第5話 遠足
2121年6月6日。
遠足の日。
NSSの遠足は、学校行事で三日間。
一年生から始まる行事で、別名【ダンジョン探索】の事である。
元埼玉ダンジョン【現東京ダンジョン】は、若い階層でも難易度があるために、近くの群馬ダンジョンで行事が開かれる。
群馬ダンジョンの10層までは比較的に弱いモンスターが並ぶのだ。
まあそれでもBランク帯が現れる事もあるのだが、その階層には警備の人間たちもいるので、安全が図られている。
そこに初めて参加することになる一年生は、初日の1層から、各班でチャレンジするとなっている。
二年生以上は前回到達した場所からのスタートだ。
そこに向かうまでは全体で大きく移動する。
「ダンジョンですね。うんうん。久しぶりだ」
楽しそうな春斗の隣には、二人がいた。
つまらなそうな顔をしている男女に挟まれていても、春斗は興奮気味にダンジョンを見ている。
「やっぱりあれは・・・ち・・・・」
よく考えたら隣に人がいる事を思い出して途中で言うのをやめた。
あれは、宗像だから出来る事。
自分では無理だと言葉を引っ込めた。
「ちって、なんだよ。春斗」
「ちってのは、ちっです」
そうただの言葉ですという意味で言っていた。
「舌打ちって事かよ」
「いいえ。ただのちです!」
「は?」
これ以上の言い訳も変だと思い。勢いで相手の意見を封殺した。
香凛が口を挟む。
「ちぇっでしょ。あんたいつもつまらなそうな顔してるじゃん」
「ちぇ?」
「面倒なんでしょ。いつも面倒そうな顔もしてるし」
「ああ。それは・・・」
あなたたちが喧嘩をしているのが面倒なんですが。
と思っているがこれを言えば余計に喧嘩しそうなので、春斗はその先を発言しなかった。
「ちぇはありえないですね。自分はダンジョンが好きなんで」
「え。あんた。ダンジョンが好きなの?」
「はい。面白いですよ。ここには入ったことがないので楽しみです」
「その言い方だと。他のは入ったことがあるみたいね」
「はい。ありますよ。仙台。広島。熊本の三つに入りました」
「・・・へえ。凄いのね。最初のダンジョンたちだよね」
「はいそうです。香凛は今回初めてですか」
「うん。まあね」
「では気をつけてください。怖いとか無理だとか、ちょっとでも思ったら。自分に言ってください。解決策が少しありますので」
「そんなの思うわけないじゃん。私、強いのよ」
「ええ。強いです。しかしそれは、能力としての強さです。人として強いとは、格付けされていません。あなたの格付けはあくまでも能力であります」
真剣な表情で香凛を見つめる。
目の力強さは彼女を圧倒していた。
「え? どういうこと?」
「ここは、人の強さも試される場所です。能力限界値がEだからSだからと。それでダンジョンで生き残る事が決まるわけじゃありませんから」
「・・・・」
春斗の凄みで、香凛は黙ってしまった。
いつも以上の気迫のある言葉に、息を呑んだ。
「人としての強さを発揮できる者だけが、ダンジョンでは生きていけます。ですから、対処方法があるので、言ってくださいね」
「う。うん」
香凛が返事をすると対抗するようにアルトが話し出す。
「こいつのそんな言葉でビビるのか。情けねえ奴だな」
「・・・・」
香凛は、アルトをキッと睨んだが、今まで口をきいていないので話しかけはしない。
だから代わりに春斗が話す。
「ビビりじゃないですよ。彼女はまだビビってません。自分の話を聞いてくれたんです」
「なんだよ。さっきまで説教垂れてたのに、こいつの肩を持つのかよ。お前」
「いいえ。肩は持ちませんよ。女性の肩を持ったらセクハラです」
「いや。例えだし」
「自分は、ダンジョンに潜る際の心構えを言っていただけで、それを心に留めてくれた彼女の方がまだ君よりかはマシです。君も聞いてくれたら、二度言わなくても済みます」
この言葉に若干揺れ動いた香凛はここから春斗の言葉を少しずつ聞くようになる。
そしてこの言葉にカチンと来たのがアルトだ。
馬鹿にされたと思った。
「なんだと。俺よりかだと。こいつには負けてねえ。こいつはAだ!」
「ええ。そうですね。ですが」
春斗は事実を肯定しつつ、意見を否定する。
「君も彼女と同じで、まだ本物の命のやり取りを経験していない。Sの戦闘パワーの可能性があっても、それに合う技術があるわけじゃないし、それに何よりも心がそこに追いついているのかが、自分には分かりませんがね。もし君が、自身のパワーに心が追いついてないなら、君はここで死にますよ。油断は命取り。そして、慢心しても命取りです」
「お前! 言いたい放題だな。あぁ!」
アルトが春斗の胸ぐらを掴んでも、春斗は一切動じない。
真っ直ぐ前を見て反論する。
「殴って解決するならどうぞ。それで心が強くなれるならどうぞ。生き残れる確率が上がります」
「ぐっ・・・」
振り上げた拳を降ろした。
アルトは胸ぐらも手放す。
「ここで我慢できるなら、まだ可能性があるようです。ダンジョン内ではより一層心を一定に保つのです。無駄な感情は捨てていかないと、ダンジョンでは生きていけませんよ。頑張りましょう」
「・・・ちっ」
アルトは挑発されても我慢する忍耐は持っていた。
自分が持つ圧倒的力による暴力を是とする。
それが正しいと思う人間じゃない。
だから、彼には可能性がある気がする。
他のS級たちとは違う。
光りあるS級になれる器があるかもしれないと、春斗はこの時心の中で頷いていた。
だから、頂点に立ってほしいと思った。
一般人から、誰しもが憧れるS級ハンターにだ・・・。
◇
「それでは、一班からいきますよ。十分経過で、次の班が移動しますからね。皆さんはいける所まで行って、帰って来てください。いいですか。帰って来るまでが遠足ですから。子供の時の遠足と同じですよ」
宗像の言葉に皆が頷いた。
帰って来るまでが遠足。
それは普通の遠足の言葉だろうと誰しもが思っていたが、ツッコミを入れなかった。
ここで冗談めかして反論する心構えでもなかったのだ。
ここから、命のやり取りをするダンジョンに突入する。
その緊張感は、ここに来てマックス状態となり、皆は喉の渇きさえ感じる程だった。
命を懸けて戦う経験など、15歳の青年たちには難しい。
春斗のような特殊な生き方でなければ、ダンジョンに入るという考えもないだろう。
しかし、彼らは、いずれもハンターとなる可能性があるのだから、この緊張感を乗り越えていかねばならない。
これしきの事で足がすくむようでは、この先のギフターズとしての成長はない。
世界を股にかけて活躍させるために。
獅子である子供たちは、最初の遠足から試練の谷に突き落とされるのだ。
これが最も良い成長方法である。
これは虐待などではない。
日本の希望を生み出す。
優秀なハンター集団を作る最初の一歩である。
一時間後。
「それではどうぞ。第七班」
「「「はい!」」」
運命の班は進む。
のちに伝説となる。
一年一組第七班の初陣であった。
◇
「1層ってこんなに暗いの」
香凛が不安げに聞いた。
「いいえ。これは・・・」
春斗は目を輝かせて、内部を探索する。
二人の為に先に進んでいく・・わけでもなく、今が楽しいから先に進んでいた。
「暗いぜ。俺の電気で明るくするか」
アルトが電気を出そうとすると、春斗が振り返る。
「駄目です! やめなさい」
「え?!」
「明るくしたら危険です」
「なんで。こんなに暗いとさ。足元とか危ねえじゃねえか」
「いいえ。むしろ危険となります。いいですか。先の声を聞いてください」
「先の声?」
三人で足を止めて黙る。
場が静かになり、彼らが出す音だけじゃない者が聞こえてくる。
「きゃああああああ」「うわあああ」
「で、でたああああ」
阿鼻叫喚の声が前方から聞こえる。
「あれらは、不意打ちを食らっています」
「不意打ち?」
「ええ。明るくすると、こちらの姿が先に見えてしまうのです。モンスターたちは索敵能力に優れます。自分らよりもですよ。それなのに、ここであなたの電気で辺りを照らしてしまえば、どうぞこちらを襲ってくださいと言っているようなものです」
「な。なるほど・・・たしかに・・・そうか。前を歩いている奴も似たような事をしてんのか」
「はい。そうでしょうね。明かりを灯してしまっているんですよ」
自分たちの周りが明るくなれば、敵を視認しやすくなるが、敵も自分たちを視認しやすくなる。
ダンジョン内での索敵能力は、俄然モンスターの方が上。
明かりを灯せばむしろ危険となるのは生徒たちだ。
特にこのダンジョンは中が暗く設定されているので、常にそんな中で過ごしているモンスターの方が暗視に長けていると春斗が予想していた。
ダンジョン経験が豊富な春斗ならではの予測である。
「各班には索敵が出来る人間が配置されているはずでしょう。ダンジョンでバランスを取るために、各班は攻撃。防御。サポート。これら三つに分類されて、班を組んでいるはずです」
春斗の言葉に、香凛が頷いた。
「え。それじゃあ。前に言っていた。あれは・・・」
「はい。そうです。強さのバランスではなく。班として強さを出すためにです」
「あなたの言う事が正しいなら。あたしたちは何の役割なの」
言葉をちゃんと聞いてくれるようになっている。
春斗は会話が少し楽になったと思った。
「サポートが自分。攻撃がアルト。防御が香凛です。この分類も、ほとんど意味がありませんが、一応分類するとそうなります」
そう意味がない。
彼ら三人は己一人で全てをこなすことが出来る怪物たちだからだ。
しかし、春斗はここでパーティーを組むことの大切さを教えていた。
ダンジョン攻略はソロよりも複数が良いからだ。
「あたし、防御なんだ・・・」
「どちらかと言うとです。あなたはSになる可能性を持つAの上位層です。なので、順当に成長すればどれも完璧になるのでしょうが、今の段階だと防御を鍛えた方が良いと思いますよ」
「うん。わかった。そうしてみる」
香凛は、素直に返事をした。
「おい。お前のサポートってどういうことだ。身体能力の強化なんだろ。お前の能力」
「え。まあ。そうですね」
その理由は、音にあるが。
この能力は出来るだけ伏せておかないといけないので、春斗は理由を取り繕った。
「自分、オール強化系なんで、耳を強化するんですよ。それで音を拾います。後、目もですね。視野とか強化するんです」
と言う嘘とも言えない嘘でアルトを騙した。
「へえ。Dランクでも、力は使いようってことか」
「そうですよ。だから、ダンジョンでは、その人の力の大小を問わないんですよ。誰しもが生きる力を持っています」
「わかった。俺もお前を信じるわ」
「ええ。だから索敵を任せてください」
春斗の言葉に。
「ああ」「うん」
この時の二人は喧嘩をしていても、息ピッタリで返事をした。