第7話「重ねられた判断」
この街は、偶然を嫌う。
同じ顔ともう一度向き合ったなら、
それはすでに、誰かの判断が一度重なったということだ。
第1巻 灯火の夜
第7話 「重ねられた判断」
空き地を離れたあと、中城の午後ははっきりと別の顔を見せていた。
正午を過ぎた中城は、もはや判断を急がない。
選択を終えた者たちが居場所を占め、残された空間は自然に整理されている。
この時間帯に彷徨う者は多くない。
いるとすれば、大抵は理由を持つ側だ。
自分には、まだその理由がないことを理解していた。
だから歩みを止めなかった。
立ち止まった瞬間、問いが貼り付くことを知っていたからだ。
淡然は空き地から離れると同時に、歩調を調整した。
先ほどよりわずかに遅く、だが人の流れに完全に溶け込まない歩幅。
共に歩いていると気づかれないほど近く、
それぞれが別に動いているように見えるだけの距離だった。
遊牧は、俺たちより半歩前を歩いていた。
振り返ることはなかったが、存在を意識しているのは明らかだった。
歩調は一定で、槍はすでに整えられている。
戦闘後の余韻を隠すそのやり方は、慣れたものに見えた。
中城の午後は、戦いを長く記憶しない。
人々が意図的に忘れるわけでも、記録が覆い隠すわけでもない。
ただ、次の判断があまりにも早く訪れるだけだ。
だから、つい先ほどの戦闘は、すでに過去だった。
「これから、どこへ行く?」
初めて、目的に近い問いを投げた。
淡然ではなく、遊牧へ向けて。
すでに三人が同じ空間を共有しており、
誰かが進む方向を示すべきタイミングだった。
遊牧はしばし沈黙した。
考えるためではなく、周囲を確かめるための沈黙。
人の動線、視線の高さ、風の流れまで一巡させてから、口を開いた。
「中城に留まるつもりなら、今日中に理由を作らないとな。」
助言というより、事実に近い言い方だった。
中城は、理由のない滞在を許さない。
ただ、即座に排除しないだけだ。
「理由、というと。」
俺が続けた。
「登録みたいなものか?」
すると遊牧は首を横に振った。
「登録は結果だ。理由じゃない。」
言葉を継ぐ。
「ここでは、まず使い道が決まって、
それから名前が付く。」
隣で淡然が、自然に言葉を受け取った。
「だから大抵は、仕事を取る。
短くても、危なくても。」
仕事。
その言葉は馴染みがあったが、今の自分とは結びつかない概念のように思えた。
何ができるかすら分からない状態で、仕事を選ぶのは、ほとんど矛盾だ。
「できることが、ないと。」
俺の言葉に、淡然は短く息を抜いた。
笑いというより、わずかに空気が抜けた程度。
「中城では逆よ。
先にできるって言って、それから生き残れるか確かめる。」
遊牧が頷いた。
「だから死ぬ奴も多い。」
そして一言、付け加える。
「それでも、残る奴は残る。」
その言葉は、不思議と慰めには聞こえなかった。
事実の伝達に近い。
この街で「残る」ということは、常に代価を伴う。
しばらく歩く間、誰も言葉を発しなかった。
中城の午後は、沈黙でも成立する時間帯だ。
人々はすでにそれぞれの軌道に乗っており、
残された空白には、問いを投げる余裕すらなかった。
「お前は。」
遊牧が俺に向かって言った。
「何ができるかは分からなくても、
少なくとも何をしないかは分かってるように見える。」
すぐには答えなかった。
否定できなかったが、説明もしづらかったからだ。
「戦うのは選択肢の一つだが、
目的にしたら長くはもたない。」
彼は続けた。
「さっきみたいにな。」
その言葉に、淡然がわずかに視線を逸らした。
否定はしなかった。
先ほどの戦闘が、必要に近かったことは、全員が理解していた。
「だから。」
遊牧は足を止めた。
人の流れから、半歩だけ外れた位置。
完全に露わにもならず、完全に隠れもしない場所だった。
「今は、仮の動きだ。」
仮。
その言葉は、不思議と安心をもたらした。
恒久ではない、という意味だからだ。
「一緒に?」
俺が尋ねた。
遊牧はしばらく俺を見た。
評価ではなく、確認に近い視線。
「少なくとも今日は。
それと、お前が嫌じゃなければ。」
嫌じゃない。
この街では、その基準は思った以上に重い。
一緒に動くということは、同じ危険を見るということであり、
同じ判断の余波を分け合うという意味でもある。
淡然は何も言わなかった。
だが、歩みを止めなかったという事実が、すでに答えだった。
俺は一度息を整え、頷いた。
「じゃあ。」
改めて尋ねる。
「理由は、何にする?」
遊牧の口元が、ほんのわずかに上がった。
この街では、珍しい表情の変化だった。
「簡単だ。
人を一人、探す仕事だ。」
人。
その言葉に、淡然の視線が一瞬揺れた。
「誰?」
淡然が問う。
遊牧は短く答えた。
「まだ生きているのか、
それとも、すでに記録として整理されたのかを確かめる必要がある人だ。」
それで十分だった。
この街では、そういう人を探すこと自体が、すでに立派な目的になる。
そしてその目的は、少なくとも当面、三人を同じ方向に縛るには足りていた。
中城の午後は、相変わらず穏やかだった。
だが、感じ取れた。
先ほどまでとは違う種類の動きが、始まったということを。
今回は、押し流されたわけではない。
少なくとも、表向きには。
人を探す、という言葉は、中城ではいくつもの意味を持つ。
単に所在を確認することではない場合もあるし、
すでに終わった判断を、再び掘り起こす行為であることも多い。
そしてそのほとんどは、記録に残らない形で進む。
「いつ消えた?」
淡然が尋ねた。
歩調を保ったまま、視線を低く落として。
遊牧は少し考えてから答えた。
「正確には分からない。
記録上は、まだ残っている。
だが、その記録が止まってから、かなり経ってる。」
記録が止まっている。
それは、生きているが観測されていないか、
あるいはすでに整理されたが、更新されていないかのどちらかだ。
中城では、どちらも珍しくない。
「じゃあ、なぜ探す?」
今度は俺が問うた。
この質問は、目的そのものを確かめるものだった。
遊牧はすぐには答えなかった。
代わりに、通ってきた道を一度なぞるように見渡した。
人の流れは依然として安定しており、
誰も俺たちに関心を向けてはいなかった。
「最後に動いた動線が、おかしいんだ。」
その一言で十分だった。
この街で「おかしい」というのは、たいてい誰かが介入した証だ。
「識?」
淡然が短く問う。
遊牧は頷いた。
「残響が、妙に整ってる。
逃げた痕でも、戦った痕でもない。
まるで、判断そのものが省略されたかのように。」
その言葉を噛みしめた。
判断を飛ばす。
それは、選ばなかったという意味ではない。
誰かが代わりに選んだ、というほうが近い。
「危険なのか?」
俺の問いに、遊牧は首を振った。
「もう終わってる可能性のほうが高い。
それでも、確認は必要だ。
中城では、確認しなかったものほど、長く残る。」
妙に説得力のある言葉だった。
確認されなかった判断は、いつでも問題として戻ってくる。
だからこの街は、無駄なほど几帳面だ。
進路を変えた。
中城の中心を離れ、人の動線が自然と薄れていく方角へ。
商店と工房が途切れ、倉庫と空き家が増えていく区画。
「ここは、昼でも静かだな。」
俺が言った。
「仕事が終わった場所だから。」
淡然が答える。
「使われなくなった空間は、しばらく安全になる。
また使われるまで。」
その言葉は、今の俺たちの状況とよく似ていた。
まだ使われていないから、押し出されてもいない。
建物の隙間を風が抜けた。
埃と木炭の匂いが混じった空気。
中城の午後が、終わりに近づいている合図だった。
遊牧が足を止めた。
唐突ではない。
周囲に溶け込むような、自然な停止。
「ここからは、気をつけろ。」
そう言った。
「この辺りで、記録が一度途切れている。」
淡然は無言で頷いた。
俺は息を整え、周囲を見回す。
目立つ危険はなかった。
だからこそ、危険だった。
壁に残る擦り傷。
床の微妙な摩耗。
誰かが急に進路を変えた痕跡。
逃走にしては、あまりにも整いすぎている。
「ここだ。」
遊牧が床を指した。
「最後に、記録が残った場所。」
槍で床を軽く突いた瞬間、
空気の感触が、ごくわずかに揺れた。
戦闘のときと似た、しかし遥かに淡い響き。
残響。
識が残した痕だった。
まだ消えていないということは、
それほど時間が経っていない証拠でもある。
「これ。」
淡然が低く言った。
「消そうとした痕。
消そうとした分、余計に残ってる。」
遊牧が短く笑った。
「だから探してる。」
二人のやり取りを聞きながら、
俺は初めてはっきりと理解した。
これは、巻き込まれたわけじゃない。
誰かの判断に引きずられて来たのではなく、
今は、自分の意思で、その判断の延長線に立っているのだと。
「もし。」
俺が口を開いた。
「その人が、もう終わっていたら——」
遊牧はしばらく俺を見た。
今度は、評価の視線だった。
「そこで止まる。
それ以上は、仕事じゃなくて趣味になる。」
その基準が、気に入った。
終わりを決めて動く、という点で。
淡然は何も言わず、建物の奥をもう一度見渡した。
そして短く告げた。
「まだ、終わった感じじゃない。」
その言葉に、俺は頷いた。
不思議と、同じ感覚を共有していたからだ。
まだ残っている。
誰かの判断が、完全には閉じていないまま。
「じゃあ。」
遊牧が言った。
「今日は、ここまで確認する。
日が落ちる前には、これ以上深く入らない。」
賢明な判断だった。
中城は、日が傾く頃から、昼とはまったく別の規則で動き始める。
三人で、再び歩き出した。
引き返す道だったが、先ほどとは重みが違う。
今は、理由があった。
完全ではないが、
少なくとも進む方向を説明できるだけの理由が。
それだけで、この街は、しばらく俺たちを放っておくだろう。
ふと考えた。
こうして三人で動いている状況を、
朝の自分なら受け入れられただろうか。
きっと、無理だった。
だが今は、不思議なほど自然だった。
遊牧が前にいて、淡然が隣にいて、
俺はその間を歩いている。
この配置は、偶然じゃない。
まだ説明はできないが、
少なくともこの瞬間、
それぞれの判断は、同じ方向を向いていた。
中城の午後は、ゆっくりと傾いていった。
今日の選択は、まだ終わっていない。
だが一つだけ、確かなことがあった。
俺はもう、目的のない人間ではない。
まだ名付けられないが、
確かに始まった理由が、一つあった。
その理由を抱えたまま、
今日という一日を、最後まで歩くつもりだった。
だんだん連載がしんどくなってきております…!
昼と夜はひっくり返り!
カフェインとは常にお友だち!
もともと夜中の3時に寝てたはずなのに、
最近は気づいたら朝6時…
なんてこともあってですね…!
なので何が言いたいかと言いますと!
第1巻が終わったら、
ほんのちょっとだけ、お休みをいただこうかな〜と!
まあ、まだまだ先の話ではあるんですが…!
以上、近況報告でしたっ。




