第2話 超有名配信者 夏木香凛
ダンジョン3層目。
こちらの真新宿ダンジョンは、階段を降りるタイプのダンジョンだった。
塔が、ち・・・。
塔が高く聳え立っていたとしても、登るわけじゃないのがダンジョンの七不思議であり、下に降りていくダンジョンが多かったりする。
「課長」
「なんですか」
返事をした後に、自分は喉の渇きを感じたので水を飲んだ。
ダンジョン内での水分補給は、最も重要と言っても過言じゃない。
飲める時に飲んでおかないと、いざ戦闘となった時に脱水にでもなったりしたら、大変な目に遭う。
戦う以前の問題となるでしょう。
沖田君の発言からならば、まあ別に大した話題にはならないと高を括った自分が悪かった。
やはりダンジョンでは油断は禁物だ!
「課長って、彼女いないんですか」
「ぶふ―――――――」
水が噴水のようにして飛び出した。目の前がびちゃびちゃになる。
「その反応。彼女がいないんですね。もしかして課長23年なしですか?」
「失礼な!」
「そうでしたか。いない学生時代を過ごしましたね。寂しい時代ですね」
「勝手に決めつけないでくださいよ」
「ん? いたんですかぁ。いなさそうなのに」
まだ怪しんでくる。
「まあ。課長、変人だから。いなかったんでしょう! 悲しい過去も乗り越えていきましょうよ。今は明るいって信じましょうよ」
「なぜいない事が前提に話が?」
「まあ。でも課長がいくら変人でもね。公務員ですからね。モテそうですけよね。安定収入は男性の魅力の一つですよ」
なぜモテない前提の話なんだろうか。
「え。そうですか。でもこの仕事。公務員でも特殊ですからね。モテるんでしょうかね」
「あれ、思った感じの返しじゃない。これはもしかして好きな人でもいるんですかぁ」
「いませんよ!」
「ああ。怪しい課長。この反応。好きな人がいるんだ。誰です」
「いません!!!」
「ふ~ん」
こちらを見る目が、白い目だ。
憐れんでいるのか。怪しんでいるのか。
沖田君が、こんなにも自分を気にしているのがよくわからないが、こういう時は平然としておかねばならない。
部下に舐められたら、この先困るからです!
「あああああ! 忘れてた!!!」
ダンジョン内に急に響く彼女の声。
ビクっと自分の両肩が動いた。
「な。なんですか。急に。ビックリしましたよ」
「課長。今日は何曜日?」
「水曜日ですけど」
「ああ。水曜は、カリン様の配信日です。どうしよう。今日は動画じゃない。生配信の日なんですよ! 見たいです!」
「カリン様?」
「課長知りません。超有名ダンジョン配信者の夏木香凛・・・カリン様ですよ」
「夏木香凛。なに!?」
「課長も、彼女を知ってるんですか。有名人ですもんね」
「い。いえ、知りません。初めて聞いた名ですね」
「本当ですか? 彼女S級ハンターで、超有名なソロの人なんですけどね」
沖田君は、両手を頭の上に乗っけて口を尖らせた。
「その人の配信が今日で・・・って、今何時です」
「えっと、待ってください」
持っていた迷宮攻略機器リーヴァの情報を見る。
こちらは政府専用機で、あらゆる情報が詰まっている機械だ。
これで時間を確認すると、あと数分で夜の八時になる所だった。
「もうすぐで八時ですよ」
「じゃあ、今からですよ。どうしましょ。課長~~。休憩しましょうよ。ライブ配信見たいんですぅ」
お仕事中ですけど、この子は堂々とサボろうとしています。
これは・・・・どういうことでしょう!?
「え・・まあ。中途半端になっても仕方ないですからね。わかりました。でも帰りが遅くなりますよ。沖田君、この後の報告も考えると残業になるかもしれませんよ」
「いいですいいです。課長も一緒に残業してくれるんでしょ。だったら大丈夫です」
「あなたが良いなら。そうですね。じゃあ、壁に穴を開けてください。そこを安全地帯にしますので」
「わかりました。ほい」
洞窟の壁を壊して、小さな憩いの場所を作った。
特殊な力を行使して、モンスター除けも行っているので安全である。
彼女の携帯通信端末を利用して壁に映像を映す間。
興奮気味に言っていた。
「課長。カリン様って、Dtubeのチャンネル登録者数が一千万人なんですよ。凄いですよね。日本の人口の六分の一が見てるんですもん」
「へえ。そうなんですね」
「あれ。課長ってDtube見ないんですか。めちゃくちゃ人気なのに」
「なんですか。それ?」
「え。知らないの。課長。世間に疎すぎですよ。最近の流行りに乗り遅れちゃ駄目ですよ。まだ若いんだから」
「自分。ダンジョンは自分の目で見たいですからね。映像で見て満足することはありませんね」
「そうですか。でもでも課長。配信って人の冒険を覗いている感じで、結構面白いんですよ。あ。始まりそう。見てくださいよ」
その面白さを説明してもらう前に、ライブ配信が始まった。
◇
「コンコン。ハロハロ。カリン様のダンジョン攻略のお時間だよ。皆。今日も見ってる~~~。明日見てる人も見ってる~~~。まだ忙しくて見てない人も、あとで見てね!」
赤い髪が宝石のように輝く女性が満面の笑みで登場した。
ポニーテールの結び目が緩かったので、ヘアゴムを口に咥えてから、髪を締め直して、カメラの前でウインクをすると、コメント欄が加速する。
―――コメント欄―――
『カリン様だ』
『待ってました』
『きゃああああああ』
『可愛い。今日も可愛い。明日もきっと可愛い』
―――――――――――
「皆。今日のカリンは仙台ダンジョンに来てるよ。ここはね。火山ダンジョン。熱くて、暑くてね。とっても大変な場所なの。皆も来るときはしっかり準備をしようね。いい。ある人が言ってたんだけど。ダンジョンは油断と慢心が絶対に駄目なの。その次に準備が大切なんだって。これを忘れないでいれば、ハンターになっても苦労はしないってさ! 覚えてね~」
香凛は上着を脱ぎ始めると、中は露出度高めの水着だった。
この格好。
ダンジョン内では不謹慎。
何をしているんだと、他のハンターであれば罵詈雑言だろう。
しかし、彼女の場合は違う。
彼女は圧倒的に強い。
だから、そのような意見は一切出て来ない。
―――コメント欄―――
『カリン様の水着姿だ・・・神々しい』
『神降臨』
『ワイは鼻血が・・・・』
『遅いぞ。オレはすでに失血死寸前だ』
―――――――――――
コメント欄の中には、本人に知らせる必要のない論争があった。
「それじゃあ、モンスター討伐をしながら配信をするわ。何か質問とか相談があるかな。それに答えながら、モンスターを狩っていくよ」
ダンジョン内で生配信。それも戦いの中での雑談配信。
それが香凛の人気コーナーの一つで、毎回最低でも百万人が見る大人気コンテンツだ。
「えっと。『あるの無いのどっちなの』さんね・・・ちょっと待ってね。ほい」
襲い掛かるノルケンビットの前に手をかざすと、動きが止まった。
身動き一つも取れずに空中に浮かぶ。
ノルケンビットは、大型のうさぎ型モンスターで、ランクはCである。
「うんとね。これは相談ですね。えっと、男の人を追いかけてもいいのでしょうか。自分は好きなんですけど、相手が好きかどうかが分からない。でもなんとなくいい感じにもなったりして、互いに意識がある感じがします。でもこれで追いかけたりしたらストーカーになっちゃうんでしょうか。無理に近づけば、今の関係が壊れて、良くない事が起きます? それとも身を引いた方がお互いの為だったり。色んな判断が難しいです・・・だってさ。うんうん。大体ね。言いたい事はわかったよ」
恋愛相談を読んでいる内に、ノルケンビットは倒されていた。
壁にものすごい勢いでぶつかって魔晶石に変換される。
「それはね。追いかけるべきよ。大好きなら、とことん追いかけて、絶対に振り向いてもらうの! 頑張って『あるの無いのどっちなの』さん。私は応援するからね!」
ここでBランク帯のモンスターの群れが出現。
彼女は慌てることなく、質問に答え続ける。
目の前には、ギリンドーと呼ばれる鷲型のモンスターが、群れから飛び出して真っ先に飛び掛かって来ている。
「恋が報われるのが分かってるから頑張る。報われないのなら、いっそ諦めちゃおうかな・・・うん。その気持ちね。私にはすんごくわかる。辛いよね。苦しいよね。自分が消えてなくなりそうなくらいにさ・・・・でもね。そうじゃないんだよ。頑張って。頑張って。頑張った結果がね。悪かろうが良かろうがね・・・」
話の最中でも攻撃はやめない。
ギリンドーの羽が動かなくなった。これまた空中で動きが止まる。
「自分が満足するまでやるの。いい。諦めたらそこで、恋の花はしぼむの! 実るまで。満開に咲くまで。そこまでは、痛いかもしれない。辛いかもしれない。だけど・・・・いや。どんな御託を並べたってね。やっぱりさ。好きな人の事はさ。何があっても好きだもん! 乙女はね。蕾のままじゃいられないわ。戦ってこそ乙女。恋の戦場に立ってこその戦乙女よ・・・ってああもう五月蠅い。消えなさいあんたたち!!!」
モンスターの群れが邪魔くさくなって、香凛は力を発揮した。
二十近くいたモンスター全てがダンジョンの壁に叩きつけられて絶命する。
「それでね・・・・あれ何の話だっけ」
倒したモンスターたちの魔晶石を拾っていく内に、香凛は話している内容を忘れていた。
彼女は、うっかりさんでもある。
―――コメント欄―――
『カリン様。恋愛相談の話です』
『リスナーの相談に乗ってました』
『お話。お願いしやす』
『別に次にいってもいい。恋愛の話はキャンセルで。オレ興味ない』
『うん。他のでもいいよ』
『お前らの意見は聞いてない。カリン様のお好きなように』
―――――――――――
コメント欄の喧嘩を無視して、香凛は答えの続きを話す。
「ああ。そうだった。頑張ろうねって事を言ってたんだね。いい。私もあなたみたいに頑張ってるの。いつか必ず落としてみせるんだから。一緒に頑張ろうね」
―――コメント欄―――
『え・・カリン様が・・その言い方。恋!?』
『誰だその男は』
『しかもそれ。まさか、相手が断って』
『そんな奴死刑だろ。カリン様から告白したのに、断るなんて。地獄に落ちろ』
『死刑! 死刑!!』
『ええ、カリン様。好きな人がいたのかよ。ショック。ガチ恋勢だったのにぃ』
―――――――――――
彼女の不用意な発言でコメント欄が狂喜乱舞となる。
目では追いつかない数のコメントが流れている。
「あ。皆。勘違いしてるのね。私にガチ恋勢はいりません。私は、ハンターの実力で配信してるからね。エロコンテンツとかに頼った配信をしてません。私は、そんな事をしなくても、しっかりモンスターを倒すところをお見せするんですよ」
仙台ダンジョン二十階層のボス。
ミノタウロス。
Aランクモンスターが彼女の前に立ちふさがった。
「ほい」
ミノタウロスの剛腕が唸ると同時に、カリンが自身の力を発揮。
赤いオーラを身に纏っていくと、敵の攻撃の手が止まった。
彼女の鼻先にはミノタウロスの右拳がある。
あと一ミリ。
前へとこの拳が進むことが出来れば、彼女の体は消し飛んでいた。
【ぐお? おおおおおお】
自分の腕が止まったことで、ミノタウロスは首を傾げた。
「叫んでも無駄。この世界で、私のテレキネシスに勝てるものは、ほとんどいないんだよ。だからあなたが弱いんじゃない。私が強すぎるの。ごめんね。それじゃあ。必殺の捻じ切り!」
夏木香凛の力は、テレキネシス。
あらゆる事象に干渉できる無敵の能力。
モンスター。人。物。
それらに干渉して、全体攻撃から個人攻撃まで、攻防全てに対応が出来る。
完璧な力を有した女性である。
【ごぼああああああああああ】
ミノタウロスの体があっちこっち曲がっては、肉体が捻じ切れる。
肩も外れ、腰も外れ、膝も反対を向いて、崩壊していく。
凶悪なテレキネシスで、凶暴なモンスターを駆逐した。
その殺し方は悲惨なものだった。
「はい。これでどう。皆! 実力で、配信の面白さを出すわ!」
―――コメント欄―――
『カリン様。さすが』
『やっぱ俺たちのカリン様が一番だ』
『おおおおおおおお』
『すげええええええ』
―――――――――――
モンスターをかっこよく倒すと、コメント欄は大絶賛状態。
さっきまでの論争とは別の口論が沸き起こった。
そして彼女が最後に・・・。
「皆。面白かったでしょう。だから、これからも見てね。それと春君。これ絶対見てよね! いい! あなたに見てもらいたいっていつも思ってるから。これを頑張ってるんだよ。だから。絶対、私に振り向いてもらうからね。覚悟してね。じゃあ、皆バイバーイ」
彼女が満面の笑みで、手を振った映像で、今回の配信は終わった。
しかし彼女が映像に映らなくても、コメントは流れ続ける。
―――コメント欄―――
『春君って誰だ』
『まさか好きな人』
『カリン様の好きな人が春君だって』
『誰だ。探し出せ。彼女の経歴からでも分かるはずだ。どこかにいるはずだ』
『見つけるんだ。見つけ次第で、この世から消してやる』
『おおおおおおおおおおおおおお』
―――――――――――
再び彼女の不用意な発言により、コメントは荒れ続けた。
誰が、彼女の心を射止めているのか。
責任追及をしたいファンたちは、興奮状態と錯乱状態にある。
ネットは混乱の渦の中。
春君とは、一体誰なんだ。
この話題が消える事のない火種となった。
◇
映像を見終わった後、沖田君がこっちを向いた。
「春君か。誰なんでしょうね。課長」
春君って誰だろうと沖田君は悩んでいた。
発言後も唸っている。
「さ・・さあ、誰だろうね」
「ん? 課長ってそういえば・・・・名前。春斗でしたよね」
「ええ。そうですよ」
「まさか課長が。なんてね。課長はないですよね!」
「え・・・まあね。ありえませんよ~」
「ですよね。課長って地味ですもんね。派手で綺麗なカリン様とは釣り合わないですもんね」
「失礼な」
「へへへへ」
少し叱ったら、へへへッと笑って返された。
なめられているのかもと思ったが、正直それどころじゃない。
その理由は・・・・。
まあいいでしょう。
「沖田君。調査を続けますよ」
「わかりました」
ダンジョン調査は続く。
超有名ダンジョン配信者 夏木香凛。
ハンターランクS級。
日本では六人しかいない内の一人。
ソロハンターとしても有名人だが、彼女を有名人としているのは、配信者である事。
高性能カメラと共にダンジョン内を配信するのが彼女の凄さ。
自分のテレキネシスで、カメラを動かしながら、討伐風景を撮影するという離れ業を披露している。
臨場感あふれる戦闘シーンを撮影できるのはそのためだ。
彼女のテレキネシスレベルもS級。
ギフターズは必ずしも違う能力を持っているわけじゃなく。
同じ能力を持つ場合もある。
そこには、個々人において差異があり。
彼女の場合は、その能力が特質で、どの態勢でもどの敵でも、攻撃が有効となるのだ。
この度。
とある人物を追いかけている事が判明したが。
彼女のファンたちが躍起になって探し回っても、その人物の情報が一向にネットに上がらなかった。
カリンは、世間では謎に包まれている人物を追いかけているようだ。




