覚悟をもって
「なんで……母さんたちが……」
二人の遺体を目の前にして、呆然と立ち尽くす二人の少年少女。
彼らの瞳に映るのは、救いきることの出来なかった二つの命。
少年たちにとって、何より尊かった命。
それが今、抜け殻となって少年たちの目の前に居る。
「ごめん、二人とも。僕にはどうしようも……」
「おっちゃん」
30代前半あたりであろう年の男性が、申し訳なさそうに謝罪しようとするのを、少年は止めた。
「誰が母さんたちを殺ったの」
「……」
少年の言葉に、男性は言葉を失う。
とても子供とは思えないような、復讐を決意したような瞳が、少年には宿っていた。
(彼らをこのままにしてはいけない……!)
男性は本能でそれを感じ取ったのだろう。
この世界で復讐しても、最後には何も残らない。
「お兄ちゃん……、わたしたち、これからどうするの?」
「緋色……」
少女の瞳が不安で揺れる。
それが効いたのか、少年の瞳が正常に戻った。そして次の瞬間には別のことを決意したような目をしていてーー。
「……おっちゃん」
少年は遺体から目を離さずに男性へと話し掛ける。
「俺を育てろ。俺が緋色の病気を治す」
これが俺、今の冬島涼の誕生だった。
55
目が覚めると、まず目に入ったのは見慣れない天井だった。
あれ、確か陽和から紙を受け取って、それで……。
「……!」
あの時、何が起きたのかを思い出そうとした瞬間、猛烈な吐き気が俺を襲う。
「……今はあまり考えないほうがいいよ」
「ぇ……?」
ふと声のしたほうを向くと、緋色が椅子に腰掛けながら俺のことをジッと見ていた。
何かしら知っているかのような口調なのだが……。
俺は吐き気をなんとか抑えながら口を開いた。
「緋色、あの紙って……」
「お母さんたちの遺書だね。字もお父さんので間違い無いよ」
そうだ。確か、その遺書を読もうとした直後、俺は気を失ったんだ。
「……お前は読んだか?」
俺が弱々しくそう聞くと、緋色は首を横に振る。
「ちょっと怖くて、冒頭しか読んでない」
「そうか……」
そりゃそうか。
俺たちは今まで一度もきちんとこの過去と向き合おうとしてこなかったのだから。
「……そういえば、ここは?」
「門脇総合病院。ちなみに陽和ちゃんたちは院長室だよ」
「気になってる情報を先読みしてくれてありがとう」
「お、いつもの嫌味が帰ってきた。元気になったようで何より」
「これでもまだめちゃくちゃ吐き気がするんだが?」
「え、吐かないでよ?看護師がいるときにしてね?」
そう言って緋色は少し引いたかのような眼差しを俺に向ける。
おいこら。それが体調不良な兄に向ける顔か。
そう思い、緋色に聞こえないように小さくため息をついた俺は、ふと、とある疑問に気付く。
「ん……?陽和とアキは何で院長室にいるんだ?」
俺がそう聞くと、緋色は少し困ったように笑みを浮かべる。
「二人とも、お兄ちゃんが弱ってるところ、初めて見たから、とてもテンパってて……」
「そういうことか……」
よくよく考えたら、陽和はもちろんのこと、アキにも弱った姿を見せたところはない。
精神的に弱っていたとしても、表には一切出さないようにしていたし……。
俺は医者だ。医者は身体面はもちろんのこと、精神面でも気を配らなければならない。
だから、自分の本当の容態を隠すことは造作も無かったのだが、急に来てしまったものはどうしても防ぎようがないのだ。
だから、急に俺が倒れてしまってびっくりさせてしまったのだろう。
「緋色……」
「ん?」
「ありがとな」
俺は微笑みながら感謝の言葉を緋色に伝えた。
二人が困惑してしまっていたということは、おそらく緋色が指示を出してここまで導いたのだろう。
俺の感謝の言葉を聞いて緋色は、「何のことやら」とわざとらしい口調で笑って見せた。
「さてと……」
俺はそっとベッドから立ち上がる。
うん。緋色と話してたおかげか、リラックスできて吐き気も無くなった。
緋色は心配してそうな眼差しを俺に向けるが、俺は「大丈夫」と言って笑った。
「緋色、遺書はあるか?」
「……?うん、持ってきてるけど……」
「見せてくれ」
「え!?読むの!?さっきあんなことがあったのに!?」
俺が読むと言って心配が強くなってきたのか、俺の行為に反発するが、俺は「だからだよ」と小さく、けど緋色には届くような声量で言った。
「俺たちは今まで一度も過去と向き合おうとしてこなかった。から、今回はしっかり向き合っていくべきだと思うんだ。ダメか……?」
「けど、今じゃなくても……」
「今向き合わなくていつ向き合う?明日か?来週か?来月か?それとも来年……いや、何年も先か?それじゃあいつまでも覚悟という覚悟が回ってこない。覚悟っていうのは、決めた瞬間に、自分に刻むもんだ。間違っても、先延ばしにするようなものじゃない」
俺がそう言うと、納得してくれたのか、緋色はそれ以上何も言わなかった。
そしてしばらくして、緋色は覚悟を決めたかのように面構えを直し、「ちょっと待ってて」と言ってから近くにあった鞄から一袋の封筒を取り出して渡してきた。
恐らく、この封筒の中に遺書が入っているのだろう。
俺はベッドに座って封筒を開ける。
すると緋色もすぐ隣に座ってきた。
俺と一緒に読むつもりなのだろう。
緋色の覚悟を見て、改めて俺もしっかりしないとと思った。
俺は封筒から一枚の紙を取り出し、丁寧に畳まれていたので、慎重に広げていった。
その時、不思議と吐き気などはなかった。
多分あの時はびっくりしすぎたんだろう。
俺は色んな意味でホッと胸を心の中で撫で下ろすと、緋色も読みやすいように声に出して遺書を読んだ。
「『冬島涼、緋色へ。君たちにどうしても伝えたいけど、とても口にはできないので、手紙で伝えます。どうか、このような形になってしまうことを許してください』」




