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第12話「戻ってくる線」

この街は、選択を強要しない。

ただ、選ばれなかったものから、静かに残していくだけだ。

そして残された判断は、いつか必ず、再び呼び出される。

第1巻 灯火の夜


第12話「戻ってくる線」


外城の夜が終わりに近づくにつれて、空気はわずかに質を変え始めていた。

ひとつ、またひとつと灯火が落ち、残された残光が路地の隙間に薄く張り付いている。

人々はまだ散ってはいなかったが、もはや夜の規則で動いているわけでもない。

この時間帯の外城は、いつもこうだ。

昨日の判断が完全に整理される前、次の選択がかすかに顔を出す境目。


淡然は無言のまま歩みを進めていた。

速度は速くないが、迷いもない。

外城から中城へと続く道は、いつもこうして始まる。

目立つ通路ではなく、人々が意図的に避ける境界線に沿って。

淡然が低く言った。


「ここからは、少し居心地が悪い。」


不快、という表現は正しかった。

危険でも、忙しさでもない。

外城の緩い秩序と、中城の密な基準が重なる場所。

その間では、身体より先に判断が試される。


小さく頷いた。

前日の戦いを経て、身体はすでに外城の夜を通過している。

問題はその先だ。

これからはまた、人が問いを投げかける側へと戻らなければならない。


中城へ向かう境界は、まだ封鎖されてはいなかった。

だがすでに、管理の視線は張り付いている。

直接見る目はない。

それでも動線が整理されている感覚があった。

外城と違い、中城の境界には常に誰かの判断が先に敷かれている。


淡然が続けた。


「ここからは、あなたの反応が大事になる。」


何をしろ、という指示ではない。

むしろ、何をしないかに近い言い方だった。

あまりにも自然な動きは、かえって疑いを呼ぶ。


境界線を越えた瞬間、空気の手触りが変わった。

外城の匂いが薄れ、木炭と紙の匂いが混じり始める。

中城が近いという合図。

中城はいつも、こうして先に知らせてくる。

残さなければ、押し出されると。


人の姿が見え始めた。

朝と昼のあいだ。

すでに目的を定めた顔つき。

その中を歩く自分は、目的のない側に近い。

だからこそ、より慎重になる必要があった。


「連角。」


淡然が名を呼んだ。

もう、名前で呼ばれることに違和感はなかった。

この区画では、匿名より呼称のほうが安全だ。


「先に見ないで。

その代わり、見せて。」


見せる、という言葉の意味を噛みしめた。

逃げないこと。

隠れないこと。

だが、説明もしないこと。

ここでは最も曖昧で、そして最も長く残る姿勢。


俺たちは中城の下部通路へと入った。

商店や工房が始まる前の区画。

人は多くないが、視線は正確だった。

わずかなズレも見逃さない目。


そのとき、視線が一度だけ掠めた。

露骨ではない。

確認して、引いていく種類のもの。

外城で感じた感覚と似ているが、質が違う。

これは戦いを見に来た目ではない。

記録を付けるかどうかを量る側の視線だ。


身体が反応しかけた。

だが、抑えた。

外城の反応をそのまま使えば、中城では浮く。

代わりに、一拍遅らせる。

歩幅をわずかに落とし、視線を低く。


淡然はその変化を見逃さなかった。

ごく僅かに、歩調を合わせてくる。

今は俺が合わせるのではない。

一緒に揺れないことが重要だ、という合図。


「そのままで。」


彼女はそう言った。

称賛ではなく、進行確認に近い声音だった。


通路の奥から、ざわめきが聞こえた。

声が一度高まり、すぐに抑えられる音。

中城特有の摩擦。

問題が大きくなる前に整理される気配だ。


その音の近くに、見覚えのある輪郭があった。

槍を携えた男。

中城の基準に合わせて整えられた立ち姿。

周囲を過剰に意識しない態度。


遊牧だった。


彼は俺たちを見ると、すぐには視線を向けなかった。

まず周囲をもう一度確認し、それからこちらに目を向ける。

判断。

この区画で言葉を交わしても問題ないかを測る目だった。


「戻ってきたな。」


短い挨拶。

親しみも、警戒も含まれない声。

中城に長く残る者特有の均衡。


「片付けることがあって。」


淡然が答えた。

嘘ではない。

だが、すべてでもなかった。


遊牧はそれ以上、問いを重ねなかった。

代わりに、視線を俺へと移す。

前より少し長く。

昨日との違いを量る目だった。


「感触が変わった。」


彼はそう言った。

否定はしなかった。

説明するつもりもなかった。

中城では、変化の理由より結果が先に見られる。


「それならいい。」


遊牧はそう言い、槍を納め直した。


「まだ、使えるな。」


その言葉の対象が、俺自身ではないことは分かっていた。

「使える」という評価は、人ではなく選択の仕方につく。


しばらく三人で同じ空間に立っていた。

外城では自然だった配置が、中城では微妙に居心地が悪い。

人々の視線が、この組み合わせを測っていたからだ。


「ここに長居するな。」


遊牧が言った。


「今は、曖昧だ。」


淡然が頷いた。

自然に歩き出す。

再び中城の内側へ。

今度は押し出されたのではなく、踏み込む選択だった。


歩きながら考えた。

外城での反応は、捨てられていない。

ただ、そのまま使われないだけだ。

中城では、その反応をどこまで隠せるかが基準になる。


前を行く遊牧の背中。

まだ、死からは遠い。

だがいつか、この街が彼を手放さなくなる。

そんな予感が、ほんのかすかに胸をかすめた。


今ではない。

今は、まだ判断が重なっていない。


中城の雑音が次第に大きくなっていく。

人々の一日が本格的に始まる時間。

俺はその中へ入っていった。


もはや外城の夜ではない。

これからは、中城の昼を耐える番だ。


目的は、まだない。

だが、戻れる線は確かに引かれた。

その線を行き来できるという事実そのものが、

この街ではすでに一つの資格だった。


中城へ続く境界通路は、外城と大きくは変わらない。

壁の材質も、床の摩耗も、灯火の配置も似ている。

だが、空気の密度だけは明らかに違った。


外城では感覚が先に反応する。

ここでは、判断が一拍先に到着する。


淡然は通路の入口で歩調を落とした。

完全には止まらない。

止まった瞬間、ここが外城ではないと露呈するからだ。


「ここからは。」


彼女が低く言った。


「あなたが、どう隠すかを見る。」


隠す、という言葉が妙に響いた。

外城では、隠すより耐える方が先だった。

だが中城は違う。

露わにしないこと自体が、一つの技になる。


通路を抜けると、足音のリズムが変わった。

外城特有の不規則さは消え、

整理された速度だけが残る。


誰も急いではいない。

だが、余裕もない。

それぞれの理由が、すでに整った動き。


遊牧の視線が一瞬、俺に向いた。

昨日とは違い、

動きではなく状態を見る目だった。


「表情は変わってないな。」


彼は言った。


「普通は、外城で一度弾けると

ここに上がるとき、顔に出る。」


否定はしなかった。

感じていなかったわけではない。

それを顔に残さない方法を、身体が先に知っていただけだ。


「それが問題になることもある。」


遊牧は続けた。


「中城は、

何もなかった人間を一番疑う。」


その言葉は、今の状況を正確に突いていた。

外城では、何もないことが安全だ。

だが中城では逆だ。

何もなかったという事実は、

何かを隠したという意味になる。


俺たちは再び歩き出した。

今度は遊牧が前に出ない。

淡然も横に並ばない。


三人が一列にならず、

微妙にずれた三角形を保つ。

こうした場所で最も目立たない配置。


視線が一度、二度と掠めた。

長くは留まらない。

だが、外城より明らかに多い。


中城では、

見るという行為そのものが記録の一部だ。


「これからは。」


遊牧が言った。


「依頼を探さない。」


一拍置いて、周囲の音を整える。


「依頼に引っかからないかを確認する。」


意味は明確だった。

ここでは、仕事を探さなくても、

仕事の方から寄ってくる。


特に、使い道が曖昧な人間には。


俺たちは中城の下層を抜け、

上部倉庫が密集する区画へ入った。

昼は賑わい、

夜には整理された騒音だけが残る場所。


ここでの衝突は、

たいてい記録に残る。


だから、より静かでなければならない。


「連角。」


遊牧が俺の名を呼んだ。

今度は淡然も聞いている前提の呼び方。


「外城で反応した識は」


彼は続けた。


「ここで、そのまま使うな。」


理由は聞かなかった。

中城の規則は、説明より早い。


「識が強ければ強いほど、

先に分類される。」


分類。

その言葉が、不思議と重かった。

自分がまだ無登録者であることを、改めて思い知らされる。


淡然が自然に引き取った。


「だから今は、

反応しないかどうかも見る。」


反応しない選択。

外城では危険だったが、

中城では生存に近い。


息を整え、

身体の緊張をほんの少しだけ緩めた。

先ほどのように、

無理に空白を引き出さない。


代わりに、

空白が生まれる余地を残す。


その瞬間、

空気の結が、わずかに揺れた。


背後から誰かが、

俺たちをかすめて通り過ぎた。

確認も、接触もない。


だが、その通過した場所に、

識の残響はほとんど残っていなかった。


消された痕。


遊牧の眉が、ほんの僅かに動いた。

淡然は何の反応も見せない。

二人の沈黙が、

その存在をより鮮明にしていた。


「見たな。」


遊牧は問わずに言った。


「見た。」


淡然が答えた。


俺は答えなかった。

見たとは言えない。

だが、感じなかったとも言えない。


空白。

外城で感じた、あの空いた感覚と似ている。

だが、向きが違う。


これは身体の反応ではない。

判断が、取り除かれた跡だ。


遊牧はそれ以上、言葉を重ねなかった。

今このタイミングで名前を付ければ、

それ自体が記録になりかねない。


何事もなかったように歩く。

中城の夜は、

そういう選択を好む。


通路の端で、

淡然がごく低く言った。


「今は、

知らないまま通るのが正しい。」


頷いた。

追わない選択。

確認しない判断。


それが、今の最善だった。


中城の灯火が、視界に増えていく。

光が増えるほど、

隠せる影も増える。


矛盾しているが、

この街はそういう場所だ。


ふと、理解した。

外城で目覚めたのは、身体で、

今、中城で試されているのは、

空けておいた判断だということ。


そしてこの二つが、

いつか同じ瞬間に重なったとき、

選択は、避けられなくなる。


まだだ。

今は、

その境界に立っているだけ。


その事実だけで、

今夜は十分に危険で、

だからこそ、十分に生きていた。

わ、私が! 今回! 休みたかったっていうよりは!

その…インフルエンザにかかってたんです…!

お知らせをどこに出せばいいのかも分からなくて!

そもそも今は無名作家だし、読まれるのかな…って思っちゃって…!


と、とにかく!

連載、また再開しますっ!


そして!さっき シャワー浴びて出てきたら、急に体が熱くなってきて…

これって発情期なのか…?

いや、違う違う、たぶん夏風邪だよね…

もうすぐ夏だし…うん、きっとそう…

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