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夏の魔法  作者: 九曜平祐
5/11

巻き戻る時間

 チャイムの残響が消えるのと同時だった。

 目瞬き一つ、その一瞬で周囲の風景がガラリと切りかわる。

「……は……?」

 我ながら間の抜けた声が漏れた。

 なにが起きたのか把握できなくて、きょろきょろと周囲を見回す。

 照りつける夏の太陽に目がくらんだ。

 手をかざして陽射しを遮り、改めて様子を確認する。

 目の前にはグラウンド、その右手から奥にかけてL字型に横たわっているのが校舎。

 どう見ても校門をくぐったばかりの場所に立っているとしか思えない。

「え……? ど、どうなってんだ……?」

 つい数秒前まで生徒会室で清輝と話をしていたはずなのに、いつの間にこんなところへテレポートしたんだろう。

 言うまでもなく、俺自身にそんな特殊能力はない。

 夢でも見てるのか……?

 それならこの急な場面転換も頷ける。

 でも清輝が二人いるという事実を突きつけられたときに散々頬をつねったし、プールで泳いだりサンドイッチを食べたりした、あの感覚が夢だとは思えない。

 呆然としている俺を、スマホの電子音が現実に引き戻した。

 取り出して確かめると、メッセージの通知だ。

 差出人は清輝。

【今、どこ?】

 別にどうってことのない内容だけど、なんか妙に既視感がある。

 それも、そう遠い過去の話じゃない。

 俺が入力する返事も、割と最近、同じ内容を送った覚えがある。

【学校。今、校門にいる】

【ちょうど良かった。話したいことがあるの。昇降口まで来てくれる?】

 その言葉にも見覚えがあった。

 多分、一文字の違いもない。

 OKのスタンプを返してアプリを閉じ、そのまま画面を凝視する。

 清輝のメッセージを目にして、なんとなく予感めいたものはあった。

 それでも、愕然とする。

 だって、本当ならそんなこと、ありえない。

 けど、見間違いじゃなければ、そして何度目をこすっても表示は変わらない、見間違いじゃなさそうだ、示されている日付はうちのクラスのプール開放日。

 時刻は午前、それもまだ早い時間だ。

「時間が……戻ってる……!?」


 昇降口まで行くと、下駄箱の先の廊下で清輝が手を振る。

 一号なのか二号なのか、それとも三号って可能性もあるのか。

 思わず細めた目を、清輝は不満かなにかと取ったらしい。

 宥めるように微笑みかけた。

「悪いわね、急に呼び出しちゃって」

 その謝罪も、記憶にある清輝一号の第一声とぴったり一致する。

「実は私だけじゃ手に負えない状況に……」

 事情を説明しようとする清輝の言葉を、かぶりを振って遮る。

「ちょい待ち。もしかしたら、説明はいらないかも」

 清輝はハッとしたような表情で口をつぐんだ。

 俺はじっとその目を見返す。

 そんなことあるわけない。

 だけど、俺は体感でほんの数時間前、「あるわけない」はずの異常事態に直面した。

 だったら、そんなことだってあるのかもしれない。

 清輝は俺の表情を探るような目をして慎重な口ぶりで尋ねる。

「ぺー、あなた……『私』と出会うのが初めてじゃなかったりする?」

 字面通りに受け取れば、その問いかけはいろいろおかしい。

 俺と清輝の出会いは中学の入学式。

 そして誰かとの「出会い」は厳密には一度きりだ。

 転校や進学で離ればなれになって後に再会したケースを二度目、三度目の出会いと表現することはあるかもしれないけど、俺達にそれは当てはまらない。

 だから清輝の言葉は俺が想像している通りの意味なんだと思う。

 とはいえ、やっぱり現実感がない。

 俺も慎重に言葉を選んだ。

「自分でも信じられないんだけど……。俺には、気のせいじゃなきゃ、今日の昼までの記憶があるみたいなんだ。それで、その記憶のなかでは、清輝が二人いた」

 清輝は息を呑む。

 そのリアクションで俺は自分の想像が正しいことを悟った。

 普通なら冗談だと笑い飛ばされるだろう。

 それでも真実だと主張し続ければ正気を疑われるに違いない。

 だけど清輝は笑いもしなければ心配そうな顔もしない。

「私は『一号』よ、と言って通じる?」

「二号がプールにいるはずってことだよな」

 頷く俺を清輝は真剣な目で見つめる。

「……とりあえず、プールを見に行きましょうか」

「そうだな」


 プールで二号の存在を確かめ、屋上前の階段に場所を移す。

 とにかく情報交換と状況の整理が急務だ。

「……と言っても、私も推測でしか物が言えないのよね」

「そっちはなにがどうなった?」

「あなたから二号とお茶をするって連絡をもらった後、生徒会室の入り口が見える廊下に移動したの。そこで出てくるのを待ってたんだけど、お昼のチャイムが鳴ったと思ったら、いつの間にか昇降口に立っていたのよ」

「タイミング的には俺と同時だな」

「スマホを見たら時刻表示がおかしなことになってて……。でも、故障しているわけじゃなさそうだし、太陽の位置を見ても誤作動とは思えなかったのよね。それで確認のため、あなたに連絡を取ろうと思って、わざと前回と同じ内容のメッセージを送ったの」

「前回……」

 その言葉を繰り返す俺に、清輝は頷いた。

「多分、私達はループしてしまった、もしくはそれに類する状況よね」

「なんか、それっぽい感じではある」

 信じられないけど、周囲から得られる情報の全てがそう示している。

 控え目に同意すると、妙に満足げな笑みが返ってきた。

「さすがね、ぺー。時間をさかのぼってまで私の役に立とうなんて、見上げた忠誠心だわ」

「自分の意志でやったことならそうかもしれないけど」

「ノリが悪いわね」

 清輝は失望の表情でため息をついてみせる。

「そこで『君のためなら時間くらい超えてみせる』とか言えば、好感度を稼げるのに」

「なんだそりゃ。乙女ゲーかなんかの登場人物かよ」

「ガラじゃないわね」

「だろ?」

 短く笑い合って、俺はうーむと腕を組んだ。

「しかし、まいったな。まさかループするなんて……。ウソみたいな話だ」

「それを言えば、私がもう一人いる時点でウソみたいな話よ」

「まぁなぁ」

 渋い顔の俺に、清輝は人差し指を立てて片目をつむる。

「でも、その謎は解けたわね」

「えっ、マジで?」

 思わず身を乗り出すと、清輝はドヤ顔で推理を披露する。

「きっと私はループするのが初めてじゃなかったのよ。前回、私はそう気づかないうちに時間をさかのぼってしまっていた。それを自分がもう一人いるという状況とだけ認識したんだわ」

「いや、それ、謎は解けてないだろ。どうして時間をさかのぼったりするんだ?」

「それは新たな謎ね。でも、どうして自分が二人いるのかって謎は時間をさかのぼったと仮定すれば説明がつくわ。私に、自分がもう一人いるはずだとか、生徒手帳を奪えば解決するはずだとかの断片的な記憶があるのも、時間をさかのぼる前の経験によるものだって考えれば辻褄が合う」

 清輝自身についてはそれで整合性が取れるのかもしれない。

 けど、それじゃカバーしきれない部分もある。

「じゃぁ、俺までループしたのは?」

 清輝はまるで悪びれずに言い放った。

「巻きこまれたんじゃない? 私の手伝いをしたせいで」

「清輝のせいかよ! 責任、取ってくれよな!?」

「だいじょうぶよ。手がかりはあるんだし」

 気楽な調子で清輝は手をひらひら振る。

「それにね、一つ思い出したことがあるの」

「思い出したって、なにを?」

「魔法の使い方」

 あまりに突拍子もない答えが返ってきて、返事に困る。

 魔法というのはなにかの比喩なのか、それとも冗談の類か。

「なんだよ、魔法って」

「スマホ出して」

 言われるまま取り出すと、清輝も自分のスマホをかざす。

 ピッと小さな音がした。

 なにか通信したようだけど、なんだろう。

 画面を確かめると、見覚えのないアイコンが一つ増えている。

 砂時計をモチーフにしたデザインだ。

「これは?」

「魔法のアプリよ。タップしてみて」

「アプリって……魔法も科学的になったもんだな」

「十分に発達した科学技術は魔法と同じだって言うでしょ」

 既に古典とも言える著名なSF作家の言葉だったか。

 それにしたって、画面をタップして起動するスマホアプリを魔法と呼ぶのは、ちょっと抵抗がある。

 やっぱり魔法を名乗るからには、魔方陣を描いたり呪文を唱えたり、そういう神秘的な雰囲気を伴う手順を踏んでほしい。

 最近のファンタジーじゃ、無詠唱魔法は主人公にデフォで備わっているアドバンテージみたいな扱いだけど、呪文を唱える魔法があってこそ、無詠唱のありがたみが際立つってもんだろう。

 ……という個人的な、そして場違いな見解はひとまず脇に置いといて、そのアイコンをタップする。

 デフォルメされた女の子のイラストが表示された。

 どことなく清輝を連想させるデザインだ。

「……このアプリ、清輝が作ったのか?」

「違うと思うわ。私にそういう知識はないし。ただ、由来に関しては覚えていないから、断言はできないわね」

「危なくないよな?」

「人に危険なものを使わせようとするほど非道な女ではないつもりよ」

「うん、まぁ、一応確認。で、これ、どういう効果があんの?」

 清輝は得意満面、胸を張った。

「時間を止めることができるわ」

「本当ならすげぇな。時間操作って最強系の能力だろ」

「そうね。ただ、制限があるの」

「だろうな。無条件に使えたら、魔法を超えて神様のレベルだ」

「使用は一日三回まで、一回の持続時間は十秒」

「……十秒? たった?」

「ポケットの生徒手帳を抜き取るなんて、十秒もあれば余裕でしょ?」

「あ、なるほど。今の俺には十分だな」

 それに、たった十秒とは言っても、使い方次第では大きなアドバンテージになるだろう。

 ヤバいやつに絡まれたとき全力で走って逃げれば、一瞬で何十メートルも距離を稼げる。

 物騒なことを言えば、一対一の殺し合いなら無敵だ。

「使い方は?」

「アプリを起動している状態で呪文を唱えれば発動するわ」

 おお、呪文! やっぱり魔法はそうじゃなきゃ。

 でも、一つ問題がある。

「あまり長いと覚えられないかも」

「初期設定は『鳳華』よ」

「は? なんで清輝のファーストネームなんだよ」

「なんでも良かったんだけど。あなたが日常の会話では間違っても使わない、それでいて忘れたり間違えたりする心配がなさそうな言葉、発動する際のことを考えたらなるべく短いほうがいいわね。そういう条件を満たしていると思ったの。もちろん、好きなように再設定して構わないわよ」

 なんかちょっと早口だ。

 照れているようにも見えるけど、気のせいだろう。

 清輝が俺に名前を呼ばせたいとか考えるわけないし。

 実際、挙げられた条件に当てはまる言葉と言われると、案外難しい。

 使う機会の少ない人名という方向性自体は良い案だ。

 とはいえ。

「『魔()()()高校の落第生』って大ヒット作品があったりするんだけど」

「前後に余計な文字がついていれば弾くわ」

「OK。じゃぁ、一回、試してみるか」

「ここじゃ、周りに動いてるものがないから、確認できないでしょ。場所を移してからのほうがいいわ」

 そう言って清輝は先に立って階段を下りていく。

 別の場所でと言われたけど、すぐにでも使ってみたいという誘惑に、俺は抗えなかった。

 呪文が清掛のファーストネームで、口にするのはちょっと照れくさいけど、設定されているものは仕方がない。

 本人に聞こえないよう、低声で呟いてみた。

「鳳華」

 その瞬間、前触れもなにもなく、完全な静寂が訪れる。

 清輝は階段の途中、足を踏み出したままの姿勢で宙に浮いていた。

「マジか……」

 明らかに物理法則を無視している。

 それに清輝自身も効果対象に含まれるらしい。

「清輝」

 呼びかけてみたけど、当然ながら反応しない。

 原理や厳密にどう定義される状態なのか詳しいことはわからないが、俺の認識としては周囲の時間が止まっているように感じられた。

 となると、つい「今ならスカートのなか、のぞけるかも」なんて思ってしまうのが男の性。

 いや、ダメだ、ダメだ。そんなことのために与えられた能力じゃない。

 幸い、葛藤は長く続かなかった。

 やはりなんの前触れもなく唐突に時間が動き出す。

 清輝は階段に足をついたところで振り返り、俺を見上げた。

「今、使ったの?」

「あ、うん……。マジで時間が止まったみたいだった。すげぇな、これ」

 清輝は自分の身体を見下ろし、それからこちらに向かって片目をつむる。

「紳士ね」

「えっ、なにが?」

「スカートをめくられるくらいは覚悟してたんだけど」

「そんな、小学生じゃあるまいし。……まぁ、そういうことを考えなかったと言えばウソになるけど」

「自制した理性を誇っていいわよ」

「たった十秒じゃ大したことはできないしな。三十秒あったらやばかったかも」

「危ないところだったわ」

 清輝は穏やかに微笑んだ。

 多分、十秒でできるくらいのイタズラだったら、笑って流してくれるだろう。

 けど、「しない」と信じたから、使わせてくれたんだと思う。

 だったら、俺はその信頼を裏切らないようにしよう。

「もうちょっと早く思い出してくれれば良かったのに。前回プールから出てきたところで顔を合わせたときに使えば楽勝だったぞ」

「焦らなくても、チャンスはいずれ必ず来るわよ」

「どうする? 十秒あれば、更衣室突撃作戦も無理じゃないかも」

「そうね。でもこの魔法があれば、わざわざ難しいチャレンジをする必要はないでしょ。図書室なり生徒会室なり、もっと手堅いシチュエーションがいくらでもあるわ」

 確かに、これさえあれば選択肢はグッと広がる。

 任務達成にかなり近づいたと考えて良さそうだ。

「とりあえず、二号の様子を見に行きましょう。あっちにもなにか変化があるかもしれないわ」

「……向こうもループしてるかもってこと?」

「その可能性は否定できないわね。それとなく探りを入れてみて」


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