第40話 戦場に立つには覚悟がいる
2月14日。
通常授業の間にも際立つ緊張感。
宗像先生はいつものように。
「ですので、戦闘って協力すると楽なんですよね。この場合。モンスターの側面を取って」
ダンジョン講習をしている。
この人は人の気持ちの部分の変化に疎いので大丈夫。
問題はこのクラスの雰囲気だ。
「絶対」「渡してみせる」「ここが勝負!」
という女の子の心は発せられずとも、態度で気迫が伝わってくる。
彼女らの背中が妙に頼もしい。
「欲しい」「誰かくれねえか」「チョコ食べてえ」
という男の子のどうしようもない心の声も、授業を上の空の態度で受けているために分かる。
俺。もらえるのかなっと現実逃避している男の子もいる。
そして春斗は。
「ウウウン。熱気がありますね」
授業とは別の熱気を感じていた。
四郎よりかは人の心に聡くなったのである。
◇
放課後のホームルームが終わり付近でその熱気は爆発している気がした。
ここはまだ嵐の前の静けさだ。
「それでは明日もですね。これで終わります」
宗像先生が教室から出ると一斉に女子たちが立ち上がった。
全員が外に出る中で、一年一組第五班流加奈子が春斗の体を掴まえた。
春斗は女の子に持ち上げられて、移動することに。
「え?」
「ちょっとお借りします」
あまりにも華麗な犯行に。
「「は?」」
香凛とアルトも呆気にとられた。
もちろん春斗自身もだ。
春斗が加奈子と共に廊下に出るとクラスメイトの女子たちがいた。
一同は呼吸を合わせて、声も合わせる。
「「「「春斗君。これを」」」」
「え?」
春斗の前には、紙袋に入った大量のチョコである。
「自分に?」
「そう・・・それで。こっちもなんだよね。お願い。ごめんね春斗君」
奈美がもう一つ袋を持って来た。
「これは・・・あれ。こっちもチョコですよ?」
中身はたくさんのチョコだ。
「うん。アルト様にお願い。自分たちじゃさ。渡せなくてさ」
殿上人に直接渡すのは憚られる。
だから春斗を使って、チョコを渡そうとした女子たちは計算高い。
まだまだ諦めず、アルト狙いは続いているらしい。
No2理論はどこに行ったのか。
そう女子とは夢を追いかける者である。
あわよくば・・・!
という夢のような言葉の中で、生きていられるのが女子である。
「え。まあ。いいですよ」
「本当ですか。じゃあ連絡します」
呉満里奈が他の教室へ向かった。
各教室の扉を開けて、丸ポーズをする。
「え? 連絡?? 満里奈さん。何をして?」
丸ポーズを受けた教室からは、大量の女子が現れた。
春斗に襲い掛かるようにして迫ってくる。
「うわあああ。な、なんですか」
さすがの春斗でも、大量の女子に迫られたら動揺を隠せなかった。
目が点である。
「「「お願いします! アルト様に!!」」」
これが決まり文句で、それとセットで。
「「「ありがとう。春斗君」」」
春斗へのお詫びチョコももらう羽目になるので、結果として春斗は。
「ぐお。お。重い!? チョコって。たくさんもらえば、こんなに重いんですね」
とんでもない量のチョコを貰う事となった。
アルトの分からの自分の分もだから、結局二倍の量だ。
「じゃ・・・じゃあ。皆さん。渡しておきますので。心配なさらずに」
「「「「ありがとう!!!」」」」
チョコの重さに負けそうな春斗は、ふらふらとなりながら教室へと戻った。
◇
教室の隅では、穏やかな時が流れていた。
茂野がアルトにお辞儀する。
「アルト君。こちらを。いつも遊んでくださりありがとうございます」
「いやいや。遊びなんてな。別に。でもサンキュ。茂野。俺ってもらえないのかと思ってたぜ」
「それはないでしょう。アルト君ですよ」
「いや。もらうまでは不安って事さ。男はさ」
「そうでしたか」
どんな男でも、いざ本番になってゼロだったらどうしようと思うものだ。
「あ。アルト様・・・こちらを。献上したく。拙者の渾身の力作・・・でござる」
手作りチョコをあげたくて、不器用ながら円は作って来た。
「おお! サンキュ。円もありがとよ」
「あああ…有難き幸せ・・・受け取ってもらえるとは・・・感無量でござる。もう死んでも良いでござる」
涙を流しながら感謝する円であった。
「おいおい。なんでだよ」
大げさなと、二人と会話をしていると。
アルトの前の机の上にチョコがスッと移動してきた。
右手に当たってピタッと止まる。
「ん?」
「はい。あんたの分ね」
左の端にいる香凛が言った。アルトは左を向く。
「お前からか。つうか俺、お前からも貰えんの。ハルじゃねえぞ」
「当たり前じゃん。いつものお礼。義理だからね。義理。本命は春君だもん」
「あっそ。でもサンキュ」
「うん」
友チョコよ。と香凛が言っていた。
そして。ここに・・・
「ああ。アルト・・・」
「ん。ハル?」
「お。重いので受け取ってください。これ・・・それとこれと。これに・・・これです」
大量の紙袋をアルトに渡す春斗は疲弊していた。
「な。なんだよ。これ」
「これらは、一学年の人たちがアルトに贈りたいのだそうです」
三人の机の上がチョコだらけになる。
「マジかよ!? つうか、お前のそっちは」
「これは詫びです」
春斗は、自分の分をまだ持っていた。
「詫び?」
「アルトに渡して欲しいから、自分にお願いするのが悪いとの事で。お詫びでもらいました。おかげで大変です」
「ああ。そういう理由かよ」
「はい。とんでもない量で・・・どうすればいいんでしょう」
食べられませんよ。この量・・・。
春斗はせっかく頂いたものだから、捨てるのだけは選択肢になかった。
「頑張ります」
頑張って食べますと春斗は固く誓った。
「ん? どうしました。茂野さん。円さん」
「「はいどうぞ」」
「おお。自分にですか。ありがとうございます」
友人二人からのチョコに、ゆっくり感謝を述べる春斗だった。
「はい。いつもお世話になっていますから」
茂野が言うと。
「いえいえ。自分こそです」
春斗もお礼を言う。
「いや。拙者。春斗殿がいなければ、アルト様と香凛様とお友達になれなかったので、もはや神は春斗殿という事に!」
円の意味不明な発言である。
「は。はぁ。自分が?」
「そうでござる。こちらのビューティフルゴッド二名に加えて。もはや春斗殿は。縁結びの神という事で。一つお願いしますでござる」
円が、二礼二拍手一礼をした。
崇め奉る気である。
「あの? 何をお願いしてるんでしょう?」
一言一句。理解不能。
春斗は苦笑いをするしかなかった。
「気にしないでください。春斗君」
「そうします茂野さん」
無視を決め込んだ。
「あの僕は? もらえないって事?」
近くにいた敦がぼそっと言った。
「いえ。ありますよ。こちらに」
「あったりまえでござる。拙者もこれを」
同じ班の仲間にも、もちろんあげますよと、茂野と円はチョコを用意していた。
「わあ。ありがとう。僕にもあったんですね」
「敦君! 仲間じゃん」
「ああ。初めて円の班になってよかったと思うよ」
「え?」
微妙に褒め言葉じゃなかった。
そして。肝心の人が動き出していなかった。
顔を真っ赤にしている香凛は、春斗が隣に座っても渡せなかった。
「ふぅ。帰る準備しますか。寮のどこに置こう・・・」
狭い寮のどこにチョコを置けば?
春斗は、部屋を思い出して、机を片づけ始める。
「は・・・春君」
「ん? どうしました香凛。いつもより元気ありませんね」
「う。うん。あのね」
「ええ。なんでしょう・・・・あ!?」
教室の窓に彼女が映った。
春斗は後ろを振り向く。
「モモさん? どうしたんだろ。香凛ちょっと席を外しますよ」
「え。あ。うん」
香凛のそばから春斗は消えた。
その時、涙が出そうになったが。
「いいのか。お前」
「・・・」
アルトのフォローが入る。
「負けねえんじゃなかったのか」
「・・・・」
「リングに立つつもりもないのか。香凛」
「ふん・・・あんたには関係ないもん」
「ああ。俺個人ではな。でも俺はお前とハルの友達だぜ。関係あるわ。根性がねえお前は、張り合いがねえからな。ライバルだろ。俺たち」
共にS級ハンターを狙うライバル。
そして、春斗の強さを追いかけるライバル。
弱いままじゃ、張り合う気も起きない。
とアルトは語った。
「・・・ふん!」
負けん気がある癖に、いざ春斗の事になると憶病になる。
好きだ好きだと言っている内は、まだいい。
ただ、現実に直面すると、弱くなってしまう。
今の彼と彼女を見たら、すぐにだ。
アルトは、しっかり香凛を見てあげていた。
◇
「モモさん。どうしました?」
「はい。後で会ってもらえますか」
「え。まあ。いいですけど。今すぐですか」
「もう少し後です。寮に戻った後で良いです」
「わかりました。それじゃあ。連絡しますね」
「はい」
二人が廊下で会話をすると、阿武が来る。
右手を挙げて近づく。
「おお。グラマラス女性! やっぱ。お前。この人と付き合ってたのか」
「熊さん。こちらの人はモモさんですよ。なんですかその名前?」
「悪い。名前知らんくてよ。モモさんね」
「はい。成田桃百さんですけどね」
「呼び方同じじゃん」
「ちょっと違います。堅苦しくないでしょう」
「ふ~ん・・・そうか?」
阿武にはその違いがわからなかった。
というよりも、呼ばれている桃百にもわからなかった。
春斗の前で、二人して首を傾げている。
「ええ。こちらの方が。モモさんがよりモモさんらしい!」
力説しているが。
「んんんん。そうなのか。わかったぜ。春斗」
「ええ!」
春斗の言っている事が理解できなくても、阿武が話を合わせてくれた。
阿武は口は軽いが、良い奴なのだ。
「じゃあな。色々あるだろうから、俺はお邪魔になりそうだからバイバイ」
「邪魔?」
「・・・・・・」
これ以上野暮な事は言うまい。
阿武は去っていった。
「何が邪魔なんでしょう。ん?」
「は。春斗さん。また」
「え。モモさん。大丈夫ですか。顔が」
真っ赤だ。春斗が心配している間に、顔を見られないようにして、これ以上見られないために桃百はそそくさと移動する。
「だ。大丈夫です~。お気になさらずに~」
「えええ」
気になる形で消えていった。
◇
春斗が教室に戻った後。
心に勇気を入れ込んだ香凛が話す。
「は。春君。あのね・・・ちょっといい」
「え。時間かかりますか?」
「う、うん」
「じゃあ。後でもいいです? 今、呼ばれてしまって」
「そ。そっか。うん。いいよ」
笑いが引きつっているのが自分でも分かる。
香凛は必死に笑顔を繕っていた。
「こちらに連絡くれれば会いますから。くださいね」
「う。うん。またね」
「はい。急ぎます!」
重そうにチョコの袋を持った春斗が教室を去っていった。
その背を見届けた香凛がぼんやりしながら身支度をして。
「帰る。あたしも・・」
教室を立ち去る。
寮へと進む道の間。至る場所で女子たちと男子たちが話している。
今日のメインで戦った人たち。
戦場に立った者たちだ。
「ああ。ああ。あたしも頑張れば良かったかな。春君と」
いじけて地面の小石を蹴る。小さな石がコロコロ転がって、自分が歩けばまた自分の元に。
それをまた蹴ってと繰り返すこと数十回。
途中で石が横に移動した。
「ほれ」
「あ! 横取り!」
「馬鹿。ぼんやりしてんのが悪いんだよ」
「アルト! この!!」
怒ろうとしたが、途中でやめる。
アルトが笑って話しかけてきた。
「元気出せよ。お前負けるつもりねえんだろ」
「あんたには関係ない」
「ああ。そうだ。でも、負けねえってのを決めたら、やれよ。最後まで走れ。やってみなきゃわからねえからな」
「なによ。アルトの癖に。説教?」
「いいや。説教じゃねえ! やらなきゃ後悔するって話だ」
「・・・」
アルトの確信を突いた言葉に黙ってしまった。
「頑張って駄目ならさ。別にいいんじゃねえの。それにお前らしくねえ。頑張る部分で、誰にも負けねえ気持ちがあるはずだ」
「・・・そりゃ。そうよ。あたしだもん! 諦めない女! 香凛だよ」
「ああ。だから、やってみろよ。香凛。お前が落としたい相手は、この世で一番の曲者だからよ。正面から体当たりしないとな。あっちは横向いているから、正面見てくれねえぞ」
「うん。そうする・・・でもなんでこんなに応援してくれるの。春君の恋を応援してんじゃないの」
香凛は聞いてみた。
「俺はお前らの友達だ。どっちも応援してる。ただ、後悔だけはさせたくねえ。お前もハルにもだ。俺のようになってほしくねえからよ」
「アルトのように?」
「ああ。俺も昔。好きな奴がいた」
「そうなの」
「ああ。でも死んじまった。突然発動した自分のギフターズの力に押し潰されてな」
「え!?」
「だからさ。お前らは相手に会えるんだ。諦めるってのは選択肢に入れちゃ駄目じゃねえか。だって相手が生きてるんだもんな。まだチャンスがある!」
「・・・・うん。わかった・・・そうする」
「ああ。頑張れ。香凛」
「ありがと。アルト」
アルトという男は、香凛と春斗の間に立つに相応しい男だった。
両方を平等に見て、双方を応援する人物であった。
これが春夏秋冬のリーダーとしての力の片鱗である。
アルトは香凛を戦場に立たせるために、背中を押したのであった。




