猫にこの身をささげたい
■猫か、猫以外か
私は猫が好きだが、猫派と言われるのには少し抵抗がある。
猫は可愛くて素晴らしいのは常識で、当然であり、わざわざ表明するまでもないことだ。
また、”猫派”という言葉があるということは”猫じゃない派”もあるわけで、その筆頭は犬である。が、猫と犬とは同列ではないのだ。
私にとって、犬は特別な動物ではなく、他の野生動物と同じカテゴリに入る。つまり、犬もイタチもイルカもインドゾウもイカも、すべて同列なのだ。
(ただし、昔からよく追いかけられていたので、嫌いな部類ではある)
つまり、『猫か、猫以外か』なのだ。
勘違いしないでほしいのだが、私は動物が大好きだ。野生動物が、自然が大好きだ。そこには、犬もしぶしぶながら入れてやってもいい。
虫は嫌いだし苦手だが、そういう感情とは別に、生態系としての虫を嫌っているわけではない。「ゴキを絶滅させてやりたい」と冗談でいうことはあっても、本気で思うことはない。実行できる魔法があったとしても、使わないだろう。(いや、ゴキにはさすがに使うかもしれないが。)
私は、猫 (と人間)以外の動物に「かわいい」という言葉を使ったことはない。
野生動物に対して、「かわいいー」とかいうことには、ものすごく抵抗があるのだ。
野生動物は、人間の愛玩目的であの見た目をしているわけではない。なので、「かわいい」という人間の意識、エゴを押し付けてしまうことに、抵抗があるのだ。
この辺は私のこだわりなので他人にどうこう言うつもりは1㎜もないのだが、アザラシだのナマケモノだのを見て、心の中で可愛いと思ってはいるのだ。思ってはいるが、口に出すのはぐっと我慢している。
意識して、その言葉をさけているのだ。
例外は、二次元、つまり絵だ。絵なら抵抗はなく言える。が、可愛い猫のイラストなどほとんどない(本物の方が可愛い)ので、実際にはあまり言う機会はない。
仕事猫とか気の抜けたイラストは大好きなのだけど、可愛いとはちょっと違うと思う。
その点では、実は犬も例外だ。アレは人間がいろいろと交配してきて、愛玩目的で可愛い見た目を作ったりしているので、人間目線での「かわいい」を押し付けること自体に抵抗はない。
でも言わない。
なぜかというと、昔からよく追いかけられていた恨みつらみ。そして、猫に失礼だからだ。
猫は可愛い。それはもう、当たり前のことで、大前提である。
そして、猫以外に可愛いという言葉を使おうとすると、私の心の中で猫が問いかけてくるのだ。
「え、可愛いの? ボクと同じくらいかわいいの? それとも、ボクよりもっとかわいいの?」
決まっている、猫よりかわいいものなんてない。
だから、”可愛い”という形容詞を猫以外の動物に使うケースは考えられないのだ。
■猫が私にもっと撫でろと囁いている
(もう亡くなったのだが)
私の飼っていた猫は、私になついていなかった。
別に嫌われていたわけでは無い(と思うのだが)けど、隣に来る→私がガマンできずに撫でまわす→嫌がって逃げる、の繰り返しだ。
そんな私が、ある時、失敗してしまったことがある。
近所のスーパーの野良猫は、人懐っこいのだ。近寄っても逃げないし、むしろ腹を見せて、「なでろ」と要求してくる。
これはもう、なで回すしかないではないか。
可愛い。やはり猫は素晴らしい。
が、それが罠だった。その野良猫からノミを持って帰ってしまい、うちの猫に移してしまったのである。
うちの猫ももともとは野良だった。まだ子猫のころ、行く当てもなかったそいつを、色々あって私が引き取ったのだ。
そして、ノミがわんさかいた。
ノミ取りの薬やシャンプーやらで苦労したけれど、一番は家の中から出さなかったことだと思う。いつの間にかノミはいなくなった。
が、残念ながら再発だ。
幸い早めに気づいたので、かつて苦労したほどの数ではない。昔使っていたノミトリグシを引っ張り出し、毎日ブラッシングをしてやった。
……めっちゃ取れた。
経験がある方にはわかると思うが、マジで何度やっても無限に取れる。が、毎日するうちにいつの間にやら減っていき、ついにはいなくなった。
今回はシャンプーも薬もしなかったのに、正直ブラッシングだけでノミを全滅できるなんて思っていなかったのだが、本当にいなくなったのだ。
やはり継続は力なりということだろう。
で、だ。
猫に、大きな変化があった。
あんなに私のことをめんどくさそうに避けていた猫が、私の横にべったりくっつくようになってきたのだ。
ブラッシングが気持ち良かったのは間違いない。ブラッシングを始めて数日後には、自分からやってきて、ごろんと体重を預けるようになってきたのだから。
嬉しかった。めっちゃ嬉しくて、ノミに感謝までした。
■猫を飼わなくても動画で見られるこの時代に、私は猫を飼いたいのです
そんな私の大切な家族、猫が亡くなってしばらく経ちました。
ペットの死は初めてではないのですが、今回は子猫のころから育ててきて、一番長く横にいてくれた存在でした。
さすがにショックが大きかったです。もう大人なのに、泣きそうでした。
寿命だったので仕方ないし、私も彼もお互い幸せだった。そう思って区切りをつけたつもりだったのですが。
あるとき仕事帰りにドラッグストアに寄ったときのことです。店の奥の棚をめざして歩いており、ふと周りを見ると、そこはキャットフードのコーナーでした。
胸がぐっと痛くなって、思わず泣きそうになりました。
チュールとかではなく、普通のカリカリが好きな猫でした。銀スプとかですね。高齢になってからは特に、健康志向の高いやつばかり買っていました。
ペットフードを見ながら泣いている不審者がいたら、私です。そっとしておいてください。
今、思い出してまた泣きそうになりました。つらたん。
ペットがいると気軽に旅行などにも行けないし、この機会に、たまにはーとかも思っていたんですけど。
そんなことよりも、隣に猫がいてほしい。
猫の日常の動画、のんびり寝てたりあくびをしていたり。そんな動画を見ると、とても幸せになります。が、満たされません。
ということで、私はまた、猫を飼いたいのです。
どんな猫でもかまいませんが、どうせなら捨て猫、保護猫とかがいいですね。少しでも不幸な猫を減らしたいので。
ただ、選びたくはありません。
例えば譲渡会なんかに行ってしまったら、何匹もの猫を見て選ぶことになります。そんなつもりはなくとも、「この猫が一番いい」と、順位を付けてしまうことになります。
それは、人間の、私の醜いエゴに猫を巻き込んでいるようで、気持ちよく猫に向き合えません。選べなかった猫のことも、心にずっと残ってしまいます。
家の前に捨てられていた、仕事先に迷い込んできた。そんな出会いなら、「よしよし、一緒に暮らそう」と気持ちよく言えるのですが。
そういうめぐりあわせがあれば、また猫と一緒に暮らしたいと思います。