誰かの足手まといはもう嫌だ
「あー、暇だ」
俺はソファに横になりながらそんなことを口にした。
今日は土曜日の為、俺のような帰宅部は部活がない。そのため、勉強するとかスマホをいじるかのかなり絞られるやることがとてもつまんなくて現状に至る。
普通ならこういう日は流星か緋色かのどちらかと遊んでいるのだが、流星はカノジョとデートするらしいし、緋色に至っては珍しく昨夜メールで「明日は来なくていいよ」とメッセージが送られてきたので、ものすごく暇人になっていた。
どのようにして時間をつぶそうかと悩んでいると、突如ピンポンという聞きなれたインターホンが鳴る。
流星がどうせカノジョの一人を連れてきたのだろうと思い、「はーい」と言いながら玄関の扉を開ける。
「おはようございます。冬島さん。お昼ご飯を……」
バタンっ!……ガチャリ……。
…………いやー、何しようかなー。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポ
「うるせえええ!近所迷惑を考えろバカ野郎おおお!」
「いや、あなたが私の亊無視したからですからね!?」
もうあまりにもうるさいのでとりあえず家の中に入れた。
するとさっそく陽和はキッチンに向かおうとして、足をきれいなほどにピタリと止めた。
「……こんな張り紙、昨日までなかったんですが……」
そう言って陽和が指さしたのは「涼以外立ち入り禁止」という張り紙だった。
「ああ、昨日お前が帰った後に張った。」
「なぜこのようなことを……」
「自分の胸に聞いてみろ」
すると陽和は手のひらを自分の胸に置き、目をつむってしばらく考えた。
……大変余談ではあるが、陽和の胸が大きくて自然と目がそっちに行くのは、俺の目が不埒なことを考えているからなのだろうか。
さて、そんなことはさておき、陽和はしばらく考えた後、再び目を開けた。
俺が「どうだった」と聞くと……
「分かりません」
………………………。
初めて女の子を殴りたいと思いました。……いやしないからね!?
8
「冬島さんって午後は暇ですか?」
カレーを頬張りながらそう聞いてくる陽和に「行儀悪いから飲み込んでから喋れ」と宥めておく。
ちなみにこのカレーは俺が作ったものだ。
流石に昨夜の二の舞はご免である。
「そうだな。今日は特にやることは無いから勉強していようかなって思ってたな」
「あら、流石学年で学力第二位の方ですね。初めて褒めたいと思いましたよ」
「ここまで鼻につく誉め言葉は初めてだよ。勉強は学生の本分だろ」
意外と思われることは多いが、俺の学力は学年で二番目にいい。
流星からも「意外過ぎて笑う」と言われるほどなので、よっぽど見た目からは頭いいという印象は生まれないらしい。
まあ、俺の目の前にいる学年一位の学力をもつ人にどうこう言われようとも茶化しているようにしか感じないが。
「まあ、それはそれとして、午後が暇だというならばちょっと付き合ってもらいますよ」
「ええ……?」
あまりにも急な申し出だったので、つい苦虫を嚙み潰したような顔を作ってしまう。
それでも譲れないと陽和は不敵に笑うので、俺は「分かったよ……」と呟くくらいの声量で頷くのだった。
9
「はあっ……、はあっ……、もう、無理です……」
「はあっ…、はあっ…、お前、まだ始めたばっかだぞ」
「だって、ここまでするの、初めてで……」
このやり取りで勘違いしている人たちへ一つ弁明させてほしい。
俺たちは近くの広い公園に今いる。
いや、野外でそういうコトをしてたんじゃなくて、純粋に走っているだけである。
なぜこのようなことをしているのかを説明するためには数時間前へさかのぼる必要がある。
ー数時間前ー
「運動会の練習?」
俺は陽和に言われたことを反芻する。
「ええ。もうすぐ運動会があるでしょう?そちらの出場する競技で縦割りリレーをすることになってしまいまして……」
「それで、トレーニングを手伝ってほしいと」
陽和はコクリと頷いた。
「……分かった。ただ期待はするなよ」
ー現在ー
そんなことから始まった運動会練習なのだが……
「もう無理です~。走れませ~ん」
付き合ってほしいと懇願してきた陽和が俺よりも先に駄々をこね始めた。
「お前なあ、最初にあったやる気はどこにやったんだよ」
「……ドブの中」
「おいこらふざけんな」
「もう嫌です!帰りましょうよ~!」
陽和がグイングインと袖を引っ張ってくるのでその手を払いつつ、俺は陽和に冷徹な視線を送る。
すると陽和は「ヤバっ」と体で察し、背筋をこれでもかというほどピンと伸ばした。
こういうところはしっかりとするんだから運動もしっかりしてほしいものである。
…………まあ、こいつの場合、運動神経が死ぬほど悪いが。
最初、陽和のタイムを計ってみたが、なんと奇跡の三十秒代を記録した。
流石にふざけているだろうと怒ったが、当の本人はなぜ怒られているのかが分かっていないようだったのでマジで三十秒である。
「お前はクラスで足手まといになりたいのか」
ちょっと厳しめに言ってみる。すると陽和は明らかにビクンと体を震わせた。
「……別に足手まといになりたいなら俺は一向に構わんが」
「違います!」
陽和は大声で叫んだ。そのせいで周りからなんだと視線を寄せ集めてしまうが、陽和はそれに対してどこ吹く風だった。
「クラスの人たちの足手まといになりたいだなんて、一秒たりとも思ったことはありませんし思おうともしません」
とても強く、逃がさないと言わんばかりの声が俺の胸に突き刺さる。
「もう、誰かの足手まといになるのは嫌なんです。確かに私はめんどくさがり屋で努力が苦手です。けど、そんな性格のせいで負けしまうなんてことは絶対にあってはならないんです」
陽和は覚悟を決めたような表情でこちらを見る。
「冬島さん、どうか私のことを手取り足取り最後まで面倒見てくれませんか?」
ああ、そっか。俺は櫻井陽和という女の子のその一端を今見ている。
負けず嫌いで妥協しない。最近ではそのような人は本当に少ない。
「……冬島さんじゃなくて涼って呼んでほしい」
「えっ?」
あまりに急のことだったので頭が追い付いていないのだろう。とても戸惑った表情が窺える。
だが、そんな表情も束の間で、陽和は俺の言葉にはにかんでみせた。
「分かりました。でしたら涼君も私のことを陽和って呼んでください。櫻井と呼ばれるのはなんか違和感があります」
「分かったよ。陽和」
俺がその名を呼ぶと、陽和はまっこと嬉しそうに満面の笑みを見せた。