23
何もしたくない。
動くのも嫌だし、考えるのも嫌。
だが、どちらもしないでおくことは、とても難しい。
眠りに逃げてもみたけれど、むしろ夢の方が制御がきかなくてたちが悪いと思い知った。
仕方がないから、体を動かすことを選択してみる。
長く人の暮らしていない家は、しかし心ある管理人によってきちんと手入れがされていて、工具を片手に奮闘する必要はなかったが、それでも家中を隅々まで掃除するならば、1日や2日はかかるだろう。
庭も荒れてはいなかったが、祖父を真似ていろいろと手を入れてみるのも良いかもしれない。
そんな風に考えてみる。
だが、考えるだけだ。
実際のところ、身体は動かない。
天気の良さに誘われて、外には出てはみたものの、結局、何もせずにボーっと空を見上げていた。
ラジルのお屋敷がある辺りに比べれば、ここはなんとも過ごしやすい。
夏の青空も心地良い。
澄み切った雲一つない晴天。
誰かの瞳を思い出させるような……でも、あの方の瞳はもう少し色が濃い。
そして、感情で彩りは変化するのだ。
ああ、また。
結局、考えてしまう。
どうしよう。
涙が出そうだ。
ここに来てから、一度も泣いていないのに。
どんなに辛い思い出を辿ってみても、心がいくら揺れて動いて痛んでも、涙は出なかったのに。
空を見上げ続ければ青さに胸が痛み、下を向けば重力に負けて滴が落ちそうになる。
ホタルは顔を上に向けて瞳を伏せた。
「良い天気だな」
不意に、声が聞こえる。
幻聴まで聞こえるのか。
そう思った。
耳はずっと閉ざしていたから。
ここに来てから、未だかつてないくらい上手に耳を塞いでいた。
なのに。
「……空に何かあるのか?」
また。
空の空虚さにも似たまっさらな思考を抱えながら、ホタルは視線を声の方向に向けた。
「やあ、ホタル」
まるで、ラジルのお屋敷の一角で出会ったかのような挨拶だった。
幻覚。
もしかして、母のように壊れてしまったのだろうか。
聞こえない声が聞こえている?
見えない姿が見えている?
人が見た私は、今、微笑んでいたりするのだろうか。
「ずっと……そんな風に泣いていたのか?」
だが、その人は言う。
その手が頬に触れる。
実物だ。
幻影ではない。
幻聴でもない。
涙を拭う温もりに、ホタルは目の前のシキが現実だと気が付く。
ホタルは体から、急激に力が抜ける感覚を初めて味わった。
座り込んでしまいそうな体を、必死に保つ。
どうして、ここにこの方がいるのか?
探した?
追ってきた?
ホタルを?
まさか。
どうして?
いや、そんなことはどうでもいい。
逃げなくては。
この方から、逃げなくては。
「逃げるな」
ホタルの心中を察したように、シキが言う。
先程の気軽さを含ませた声ではない。
「逃げるなら、有無を言わさず、今すぐ抱くよ?」
にっこりと笑って言うそれが、本気だと笑わない瞳が告げる。
空にも似たと思った鮮やかな青が、怒りと悲しみと……そして、欲望に昏さを宿す。
逃げ切れないだろう。
この方が本気なら、ホタルは逃げ切れない。
「……中にどうぞお入り下さい」
だから、諦めて家への扉を開いた。
失礼に当たるとは思いつつ、ホタルはシキを客間ではなく居間に通した。
この屋敷内で、人が留まれる空間はそこしかない。
他の部屋は、まだ、まともに扉を開けてもいないのだ。
どの部屋を紐解いたところで、楽しげな思い出などないから、と。
家具には白い布地が掛けられていて、窓は開け放たれたことがないばかりか、カーテンや雨戸さえもが閉じれらたままだ。
シキは、ホタルの背を軽く押して、先に部屋に入れた。
そして、シキ自身は閉じた扉にもたれて立つ。
ホタルの逃げ道を塞ぐように。
ホタルは無言で、部屋の中央に進んだ。
「一つ、言っておくとね」
先に口を開いたのはシキ。
「サクラ様はこの場所を教えて下さらなかったから」
サクラの名が出たことに、ホタルは組んだ自らの両手がピクリと反応したのを見た。
「探すのには結構苦労した」
サクラは、シキにこの場所を言わずにいてくれたのだ。
本当を言えば、サクラにだって居場所を告げずに、去ってしまいたかった。
でも、そんなことはできる筈もない。
決して誰にも言わないで欲しいと、身勝手な願いを告げて去ってきた。
サクラはそれを聞き入れてくれたのだ。
そして、この方は。
「こんなに公爵家の名前を使ったのは初めてだよ。爵位なんて面倒なものだと思っていたが、案外便利なものだな」
貴族然とした空気を纏ってはいても、それをひけらかすところを見たことのない方の言葉。
「それに、こんなにタキをこき使ったのも初めてかもしれない」
驚いて振り返れば、自嘲気味に笑うシキがいた。
そうまでして、ホタルを探したのか。
どうして。
そんな価値、ホタルにはない。
この方には、求めればいくらだって手に入るものがあるだろうに。
ホタルなど、一時の気の迷いだと。
それこそが妥当だろうに。
「ホタル」
名を呼ぶ声に、胸が痛む。
ホタルは一度は上げた視線を、再び下に向けた。
「いい加減諦めないかな」
言われたことの意味が分からない。
「諦める?」
問い掛けるつもりはなく、小さく繰り返した言葉に、シキの答えが返る。
「そうだ。君は俺を好きだろう」
また、あっさりとそれを言う。
もう、ホタルの中では否定しようもない想いを。
それでも、ホタルは首を振った。
ホタルの力のない嘘を、シキは容赦なく暴く。
「好きなんだよ……俺の腕の中では、サクラ様の声が聞こえなくなるくらいに」
確かに、いつかは、そんなことがあったかもしれない。
でも、だめなのだ。
それを認めてはいけない。
「ずっと側にいるという約束を破ってまで、サクラ様から離れざるを得ないくらいに」
ホタルは、もう一度、首を横に振った。
声は出せない。
シキを見ることはできない。
首を振る以外のことは、何もできない。
「もう諦めて、俺のところにおいで」
シキが扉から離れる。
足音が近づくことでそれを感じながら、頑なに床を見つめた。
そして、ホタルに手が届くほど近くで、次の言葉ははっきりと耳に届いた。
「君は俺の妻になるんだ」
ホタルは思わず、顔を上げた。
見上げた先に、シキの真剣な顔がある。
「結婚してくれ」
聞き間違いだ。
こんなこと、あり得る筈がない。
この方の妻に?
「ホタル。俺と結婚して欲しい」
もう一度。
それが聞き間違いでないと知り、ホタルは今までになく激しく首を振った。
「そんなこと……無理です!」
硬く強張った喉から、無理やり声を出す。
掠れて情けない言葉は、シキに聞こえただろうか。
「どうして?」
聞こえはしたようだ。
至って柔らかく、気負いのない問い掛けが返ってくる。
だが、ホタルを見下ろす視線は、僅かばかりの笑みもなく。
「どうして……って……だって」
シキは静かにホタルの答えを待つ。
結婚。
この方の妻になる。
子を産み、育て……この方と家族になる?
そんなの無理だ。
「シキ様は、爵位を継がれるのでしょう?」
以前、タキがそう言っていた。
この方はいずれは公爵家の当主となるのだ。
「そうだな。タキはアルクリシュに行くだろうから……俺が継ぐんだろうな」
シキの是という答えに、ホタルは返した。
「私、一騎士の娘です」
どんなに優秀だったとしても、父は平民出身の騎士に過ぎない。
そして、ホタル自身は、ただの侍女だ。
「そうだな」
シキは認める。
ホタルは言い募った。
「公爵家に入るなんて無理です」
そう、無理だ。
そんな恐れ多い。
「そうかな?」
「そうです」
だが、シキはため息をついた。
「そんなつまらない理由なら、引けないな」
つまらない理由ではない。
いや、つまらない理由だと言うなら、それでもいい。
納得して欲しい。
身分が違う。
立場が違う。
それを理由にして欲しい。
でなければ。
「ホタル。それが理由なら、俺は君を手に入れるよ」
シキの手が、ホタルに伸びる。
ホタルはそれを避けて、部屋の奥へと逃げた。
シキは追っては来なかった。
だが、狭い部屋の中。
逃げ切れる筈がない。
「ホタル」
ホタルは首を振った。
だめなのか。
それでは、この方は納得してくれないのか。
「私……だめです。だって」
ホタルは諦めた。
シキの言うのとは、違う意味での諦めだ。
「私は騎士の娘ですらないのです」
シキの顔は見れない。
俯いて、ホタルは一気にそれを口にした。
過去、これを聞かせたのはサクラだけ。
祖父だって、気が付いているかもしれないが、話したことはない。
「私の父親は名も分からない遠耳の男です。その人は、北部の男で……抜けるような白い肌の持ち主だったそうです」
以前、シキが何気なく言った言葉。
『君は……少し北の方の血が入っているのか?』
それは間違っていない。
父だという騎士とは、まるで似てないホタルの真っ白な肌。
これは、北部の民族のみが持ち得るものに違いない。
優秀な騎士の娘だから、今の立場がある。
ユリジアの娘だから、ここに居場所ある。
だから、シキにそれを指摘された時、どれほどこの事実が知れぬようにと祈ったことか。
だが、今、ホタルは自らそれを明かす。
「父は、いえ、貴方の知る優秀な騎士は、母の遠耳という能力を手に入れて、平民から騎士の称号を手に入れました。でも、それだけでは満足しなかったのです」
ユリジアという男が何を望んだのかは、分からない。
栄誉や身分に固執しているようには見えなかった。
母やホタルには贅沢な暮しをさせたが、自身は戦場で過ごすばかりだった。
でも、あの男は母以上の能力者を望み、手に入れる手段を選ばなかった。
「ユリジアは、更に強い力を持つ者を手に入れるために、遠耳を持つ男と母の間に、私を産ませたんです」
まるで血筋の良い駿馬を掛け合わせるが如く。
遠耳の母に、同じ力を持つ男の子供を身ごもらせたのだ。
より遠くを聞く者を。
より遥かを語る者を。
それだけを望んで。
「父は嫌がる母を押さえつけ、北部の男に犯させたのです。私はそうやって産まれたのです」
母は錯乱して、それをホタルに告げた。
それは幼いホタルには意味の分からない言葉だった。
やがて、その意味を知った時。
ホタルは母の呪詛の本当の意味も、また知った。
「母はユリジアを蔑み、私を憎んでいました」
母は、どうしたかったのだろう。
父以上に母という女は知れない。
望みもしない子を産み落とすことを課せられ、それを成してもなお、男に囚われ続けた女。
彼女は何を望んだのだろう。
自由か、破滅か……それとも、あの男の情愛?
母の想いはホタルには分からない。
ただ、分かっているのは。
「母は、私を呪っていました」
そう、母はホタルを呪っていた。
「何故生まれたのかと。この世に私という存在があることがおぞましいと」
繰り返し、そう告げられた。
「私の体は、母の憎しみと恨みでできているのだとそう言いました」
だから。
「誰を愛することも、誰に愛されることも許さない、許される筈がないと……そう言っていました」
なのに、どうして。
「なのに……申し訳ありませんでした」
忘れてはいけなかったのに。
「私がどんな人間か、私が一番よくわかっているのに」
どんなに心が揺らいでも、自分自身にそれを許してはいけなかったのに。
こんな己を、一時でも誰にも触れさせてはいけなかったのに。
「お許し下さい」
ホタルはそう乞うた。
どうか。
許して下さい。
そして、もう。
このまま。
「……許せないな」
低い声が響く。
静かな足音が聞こえた。
「シキ様?」
顔を上げたホタルが見たのは、近付いてくるシキ。
身が竦む。
知っている顔。
少し前に、知ってしまった男の顔だった。
「お願い……シキ様」
ホタルは首を振った。
ホタルはおぼつかない足取りで後ずさる。
壁が背中に当たったが、しかし、近づいてくるシキから少しでも離れようと壁を伝う。
だが、シキはあっけなくホタルの行く先を阻んだ。
「……お願いです。私などに触れないで」
呪われた身。
憎しみと恨みで作り上げられた存在。
そんなおぞましいものに触れないで。
願うのに。
「もう、遅いよ」
シキの手が上がる。
「俺は君を愛している」
もう先はないのに、それでもホタルは身を縮めて、シキから離れようともがいた。
「君は俺が好きだと、一言言うだけで良い」
シキの手が自らの上衣を解き、脱ぎ捨てる。
「そうすれば……どんな理由があっても大丈夫だと、分からせてあげるよ」
衣を取り払った腕が伸びる。
逃げ道はなくて。
「……っいや!」
捕われて、引き寄せられ。
「シキ様!」
お願い。
触れないで。
叫びは、口付けに呑み込まれた。
夏の薄手のドレスは、寝着よりはよほど複雑な作りでホタルを包んでいたのに。
物慣れた男の手にかかれば、なんとも不甲斐なくあっさりと内に隠してあったものをさらけ出す。
一度として会ったことのない父親から受け継いだ白い肌。
おぞましさの象徴の一つのようなそれを、シキの指先が辿り、唇が触れる。
あの夜も、優しかった。
それ以上の細やかさで、余すところなく触れようとでも言うように。
ありとあらゆる場所が、シキに暴かれていく。
「ホタル……愛してるよ」
肌だけでなく。
内までその言葉で埋め尽くすようにと、繰り返される。
「俺が好き?」
幾度目かの問いかけに、薄れゆく意志を奮い立たせて、首を横に振るう。
既に深く繋がる体を、更にシキは引き寄せた。
ホタルは背を反らし、唇を噛み締め。
「ホタル」
残忍なまでに甘い囁きに、ただただ首を振る。
好きではない。
愛してなどいない。
言い聞かせる。
「……っや……ぁ」
なのに、シキの動きが、ホタルの理性を掻き乱す。
「好きだろう?」
宥めるような。
唆すような。
そして、縋るような問い。
思わず、頷きそうになる。
なんとかそれを押し止め、シキの肩を力の入らない手のひらで押し戻す。
「……お願いです……シキ様……やめて……」
涙が溢れて零れる。
こんなこと、許されない。許される筈がない。
母の恨みと憎しみが、ホタルを通して、シキを侵食し穢していくかのように思えて。
また、ホタルに罪を重ねさせる。
「ホタル」
シキはふと動きを止めた。
涙で歪む視界の中、真摯な眼差しがホタルを見下ろしている。
「君のどこにおぞましさがあるんだろう?」
乱れて顔を覆う赤い髪が、シキの指先で撫でつけられる。
指先は、額と頬を辿り、何度も口付けを受けて、色付きを濃くした唇に触れた。
「……君のなにもかもが、俺に愛されるためにあるのに」
愛されるためにあるなんて。
そんな筈ないのに。
だが、ホタルは首を振ることも忘れて、シキを見つめた。
「この身が憎しみでできてると言うなら」
シキの指は、ホタルの顎に触れ、首筋から肩を撫でる。
「俺はそれを変えてみせるよ」
そんなことが、できるの?
この身体の隅々までに蔓延る母の憎しみや恨み。
それを変えることなんて、できるのだろうか。
「……君の全部を……俺の想いで満たすから」
貴方の想い。
それで、私の中が満たされる?
そうしたら、母の憎しみは、恨みはどこに行くの?
「他の何も残らないくらい、入り込む隙がないくらい……君を俺の全部でいっぱいにするよ」
そんなことが、出来得るだろうか。
でも。
そんなことができるなら。
「俺が空っぽになるくらい……俺の全部を君に注ぐから」
シキはホタルを抱きしめた。
「だから、君の想いで俺を満たしてくれ」
本当に?
本当に、そんなことが許されるのか。
この身は貴方で満たされる?
この想いは貴方に向けられる?
「俺を愛してくれ」
シキが願いを口にする。
「俺と君の想いだけで……君も俺も存在するよ」
それは詭弁だろうか。
信じて良い言葉なのだろうか。
どんなにたくさんの言葉を聞いた耳でも、それは分からなかった。
だけど。
信じたい。
信じてみたかった。
「ホタル」
ホタルはシキを押しのけようともがいていた腕を、シキの首へと回した。
「ホタル、愛しているよ」
ぎゅっとシキにしがみついた。
ぽろぽろと際限なく涙が溢れて零れる。
言っても良いのだろうか。
その言葉を。
それを口にして。
そこに何があるだろうか。
「……好きです」
一言。
それだけなのに、ホタルの内から流れていく。
母の憎しみ。
母の哀しみ。
ホタルを長く呪縛し続けてきたものが流れて出て、それらは浄化されていくようだ。
「……っ好き……シキ様……」
シキが言った数だけ返すように。
「ホタル……愛してるよ」
好きです。
愛しています。
その言葉を繰り返す。
そして、言葉の数だけ。
ホタルにシキが満ちていって。
シキがホタルで満ちていく。
飽きることなく抱き合って、気が付けば、窓から月光が差し込んでいた。
少しでも身じろぐと、隣に横たわる腕に引き寄せられて、抱き込まれる。
「ホタル?」
「もう、逃げませんから」
そう言うのに。
シキの腕は緩まない。
「俺と結婚するな?」
好き。
愛している。
それには、いくらでも応えられる。
でも、それは。
「……シキ様、それは……」
できない、と思う。
この身がどんなにシキに満たされたとしても。
やはり、シキとホタルでは身分が違う。
タキだって、言っていたではないか。
ホタルに興味を持つシキを、公爵家跡取りの自覚がないと。
「……頷くまで、離さない」
思い知らすように、腰を抱かれて。
ホタルは素直に胸元に身を寄せた。
トクン、と鼓動が耳に届く。
この音を聞いていると、世界はそれ唯一になる。
「愛してるよ……君は、俺の妻になって……俺に愛されて生きていくんだ」
夢のような未来を、シキが口にする。
ホタルは答えずに、目を伏せてシキの鼓動を追った。
今は、もう何も考えたくない。
この瞬間を、噛み締めたい。
「ホタル? 眠い?」
ホタルは頷いた。
規則正しく耳元で打ち続けるそれが、長く安眠から離れているホタルの意識を遠くに誘う。
「……眠っていいよ」
シキが言う未来は、きっと来ない。
望まれれば、いくらだって心も身も差し出すけれど。
シキの元で、生きていくなんて。
誰もが許さない。
公爵家の方々や、世間。
それに、タキだって。
ああ、そういえば、タキ様に嘘をついてしまった。
そう思った。
シキ様を好きではないとそう言ったのに。
弁えている、とそう告げたのに。
ごめんなさい。
シキ様を好きです。
愛しています。
きちんと忠告して下さったのに。
ごめんなさい。
「……タキ様……」
申し訳ありません。
ホタルは夢うつつの中で、心からタキに詫びた。
「タキ?」
シキの声がひどく遠くに聞こえる。
「ホタル……眠る前に呼ぶのが俺以外の男ってのはどういうことだろうな?」
そんな呟きが聞こえてきたが、ホタルはもう目を開けることはできなかった。