1
地味な娘だ。
明るい赤毛と、淡い茶の瞳。端正な顔立ちをしてはいたが、貴族の侍女ならば、この程度はいくらでもいるというレベルだろう。洗練された仕種も、道中の会話の受け答えも、すべて型通り。何も面白みのない娘。
主に命じられて迎えに行った侍女、ホタル・ユリジアに対する、シキの第一印象はそんなものだった。
印象が変わったのは、彼女が敬愛する女主と再会した時か。駆け出し、涙し、笑う、その変わりようには、少し驚かされたが、それでもシキにとってホタルはさして興味を引かれる存在ではなかった。
その瞬間までは。
ホタル・ユリジアは、庭の隅に膝を抱えて座っていた。何をしているのか、ずっと宙を見つめている。
やがてその瞳から、ポロリと雫が流れた。
そのまま、静かにポロポロと涙を零し続ける。
シキはたまたま、通り掛かっただけだった。通り過ぎることは、何も難しいことではなかった。
だが、足は止まってしまったのだ。
なんとなく木陰で隠れるように見つめるシキの視線の先で、ホタルはただ涙を零し続ける。
こんな風に泣く女もいるのだ。
シキが知る女達は皆、シキに何かを訴えて、涙を流しながら、わめき立てたり、切々と語る。そういう女ばかり見てきたから。
誰かに訴えるためではなく。何かを洗い流すかのように静かに。
涙を流しつづける娘は、ひどく痛々しい。
シキは、声をかけるか迷った。
かける義務はない。でも、素通りしてしまうには、ひどく後ろ髪が引かれる。
どうする?
が、シキが心を決めるより先に、ホタルが気配に気が付いて、シキの方へ顔を向けた。
随分と察しがいい。
これでも、名の通った騎士で、気配を消すことにも慣れている筈なのだが。
「やあ」
そんな内心の動揺など微塵も顔に出さず、女性にすこぶる受けがいいと自負する笑顔を見せる。
「シキ様」
ホタルは迷わず、名前を呼んだ。そして、立ち上がり、きれいな仕種で礼を一つくれる。
お、と少し嬉しい。
同じ屋敷内に暮らす、見た目だけは瓜二つの双子の兄タキと、きちんと区別が付いてるようだ。
顔を上げたホタルは、もう泣いていなかった。
だが、長いまつげは濡れていて、頬にも跡が残っている。
何か思った訳でもなく、つい、手が伸びた。
手の甲で頬を拭うと、ホタルは露骨に後ずさった。
「何を泣いていた?」
それを追わずに、尋ねる。
意識して、下心を感じさせない笑顔を浮かべて。
いかにも、年若い仲間を気遣う、年長者の風体で。
ホタルは、決まり悪そうに視線を地面に落して「何でもありません」と答えた。
答えないだろうとは思っていたから気にしない。
「ここは居心地が悪いか?」
違う問い方をすれば「皆様には、とても良くして頂いております」
型通りの返事が戻ってきた。
どうやら、この侍女は、シキと馴れ合うつもりは、毛頭ないらしい。
シキとしても、別段この侍女に興味がある訳ではない…筈だ。
「何かご用がおありですか?」
早く立ち去りたいとばかりの態度に、さすがに気分を害して「いや…ない」と、素っ気なく答えた。
「失礼致します」
ホタルは、先ほどと寸分違わぬ優雅な礼をして、シキの前から立ち去った。
何故か…嫌われているっぽい。
そう思いながら、別にそんなこともあるだろうと気にしないことにした。
したかった、のだが。
だが、妙に印象的なあの涙。
それだけが、シキの中に深く深く刻み込まれて、離れない。