第34話 文化祭 親友
午後のダンスまであと三十分。
一年一組の屋台のそばに春斗がいなかった。
女性陣は浮足立つ。
「春君は?」
香凛が聞いた。
「知りません。休憩から帰ってこないですね」
茂野が答えてから、円も答える。
「私も見てないよ。どこに行ったんだろ」
「それだったら、探しませんか。春斗君が迷子かも」
呉が心配して、奈美が指摘する。
「春斗君が迷子って。無くない?」
あの人が遅刻とかありえないでしょ。
今どき筆記用具とか、本の教科書を常備する人が、時間を忘れるなんてありえないよ。
あの人、変人だけど、そこだけはしっかりしてる。
それが皆の共通意識だった・・・・。
ちなみに、誰も変人は否定してくれない。
「じゃあ。俺が探してくるわ。皆は待っててくれ」
アルトが立ち上がって春斗を探すと言ったら、向こうから春斗がやって来た。
一見すれば、淡々とした表情に変わりがないように見えるが、いつも一緒にいる二人は、彼の異変に気付く。
【怒っている。悲しんでいる。そして何よりも辛そうだ】
彼の変化が分かるほどそばにいた自負がある。
この半年。ずっと一緒にいた。だから、すぐに分かった。
でもその顔をしている春斗になんて声を掛ければいいんだろうか。
どうしたらいいか分からない。でも何かしたい。だけど、ここで対応を誤りたくない。
間違えたら、友達じゃなくなる。
そんな気がしたアルトと香凛は、あんな表情でいる春斗を救いたくとも、自分たちでは救えない事にもどかしい気持ちでいっぱいになった。
手立てすらも思いつけない。
歯痒い瞬間だった。
「あ。春斗殿。どこに行っていたでござるか」
円が元気一杯に聞くと。
「ええ。少し風に当たっていまして」
春斗はいつも通りに答えた。
でもその声に揺らぎがあり、その表情に憂いがある。
「そうでしたか。春斗君。もしかしてこの後を忘れてますか」
茂野が眼鏡を上げて聞いた。
「いいえ。ダンスでしたよね。自分。踊れませんが大丈夫なんでしょうか」
「はいはいは~い。あたしが教えるよ」
「ん・・・奈美さんがですか」
「うん。ダンサー志望だったから。教えるよん」
「じゃあ。お願いします」
「うん」
奈美は、ギフターズの力に目覚めなければ、ダンサーになろうと思っていた。
ギフターズであってもダンサーにはなれる。
しかし、ダンサーになっても、あなたはどうせギフターズだから踊れるのでしょ。
という色眼鏡が出てくる可能性がある。
だからギフターズとは、職業制限が起きやすいのだ。
特殊な力を持つ事。それが、必ずしも幸せを呼び込むとは限らない。
不幸となるとも限らないけど、道が狭くなることは確かだ。
それでも、このNSSに入った子たちは、自分の人生を切り開こうと前へと進んでいる。
たとえそれが、ハンター関連の仕事に就職するとしてもだ・・・。
春斗のぎこちない踊りを見ても。こちらはいつものように笑えないし楽しめない。
アルトと香凛は、春斗の表情の違いに唖然としていた。
今の軽く微笑んでいる顔も作りもの。
いつもなら、うっすらと微笑むのだ。
だから、今の春斗は何を隠してるんだろうか。
二人はそんな事を考えていた。
◇
ダンスの時間。
春斗は、次々と迫りくる女性陣にタジタジになりながら踊った。
彼と踊った女性陣は、踊り終えると次にいく・・・。わけでもなく彼と踊れたので、無理に踊る必要もないから、脇でのんびりしていた。
春斗と踊ろうとする人を見たりしていて、余裕もあった。
それとは別に、先に踊りを済ませておいた香凛とアルトは遠く離れて、春斗の様子を見ていた。
「やっぱり。何かあったのか」
「うん・・・変だね」
「ああ、あんなのハルじゃねえ」
「・・・うん」
いつもは明るい香凛でも、今回ばかりは暗い。
春斗が暗ければ、自分たちも暗くなる。
「ん?」
アルトの視界の端にピンクの影がちらちら見える。
横を向く。
「あれは・・・モモさん?」
アルトは桃百の事は、さん付けにしている。
「そ・・・そんな・・・やっぱり」
胸に手を当てて、動機を押さえる。
嫌な予感は当たっていた。午前の出来事が影響していると思った。
「モモさん」
「あ。アルトさん」
「何かあったんですか。あなたもその顔を・・・」
悲しげだ。春斗のような顔に、アルトは勘付いた。
「アルトさん。私のせいかもしれません。私が」
「え?」
「あんたのせいって何よ。春君になんかしたの」
香凛が詰め寄ろうとしたが、アルトが引き留める。右手で彼女を制して、左手は桃百の肩に置く。
「すみません。話を聞いてもいいですか・・・・香凛、黙って話を聞けないなら下がれ。俺が聞くから」
「ん・・・わかった。静かにする」
アルトのリーダーらしい部分が出た。
こういう時に、冷静な対応が出来る男なのだ。
「はい・・・それが・・・」
春斗と桃百に起こった出来事。
その全ての事情を聞くと、アルトが呟く。
「ちっ。道理でな。そいつは駄目だわ。青井が絡んで、あなたを苦しめたのか・・・だからハルは・・・クソ」
青井絡みで桃百を傷つけた。
それが何よりも許せないのだろう。
アルトは春斗の気持ちを理解した。
「青井杏・・・ってアルト。もしかしてそれってさ」
「ああ、あいつの妹だ。前に教えてくれた人だ」
春斗は、調査員だと二人にバレてから、親友となった辺りで、隠し事をしないと決めていた。
全ての事情を説明しているのだ。
青井家の事。宗像四郎の人となり。自分の事情。六家の存在。
これらが複雑である事を説明していた。
その中で最も複雑なのが、青井家との関係だ。
青井栄太との不仲・・・いや、仲とは言えないほどに関係を持ちたくないと思っている。
ただ、向こうがまだ春斗を使えると考えているために、関わりを持とうと良くちょっかいをだしてくるという問題があるらしく、その中でも使ってくる手が家族だった。
青井栄太の子は三人。
青井春斗。青井杏。青井耕太である。
それぞれの仲は、春斗の青井家への強い憎しみから考えると、別に悪くもない。
それは春斗が兄弟の事を兄弟だと思った事もなく、ほぼ興味がないことが大きい。
そもそも春斗が、二人の兄だという自覚もないし、栄太の姿を二人に重ねていない事が大きい。
もし栄太と完全に姿を重ねていれば、春斗でも二人を恨むだろう。
でもそんな事はしない。
春斗は物事を割り切る力があり、個は個と考えることが出来る。
「くそ。今になって動いてくるのか・・・・たしか、中学生だろ。それがここに来るなんて・・・まさか」
「アルト?」
「入って来るのか。この学校に・・・入学するための見学できたのか!?」
「え? その杏って子が?」
「ああ。ハルが言ってたのは・・・クリオキネシスだ」
クリオキネシスのB
それが彼女の能力だ。
だからこの学校に入学してもおかしくない。
「そ。その。アルトさん。春斗さんはもう二度と私と一緒にいてくれないのでしょうか」
「え・・・・どういうことですか?」
「なんだか。そんな気がして。最後に彼が・・・」
屋上手前の最後の言葉を伝えると。
アルトは奥歯を噛み締めた。
「くそ。そうか。そういうことか。俺の予想と一緒か。ハル!」
妹がここに来て自分に会った事で入学すると分かった。
それで、春斗は青井が近くに来ることが分かり、彼女をそれらから遠ざけるために、離れるような事を言ったんだ。
「あのアルトさん。私はどうすれば、許してもらえるのでしょう?」
許すとかの問題ではない。
むしろあなたを守るために春斗は動き出した。
遠く離れておけば、害は来ないだろうと考えたのだ。
でもそれはお互いにとって不幸だろう。
だから、アルトが覚悟を決めて話し出す。
「モモさん。あなたは、ハルが好きですか?」
「え?」
「どうなんです?」
「そ。それは・・・まだわからなく・・・て」
と言った桃百の顔が香凛の方を見た。
香凛の心の声を知るから、桃百は香凛に遠慮した。
しかし、そこに香凛が気付く。
黙っていようと決めていたが、ここは黙っていられない。
「ちょっと。何よ。その言い方!」
「え」
「あなた。春君が好きじゃないの。じゃあ、離れてよ! 春君からこの先も離れてよ。一生そばにいないでよ!」
「そ・・それは・・・い、嫌です」
「じゃあ。好きなんでしょ。離れるのが嫌なら、好きなんでしょ」
「わ。わからなくて」
「ズルい。そんなの逃げだ! あなたはズルい。気持ちを誤魔化すなんて。ズルい人だ」
「・・・・」
「あなた。自分が春君を好きだってわかんないの。あなた。自分の気持ちが曖昧なの!? それなのに、この先。春君と一緒にいられないって言われたら、嫌なんでしょ。どうなの」
「・・・・」
「質問に答えて! このまま二度と会えなくてもいいの!」
「え」
「ここから先ずっと・・・ずっと春君と話しも出来なくなったら、あなたはどうなの!」
「そんなの嫌です!」
「それだったら、好きなんじゃん。なんでもない人だったら、それでもいいっていうもん。でもあなた即答したのよ。だったら春君が好きなんだよ。春君の事が大好きなんだ!」
「・・・・」
「覚悟を持ちなさいよ。今! すぐ! あなたが覚悟を持ったら、教えてあげるんだよ」
香凛の目に涙が溜まっていた。
アルトは何も言わずにその言葉を聞いている。
「な、なにをですか?」
「あなたが好きだって言えば・・・・あたしたちが信じるから。だから教えてあげるの」
「なにを」
「なにをじゃないの。あなたは、好きなの。嫌いなの。どっちなの」
「す・・・好きです。たぶ・・・そうじゃない」
桃百が自分の発言を否定した。
曖昧じゃないからだ。
「私の本当を知ってくれている彼が好きです。心の内が分からない彼が好きです。能力を使わないで、心の変化が読み取れる彼が好きです」
「そう・・・じゃあ。アルトお願い」
香凛は背を向けた。
「ああ。頑張ったな」
香凛の気持ちが分かっているから、アルトはさりげなくそう答えた。
「…うん」
僅かな間に悔しさがある。たったの一言に悔しさが滲む。
「モモさん。実は・・・」
皆には知られてはいけない事なんだけど。
それでもあなたには、ハルの事を知っていて欲しい。
アルトは丁寧に今までの春斗の事情を教えた。
「そんな・・・それでは春斗さんは青井でありながら、青井じゃないって言ってたのも」
「そうです。難しい立ち位置にいます」
「じゃあ、お二人と春斗さんは、政府との関係で・・・」
「はい。でもあいつと俺たちは親友ですよ。あいつは俺たちの調査員でありながら、俺たちの師みたいなもんですよ」
「・・・そんな複雑な・・・」
桃百が顔を伏せると、アルトは明るく言う。
「ええ。でも単純に考えませんか」
「え?」
桃百が顔を上げた。
微笑んでくれているアルトが優しく諭す。
「ハルが好き。それでよくありませんか? 簡単に考えませんか? 立場とか。強いとか。そんなんじゃなくて、あいつがただ面白いから! それで良くないですか? どうです。細かい事なんてどうでもいいでしょ。友達ですもん」
「・・・はい。たしかに、そうですね」
「ええ。青井があっても、あれは春斗でしょ」
「はい」
「じゃあ、お願いします。あいつの顔。変えるのは俺たちじゃないから」
「え!?」
「頼みます。あなたの言葉なら届くと思います」
「・・・・はい」
春斗の元へ桃百が向かったら、アルトは香凛の頭を撫でた。ここまで我慢していた彼女の頬に涙が流れる。
「頑張ったな。よく黙ってたな。ハハハ」
「うっさい。アルト」
「でも、どうせ諦めないんだろ。お前に勝ち目あるか知らんけど」
「戦うもん。負けないもん。あたしだって!」
「ああ。負けてねえよ。イイ女だと思うよ。お前もあの子もさ。だって、あの変人・・・ハルを好きな子なんだもんな」
春斗の元へと向かった彼女を二人は黙って見ていた。
その間。
香凛の涙は止まらずで、アルトも困ってはいたが、春斗を見て笑顔になることが出来た。
心の靄が晴れたように春斗の顔が明るく変わっていったからだった。
双方が踊り慣れていない不思議なぎこちない踊りを見て、親友たちも笑




