第16話 仲良しか!?
夏休み。
休み期間中は、学生寮で過ごすことが基本となっているのが、NSSの伝統とも言える。
里帰りのシステムはなく、でも強制的に閉じ込められるわけでもない。
誰でも申請すれば帰ることが出来る。
ただ大体の生徒が帰る事もなく、寮とこの街で過ごすことになっているから、勝手に伝統となっていた。
伝統とは、もしかしたらこういう事で始まるのかも知れない。
NSSは、学生の街となっている真渋谷の一角にある。
実はこの街には、NSS以外の普通の学校もあったりして、歩く人の半数以上が子供たちとなっている。
だから、男女の青年が一緒に歩いても、この場で浮くことはない。
だけどもしかしだ。
こちらの男女は周りから少々浮いていたのである。
「春斗さん。熱いですね」
「そうですね。暑いを超えてる感じがしますからね」
春斗も同じ感想だったから、あなたの言葉は間違えていませんというニュアンスの返しをした。
気温30℃。
かつての日本よりかは涼しいが、それでも暑いこの季節。
湿った風も相まって、喉をひりつかせていく。
「あの。モモさん。自分。制服じゃない服で来るべきでしたか?」
「いえいえ。一緒に居られるならなんでもいいんですよ。私は受け入れていますのでご安心を」
制服を着ていたご本人も、さすがに困惑していた。
周りの人達の中に、制服を着ている者がいなかったのだ。
当然だ。夏休みである。
「そうでしたか。なんだか申し訳ないですね。失敗しましたね」
春斗は制服。桃百はピンクコーデの私服。
二人が並ぶと対照的である。
真面目な春斗は、失礼のない服装を選んだ結果として、制服の夏服が良いと思った。
彼は数時間前の自分を戒めている。
流石に学生街だとしても、夏休みの時期に制服を着ている者なんて、極少数の限られた人間しかいないから、道路にいても春斗がやけに目立ってしまっていた。
「周りは気にしなくていいんですよ。私も全然気にしてませんから、喫茶店とかで一息しましょう」
「はい。わかりました」
二人はデートのように喫茶店へと向かった。
◇
そこをとある四人が付け狙う。
私服がおしゃれな香凛が怒りだした。
「なによ。春君。あたしたちに黙って出掛けてるじゃない!」
次に話すのはアルト。私服をだらしなく着ても、カッコいい服装に見えるのが不思議だ。
「はぁ。いいじゃねえか。行動の全てを友達に知らせる必要なんてないだろ」
「あたしたち訓練するって約束したもん」
「してるよ。でもそれって明後日の話だろ」
彼ら三人は修行を共にする事を夏休み前に約束していた。
「でもでも。黙って出かけるなんてズルいよ。あたしたちも一緒がいい」
「はいはい。つうかさ。お前が気になって追いかけるのはいいけど。なんで俺まで尾行しないといけないんだよ」
「だって。春君の一大事よ。あんたも見なさいよ。そして止めなさいよ。あたしのために」
「そんなことするか。馬鹿! 俺はあいつの友達だぜ。彼女が出来たら祝福の方向性だから、俺はパスしたい。それにさ。普通にさせてあげろよ。あいつ特殊な人生を送って来ただろうが」
辛い思いばかりをしてきた親友の幸せを願う。
それがアルトである。
「か。彼女じゃないもん。あれはただのお友達だもん」
という勝手な妄想です。
「なんでお前が決めてんだよ。あれ。彼女に決まってんだろが。夏休みに二人きりなんてな、彼女以外に考えられるか! それにさ。あの子。気合いも入って、身なりを綺麗にしてるじゃねえか! あれは彼女がする事だ!」
という現実を叩きつけている。
「きぃいいいい。聞きたくない!!!」
「じゃあ。俺を呼ぶな。お前に不都合な真実を言い続けるからな。いいか香凛。あれは、ハルの彼女なんだよ!」
「あああああああああ。聞こえないいいいいいい」
香凛は、耳を塞いだ。
仲良し二人は、相変わらずの喧嘩をしていた。
一方。その隣では。
「リっちゃん。見て見て。モモちゃん楽しそうなんだぞ。それにきれ~~い。私服になると、更に綺麗になるんだぞ。凄いんだぞ。恋する乙女は!!」
成実は嬉しそうにしていたが。
「・・・ああ。僕のモモが・・・・あの頃の可愛かったモモがあそこにはいない・・・・知らない女になってる。あの可愛い女の子が、あんな女に・・・・ああ・・・可愛いから綺麗に・・・ああ・・・どうしよう・・・僕、死んだ方がいいのかな」
目が虚ろな理人の声は死にそうであった。
「リっちゃん。いつからモモちゃんの全部を知ったのさ。まったく。香凛様もおかしくなってるけど。こっちも変になってるんだぞ」
モモの晴れ姿を見て、鋭いツッコミを炸裂させるほどウキウキな成実は、理人とは違って目がランランしている。
彼女が話していくたびに綺麗になっていくのが見えて、楽しくて仕方がないのだ。
栄養補給には恋バナが一番。
彼女が何より大事にしている事だ。
こうして、謎の組み合わせの四人組は彼らのあとをつける事になったのだ。
結局仲良しである。
◇
喫茶店にて。
大きめの眼鏡を着用している桃百が、春斗に尋ねる。
おしゃれをした結果に着けているものだ。普段使いではない。
「春斗さんは何を頼みます?」
「自分は・・・・わかりません。こういう所に来たことがないので、どうしたらいいですか」
自分を良く見せようとか、カッコよくありたいとかの、そういう計算高い事が出来ない男。
ダンジョン以外では、欲のない人なので、返事の全てがその時の素直な反応となる。
「え。それじゃあ。普段コーヒーとか飲みますか」
「飲んだことがないですね。ごめんなさい」
「いえいえ。謝らなくても良いですよ。私もそんなに飲みませんから」
宗像が飲まないので、春斗も飲まなかった。
宗像家は、コーヒーが家に常備されていない。
「それじゃあ、ココアはどうです。飲んだことがありますか?」
「はい。一度ありますね。養父の実家であります」
「そうですか。じゃあ。一緒にして頼んでもいいですか??」
「はい。お願いします」
春斗が了承したので、桃百は呼びベルを鳴らした。
「ここって、昔ながらの方式なんですよ。百年近く前の方式が残ってるんです」
「そんなに前ですか?」
「はい。喫茶店とかファミレスって今だと全部が自動化なんです。注文をするのに、人が来てくれることなんてないんですよ」
「え。注文するのに人が来るんですか」
むしろ逆に人が来ることに春斗が驚く。
「はい。そうなんです。ここはレトロが似合う場所です。ほら」
店員さんが二人の元にやって来た。
メモ用紙を持っている。
「ご注文ですね」
「はい」
「どうぞ。書き留めますので」
店員さんが来てメモを取ろうと紙を準備した。
「アイスココアを二つ。お願いします」
「はい。お二つですね。かしこまりました」
厨房にすぐに引いていく。
その姿が素晴らしいと春斗は思った。
仕事が出来る人なんだと感心していた。
彼が入ったことのあるお店は、全自動のお店で、全てがほぼほぼロボットがやっていた。
今の注文もタブレットで頼み。
運ばれてくる料理を作るのもロボット。
運んでくるのもロボット。
会計もデバイスの会計で済ませるので、人と会わない。
だから、美味しい料理が出てこようとも、味気ない景色が続いていくものだった。
味は美味しいのに、真に美味しいとは思わなかったのだ。
しかし今のは違う。
人間が出て来ただけで、世界に色があるような気がした。
「凄いですね。人がやるんだ」
「はい。春斗さん。注文したものが来た時も、見ててください」
「え。あ。はい」
社会科見学のような二人のデートであった。
◇
「ちょっと。どうやって、飲み物とか頼むの。タブレットは?」
「お前。知らねえの」
香凛の囁き声に反応しているのは、アルト。
小声で聞き返した。
小さい声で返す理由は、奥にいる二人に気取られないようにである。
「このベルで呼ぶのさ」
「ベル?」
アルトが呼び出しのベルの上に手をかざした。
ここを押せばいいのさと、再度話す。
「鳴らすのさ。ここを軽く叩いて、チンってな」
「へえ」
香凛の質問に答えたアルトは二人にも聞いた。
アルトは気を遣いしいでもある。
「ちょっとお二人さんは何頼むの?」
「うちは・・・・」
成実は、メニュー表をじっくり見た後で明るく答える。
「オレンジジュースがいいんだぞ!」
「いいね。お前は?」
アルトは成実が選んだ飲み物を褒める。
すると、彼女はニカッと笑った。
女性の扱いが上手いアルトである。
「僕はもう終わりだ・・・僕はもう・・・あんなに楽しそうなモモは・・・見てられない・・・世界は破滅した・・・・もう終わりなんだ・・・あんなクソ野郎に奪われたんだ・・・僕の幼稚園の頃からの夢は絶たれた・・・」
「お前はもうさ。モモジュースでいいな。それ飲んで、彼女への思いと決別しな」
もうその嘆きモードはいいからと、アルトが勝手に理人の分の注文を決めていた。
「香凛は。どうすんの」
「あたしは、春君が頼んでる奴が良い!」
「知らねえよ。ここからじゃ、あいつらの声が聞こえねえだろ。どうやって頼むんだよ」
「じゃあ。ちょっと待ってよ。頼んだ奴を見てから頼むから」
「それ迷惑だろうが」
それだと自分たちが注文をするまで、だいぶ時間が掛かってしまうだろうが。
とお店側の目線で話すアルトだった。
◇
「アイスココア。お二つです。ですが、お先にこちらをお渡しするので、良かったら使ってください」
ココアの前に。程よく温かいおしぼりが出てきた。
「ありがとうございます」「あ。ありがとうございます」
桃百の見様見真似の春斗は、自分の脇に置かれたおしぼりを取った。
彼女が両手を拭いているので、一緒になって拭く。
「それでは。どうぞ。ごゆっくり」
続けてココアを置いた店員さんは、颯爽と去っていった。
「ありがとうございます」
「あ。ありがとうございます」
彼女がしている事を続けてやる可愛らしさが、昔の春斗にはあった。
「どうです。春斗さん。人だと温かいでしょ」
「温かい? おしぼりが?」
「いえいえ。そうじゃなくて、色がある気がしません」
「色?」
「はい。世界に色がある気がするんです。人がいれば・・・」
「それはたしかに。さっき自分も思いました」
「でしょう。私たち同じ価値観ですね」
「ええ。たしかに、意見が多少違っても価値観は似ているかもしれませんね」
好きなものに集中している時の表情。
そして語る時の言葉のリズム。
二人はそれらが似ていた。
本とダンジョン。
種類は別でも似た者同士である。
「あ。どうです。一口飲んでみてください。人が入れると温かいんです」
「え。温かい!? アイスココアがですか!?」
「ふふ。違いますよ。心が温かくなるんです」
春斗のこういう真っ直ぐな部分が面白い。
桃百も自然な笑顔が出ていた。
「お。美味しいですね。たしかに。機械とは違うかもしれません」
「ね! そうですよね。私もそう思います」
二人はアイスココアを飲んで、更に笑顔になっていた。
◇
「あれはココアだな。どうすんの香凛。頼むか」
「ききいいいいいいい。なんであんなに笑顔なの! いつも無表情じゃん。春君って」
春斗に笑顔がある事に腹を立てる。
香凛は納得いかない!
「だからよ。自分の彼女の前じゃ、普通笑顔だろ。あいつも男だってことさ」
「・・そんなことないもん。まだ彼女じゃない。絶対彼女じゃない。彼女であってたまるもんですか」
「ああ。そうですか。お前が決める事じゃないけどな。それじゃあ、頼むとするか」
アルトは、ハンカチの端をかじっている香凛を無視して、隣の成実に聞いた。
「どうする。頼んでもいいか」
「うちはもういいんだぞ。待ってたんだぞ!」
「そっちは・・・」
「リっちゃん。ん? あれ??」
二人が、理人を見た。
どん底の底の底の底にいる。
「・・・はぁ・・・あああああ・・・・僕はもう死ぬんだ・・・・明日にはもう・・・明後日にはもう・・・・あの頃のモモは消えているんだ・・・・あの頃のモモとは二度と会えないんだよ」
暗すぎて会話をしづらい。
アルトは、成実だけと会話する。
「いっか」
「うん。そうしよう。アルト様。頼もうなんだぞ!」
「ああ。よし。成実も注文の仕方知らねえだろ」
「うんだぞ」
「俺がやるよ」
「うん。お願いするんだぞ!」
とアルトが皆の注文をしてくれた。
店員さんとのやりとりをした後。香凛がアルトに話しかける
「アルト。なんでそんなに流暢に出来るの。来たことあるの?」
「俺さ。言ってなかったけど、定食屋の息子なのさ」
「へえ」
「そんで。実家の定食屋も商店街にあるから、こういう感じの場所が沢山あるのさ。だから慣れてる」
「そうだったんだ。田舎だったんだね」
「ああ。半分田舎みたいな場所かな」
「へえ」
アルトの実家は定食屋さん。
普通の家庭に生まれて、普通の生活をしていたのだが。
アルトは九歳の時に能力が開花してしまう。
当時にして、すでにAの能力があり、徐々に増していく力に恐れを抱いた家族が政府に相談。
そこからは学校を勧められて、こちらへと来た次第である。
当時。田舎の学校には、11歳辺りで通えなくなり、通信制の学習をして知識を入れていた。
だから春斗とほぼ似たような生活をして、子供時代を過ごしていた。
「まあ。飯はあっちの方が旨いよな」
都会よりも田舎。
水のレベルも違うから、美味しさが違うと、アルトは実家を懐かしんだ。
◇
「美味しいですね。初めて飲みましたね」
「あれ。一度飲んだんじゃありませんでした?」
「いや。こんなに美味しいとは思いませんでしたよ。記憶にある味よりももっと美味しい気がします」
「ふふっ・・・素直な人ですね」
今の方が美味しいと言ってくれる時の顔が屈託のない笑顔だった。
嘘のつけない人だと、桃百も笑っていた。
「春斗さん。私はですね。こういう何でもない。普通の食事や飲み物というのが美味しい時。それは、大切な人と一緒に飲めたから美味しいんだと思うんです。それで今、春斗さんはもっと美味しいって言っていたんです。という事は前も美味しかったんですよ。なので、その時一緒に飲んだ方がとても大切な人だったんですよ。だから美味しいんですよ」
「なるほど・・・たしかに。宗像さんたちと飲んだから美味しかったのか・・・」
大切な親と飲んだから。
何より大事な人と一緒に飲んだから。
だから、あのココアも美味しかったんだと春斗は思い直した。
大切な事を教えてくれた桃百に感謝する。
「そうですね。気付かせてくれてありがとうございます。モモさん」
「いえいえ。今、私も美味しいココアを飲んでいますからね」
「はい!」
という彼女の言葉の裏の意味を考えていない春斗であった。




