第1話 調査特務課課長 青井春斗
「やっぱり・・・ち」
自分が見上げている塔の名は、真新宿ダンジョン。
世界大地震以来、世界にはダンジョンが出現した。
その各地に現れた塔の形は、ほとんど同じだ。
全てのダンジョンは、同じ色と形で、この世界に登場してくる。
真っ直ぐに天に向かって聳え立つ円柱が真っ白な外観をしていて、頂点の部分が、三角屋根になっている。
しかも、その塔の脇には塔と同じ色の白い球が左右に一つずつ置いてある。
だから・・・・。
「課長。ちってなんですか? うちと仕事が一緒になったから、舌打ちしたんですか。酷い!」
自分の不用意な発言によって、八重歯が可愛らしい部下が勘違いした。
「え。いやいや舌打ちなんてしてませんよ。ずいぶんと本部に近い場所にダンジョンが出来たなって思っただけでありましてね。気にしないでください」
すみません。嘘です。
自分、ダンジョンの形がち○こに見えるって、もう少しで言いそうだったんです。
女性の前でそういう発言は良くないと、子供の頃に学習しましたので、今のセクハラ発言を引っ込めました。
お食事中の方すみませんでした。
「はぁい。でも課長。それだと、近くの【ち】よりも、ずいぶんとの【ず!】になりません」
「そんな細かいことは気にしなくていいんです。沖田君!」
「はぁい。わかりましたぁ」
髪があちらこちらに伸びている彼女から、のんびりとした返事が返って来た。
これは恐らく出勤ギリギリまで寝ていたから、独特な髪形になったのだろう。
この子は出勤前に自分の顔を見ないのだろうか。
お化粧のチェックとかしないのだろうか。
「それじゃあ、沖田君。自分についてきてください。いいですね」
「はぁい。課長」
新たに出来たダンジョンの調査。
それが自分たちのお仕事です。
これから慎重に測っていきます。
◇
真新宿ダンジョンの出入り口前。
政府直轄迷宮攻略班の警備の二人に話しかける。
「お仕事。ご苦労様です。失礼します。ここを通りますね」
自分は丁寧に挨拶したが、沖田君は軽い挨拶をする。
「ういっす」
自分らから見て、左にいた警備の人が注意しをしてきた。
「待った。何を勝手に入ろうとしているんだ。ダメダメ。ここは新ダンジョンだよ。政府の許可がない者は通せない」
「お仕事ご苦労様です。これを」
自分が手帳を見せる。
警察手帳ならぬ政府直轄迷宮攻略班手帳とは若干違うが、政府の職員には効果抜群なはずだ。
「え!? それ、政府直轄迷宮攻略班と同じ手帳うか? いや若干違うか」
左の警備の男性は、手帳の確認をするために隣にいた人の顔を見た。
「まさかこれは調査特務課の手帳!? 」
隣の男性がのけ反って驚いた。
「調査特務課って?」
気付く人と気付かない人。
これも仕方のない事です。
なぜなら、調査特務課は特殊任務を請け負うために、仕事が極秘扱いである事が多いからだ。
この手帳の表紙には、紫の鶴のマークが刻まれている。
「自分ら、通ってもいいですか」
自分が再度押し通る事を言うと。
「はい。ど。どうぞ」
許可を出してくれた。
「え。いいのかよ。明南!」
「いいんだ。黙ってろ。あの人たち、調査特務課だぞ!」
調査特務課を知らない人の方は、自分たちがダンジョンに入るまでの間、不満そうだった。
◇
真新宿ダンジョンは、洞窟型ダンジョン。
薄暗い景色が入口からずっと続いていた。
「課長。殺風景ですね」
今にもスキップで移動しそうな沖田君が笑顔で話しかけてきた。
この子。
今が仕事だという事を理解しているのだろうか。
不安だ。とても・・・。
「そうでしょうね。ここはダンジョンですからね。内部が、色とりどりだったら変でしょう」
「えぇ、いいじゃないですか。あそこらへんにスポットライトみたいなのがあって、目立つ形でも面白そうじゃないですか。遊園地みたいな感じで」
天井を指差して、もっと光をくれと言っている。
自分も人の事は言えませんが、仕事云々を置いても、この子の頭はおかしいのかもしれない。
「なんですかそれ。レッドカーペットみたいな事ですか?」
「はい。ファッションショーみたいな感じで」
「それだったら、緊張感なんてなくなっちゃいますね」
よくないですねというニュアンスで言ったのだが。
「はい!」
沖田君は、元気に返事を返した。
彼女は、基本のほほんとしています。
社会人一年目なので許してあげましょう。
うん。自分も一年目の時は・・・・。
こんなんじゃないな。
そんな変な会話の後も、彼女は変だ。
「課長。帰りましょう。通常のダンジョンと同じでしたよって感じで報告すれば、万事おっけーじゃないですか」
「まったく沖田君はすぐサボろうとする。いいですか。自分はあなた抜きでも、調べますからね! ここに置いていっちゃいますよ」
「はぁい。わかりましたぁ」
調査特務課の仕事で一番重要視している任務が、ダンジョン構造把握任務だ。
沖田君はそこを知らない。
彼女が新人だから仕方ないわけだと張り切るしかない。
赴任して初めてのダンジョン出現。
慣れない任務なので、この任務が重要だと認識していないから徐々に覚えようね。
というのは甘やかしでしょうか。
「道は一本道。罠は通常。モンスターもEランクでしたね。スライム。ゴブリン。通常の1階層で出てくるモンスターとしても普通でした。ここまではイージーダンジョン寄りの感じですね」
このままであれば、1階層の難易度は平均よりもやや下だろう。
ソロハンターが潜っても、生きて帰るのに、差し障りがない。
NSSの学生が入っても良さそうなくらいに楽勝だ。
自分が、このダンジョンは大丈夫そうだと安心していたら、沖田君が何かを発見した。
「課長。あれ、可愛いですよ。赤いスライム! 普通のよりも可愛い!」
「え? 赤!?」
彼女が指差した先にいたのは、赤いスライム。
通常のスライムは緑か青で、赤の系統は初めて見るものだった。
スライム亜種かもしれない。
ここは計測を開始する。
「モンスターランクを調べます。沖田君どうぞ。打撃適性から、総合判断します」
「ええ。壊しちゃうんですか」
「壊しちゃうんじゃなくて、モンスターの耐久実験です。やってください」
「はぁい」
世界にダンジョンが出現した。
その前後の時期。
世界中の人々の中で、神からの贈り物を貰えた人間たちがいた。
その力を得た人間を異能力者と呼んで、人々は別の人種とも言えるような差別とは違うが、特別な意味を持たせるために称号を与えた。
あれ以来、人類の中には、様々な才能を持つ人間が誕生している。
沖田君の才能は、怪力。身体強化系パワーの一種で『パンチャー』だ。
物理攻撃の威力を1kから1tまでの範囲で自由自在にコントロールができる女性。
この人は、のんびりとした性格とは裏腹の凶悪な物理攻撃を持っているのです。
彼女に逆らったら、大変危険なので、彼氏になる方は要注意ですよ。
あなたのハート(肉体)を握りつぶすかもしれません。
寝ている隣であなたを握りつぶすかもしれません。
あなたの何がとは言いません。
「調べます。1kからいきます!」
彼女が手を挙げたので、自分は記録眼鏡を発動させた。
スカレコは、眼鏡をかけた人物が見たもの全てを映像記録として残すものだ。
この機械の利点をフル活用して、ダンジョン調査をする。
それが自分たちの仕事。
今自分が見ている映像も後々で、分析や解析するための貴重な資料として残り、ダンジョン研修などで役立てるのです。
「了解です。沖田君どうぞ」
「はぁい」
ぼんやりと淡い光が彼女の拳を覆う。
「すっとこどっこいしょ!」
独特な掛け声でパンチを繰り出した。
赤いスライムが微妙に揺れている。
ポヨンポヨンなので、食べる前のプリンみたいだ。
「反応なしです。課長」
「はい。次どうぞ」
耐久実験テストは繰り返される。
「10k。いきます!」
この後も独特な掛け声とともに、赤スライムにパンチ実験を続けた。
1。10。50。100。
順調にパンチの重さが変わっていき、150の時に変化が起きる。
プリンの端っこが欠けて、一口食べた形になった。
「課長。苦しそうです」
「そうですか」
すみません。何が苦しそうなんでしょうか!
スライムには顔がありませんよ。
自分には変化が分かりません!
「次151にします」
「わかりました」
ここからは重さを刻んで、正確な数値を出そうとした。
通常のスライムを破壊するには、30kの衝撃で良いとされている所。
こちらの赤スライムは150kでも耐えた。
ということは、少なくとも通常の五倍の力を有したモンスターと言える。
スライム亜種で確定だろう。
「課長。もがいています」
「そうですか」
どこにその気持ちの変化があるんだ?
物理的に欠けていく以外に、彼女には何が見えているのでしょうか。
詳しく教えてもらえませんかね。
「154kで消えると思います」
「わかりました。154でいいです。やってみてください」
「はぁい。すっとこどっこいしょ」
独特の掛け声とともに、赤いスライムは姿を消した。
コアが破壊されて、魔晶石が残ると、美しい輝く石だけが現場に残る。
「課長。魔晶石になりました」
彼女がその石を拾う。
「そうですね」
「これ、いくらですかね。もらってもいいんですか?」
とても素敵な笑顔をしていますけど、それは完璧な職務規定違反です。
「駄目ですよ。後で自分が査定に出しますから」
「ええ。うちが倒したのにぃ」
ガラっと変わって不満そうな顔をしてますけど、職務規定違反は変わりませんよ。
「あなたは政府の職員でしょ。ハンターやモグリじゃないんですよ。ああ。でも、職員のお仕事時間じゃないのなら、もらってもいいですけどね」
「え、じゃ、じゃあ。モ、モグリにでもなろうかな」
出来るわけないでしょ。政府からモグリなんて、天地がひっくり返ってもない。
「そうですか。なら、沖田君は政府にお金を返さないといけないですね」
「え!? か、課長にバレてるんですか。うちが奨学金でNSSに入学したの」
「はい。ちゃんと働いて、借金を返さないとね」
「うううう。そうします課長」
肩をがっくり落とした部下と共にダンジョン調査は続く。
ふと疑問に思ったのですが、もしかしてジャンルはSF?
未来の話にしているので、現代ファンタジーでは駄目だったりするんでしょうか。
でもダンジョンをメインにしていますので、ファンタジー感だけは出ていると、作者は勝手に思ってスパッと割り切ります!
最後にこちらの小説が、皆様のお気に入りの一つになる事を願って、作者は祈願の舞いをしてフォローと感想が来るのを首を長くして待ちます。
はい。ワクワクして待ってます!
(全然首長くないじゃんというツッコミはご勘弁を)
それでは、作品ともどもこれからもよろしくお願いします。