第3話 NSSへ
2121年4月3日。
NSS10期生の入学式の日。
この日から青井春斗は観察と調査をする任務に就いた。
対象は冬野アルト。夏木香凛である。
入学の段階で、すでにS級の力を秘めていると判定されている冬野アルト。
彼は、エレクトロキネシスを紫にまで昇華させている。
そして今の段階でもA級の実力がある夏木香凛。
彼女は、訓練では複数攻撃を可としていた。
なので、学校で過ごす際に力をなるべく出さずにいてくれと、依頼を受けての入学したのは、この二人と麗華だけであった。
「本日は入学式。新入生は153名です。みなさんは、この三年間。この学校で、頑張るんですよぉ。これで終わりにします。短い挨拶をモットーにしている校長のたみたみでした! あ。見かけたら話しかけてね。たみたみは、いつでもウェルカム!」
テンション高めの女性の名は、太未民子。
校長らしいが、普段何をしているか分からない。
彼女を校舎で見かけると、大体が世間話をしているので、生徒たちは普通のおばちゃんが学校でたむろしていると思っている。
ちなみに太未家は、五味家の分家である。
「ごほん。では、皆さんは教室に戻ってくださいね。それぞれの先生が向かいますので、教室で大人しく待っててください」
アナウンスの先生の指示の通りに、新入生は教室に戻った。
◇
1年1組。総勢21名。
こちらの学校は、三名一組で一班として動くことが義務付けられている。
卒業後、ハンターとなる者が多いNSSの生徒たち。
効率よく学びを得るには、三名一組で一班とするのが良いと、過去の経験からこの体制になった。
若い段階で、ギフターズ同士が力を合わせる事の大切さを学ぶわけだ。
ギフターズは、力があるためになんでも一人で解決できることが多い。
しかしここで、三人での動きを学んで、協調性を学んでいく。
この形になったのは、三期生からであった。
春斗は当然に彼らと一緒。
1年1組第七班。
クラス最後の班で、席も後ろ。
窓辺に三人が並んでいた。
春斗は彼らに挟まられる形。
サンドイッチの具の部分で淡々としている。
豪華なサンドイッチの中身は静かだというのに、左右のパンの部分が、荒々しくて尖っている。
出会った頃の二人は、喧嘩腰だったのだ。
左から会話が始まる。
「あんたが、アルト。噂のSでしょ」
つんけんしている香凛は、春斗を無視して、一個飛ばして話しかけた。
「ああ。お前があの香凛か。絶世の美女だって噂の・・・そうでもないんじゃねえの」
それに対抗するアルトも、春斗を飛ばして返事を返す。
「ふん。そんな話知らないわ。あんたこそ。女の子たちがワーキャー言ってる人じゃない」
「知らん」
「じゃあ、前見なよ。女の子たちが振り向いてるわよ。あんたに」
「それはお前にだろ。こっち見てるぞ。男どもも」
一番後ろの席の二人を見るために、男女ともに全員が後ろを振り向いていた。
教室の席は、三人で一組の席だから、一人だけが後ろを振り向くと、体がぶつかって喧嘩となるだろうが、各班三人が揃って後ろを向けば、彼らも喧嘩にならない。
二人の美しさに見惚れている。
それなのに、肝心の注目の二人は、美しさを帳消しにするほどの険悪さだった。
その二人の間にいる春斗は・・・。
「・・・・・・」
無言を貫く。
しかしこれは、この状態が空気の悪い状態だと認識していなかったのだ。
人の心は難しい。
彼の記録にはそのような事が書かれている。
この時の会話も変だなとは一切思わなかったらしい。
でもこれは仕方ない。
全ては宗像四郎の指導がおかしいからだ。
しょうがない部分である。
「はぁ。どうして。よりにもよって。これと一緒なの。三年間こいつと一緒なの。いやだわ」
「俺も嫌だ。お前みたいな傲慢な奴。嫌いだ」
「あんたこそ。傲慢でしょ。人類初の紫の雷使いで、陰湿男でしょ」
「お前こそな。傲慢だ。集団暴力を可能とする野蛮女だ」
「「は!?」」
息ピッタリじゃん。
と思っている春斗は淡々と教科書の確認をしていた。
本日からは授業が始まることはないが、彼は自分のペースを崩さない。
教科書とか小物類が、自分の周りに揃ってないと気持ちが悪いらしい。
そういう点も四郎と似ていた。
ちなみに本の教科書を持っているのは、このクラスで春斗だけだ。
その点でも、かなり特殊である。
「ふん。こんなのと三年間も一緒なんて無理。今すぐ席替えしてほしい」
「俺もだ。こいつと同じ班なんて、学校をやめたくなる」
「先生が来たら言うわ!」
「俺もだ」
とここで二人の会話にようやく潜り込む。
初めての会話でも春斗の声はいつも通り淡々としている。
「無理ですよ。学校が決めた事に反旗を翻すという事は目を付けられる。それに学校を抜けるという事は、莫大な違約金が発生しますよ。入学の時の誓約書は読んでます? それにお二人は特待? 奨学金も免除される特待であったら。その違約金はとんでもない事になります。桁違いすぎて、心臓止まりますよ」
教科書チェックが終わった春斗が話し出した。
今まで置物のようにそこにいたので、二人が驚く。
「あんた。話せたの」
「うわ。びっくりした」
春斗が真ん中にいるので、二人は左右にのけ反った。
「どうです。特待ですか?」
「そ。そりゃね。私Aだから」
「俺も、親からそうだって聞いたな」
「でしょう。ならば、危険ですよ。違約金の金額を見たら、目が飛び出ます」
「ふふっ。何その脅し。あたしに通用するとでも・・」
「そんな凄いのかよ」
二人が興味を持ったので、春斗が端末を取り出した。
学校から支給された生徒手帳も込みの端末である。
「ほら。違約金。特待の場合だと、10億です」
「「・・・10億!??!?!」」
二人の目が飛び出そうになった。
「こちらの学校って、厳しいんですよ。校則じゃないですよ。存在がね。だって、皆がギフターズですから、その動向を見るためもありますから。生徒は、自分を管理するんじゃなくて、される側になるのです」
「管理?」
アルトが聞いてきたので、春斗は右隣を見た。
「はい。いいですか。ここから卒業していく人たちの大体がハンターとなります。ハンターとなれば、政府公認のダンジョン狩人になりますので、登録が必須となる。ならば政府は、その人物を追跡しやすくしたいんですよ。過去も今も未来も、その人の情報を簡単に得たいんです。それで、その最初の先駆けとなるのが・・・」
春斗の発言の途中で香凛が呟く。
「学校?」
なので春斗は左隣を見た。
「そうです。学校は、政府からの一番最初の追跡です」
「「・・・・」」
二人が押し黙ってしまう。しかし春斗は話を続ける。
「なので違約金を締め付けの一環としています。だって、違約金を払う方法って、ダンジョンに潜るしかなくなるんです。それで潜るためにはハンターとならねばならないから、結局追跡がしやすくなる。それにギフターズが、お金の面で一発逆転を狙うにはそれしかないんです。なぜなら、ギフターズはスポーツ選手などにはなれませんからね」
ギフターズはプロスポーツ禁止。
これはギフターズの存在が明らかになってから決まった事だった。
理由は言わずとも分かる。ズルに近いからだ。
「あとは地下闘技場に行くくらいですかね。裏で人殺しの能力殴り合いに参加するしかないんですよ。でもそれは気分が宜しくない。それをするくらいだったら、ダンジョンに潜ってモンスターと凌ぎ合った方が良いはずですよ。こちらも命懸けですけどね」
裏世界の地下闘技場ならば、ギフターズが参加しても良いだろうが。
その場合は人対人の戦いとなり、人殺しをする羽目になる。
ならば、モンスターを狩る方が心は痛まないだろうと、春斗は淡々と告げていた。
「だから、学校をやめるってなるのなら、ここまで考えないといけませんよ。二人とも頑張って考えてくださいね」
と、観察対象を説得することなく話を終えた春斗は、真っ直ぐ前を向いて黒板を見つめた。
皆、学習デバイスなんて持ってるだろうに、教室に黒板があるのは何故だろうと、すでに別な考えごとをしている。
「な。なんだよ。こいつ」
「ちょ。ちょっとあんた。脅しておいて、一人で考えごと? ちょっと。もうちょっと話しなさいよ」
「・・・・・・・・・」
一人の世界に入り込むと、会話が続かなくなるのが春斗である。
◇
こんな春斗だったが、次の瞬間にはぶったまげて身を引いた。
席の背もたれまで、体が下がり、目も飛び出ていた。
「よろしくお願いします。一年一組の担任になりました。宗像四郎です」
「・・・・なに!?」
動揺しても、小声でつぶやく。
ここで大声をあげれば目立ってしまう事は、流石の変人春斗でも分かる事だった。
「皆さんはこれから学友となりますので、仲良くしましょう。喧嘩をしたら焼き殺しますので、皆さんは出来るだけ喧嘩をしないように!」
と言った宗像は、黒板の前で指先から炎を出した。
一度天井近くまで火を焚いて、そこから指先までの炎に戻す。
パイロキネシスの威力を調整できていた。
「「「・・・・はい」」」」
脅しが聞いたのか。
遅れてはいるが、クラスから返事が返って来た。
「それでは、説明をしましょう!」
春斗の頭の中の整理がつかない間。
四郎は、一年一組の生徒たちに学校説明をしていた。
NSSは三年制。
15歳から入学となるのは、成長段階で飛躍的に伸びるのが15の時だからだ。
生まれた時から死ぬまでの間に、ギフターズの能力は人それぞれのタイミングで発現する。
いつ、どこで、と教えられるわけじゃなく、神からの贈り物なので、タイミングなど分からないのだ。
そして、この時点ですでにS級だったアルトは化け物で、テレキネシスの能力を持つ香凛も、その能力の性質上成長しやすいという点が二人が観察対象となった要因だった。
NSSは行事も豊富で文化祭や遠足や体育祭。色々行事があってたくさん楽しめる。
春斗が言った管理という側面があったとしても、各々が楽しい時代を過ごして欲しいとの親心も学校にあったりする。
政府だって非情なだけではないのだ。
そして、この後。
放課後。
春斗は四郎の前に立った。
「宗像さん。なぜ、ここに?」
春斗が四郎を呼ぶ時は宗像さん。
自分の親であると思っていたとしても、一歩身を引いているのが春斗だ。
「まあね。自分もビックリなんです。先生になっちゃいましたね」
「あの・・・それはこっちのセリフで」
宗像の屈託のない笑みに、春斗は引きつった笑いをした。
親がこれだと苦労するのである。
「春斗が暴走をした時のお目付け役だそうです。それで自分が臨時の講師になりました」
「自分が暴走?」
「ええ。春斗が他の人間たちと触れ合って、そこから暴走しないかのチェックもしたいんだそうですよ。六家はね。春斗に関する事だと心配性になりますよね。春斗は立派に育ったと報告しているんですけどね。自分!」
四郎は、春斗の管理も任されている。
彼が国家に対して反逆しないかのチェックもしているのだ。
四郎に育てられたので、彼がそんな事をするわけないのだが、飛びぬけた能力が怖いからである。
「・・・・まあ、仕方ないですよ。宗像さん」
そこを春斗も割り切っている。
「ええ。でも、自分は信じてますから。大丈夫。見守っているので、気楽に任務をしてください。お友達になるのが手っ取り早いですよ」
「無理ですね。あの二人。そもそも人を受け入れていないです」
「ん?」
「おそらく、人を信用していないと思いますよ。能力があり過ぎて、今まで他人と折り合いが付かなかったんじゃないですか」
「・・・・」
それは君もじゃない。
と言いそうになった四郎だった。
「宗像さん。寮も同じなんですよね」
「ええ。そうですよ。寮も隣の部屋に設定されています。ここは珍しく男女一緒です。予行練習なので」
ギルドに入ったら家族形態の様に団体行動をするために、男女が一緒に行動をする。
当然、風呂トイレは別である。
「えっと、個人個人でしたっけ?」
「はい。狭いですけどもね。大声出したら、隣に聞こえます」
「それはまた大部屋で寝ていた方が楽そうですね」
「たしかにね。でも大部屋だと大変です。駄目ですよ」
「ん? 大変?」
「健全な青年にね。大部屋は大変だ。夜も朝もね・・・」
黄昏た四郎の言いたい事が大体わかった春斗は、呆れて返事を返した。
頭の中がピンクなのだ。
真面目な顔をしているくせに、頭の中が桃色なのだ。
「そうですか。わかりました」
変な親だなと思った春斗の任務が、ここから始まった。