証はない。


 表面上の人件費だけを見れば、社員を減らした方が安い。


 しかし、人材の補充、教育、定着まで含めれば、話は変わる。


 ここでも、用意されている数字が十分かどうかが問題になる。


 また、給料を高くすれば、すべて解決するわけでもない。


 給料は重要である。


 生活を安定させ、働く理由を支える基本的な条件である。

 責任や負担に見合わない低賃金であれば、人が離れるのは当然である。


 しかし、給料が高ければ、どのような働き方でも受け入れられるとは限らない。


 仕事量が多すぎる。

 人間関係が悪い。

 理不尽な命令が多い。

 休めない。

 失敗の責任だけを押しつけられる。

 努力しても評価されない。

 将来の見通しがない。


 このような状態では、高い給料が精神的負担を完全に補うことはできない。


 社員は、受け取る報酬と支払う負担を比較している。


 給料だけではない。


 時間。

 体力。

 精神的負担。

 責任。

 将来性。

 人間関係。

 成長機会。

 生活への影響。


 これらを含めて、自分にとって割に合うかを判断している。


 この関係は、心理的契約という考え方で理解しやすい。


 心理的契約とは、雇用契約書に書かれていなくても、社員と会社の間に存在する期待のことである。


 会社に貢献すれば、ある程度は大切に扱われる。

 努力すれば、適切に評価される。

 困った時には、会社も一定の配慮をする。

 長く働けば、その経験には価値が認められる。


 社員は明文化されていなくても、こうした期待を持っている。


 会社がその期待を大きく裏切れば、心理的契約は破られたと感じられる。


 すると、社員は会社への信頼を失う。


 必要最低限しか働かなくなる。

 改善案を出さなくなる。

 問題を自分から引き受けなくなる。

 転職先を探し始める。


 これは単なる気分の問題ではない。


 組織への信頼が失われた結果として起きる、合理的な行動である。


 また、社員は自分だけでなく、他の社員がどのように扱われているかも見ている。


 長く勤めた社員が簡単に切られた。

 体調を崩した社員が冷たく扱われた。

 努力した人より、上司に気に入られた人が評価された。

 現場の問題を訴えた人が不利益を受けた。


 こうした出来事は、直接関係のない社員にも影響する。


「次は自分かもしれない」


 そう考えるからである。


 これは組織的公正の問題である。


 会社の判断が公平であるか。

 判断の手続きが納得できるか。

 社員への説明が十分であるか。

 人として尊重されているか。


 社員は、結果だけでなく、判断の過程も見ている。


 公平性が失われれば、やる気と信頼も失われる。


 そして現代では、その不信が社内だけにとどまりにくい。


 社員同士の会話、知人への相談、口コミ、SNS、転職サービスなどを通じて外部へ広がる。


 一度悪い評判が広がれば、完全に消すことは難しい。


 採用広告を増やしても、会社説明会で良いことを並べても、実際の社員の扱いと矛盾していれば信用されない。


 だから現代の企業にとって、社員を軽視しないことは道徳だけの問題ではない。


 採用力、定着率、生産性、信用、長期利益に関わる経営上の条件である。


 もちろん、社員の要求をすべて受け入れればよいわけではない。


 会社には利益が必要である。

 規律も必要である。

 能力不足や問題行動に対して、厳しい判断が必要なこともある。


 しかし、厳しい判断と社員軽視は同じではない。


 必要な判断であることを説明する。

 基準を公平にする。

 改善の機会を設ける。

 本人の尊厳を傷つけない。

 残る社員への影響まで考える。


 こうした手続きがあれば、社員は厳しい結果でも一定の納得をしやすい。


 反対に、説明もなく、数字だけを理由に扱いを変えれば、会社への不信が残る。


 現代の会社は、社員をどう扱うかを隠せない。


 社員は会社を評価する。

 退職者も会社を評価する。

 求職者はその評価を調べる。

 比較したうえで、応募するかどうかを決める。


 会社が人を選ぶだけの時代ではない。


 人もまた、会社を選んでいる。


 だから、社員を軽視する会社は、現在いる社員だけでなく、未来の社員まで失う。


 給料は重要である。

 だが、給料だけでは足りない。


 働く負担に見合う報酬があるか。

 努力が正しく扱われるか。

 人として尊重されるか。

 会社を信頼できるか。

 働き続ける未来を想像できるか。


 求職者と社員は、そこまで見ている。


 情報が少なかった時代なら、会社の内部構造は外から見えにくかった。


 しかし、情報が溢れる現代では、劣化した構造は比較され、記録され、共有される。


 社員軽視は、社内だけで完結しない。


 それは企業の評判となり、採用力を弱め、人材の質を下げ、残った社員の負担を増やし、さらに会社の基礎を劣化させる。


 現代の会社に必要なのは、社員を甘やかすことではない。


 社員を、会社の価値を生み出す基礎として正しく扱うことである。


 会社が社員を評価するように、社員と社会も会社を評価している。


 その現実を理解できる会社だけが、必要な人材を集め、育て、長く残していくことができる。


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