第11話 マッハの男の謎
『が?』
エステウロスは隣に立った男を見た。
白い光に包まれていて、先程とは違う様相。
溢れる力は止まる事を知らない。
男の強まる気配に、恐怖が体に現れるエステウロスだった。
青い体に青い汗が流れる。
「少し皆さんと会話がしたいので、下がってもらいますよ」
春斗は、ジャンプして一回転の勢いを利用してキック。
反対の出口にまでエステウロスを蹴り飛ばした。
「さてさて。香凛。大丈夫ですか」
体育座りのように体を丸めていた香凛の顔が上がった。
春斗の声を聞いて安心した顔をしていた。
「え・・・あ、は。春君!?」
「立ちましょう。アルトを診ますので、一緒に移動します」
「う。うん」
さっきまで動かなかった香凛の足腰が動く。
春斗のそばにいたら安心して動けるようになっていた。
「アルト」
「がはっ。ハルか! なんで平気そうなんだ? さっきの攻撃で倒れていたのに」
「ええ。まあ。コツがあります」
「???」
どんなコツだとアルトは思っても口に出さなかった。
「その状態だと・・・まあ青痣になりますね。骨折はしてないと思いますが、後々先生にも診てもらいましょう」
アルトの服をめくって腹を見た春斗は、命に別状なしだと判断した。
「香凛はアルトの隣にお願いします」
「うん」
倒れているアルトの隣に香凛が座り込み、春斗は二人の前に立つ。
「二人には端的に説明します。緊急事態でありますので、こちらの力を使いたいのです。今の自分をですね。学校の皆さんに、内緒にしてもらえますかね」
「「え?」」
どういう事と二人が首を傾げた。
「これは明らかな義務違反となります。でもしょうがない。Aの上位を倒すに、通常の自分では倒せないです。このモードの自分でなければ倒せない」
「・・・そのモード?」
香凛が聞いても、春斗は答えを言わずに話を続ける。
敵が近づいてくる気配を感じていたからだ。
「はい。申し訳ないが、解説する時間がないようなので、耳を塞いでもらえますか。力の制御がまだ上手くないので。今からちょっとここらがうるさくなります。爆音が鳴り続けると思いますので」
「「は?」」
「頼みます。耳は塞いで」
「あ。ああ」「う。うん」
戸惑いながらも二人が耳を塞ぐ。
すると春斗が動き出した。
白い光と共に、最速の動きをする。
「いきます。マッハモード! マッハ1です」
エステウロスの顔を見つめてから、目標位置を把握。
このモードでは、距離感を掴むことが第一のすべきこと。
春斗必殺のマッハモードは、とにかく速いのだ。
移動がマッハ並みの速度に変わり、目にも止まらぬ速さとなる。
だから目標地点を把握しておかねば、移動に失敗してしまう。
設定位置を決めてから、足に力を込めて、一歩前へと踏み出すと。
春斗の体は消えた。
その場から跡形もなく消え去る。
それが正しい表現だ。次の瞬間にはエステウロスの背後に到達していた。
「おおおっと!? ちょっと通り過ぎてしまいました。失敗です」
春斗は振り返ってエステウロスを確認。
敵は振り向く途中となっていた。
「この速度が見えているのか。さすがは、Aの上位だ」
Aランクでもこの移動を見切れないモンスターが多い中で、この初見の動きについて来るとは。
春斗は敵を絶賛していた。
「でもこれには勝てない。目で見えても、反応が出来ても、あなたの拳は、自分の拳に。追いつかない!!」
春斗は右手に全神経を集中させた。
「マッハパンチ!」
春斗の右の拳に気付いているエステウロスは体を回転させながら、反応はしていた。
彼の拳がこちらに到達する前の段階で、拳を重ねるようにして防御をすればよしと。
左の拳を突き出そうとしている。
エステウロスの戦闘イメージは、衝突させて、互角のぶつかり合いにする事。
これが成功すれば、次の行動で、相手よりも早く動いて勝ちを得ればいいだけ。
それがエステウロスの計算だった。
『がご?』
エステウロスは正しい計算をしている。
防御方法から攻撃手段まで全てが正しい手順だ。
しかしだ。そこが間違いである。
なぜなら、春斗のパンチ速度を計算に入れていないからだ。
今までの春斗のパンチなら、それが正解。
でもこのパンチだと、計算は間違いとなる。
春斗の行動領域は、マッハに到達している。
異次元の動きを前にしてはその計算はよろしくない。
エステウロスの拳が前へと突き出される前に、春斗の拳は、エステウロスのお腹に突き刺さっていた。
「これにて粉砕です!」
パンチが突き刺さってからも一瞬。
エステウロスのお腹はすでにこの世界にはなく、ごっそり消滅していた。
下半身と上半身が別れている。
『ごばあああああああああああ』
崩れ去る肉体。散りゆく命を前にして、春斗はエステウロスの顔を見た。
「良い勝負。ありがとうございました。これで、自分も一つ成長です。あなたのおかげですね」
春斗は軽くお辞儀をして、この世を去るエステウロスに感謝する。
ダンジョンでの出来事の全ては、自分の成長に繋がると信じている。
強敵モンスターにすら感謝を忘れないのが、ダンジョンに魅せられている春斗だ。
◇
勝負に勝った後。
「ふぅ。この力、さすがに厳しい・・・少し休みますか」
二人を誘導して、ボス部屋前に移動。
三人で壁に背を付けて、いつもの並びで会話する。
「ハル。お前さ」
「はい。なんでしょう・・・」
話しかけたら振り向いてくれた。
アルトは続きを話そうとしたが、春斗の異変に気付く。
「お。おい。汗が!? お前。大丈夫か」
「ええ。これくらいはなんとか。あの技を使用すると少々疲れが出てしまうのでね」
春斗のおでこには大粒の汗があった。
頬ではすでに流れるものがあり、地面にも落ちている。
「でもその量・・・春君。あたしハンカチ持ってるよ。これ使って」
香凛が、自分の胸元のポケットからハンカチを取り出す。
「え。こんな可愛らしいもの・・・もったいないですよ。いいです。香凛が使ってください」
花柄のハンカチを拒否したが。
「いいの。あたしたちの為にその力使ったんだよ。皆には隠していた力なんでしょ。だったらこのハンカチだって、あなたの為になりたいって言ってる」
それも拒絶された。
香凛の両手が春斗の手を包み込んで、ハンカチを押し込む。
「ものが、言っているんですか!! それは魔訶不思議な事が凄い!?」
「え。それ、物のたとえよ。その・・・感謝してるから、受け取って」
「じゃあ。洗って返します」
受け取ってから、春斗は額の汗を拭いた。
滝のような汗を拭くには一回絞らないといけない。
春斗が、自分が雑に使ってハンカチを傷めないように、拭いた汗を優しく絞っていると。
「なぁ。ハル。義務違反ってなんだ!?」
突然の確信的な質問が来た。
「え?」
動揺を隠しながらの返答。
「なんかさ。隠してるんだろ。俺たちにさ」
「い。いいえ」
あの時の自分の発言を覚えているとは。
あの状態でも意外と冷静だったか。
春斗はアルトの冷静さを褒めていた。
「なんかさ。お前。他の奴らとは違う。強さも雰囲気もだけど。学生じゃないだろ」
「学生です。それは本当です」
たしかに、それは本当である。
調査員が本来の仕事でも、学生である事を楽しんでほしいとの宗像の願いもあるからだ。
「春君。それはってなに?」
「え? いや、それはってのは、それはですよ!」
春斗は、子供離れした性格を持っても、子供離れした実力を持っても、嘘が下手だった。そこがまだまだ子供だったのだ。
「どういうことだ。おい」「ねえ春君!」
二人の顔が左右に近づいてくると。
「・・・・はあ。もう無理でしょう。いいです。話すので離れてください」
春斗はミッション継続困難だと判断して観念する。
◇
二人を横に並ばせて、春斗は正面に座る。
「いいですか。自分は、お二人のお目付け役。調査員として学校に入学しました」
「「調査員?」」
二人の驚く表情を見ても春斗は淡々と説明を続ける。
「はい。あなたたちがS級となる器か。そしてどのような考えをしているのかを調べないといけませんでした。さらにはですね。あなたたちが国家にどのような態度で臨むのかも調査の範囲でした」
「なんでそんな事を? それもお前が?」
「ええ。自分は政府から目を付けられていまして、要観察対象となっています」
「え? ハルが???」
「はい」
春斗は顔色一つ変えずに頷いた。
「自分の力は、ギフターズの力として計測できないんです。Sを超えていますので、計測不能となっています」
「「な!?」」
二人を超える器。それが春斗の力だった。
「なので、政府から目を付けられている。いえ。自分の父。青井栄太に監視されています」
「お前の父・・・って養父じゃなくか」
「はい。実の父は、屑親です。政府の中枢にいて、永皇六家を牛耳ろうと権力争いをしている人でありまして、その人が自分を捨てたのに、自分の力を知るや否や、家に戻って来いとうるさいんですね」
栄太から逃れるために、あらゆる手を使ってくれたのが四郎である。
「お前・・・そんな事になってたのか。あの時言ってくれた時はもうちょっと軽い話かと思ったわ。思った以上にすげえ環境だな」
あまりにも普通の事のように話してくれた中身は、とても重いものだった。
アルトはあの時の自分を蹴ってやりたいと思った。
「いえいえ。それでも別にいいんですよ。政府は、自分にある許可をくれました」
「ん?」
話の展開が変わりそうである。
「自分。ハンターと同じような許可証を持っているんです。これ、政府公認の許可証でして、どのダンジョンにも入ってもいい事になってるんですよ。これさえあれば事前の許可もなくダンジョンに勝手に入れるんです。凄くないですか。ある意味ハンター越えの許可証なんですよねえ」
春斗の目が輝いている。
その顔を見ている二人は、今のって重い話じゃなかったの?
と不思議そうな顔を同時にしていた。
「自分。これであらゆるダンジョンに入って、いずれは全部を調べたいと思っていましてね」
「調べる? 制覇じゃなくて?」
「ええ。全部見てみたいんですよ。モンスターとか。構造とか。あの塔の真相とかですね。だからクリアにはあんまり興味ないんですよね。確かクリアしたら、お金持ちになるとか、力を手にいれるとかの話ですよね。ええ。だから自分興味ないですね。全然」
お金や力に興味がない。
春斗は若くしてそういうものに興味がなかった。
あるのは、ダンジョンへの異常な興味だ。
生態系。構造。あらゆる分野を知りたいらしい。
ずっと潜っていても、興味が尽きないようなのだ。
「へ。へえ。そうか。じゃあ政府に管理されても不満はないのか」
「そうですね。今のところはですね。いつかは持つかもしれませんが、今じゃないですね」
「そうか。ならいいか。じゃあ、お前さ。この後どうすんの。バレたら仕事の失敗になるのか?」
「はい! そうですね。どうなるんでしょう」
「なんで元気なんだよ」
ここで香凛が気付く。
「え。じゃあ。失敗になったらあたしたちとは一緒にいられないの」
「・・・たぶん。そうなるでしょうね。報告書に書かないといけませんしね。隠すのは無理でしょうね」
「イヤダ! あたしは、春君と三年間一緒にいたい!」
「え?」
ここでそんな事を言われるとは思わなかった春斗が、今日初めて驚いた。
エステウロスが出ても驚かなかった男がである。
「でもですね。自分は報告しないと」
「それに嘘書けばいいじゃん!」
「え?」
「あたしたちにはバレてないってさ。演技すれば一緒にいられるでしょ」
「・・・・まあ。それはそうでしょうが・・・」
良い案だ。
アルトも乗っかる。
「それだ。噓の報告しろよ。ハル。俺たちが知っていない感じでさ」
「いやぁ。それが無理でして・・・」
春斗が謝る。
「なんで?」「どうして?」
「それが、今の自分の上司が宗像さんでして。まあ、目の前にいるって話でね・・・」
五階担当だから、四階の階段付近で待機していた宗像四郎が、三人のそばに現れた。




