千歳一隅って言葉を作った人って天才だと思うんですよ。何故なら〜
「はい、お兄ちゃん。あーん♡」
緋色から差し出された料理は、俺の口の前で止まり、食べろと言わんばかりにグイグイ押し付けてくる。
いつもなら「自分で食べられる」と言って突っぱねているが、今は手が縛られているので抵抗どころか、行動すらも起こせない。
それに何より、今の緋色に抵抗しようとしたら、何をされるか想像がつかない。
なので、俺は仕方なく、その口元に運ばれた料理を口の中へと頬張った。
それを見て緋色はニコニコと嬉しそうにしている。
「美味しい?」
「……まずい」
「ん?何て?よく聞こえないなぁ♡」
「美味しい!美味しいです!美味しいから手に握っている包丁を仕舞ってください!」
「まったく……」
そのセリフを言いたいのはこっちなんだけどなあ……。
ともかく、今の状況を脱しようとすることは困難だ。
今の緋色はどんなこともするだろう。それこそ犯罪だって。
それは絶対に避けたいし、されたらこっちが困る。
唯一頼れるのは陽和とアキだが、こっちはあまり期待しない方がいい。
何故なら、二人はしばらく家にこもって勉強をするそうな。ちなみに、緋色が促していた。
クソッ!こんな時だけ頭が回るとは!これを勉強に発揮して欲しいんだけどなあ……。
と、そんなことを言ってる場合じゃない。
陽和ほどの毒ではないものの、こんな不味い飯を食わされてたら、いつ栄養疾患になるかわからない。
出来れば2日以内にこの状況を脱したい。
ちゃんとした栄養を摂取していなければ3日ほどで大抵は死んでしまうからだ。
だから2日以内に緋色を説得する。出来なければ死ぬ。それだけだ。
…………言ってて理不尽に感じてきた。
まあ、ともかく、早速行動開始だ。
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「なあ、緋色」
「ん?なあに」
「子作りしたいんだろ」
「うん!したいよ!」
即答だったことに対して、少々引いてしまったが、それで怯む俺ではない!
「じゃあ、子作りしよう。だから、この手錠を外してくれ」
そう。これが俺の第一の作戦。
緋色から手錠を外したくなる状況にして、外した瞬間に即行で逃げるというもの。
逃げた後は野となれ山となれです。はい。
え?子作りはしないのかって?やかましいわ。
と、緋色は何故かニコニコしております。なぜでしょうか。
「お兄ちゃん、私がそんな単純な罠にかかると思ったら大間違いだよ♡」
「……っ!」
あ、ヤバい。殺される。
俺の体全体にそんな恐怖が駆け巡る。
「……ちなみにどこら辺がダメでしたでしょうか?」
「『手錠を外してくれ』って言われたら、そりゃあ逃げますよって言ってるもんじゃん」
「う……」
「お兄ちゃんってチョロいところあるよね。けどそんなとこも好き♡」
最っ悪だ……!いや、素直でチョロい俺が悪いんだけど。
流石に緋色の頭を侮り過ぎてた。
けど良かった。殺されなかった……。
「じゃあ、逃げようとしたお仕置きを与えたいと思いまーす♪」
「…………」
前言撤回。
やっぱ殺されるかもしれん。
「じゃあ、まずは……」
緋色の手が伸び、俺の下腹部あたりへ触れようとした瞬間……。
『ピンポーン』
突如として軽快な電子音が部屋中に響き渡った。
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一方その頃ーー。
「……そろそろお昼の時間か……」
陽和はいつも通り、涼の家へご飯を頂こうと準備をしていた。
他人から見れば少々奇異な日常に見えるが陽和にとってはありがたいものは受け取っておくべきだと内心で思っているため、涼からご飯を頂くのは非常に嬉しいものだ。
それを抜きにしても、好きな人の手料理は是が非でも毎日食べたい。
だから、出来るだけ毎日ご飯を頂こうと涼の家に伺っている。
無論、ご飯代は毎月末に払っている。
実を言うと、ご飯代を渡すときに「別に良いのに……」と、優しさが伝わってくるような言葉を聞くたびに胸が熱くなって涼を抱きしめたくなる衝動に駆られているのが毎月末の悩みでもある。
「今日のお昼は何かなあ♪」
そう呟きながら、陽和は涼のインターホンを押す。
彼女は気付いていない。
自らの恋人が、この扉の向こうで監禁されているということを。
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『ピンポーン』
突如として鳴ったインターホン。
そして、その音が鳴ったことによって止まった緋色の手。
俺は、今の状況を整理していた。
ふと時計を見る。
時間は12時半。昼飯の時間だ。
つまりは、陽和が昼を食べにきたのだ。
これは千歳一隅のチャンス!
「ひよっ………!」
助けを求めようと開いた口は、突如として閉ざされる。
緋色が俺の口を塞いだのだ。
緋色は恐怖を纏った瞳でこちらを見据え、「静かにしろ」と言わんばかりに口前に人差し指を立てていた。
「…………!」
無論、反抗した。
だが、それ以上に緋色のパワーが強かった。
クソッ!何だよ!お前、病弱なはずだろ!どっから出てんだこのパワーは!
「涼くーん?」
玄関先から聞こえる陽和の声。
クソッ、希望は目と鼻の先なのに……!
俺は必死になってもがいたが、そんな抵抗も虚しく……。
「留守なのかな……」
その言葉を最後に、陽和の足音がどんどん遠くなっていく。
「…………」
俺は希望が一気に冷めてしまった影響か、体にどっと脱力感が入った。
助けてくれなかったと。
……いや、陽和は悪くない。不甲斐ない俺が悪いのだ。
「……さて」
と、休む暇もなく、緋色はニコニコと笑顔を貼り付けてこちらの顔を覗いた。
「邪魔な奴はいなくなったし、さっきのお仕置きの続き、しよっか♡」
ああ、また地獄が始まる。
そう思った矢先だった。
………………………………………ん?
「緋色、なんか外が騒がしくないか?」
「お兄ちゃん、そうやってまた私に罠を……」
「いやマジで」
俺の目を見て察したのか、緋色も耳を澄まし始める。
『すまない、櫻井。涼の家はここで間違い無いだろうか』
『ええ、そうですけど。……けど、多分今留守ですよ』
『そうか。では僭越ながら中で待たせて頂こう』
『え、それってどういう……』
『御免!』
ゴギャアアアアアアアアン!!!!
「「「………………………………え?」」」
いや、どういうこと?
え、玄関のドアを蹴破って………え?
その場にいる全員が、今の状況を処理できずにいた。
ただ一人を除いて。
「ん?いるじゃないか」
ドアを蹴破った張本人、大星沙穂はそう言って何事もなかったかのように不思議そうな顔をした。
…………………………………………え?




