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第10話「目覚めた場所」

この街は、記憶を求めない。

その代わり、同じ場所で、

どんな判断が繰り返されたのかだけを残す。


目を覚ました場所は、過去ではない。

そこは、

もう一度目を覚ます準備ができているかを

問い返すための場所だ。

第1巻 灯火の夜


第10話「目覚めた場所」


外城の夜は、昼よりも明確だった。

人が集まる場所と、避けられる場所が、隠しようもなく露わになっている。

灯火の下には取引と騒音があり、その間の闇には理由のない沈黙があった。

俺たちが歩いていたのは、後者に近い場所だ。


淡然は、意図的に灯火を背にして歩いていた。

光の届かない側のほうが安全だという判断だ。

外城では、記録よりも先に視線が動き、

視線は常に光を追う。

だから闇は、監視の死角になる。


「ここが、私が最初に君を見たあたりだよ。」


淡然の言葉は説明ではなく、確認に近かった。

俺は頷いた。

記憶はないが、空気の質感が身体に残っている。

足元の砂利、壁に残る湿り気、風の抜ける方向。

初めて目を覚ました時に感じたものと、大きくは違わなかった。


この区画の外城は、夜になるとさらに空く。

役に立たない動線、守られない空間。

だからこそ、危険は分散される。

誰かが狙って入り込むには、あまりにも中途半端な場所だ。


「どうして、またここに来た?」


俺がそう尋ねると、淡然は少し沈黙した。

周囲をもう一度確認してから、口を開く。


「街の内側で残った判断が、

ここに流れてくるから。」


それだけで十分だった。

中域で整理しきれなかった選択。

記録に入れるには曖昧で、捨てるには危険なもの。

そういうものは、いつも外城へと押し出される。


「それに。」


淡然は付け加えた。


「ここは、君が一番説明しなくていい場所だ。」


その言葉は、今の俺には納得がいった。

中域では理由が必要だが、

ここでは、それほど求められない。


俺たちはさらに一つ、路地を曲がった。

人の気配がほとんど感じられない区画。

だが、完全に空ではない。

こういう場所には、いつも誰かがいる。

隠れている者、待っている者、あるいは狙っている者。


それに気づいたのは、思ったより遅かった。


空気が、半拍遅れて揺れた。

風ではない。

動きの余韻だ。

淡然の足が止まり、俺も同時に止まる。


「後ろ。」


彼女が低く言った。

だが、もう遅かった。


前方の路地で、影が割れる。

一つ、二つ、そして三つ。

実入りを狙った待ち伏せ。

脅しも警告もない。

距離を詰めるだけだ。


身体を低くした。

逃げる角度を計算しようとしたが、

路地は思った以上に浅い。

ここは、意図的に塞がれた構造だった。


淡然が構えを取る。

だが動く前に、相手が先に踏み込んできた。

速い。

外城で生き残った動きだ。

訓練されてはいないが、迷いもない。


その瞬間だった。


頭の中が、空になった。

思考が途切れたのではない。

考える必要そのものが消えた感覚。


心臓が半拍遅れて脈打ち、

周囲の音が薄くなる。

足元の石、壁の凹凸、相手の重心が、同時に入ってきた。


識。


本能的に、身体が先に反応した。


身体が左へ傾き、

相手の腕の下へ潜り込む。

手が相手の手首を折り、

足が地面を蹴った。


衝撃は短い。

だが正確だった。

相手のバランスが崩れ、

後ろにいた二人の動線が重なる。


淡然は、その隙を逃さなかった。

一人の髪を掴み、短く地面に叩きつける。

もう一人が、距離を取った。


そこでようやく、息を吐いた。

頭の中の空白がゆっくりと埋まり、

痛みと感覚が戻ってくる。


「そこで止まって。」


淡然の声が聞こえた。

俺は止まる。

これ以上進めば、長引く。

この場所での争いは、長いほど不利だ。


相手は短く状況を測り、

すぐに散った。

追撃はない。

ここでは、生き残った側が勝ちだ。


しばらく、沈黙が残った。


「見たでしょ。」


淡然が言う。


「君の身体は、もう選択を覚えてる。」


俺は手を見下ろした。

震えはない。

だが、さっきの感覚はまだ残っている。

空になった判断、

そして自動的に繋がった動き。


「ここが。」


彼女は続けた。


「君が目覚めた場所だよ。

そして、また目覚める場所でもある。」


その意味を、

俺はまだすべて理解できてはいなかった。

だが一つだけ、確かなことがあった。


外城へ降りてきたのは、逃げじゃない。

残っていた判断を、

一番先に迎えに来た場所だ。


外城の夜は、簡単には沈まなかった。

先ほどの騒ぎが消えたあとも、空気の流れはしばらく定まらず、

わずかに揺れたままだった。

人影は戻らない。

それ自体が、外城の答えだった。

この程度の摩擦は、事件として扱われない。


淡然は、数歩先で足を止めた。

灯火が届かないが、完全な闇でもない位置。

外城では、こういう場所が稀に安全だ。


「少し、待って。」


休む、という言葉は正確ではなかった。

座るわけでも、身体を預けるわけでもない。

次の動きを、すぐには繋げないという宣言に近い。


俺は壁際に立ち、呼吸を整えた。

心拍はすでに平常に戻っていたが、

さきほどの感覚は、完全には消えていない。

身体の奥に、薄い層のように残っている。


「さっき、」


俺は口を開いた。


「自分が、何をしたのか分からない。」


淡然は頷いた。

想定していた反応だ。


「それで問題ない。」


彼女は断定的に言った。


「理解しながら使う識は、長く持たない。

君のは、そういう種類じゃない。」


その言葉は、安心を与えるものではなかった。

むしろ、逃げ道を減らす。


外城の音が、また戻り始めた。

遠くの笑い声、金属を打つ音、

その隙間を埋める曖昧な沈黙。

この街の夜は、いつもこうだ。

完全に静かにもならず、

完全に騒がしくもならない。


「ここに戻ってきたのは、」


淡然は続けた。


「確かめるため。」


「何を?」


俺が問うと、彼女は答えた。


「君が、この場所でも同じ反応をするかどうか。」


同じ反応。

俺は路地の奥を見た。

最初に目を覚ました時と、

大きくは変わらない構造。

あの時も、判断する余裕はほとんどなかった。


「人はね、」


淡然は言う。


「目覚めた場所で、一番よく露わになる。」


記憶じゃない。

習慣でもない。

意志でもなく、

残っていた選択の仕方だ。


俺はその言葉を否定しなかった。

さっきの動きが、訓練の結果ではないことは明らかだった。

誰かに教わった覚えもなく、

自分で身につけたと言える根拠もない。

ただ、身体が先に動いただけだ。


「外城は、」


淡然は付け加える。


「そういうのを、隠してくれない。

だから、連れてきた。」


ようやく分かった。

これは回避ではなく、検証だった。


「内側では、」


彼女は続けた。


「君がどんな人間かを、記録が代わりに語る。

でも外城は違う。

ここでは、どう生き延びたかが全て。」


基準を示す言い方ではなかった。

これまでの選択だけで、十分だという調子だった。


しばらく、沈黙が流れた。

外城の夜気が、肌に触れる。

冷たくもなく、温かくもない。

この街では、こういう曖昧さが長く続く。


「さっきみたいに、」


淡然が再び口を開いた。


「ずっとそう反応してると、

いつか、自分で背負えない選択も引き寄せる。」


警告だった。

だが、止める言葉ではない。


「それでも、」


彼女は続けた。


「今は、それが君の全部。」


俺は一度俯き、また顔を上げた。

否定する理由はなかった。

はっきりと感じていた。

空いている部分と、

そこを埋める動きのことを。


「これから、どこへ行く。」


俺の問いに、淡然はすぐには答えなかった。

外城の上方を見た。

灯火が連なる方角ではなく、

その間の闇が続くほう。


「もう少し、内側。」


中域ではない。

外城の内側だ。

人が意図的に長居しない区画。

だからこそ、記録も監視も緩い場所。


「なぜだ?」


淡然は俺を見た。

評価でも確認でもない。

結論をすでに持っている者の目だった。


「今夜は、

君がもう一度、選ばなきゃいけない。」


挑発ではなかった。

予定されていた手順に近い。


俺たちは、また歩き出した。

今度は、俺が先に足を出した。

淡然は半歩後ろで、自然に速度を合わせる。


外城の路地は、次第に複雑になる。

人の匂いが濃くなり、

灯火の間隔が不規則になる。

ここでは、方向よりもリズムが重要だ。

速すぎれば浮き、

遅すぎれば捕まる。


歩きながら、考えた。

さっきの戦いで、

怒りも興奮もなかったことを。


恐怖すら、思ったほどではない。

代わりに残ったのは、

ごく小さな空白。


何かをしなければならない気はするのに、

何をすべきかは、まだ来ていない感覚。


「然角。」


淡然が、俺の名を呼んだ。

今回は、はっきりとした意図を伴う呼び方だった。


「今、君が感じてるその空白。」


俺は振り向いた。


「埋めようとしなくていい。」


彼女の言葉は明確だった。


「この街では、

空いたままの判断が、一番長く生き残る。」


その言葉が、

ユモクの残した言葉と重なった。

空いた感覚は、後で役に立つという話。


まだ分からない。

この空白が何で満たされるのか。

あるいは、最後まで満たされないのか。


ただ一つ、確かなことがある。

この場所で、俺はもう一度、目を覚ましていた。


記憶のせいじゃない。

繰り返しのせいだ。


外城の夜は、まだ続いていた。

灯火の間の闇の中で、

次の選択が、静かに息を整えている。


そして今回は、

その選択が、

俺を素通りすることはなさそうだった。

まだ!!

作品、捨ててませんよ!!

ちゃんと最後まで書き切りますからねっ!!

まだまだです!!!!

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