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神の小島の天手古舞

作者: 瀬嵐しるん


世界の東の外れ、海のただ中にたくさんの島があった。

ある時、その真ん中の小さな島に、天より一人の神が降り立った。



神が御座すことで、島々とそれを囲む海には恵みがもたらされた。


やがて、どこからか獣人たちが移り住む。

十二の大きな島に十二の部族。


それから何年も経ち、獣人たちはこの地に住み慣れた。

それぞれの得意を活かしながら、互いに交流して暮らしていた。



ある日、中央の島にいる神が、十二の長を呼び出した。


「私もそろそろ嫁取りをする。

十二の島から、それぞれ一人ずつ、娘を行儀見習いに寄越して欲しい」


この地の繁栄の源である神の言うことは絶対で、長たちは平身低頭して承諾した。


行儀見習いには、長に近い血筋の娘が選ばれた。

しかし、皆突然のことで、驚いたり恐れたり。

どうしても行きたくないと言う娘に困り果て、何人もの長が神にお伺いを立てた。


「無理強いするつもりはなかった。来る意志のある者だけでよい」


寛大な神への感謝を表すため、娘を差し出せなかった島では、米や野菜や反物を貢ぐことにした。



結局、神の下へ行った娘は三人。

子族の島、辰族の島、亥族の島の娘たちだ。



十六になったばかりの子族の長の娘は、小柄で得意も無く、真面目に働くだけが取り柄。

親も、あの立派で美しい神の傍らに我が娘が立つことはないだろうと、ただただ粗相のないよう言い含めて送り出した。



二人目の辰族の娘はひときわ美しく、賢く、比べるまでもなく神の妃に相応しく見えた。

本人もそれを承知で、特に地味で大人しい子族の娘を当たり前のようにこき使う。


「着物を汚せないから、水仕事など出来ないのよ」


そう言えば、子族の娘は嫌な顔一つせず、盥に何杯もの洗濯をする。


「神の花嫁になる私が、雑巾など持つわけにはいかないの」


そう言えば、優雅に生け花をする辰族の娘の傍らで、せっせと廊下を磨く。


その働きっぷりは、命じた本人が呆れるほどであった。



三人目の亥族の娘は身体が丈夫で力強く、凛として媚びない風情である。

見た目の猛々しさに一目置かれ、直接辰族の娘に仕事を命じられることも無い。


しかし、亥族の娘は子族の娘の働きっぷりを好ましく見ていた。

そして、身体の小さな子族の娘では難しい仕事や、力の要る仕事をよく手伝った。

そうするうちに、二人は姉妹のごとく仲良くなったのである。



ある日、亥族の娘は訊ねた。


「同じ行儀見習いなのに、辰族の娘に命令ばかりされて腹が立たないの?」


すると、子族の娘は答えた。


「三人で一緒に神のお世話をするのです。

皆で好き勝手するよりも、誰かがまとめてくれたほうが神も心地よくお過ごしになれるのではないかしら」


それも一理あると、亥族の娘はそれからも子族の娘を手助けした。




三つの月が過ぎ、神は三人の娘を呼んだ。


「私の嫁候補を辞退したい者はいるか?」



「わたくしは帰らせていただきますわ」


真っ先に手を挙げたのは辰族の娘。


「そうか。気を付けて帰るがいい」


神の許しを得た辰族の娘は、庭先に降りると龍の姿に変化し、そのまま自分の島へ向かって飛んでいく。



辰族の娘は怠け者ではない。

掃除洗濯は人任せだが、神の食事だけは手ずから調理していた。


料理は得意で、味にも絶対の自信がある。

他の種族の献上品も数多あり、どんな献立でも思うまま作れる。

それなのに。


「おかわり」


白飯を何杯も食す神は、子族の娘の作った小茄子の糠漬けばかりを口にする。


それさえあれば上機嫌で、試しに糠漬けをお膳に載せずに供したところ


「今日は食事は要らない」


と言われた日さえあったのだ。


味見してみた糠漬けは、それは田舎臭く、野暮ったい味だった。

辰族の娘は、それで諦めがついた。


「こんなつまらないもの、わたくしには作れないわ」


わたくしは小茄子に負けたのでも、子族の娘に負けたのでもない。

ただ、この神とは合わなかった。


しっかりと自分に言い聞かせ、辰族の娘は顔を上げて帰って行った。



次に手を挙げたのは亥族の娘。


「わたしも嫁になるつもりはございません」


「そうか、お前も帰るか?」


「いえ、家に帰れば望まぬ相手との結婚が待っております。

出来ましたら、恋人を呼び寄せ、二人で下男下女として神の御許で働かせていただきたいのです」


「わかった。許そう」


「ありがとうございます」



子族の娘は、成り行きにポカンとするばかり。


「すると、残るはお前だけだ。

お前は、私の嫁になるのは嫌か?」


「わたしでよろしいのでしょうか?」


「お前の作った小茄子の糠漬けは美味かった」


「神のお庭では野菜が美味しく実りますゆえ」


「お前の洗った着物は、しっかりと風を通して気持ちが良かった」


「神のお庭に吹く、潔い風のお陰です」


「お前の掃除した畳は、寝転んで寛ぎたいと思わせる」


「まあ、お疲れでしょうか。お布団をお出しいたしますか?」


「いや、膝を枕にすればよい」



子族の娘は驚いた。


初めて見た時の神の姿は、大きくて立派で辰族や亥族の娘に似合いの背丈だった。

神の頭は自分の膝からはみ出しはしないか、それが心配だ。


ところが、畳にころりと寝転んだ神はどうにも小柄だ。

丁度、自分に似合いな大きさの神。


「まあ、丁度良い塩梅です」


「神の姿など、あって無きようなもの。

どのようにでも変化するのだ」


「左様でございますか」




「お前は贅沢がしたいか?」


膝に頭を乗せたままで、神が訊く。


「いいえ、神がご機嫌よくお過ごしになれるよう、お世話が出来れば、それで充分です」


「お前を私の嫁にする。

ずっとうまい小茄子を食べさせてくれ」


「かしこまりました」


諾と言われて起き上がった神が、ふいに娘の頬に口付ける。

色白の頬がぱあっと桃色に染まると、なんとも可愛らしい。


「小茄子よりも美味そうだ」


「……ではもう、お漬物は要りませんね?」


「済まない、悪ふざけが過ぎた」



花嫁は、初心なくせに頼もしい。

これはこれは仕え甲斐のありそうな、と縁側に控えていた亥族の娘は笑いをようやっと堪えた。




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― 新着の感想 ―
[一言]  良いですね。好きです。ドストライクです!  いい意味で地味で、楽しく、ほんわかさせてくれるこの物語。  ありがとうございましたm(__)m
[良い点] 面白かったです。 てきぱきと家事をこなす子族の娘さんがいいですね。 [気になる点] 龍族は辰族と書いた方が揃うかも。 (威厳が薄れるかな) [一言] この神様、元々漬物好きの人間が転生した…
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