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第1話 情報開示

 課長失踪事件は進化した。

 春斗記憶喪失事件へと変貌を遂げたのである。


 慌てふためく香凛が、アルトに迫る。

 激しい動揺を隠せない者と隠そうとする者に別れる。


 「アルト。春君が。春君が・・・どうしよう。どうしたら・・・いいの! ねえ」

 「わかってる。カリン。ここでそんなに取り乱すな。わかってるんだ。俺だって同じだからな」


 焦っているのは同じ。その気持ちもわかる。

 しかしそれだと春斗の為にならない。

 記憶を失った本人が一番取り乱したいはずなのに、その当の本人がいつものように至って冷静だから、アルトは自分も冷静になろうと努めていた。

 歯を食いしばって状況を整理する。


 「う、うん」


 そのアルトの真剣な顔に、香凛も落ち着こうと努力する。

 次に出そうと思っていた言葉をしまって、唾も飲み込んで言葉も飲み込んだ。

 彼の思考の邪魔になりたくない。


 「春斗がこうなっちまった以上だ。隠すしかない。政府には教えない。香凛いいな」

 「それは分かるけど。でも無理じゃ・・・」

 「俺は奴らを信用していない。特に永皇六家(えいおうりくけ)は嫌だ! でも五味のおっさんだけには連絡する。今は、あの人しか頼れない。それ以外、信用できねえ」


 頼りとする男もまた、最も毛嫌いする組織の一員だから、アルトは歯を食いしばっている。

 

 「え。でもさ、DAIには知らせないの?」

 「ああ。DAIの人たちが良い人たちでも、その上が信用できない。結局DAIもCLの一部だし、その上が直通だ。駄目だ」

 「そっか。わかった。五味さんだけね」

 「ああ。連絡してくれ。カリン。ハルにも教えてねえ。例の場所に、移動をと」

 「わかった。アルトは?」

 「俺はハルを見ておく。いざという時は、守らないと」

 「そうだね。まかせた」


 二人は行動を別にした。


 ◇


 特殊な通信機器を取り出して、香凛は連絡をする。


 「五味さん」

 「紅姫か。俺に直接、しかもこれにか」

 「はい。追跡不可の連絡をしました」

 「緊急か。そっちで何があったんだ」

 「はい。五味さん、直で話したいので、こっちに来てもらえますか。でもその時に、知られない方がいいんで。慎重に。例の場所に来てください」 

 「・・・わかった。あそこだな」

 「はい。職員にも分からないよう形で」

 「よほどだな。わかった。今から向かう」


 約束を取り付けている間。

 アルトはというと。


 「おい。ハル。お前・・・本当に何も覚えてないのかよ」

 「はい。あなたは誰ですか?」

 「冗談じゃねえんだよな。お前はさ。その顔の時は冗談言わないもんな」


 真剣な表情の時は冗談を言ったことがない。

 それを理解しているからアルトは苦い顔をした。

 親友が自分を覚えていない事。

 それがここまで絶望する事だとは。

 経験したくない事を経験していると、アルトは深いため息をついて頭を悩ませた。


 「ここにあったダンジョンが消えたんだ。だからクリアしたんだろ。じゃあなんでハルが記憶喪失になるんだよ・・・クリアした者が記憶喪失になる事例なんて聞いた事がない! って言ってもだ。二人しかクリアした人がいないからな。事例が少なすぎるからな。これがありえない事態ではないんだと、覚悟しておいた方がいいのか」


 アルトもダンジョンについての基礎知識はある。

 一国一城の主。

 ハンターギルドのリーダーだからだ。

 ここでの胆力も、今までの経験から来るものだ。


 「あの。どこか行くんですか」


 春斗の質問に、アルトは疑問で答える。


 「ん?」

 「彼女がですね。あれ」


 後ろを向くと、香凛が口パクで早く移動しようと声を出す。

 指を差しているのは政府職員だ。


 (そうか。警備をしていた職員か。しまった。急ぐか)


 アルトも彼女の真意に気付いた。

 移動を開始する。


 ◇


 秘密の場所は真原宿の一角にある。

 ここを知る者は数少ない。

 彼らの隠れ家だ。


 「五味さん。来るかな」

 「おっさんが信用に足る男ならな」

 「アルト。五味さんの事、嫌いだよね」

 「当り前だろ。俺のハルを取った男だ」

 「まったく。あんた。まだ言ってんの」

 「当然だ。でもだ。宗像さんがいない今。敵を頼るしかできないんだ。俺はそれが悔しい。俺たちだけじゃ、ハルが救えねえ。それが糞悔しい。力の無さが、自分の至らなさが! 足りない事が悔しいんだ!」

 「うん。アルト・・・うん。私もそうだよ」


 苦虫を噛んだような顔をしてアルトは、隠れ家のソファーに春斗を誘導した。

 座ってくれと言うと、彼は素直に座る。


 「・・・ハル・・・」


 記憶を失っても素直な青年。

 そこが無性に虚しくなる。

 せめて、駄々をこねたり、悪態でもついてくれれば、こっちも気が楽になるのに。

 礼儀正しい姿が余計に痛ましい。


 香凛が外の音に気付いた。

 

 「あ!」


 隠れ家の扉が開くと、息があがっている五味が登場した。急いできたのがその様子で分かる。


 「どうした。何があったんだ。お前ら」

 「五味さん」

 「・・・紅姫・・・」


 初っ端から涙。

 五味は驚きつつも、事情を聞きたくてアルトに顔を向ける。


 「おっさん。ハルが記憶を失った」

 「なに!? 春斗が!?」

 「ああ。理由は分からないけど、原因として考えられるのは、ハルがダンジョンをクリアしたからみたいだぞ。真新宿ダンジョンが今は消えているんだ」

 「なに!? 春斗が攻略したからダンジョンが消えただと!? まさか」


 寝耳に水で、頭がクラクラする。

 五味は額に右手を置いて、頭を整理する。


 「クリアしたのに。記憶を失った・・・そんな事象。聞いたことねえな」

 「だよな。おっさん」


 アルトは嫌いな人物と同じ思考をした。

 その事に嫌悪感を抱いても、春斗の事となればそこを超えて考えることが出来る。

 次の展開を二人で一緒になって考えた。


 「記憶か・・・にしても厄介だな。くそ。その分野を扱えるのは、寄りにも寄ってあれかよ」


 五味は、春斗の顔を見て悔しそうにつぶやいた。

 自らの膝を叩いた事で手が赤くなる。


 「何とかして思い出せないのか。こいつ。自分の名前も覚えてない感じなのか」

 「そうみたい。私もアルトも。自分の名前もね。全然ダメみたい」

 

 香凛がぽろぽろと涙を流した。

 春斗が自分を覚えていない事が、何よりも悲しい。


 「春斗の過去を見せるか。幸いにもここには・・・ある程度のこいつの情報を眠らせた特殊な場所だからな」


 五味は辺りを見渡す。

 隠れ家にある本棚には、春斗の情報がある。


 「だから、あんたをここに呼んだんだ。今の現状。あんたしかここの使用を許されてないだろ。宗像さんと燐さんを除いたら、あんたしかいないからさ」

 「わかった。使うか。ここの情報を開示しよう。こいつに見せる」

 「おっさん頼む。何かのきっかけで。記憶が呼び戻せるかもしれない」

 「ああ。その通りだ。やってみるか」


 五味は、自分の首にぶら下げている紫の指輪を取り出した。


 「こいつを・・・」


 隠れ家の壁にある穴に差し込む。


 【ガガガガガガ】

 

 大きな音と共に、壁が左右に割れて、巨大端末が出てきた。

 

 「モニターを出す。年表には映像部分がないんだが。文字だけでも読んでもらうか」

 

 反対側の真っ平の壁に映像が映る。

 文字情報のみだが、貴重な資料だ。

 それは極秘事項の歴史である。


 「春斗。読んでみろ。文字は読めるんだろ」

 「・・・え。まあ。はい」

 「簡略化されているがお前の歴史だ。まあ、過去が辛いものだからな。だから、お前は忘れちまったのか? いいや、とにかく見てくれ」

 「は。はい」


 文字情報でも、春斗の記憶が呼び起こされると信じて、三人は年表を壁に映した。

 


―――――


 2100年 相場秋子に能力開花の予兆 政府観察対象となる


 2103年 青井栄太と相場秋子が結婚 観察対象から外れる


 2105年 二人の子。相場秋子の妊娠を確認


 2106年 青井春斗誕生


 2107年 青井春斗施設へ


 2111年 宗像四郎が青井春斗を引き取る。


 2117年 青井春斗のギフターズが計測不能だと上層部が知る。

       計測自体は昨年。


 2121年 冬野アルトと夏木香凛が観察対象となったため。

       青井春斗が学校入学。


 2124年 冬野。夏木。両名がハンター宣言。

       基本の形では、政府が介入しない事となる。

       ここでDAIの前身RDが発足。

       責任者【五味義経】 実行部隊長【宗像四郎】

       隊員【青井春斗】


 2125年 RDの躍進


 2126年 宗像四郎の死


 2127年 DAI発足


―――――――



 「これが自分の歴史ですか。薄いですね」

 

 そんな感想しか出て来ないのか。

 これって普段通りの春斗じゃないのか。

 シリアスな場面だと思っていた三人は、その場でこけそうになった。


 「薄くねえ。ハルの人生はここにいる誰よりも濃い!」

 「あなたは誰ですか?」

 「俺は冬野アルトだ。こっちが夏木香凛。お前の・・・絶対の親友だ。何があっても揺るがない。俺たちは絆が深い。お前の大親友なんだ!」

 

 アルトの言葉に頷いた香凛は別な事を言う。


 「私は、春君の彼女で!・・・・春君はいずれ旦・・・」


 さっきまで泣いていたのに、ここで平然と嘘をついた。

 アルトが香凛の頭を叩く。


 「何。嘘ついてんだよ。こんな時に嘘つくな! 馬鹿。こいつが本当の事を思い出せなくなるだろ。嫌な思い出を植え付けるな」

 「なんですって! 私との婚約は嫌な思い出にはならないもん!!!」

 「この状況で婚姻しようとすんな。お前、あくどいわ。悪魔か」


 二人が口喧嘩していると春斗が笑った。


 「ふっ。仲が良いんですね」

 「「仲良くない!」」


 二人が春斗の前に顔を出して近づけていく。


 「・・・・ぐっ・・・いっ」


 春斗が自分の頭を押さえた。


 「春君」「ハル!」

 「だ。大丈夫です。なんだか頭が痛くなって・・・」


 三人の一連の流れを見ていた五味が聞く。


 「もしかして、思い出したか。少しでもさ」

 「え。まあ、なんか。前にもこんな事があったかもと、感じたら頭が痛くなりましてね」

 「「え!? じゃあ」」

 

 二人は顔を見合わせた。

 自分たちが親友となった時の話をすれば、春斗が思い出すかもしれない。 

 希望が出てきて、見つめ合いながら笑顔になっていく。

 

 春斗の横に立った五味が、彼の肩に手を置く。


 「わかった。じゃあ。俺たち三人でお前の過去を話せば。なんとかなるかもしれん。そうだな。今のお前の状況を誰かに隠すためにも、過去を知っておいた方が良い。お前の記憶喪失自体。奴らにも隠さないと駄目だ。政府は確実にお前を奪いに来る。いや、政府じゃない。奴が狙ってくるはずだ。栄太が絶対に奪いに来るはずだ」


 記憶を失った事を、政府上層部に知られれば、春斗がどのようになるか。

 その想像が容易に着くから、五味は世間を欺くつもりなのだ。

 春斗は少々特殊な生い立ちである。

 だから、守らねばならない。

 守らねば政府の操り人形となるだろう。



 彼らが静かに語り出す物語は、春斗の人生である。


 「さあ始めるか。世の中には隠してきた本当の資料と生きている証人に基づく・・・お前のこれまでの物語をな」


日常回がメインになっていますが、物語の中心春斗周りの話が繋がっていく形になります。

記憶を失った彼の為の話なので、じっくり進んでいく形です。

対人戦も多くありますが、ダンジョン戦もあります。

あとは、彼が繋いでいた絆の形や、今に至るまでの運命もです。


よろしくお願いします


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