其の十一
十一
なんて大きな家なんだろう、逆にこんなところにあることが不自然なほどで、私には海原のように思えた。でもなんだかのこの自分の好きな海とは違う。
「涙太君はさ、」
後ろからつぶやくような女性の声がして、明らかにこちらに向けられた声だったので、身震いして振り向いた。
「うわ!ビックリした!」
「ぷっ!あはは。私だよ」
「リナ氏か。」
「リナ氏です。」
真面目な顔でしかし、ちょっとまだ面白おかしさが抜けきらない様子でリナは言った。
だが、それも一瞬のことで、空気が無音になり、リナの瞳は光って鋭くなった。
「水底に入っちゃうなんて、涙太君は運がいいのか悪いのか。」
目をそらしながらリナは腕まくりをした。右の手首に三つのヘアゴムがあって黒い。左手でなぞるように真ん中のゴムを選び、長い金の髪を一つに縛り上げた。
涙太はさっきまで立ち尽くしていた大屋敷が、天にまで届きそうな楼閣になっていることに気づいた。
「ここ、おかしいな。」リナのからし色のスニーカーを見て言った。
「分かる?」空は葡萄酒のような色で、雲は地平線の端にまだらに黒くうめいていた。
「ここは二回目だ。」何故か思ってもないことが涙太の口から零れた。
「そうなんだ。とにかくここから動いたらダメ。」
自分はどうしてそんなことを言ったのだろう。
「ここから離れたら、森に囲まれて方角も天地さえも不確かになる。」
そうだ。自分は森に迷い込んだことがある。
「光る窓さえあれば。」
「涙太君、楼閣登り切ったってこと?」
「よく覚えてないけど、昔の夢で何度も迷い込んで、森で泣いてたら光の窓があって帰れた。それからその夢は見てない。」
「ここは難しすぎて私もよくわかってないの。だけど、ここは黒泥の水底って呼ばれてる。」
「人間の中には、泥にまみれたこの結界に隠された宝玉を見つけて、宇宙の特定の星に戻す役目の人が居るの。そういう人は人生に一度、多い人は三度以上それをする。大体は夢の中で無意識に行われるんだけど、私たちは今、意識がある。しかも二人。普通は一人で行われるはず……なのに。」
「宝玉を戻すとどうなるの。」
涙太は楼閣に入ってみたかったが、動くなと言われているので立ち尽くしたまま質問した。
「地球がちょっと綺麗になる。宝玉は、あるべき場所にないと、魔を呼ぶ。もとは違う星の一部だから。」
「とりあえず、あの中に入ってみないか。何もしないより気が紛れる。」
自分は大学の帰りで、これから一人暮らしの家で母にもらった菜の花を茹でて食べるつもりだったのに。
なんだか腹が空いていて、動いて血糖値を上げたかった。帰ったら冷蔵庫に入っているはずなのに。もどかしい。
「うん、そうね。そう。」自分を納得させるようにリナは承諾した。
「じゃあ、帰ったら、なんか食べよう。」
「なにそれ、めっちゃ楽観的じゃん。」
二人は古いトイレのように軋んだ音を立てる鉄の門を開けて、楼閣へと足を進めた。