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夏の魔法  作者: 九曜平祐
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最後の魔法

 会長席の椅子に腰を下ろしたまま、俺はぼんやりと天井を眺めていた。

 なにもかもが夢だったように思える。

 思い返してみても、現実に起こったことだという実感が湧かなかった。

 それでも。

「……伝えなきゃ、な」

 プールで俺からの連絡を待っている、もう一人の清輝に。

 元の世界に帰ってしまった、もう一人の清輝のことを。

 わかってはいても、身体を起こす気力が湧かなかった。

 思わず失笑が漏れる。

「だっせぇな、俺……」

 本当はわかっていた。

 わかっていて、それでも気づいていないフリをしていた。

 清輝が指摘した通り、「なんのかんの理屈をこねて、平気なフリを」していただけだ。

 清輝との別れが、これほど大きな喪失感をもたらすこと。

 それは俺にとって清輝がどれだけ大切な、かけがえのない存在かということ。

 どれだけ、好きかということ。

「今さらだなぁ……」

 ため息をついた瞬間、ノックの音が響く。

 返事をするのも億劫でぼんやりそちらを眺めていると、ドアを開けて清輝が入ってきた。

「なにをして……」

 詰問の言葉を途中で止めて眉をひそめる。

「どうしたの? ずいぶん……その、やつれて見えるけど」

「いや、別に」

 俺は首を振った。

 やつれるなんて大げさな。

 確かに未来の清輝が帰っちゃって寂しいし、落ちこんでいる自覚もあるけど、見た目にそこまで影響が出るわけがない。

「それより、どうしたんだ?」

「こっちのセリフでしょ。もうお昼よ。あの後なにがどうなったの?」

「え、もうそんな……?」

 壁に掛かった時計を見上げると、確かに授業のある日なら昼休みに入っている時間だ。

 チャイムは鳴っていたはずなのに、それさえ耳に入っていなかったらしい。

「……だいじょうぶ?」

「あぁ、うん。一応……解決したってことらしい」

「本当に? 一件落着、めでたしめでたし……って顔には見えないわよ」

「まぁ、ちょっと疲れたかな。清輝より、一回余計にループしてるし」

 ちょっと卑怯な言い方だとわかっているけど、追及を避ける言い訳としてそれを持ち出す。

 清輝は少し気が引ける様子で、手近な椅子を引いた。

「話をする元気くらいは残ってる?」

「そこまで心配しなくても。病人やケガ人ってわけじゃないし」

 俺は遅ればせながら気づいて立ち上がる。

「あぁ、ごめん。ここ、清輝の席だよな」

「別にいいけど……」

 それでも、俺が席を空けると、清輝はそちらに移った。

「えーと、なにから話せばいいかな……」

 多分、全てをそのまま伝えるのは、避けるべきだろう。

 未来の清輝はなにを望んでいたのか明言を避けた。

 この世界が彼女の言葉によって変化してしまうことを望まないという意志だ。

 特になにか口止めされたわけじゃないけど、それは尊重したい。

 俺は頭のなかを整理しながら、慎重に言葉を選んで話し始める。


 なるべく客観的な事実だけを伝えるようにして、俺は説明を終えた。

 最後、未来の清輝が魔法を解いて帰る場面については、本人が別れの挨拶をして身体が光って消えたということにする。

 完全な同一人物というわけじゃないにせよ、「あなたとキスしました」と白状するのは照れくさ過ぎて死ねる。

「それで、もう一人の私はいなくなってしまったということ……?」

「あぁ、あいつは……」

 もう、いない。

 そう言おうとして、声がノドに引っかかった。

 あ、まずい。泣きそう。

 清輝ほどじゃないけど、俺にだって意地はある。

 好きな女の子の前ではカッコつけたい。

 泣きべそをかいている顔を見せるのはイヤだ。

 どうにかごまかせないかと考えて、その可能性に思い至った。

 まだ有効かどうかわからないけど、他になにも思いつかない。

「鳳華」

 口のなかで呟く。

 時間が、止まった。

 魔法使いの置き土産が、俺に意地を張ることを許してくれたんだ。

 静止した時間のなかで、俺は思いきり鼻をすすり、目をグイと乱暴に拭う。

 それから一度、深呼吸をした。

 そして時間は動き出す。

 清輝が首を傾げた。

「なに? よく聞こえなかったわ」

「もう一人の清輝は、元の時間に戻ったって言ったんだ」

 やれやれ、と心のなかで苦笑する。

 たった三回しか使えない魔法。

 その最後の一回を、こんなどうでもいいことに使うなんて、つくづく俺は凡人だ。

 清掛なら、きっとものすごい使い道を考えるだろうに。

 でも、俺にはこれが分相応という気がした。

 その清輝は眉根を寄せて不機嫌に唸る。

「まんまと逃げられてしまったのね。絶対、報いを受けさせてやるつもりだったのに」

「だからだろ。清輝の恐ろしさを一番よく知ってるのは清輝のはずだ」

「誰が恐ろしいって?」

「そのにっこり笑顔が怖いんだよ……」

 苦笑する俺を、清輝は半眼で睨めつけた。

「……もしかして、彼女の逃亡に手を貸してないでしょうね?」

「できるわけないだろ。俺に時間を行ったり来たりできる力があれば、テストでもっといい点取ってる」

 返事の代わりに軽いため息が返ってくる。

「結局、会えずじまいなんてね。報いどうこうはさておき、もう一人の自分なんてものがいるなら会ってみたかったんだけど」

 清輝対清輝。

 怖いもの見たさという意味で、その目撃者になりたかった気はする。

 でも、直接対決が実現しなくて、良かったんだとも思う。

 なにかしらの勝負になれば決着はつかないだろうし、でもどっちも白黒つけなきゃ気が済まないだろうし。それで俺が判定役なんてことにでもなったら、ストレスで胃に穴が空く。

「あとは、本当に解決していることが確かめられれば……」

 その言葉に、チャイムの響きが割りこんだ。

 キーンコーンカーンコーン。

 俺達は口をつぐみ、顔を見合わせる。

 これまでの例からすると、このチャイムが鳴り終わったとき、時間が巻き戻る。

 鳴り終えて、何事も起きなければ、ループを脱出できたと考えていいのだろう。

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムの残響が消え、スピーカーが沈黙した。

 なにも起きない。

 俺と清輝は揃って安堵の息を漏らした。

 こうして、夏の日にかかった魔法は、解けた。


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