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スペシャルタイム1日目

とある年の7月某日、西野悠(にしのはるか)は悩んでいた。昼の休憩時間をどう使おうか、と。

60分ある休憩時間のうち、だいたい15分くらいで自作の弁当は食べ終わる。自分が作る弁当だ、味は知れてるから、ただ腹を満たすために食べるという感じなので、早い。その後15分くらいで歯磨きと化粧直しが終わる。まだ10代、化粧はナチュラルで問題ないので、早い。

となると、自由に使える時間が30分あることになる。何もしないのは勿体ない。


3か月前に高卒で入社した地元の会社。勤務時間は9時から17時間まで。土日祝休み。悠の仕事は今のところただひたすらデスクワークで、残業も休日出勤もほぼ無い。給料は、まぁ高いとは思えないけれど、高卒だし採用されたばかりだし、文句を言っては罰が当たる。そんな会社の昼休み時間は各々が好きなように使っている。悠と同じフロアの社員は10名程度で、外に食べに出る者、自席でスマホゲームしながらカップ麺をすする者、など様々だ。

入社してから感じたこの会社の特徴がある。ズバリ、人間関係が希薄だ。昼休み時間を自席で過ごす者は、隣や向かいの席の者とも雑談することはほとんどない。決して社員同士仲が悪いということではなく、休憩時間を各々がきちんと休むために使っている感じだ。


悠はその各々に与えられた休むための時間を有効に使いたいと思っている。入社当初の昼休み時間の過ごし方のイメージは、他の社員とおしゃべりして過ごすとか終わらない仕事をちょっと進めるとかそんなだったが、有り難いことに自分で好きなように過ごせる時間とわかった。


毎日30分と言っても、これが何週間、何か月、何年となったら、ただぼんやりと過ごしていたら勿体ない。勿論、時にはぼんやりも大事だ。時には仮眠、時には読書、やろうと思えば何にでも使える30分。そうだ、別に毎日の30分を同じことに使う必要はない。


悠は決めた。日々直感でその時にしたい好きなことをしよう。今日は、そうだな、妄想の日にしよう、と。



悠はスマホでいつも使っているSNSへログインした。フォローしている人数は88人。狙っているわけでも縁起を担いでいるわけでもなく、たまたま88人。88人の内訳は、8割が声優、残り2割が漫画家やアニメ制作会社など。対するフォロワーは11人。知り合いはいない。ときどき投稿するアニメキャラのイラストを見てフォローしてくれた人達が11人。悠があえて隠しているわけではないが、悠が小さい頃から好きな「声優」「漫画」「アニメ」「イラスト」に関して、これまで誰とも話題を共有しそれに特化した語り合いを行ったことがない。誰ともとは言ったが、1人だけ過去にいたことがある。中学生の時に出会った1人だけ。たった1年を一緒に過ごしただけで、その唯一の彼女は海外の学校へ転校してしまった。親の都合ということだった。最初の頃は手紙のやり取りをしていたが、遠すぎた。数年のうちに返事は来なくなった。たった1年だけど、共通で好きなアニメの話、特にお互いが好きなキャラクターの話でいつも盛り上がったのは忘れられない思い出だ。探そうと思えばきっと似たような「好き」を持った人達はいる。だが悠の「好き」は超絶好き!とか生涯捧げる!とか積極的好きではない。声優は好きだが、ファンクラブに入ったりファンレターを書いたりはしない。声優の誕生日を記憶することもないし年齢さえも曖昧。ただ、声優という職業を尊敬し心から応援している、それは事実。「漫画」であっても「アニメ」であっても、全般好きで何でも読むし見るし、というわけではない。好みの絵柄、好みのストーリーなら繰り返し読んだり見たりする、流行より何より悠自身の好みを優先する。アニメなら特に声が重要。声優以外の俳優や芸人をメインで採用しているアニメは積極的には見ない。俳優や芸人を否定しているわけではなく、俳優や芸人の声でしっくりくるキャラクターがいるのは知っているが、悠は声優が好き、ただそれだけ。こんな感じなので、悠の独特な好き思考に合う人間はなかなか現れない。が、自分の好きな熱量で好きを自由に表現できるSNSがあるから、特に寂しいとも思わない。寂しくはないが、身近に趣味を共有できる人がいる人の投稿を見ると、羨ましいと思うことは頻繁にある。

悠は定期的にフォロワーの数を確認する。毎日のように出会いたい系とか怪しい投資系とか、興味のないアカウントにフォローされているためだ。即ブロックしている。今日も確認するとフォロワー数は「12」となっていた。あぁ、また変なアカウントからフォローされたかとちょっとうんざりな気持ちで追加になったフォロワーの確認をする。

ん?

悠の手が止まった。

んん?

悠はスマホの画面を凝視する。

んんん?

悠は席の座ったまま顔を上げ周りを見渡した。席に座っている者は各々自分の手元に目を落として、スマホをいじるやら本を読んでいるようだった。

悠はスマホに目を戻し、1人でにまにました。なんと、悠がフォローしている某有名声優にフォローされているではありませんか。何かの見間違いか、若しくは乗っ取りアカウントなのか、確認すべく某有名声優の自己紹介ページへお邪魔する。自己紹介ページには声優って書いてあるし、フォロワーの数が30万人。

「まじか」

思わず声が漏れた。呟くように漏れた「まじか」は周りの誰にも聞こえてはいないようだった。「本人だよ」とさっきより抑えたボリュームで呟いた後、引き続き自己紹介ページを熟読する。フォロワーの数が30万人に対してフォローしている数が800人。この800人の中に声優でと有名人でもないただの一般人である自分が入っているかと思うと、もう嬉しくてたまらなくなった。悠の自己紹介ページに書いている「私の子どもの頃から今でも、ヒーローは声優さん」を見てくれたからなのか、下手なイラストに未来を感じてくれたのか、いや、それはまぁないな。考えても理由はわからないけど、声優さんにフォローされて嬉しい気持ちで悠は満たされた。人間、満たされていると人に優しく接することが出来るし、そのおかげなのか仕事も順調に捗る、その日の午後、悠はそう実感した。




あぁ、何か理想的な感じだなぁ。プライベートも仕事も楽しいって、現実はそううまくはいかないけどね。さぁ、午後も給料のために頑張ろうっと。

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