とんだ不覚
あくる朝。
「――んが――」
サギは朝ご飯の目刺しを齧ったとたん苦い顔をした。
目刺しはまったくサギの気に入るものではなかった。
だが、口直しに茄子と茗荷の味噌汁をズズッと啜ってお椀を箱膳へ戻すと、
「――あっ?」
その一瞬の隙に皿の目刺しが二尾だけになっている。
「わしの目刺しがのうなっとるっ。まだ三尾あったのにっ。誰が盗ったんぢゃっ?」
サギは疑わしげに我蛇丸、ハト、シメを順に見やった。
「うん?盗ったのは奴ぢゃろう?」
我蛇丸はじっと横目で気配を窺うと、
シュッ。
「そこぢゃっ」
疾風のような黒い影をパッと鷲掴みにした。
「ニャッ」
黒い影は静止すると目刺しを咥えた黒猫であった。
「にゃ、にゃん影っ?な、何で、にゃん影が江戸におるんぢゃっ?」
サギはビックリと黒猫を見る。
「にゃん影なら富羅鳥山の小屋を出た時から、ずうっとサギの後ろにくっ付いてきておったぢゃろうが」
我蛇丸はサラリと言って、にゃん影の後ろ首から手を放した。
「あっ、そいぢゃ、夕べの黒い影もにゃん影ぢゃったのか――」
忍びの者ともあろうものが忍びの猫の追跡に気付かなんだとは。
サギは面目丸潰れであった。
「いやぁ、わしもにゃん影にはまるで気付かんかったのう。江戸の町はごちゃごちゃと人だらけぢゃけぇのう」
ハトは気にもせずに笑いながら丼鉢の納豆をネバネバと掻き混ぜる。
「サギもハトも間抜けなんぢゃ。わしは気付いとったぞ。はっきりとは見えんかったが、にゃん影が黒い影のようにスッスッとサギにくっ付いとったのはちゃんと気付いとった」
シメはフフンと鼻の穴を膨らました。
「シメにもはっきり見えとらんなら及第点ぢゃ。にゃん影、立派な忍びの猫になったのう」
我蛇丸はにゃん影に自分の目刺しもくれてやる。
にゃん影は目刺しをムシャムシャと食べ終えると満足げに口の周りをペロリと舐めた。
どことなく勝ち誇り顔している。
もうサギに黒い影の正体が知れたので今更、隠れるつもりはないらしく、後ろ足を頭の上にピンと伸ばして悠々と毛繕いを始めた。
(とんだ不覚ぢゃ。にゃん影にしてやられたっ)
サギはにゃん影を睨みながら目刺しをブチッと食いちぎる。
(にゃん影め、いつかニャフンと言わせてやるからのう)
苦くて美味くもない目刺しであるが、にゃん影にはもう一尾たりともやるまいと思った。






