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妹としての幸せ

「平和だ……」

「急にどしたの、お兄ちゃん」


 珍しく静かなリビングでぽつりとつぶやいた言葉に、妹の緋色は青みがかった黒目を揺らしながら俺に疑問を投げかける。


「いや別に」


 笑ってそう返した俺は、思い返すように天井を見る。

 あれから二週間後、遠かった陽和とアキの距離はぐんと縮まり、ここ最近は二人で出かけることが多くなった。

 そのため、一気に一人と化した俺は、もうすぐ受験のある緋色に勉強を教えているのだが……。


「……緋色、お前、前の模擬試験の点数はどれくらいだった?」

「255点。ちなみに偏差値は41でした!」

「正直でよろしい!」


 全く言葉を濁さずに言ったその度胸にお兄ちゃん、ある意味尊敬するよ……。

 そう。今までの会話でお察しの通り、緋色はバカなのだ。

 前なんて、「お兄ちゃんみてみて〜!」と自慢げに赤点ギリギリ回避した答案用紙を見せてきた。

 その時の緋色の目は、「撫でていいんだよ?むしろ撫でて褒め称えろ」と隠す気もなく言っていた。

 無論その時は緋色の頭にアイアンクローと書いて撫でると言う行為を行なってやった。

 その時の緋色は面白いほどに悲鳴をあげていた。

 と、そんなことはさておき、このままではマジでヤバい。

 普通であればこの時期にはもうどこの高校を受けるか決める時期なのだが……。


「緋色、毎度聞くようで申し訳ないんだが、どこの高校受けるんだ?」

「それはもちろん、お兄ちゃんの通ってるこうこ……」

「無理だ」

「……お兄ちゃ……」

「二度も言わせんな。無理だ」

「……」


 俺の無慈悲な言葉に、緋色は涙目で頬を膨らませながらこちらを睨んでくる。

 そんな目をしても無理なもんは無理なんだから仕方ないだろ。現実を見ろ。現実を。

 俺らの通う白川高校はアホは多いが馬鹿はいない。

 全員、最低でも偏差値が50以上はいっている。

 それに、うちの学校、毎年バカみたいに倍率が高くなるんだよな。

 ちなみに、俺の時は倍率が2,1倍です。

 そして俺はその中で第二位。首席が陽和だ。

 こう考えると,俺って結構すげえな。

 と,そんなことは置いといて,これらのデータを元にすると,今年もかなりの人数が来るだろう。

 となると,緋色の受かる確率は限りなくゼロに等しい。

 塾にも一応通わせているが,塾長曰く,飲み込みが悪いとのこと。

 はっきり言ってしまって、無理だと言うことらしい。

 いやはや、兄である俺からも説得してほしいと頼まれた時は「説得はしてるんですけどね」と苦笑いで返すのがやっとだった。

 それを思い出すたびにストレスが込み上げてきて……ああっ!胃が!胃が痛い!


「お兄ちゃん、どうしたの?」

「……お前のその頭の悪さは、ある意味才能なんじゃないかって思い始めてたとこ」

「そんなに褒められると照れるなあ」

「褒めてねえよ!」


 こんな鉄板漫才みたいなことさせるなよ!お前は野原しん⚪︎すけか!

 はあ、やっぱりこいつの相手は疲れる。

 陽和たち、早く帰ってきてくれないかなあ……。

 とうとう他力本願で頭を抱え出した俺に対して、緋色は苦笑い。

 くそ、笑い事じゃないんだよ。そもそも、お前が志望校を変えればいいだけのことじゃんか……。


「はあ、悩んだってしゃーないか……。よし、緋色!息抜きだ!出かける準備しろ!」

「待ってました!もうすでに準備は万端です!」


 そう言ってカバンを予め用意していたかのように取り出す緋色。

 こう言う時だけ用意周到だ。このやる気も勉強に向けてくれないかな。

 そんな願いをいくら祈っても無駄なので、緋色に少し待ってるように言ってから、俺は部屋に荷物を取りに行くのだった。


                         53


 俺たちが向かった先はそこまで遠くない墓地だった。

 なぜここに来たのかというと、もうすぐで父さん母さん二人の命日だからだ。

 俺たちは毎年必ず、二人の命日前後一週間になると墓参りに毎日行くようにしている。

 死者が現実に最も近づくのは命日あたりだという伝承もあったりするので、二人に成長している姿をしっかり見せたいという俺たち二人の我儘わがままだ。

 俺たちは手を合わせ終えると、ふと、お互いを懐かしむように見つめ合う。


「あれからもう4年も経っちゃったのか」

「うん……」

「……緋色」

「何?」

「……母さんや父さんじゃなくて、俺でごめんな」


 緋色はその言葉に驚いたように目を見開いた。

 それも無理はない。普段、こんなことは絶対に言わないから。

 けど、それでも時々、不安になる時がある。

 普段は明るく振る舞っているけど、本当は寂しくて、裏で泣かせてしまっているのではないかと。

 だからこそ、ごめん。

 あの時、俺がすぐ駆けつけて二人を治療できていればと、今でも傲慢な後悔が残り続けている。

 だから、緋色には俺を恨む権利がある。が……。


「何言ってんの、お兄ちゃん」


 緋色は怒ったような表情で俺を見ていた。


「お兄ちゃんがいるから、私は今、とっても幸せなんだよ?確かに、もしお母さんたちが生きてたらって思う時もあるけど、これ以上の幸せを望むのは強欲もいいところってわかってるから」

「緋色……」


 ここまで緋色が俺に肯定を示してくれたことに、俺は嬉しさを覚える。

 もしかすると、俺の知らないところで、緋色はいつの間にか大人になっていたのかもしれない。


「だからさ、お兄ちゃん」


 緋色はそう言っていつもの、いや、いつもよりも柔らかい表情で俺に抱きついてきた。


「大好きだよ。お兄ちゃん」


 背伸びしながら耳元で言ってくれたその言葉に、俺はふと胸のあたりが熱くなるのを実感し。


「ああ、俺も緋色のことが大好きだ」


 そう言って抱きしめ返した。


「……じゃあ、両思い成立ってことで、結婚しちゃおっか!」

「……殴るぞ」


 好きは好きでも妹としての好きだぞ。

 今までのムードを返せ。


                         54


 あの後、昼飯と晩飯の分の食材を買ってから帰宅すると。


「あ、おかえり。フユくん」

「遅かったですね。お墓参りだとは察していましたが、ちょっと心配しちゃいました」


 最近、やたらと仲の良い天才二人組がいつものようにソファに座っていた。

 まあ、見慣れた光景だからいいんだけどね。

 俺はそう思いながらも「ただいま。後、心配させてごめんな」と言ってキッチンに入る。

 緋色は一直線に陽和たちのところへと向かい、いつものように陽和たちで楽しげに女子トークを繰り広げている。

 いいなあ。前に「俺も混ぜてくれ」とちゃっかり入り込もうとしたら、陽和に「女子だけの秘密の話なので混ざってこないでください」と冷たい態度を取られた。正直死にたくなった。

 俺はあの時を思い出し、心の中で泣きながら冷蔵庫に食材を詰めていくと、ふとリビングから「そういえば……」という陽和の声が聞こえた。


「涼くん。さっき涼くんの部屋を掃除してたら、こんなものがありましたよ」


 そう言って俺に一枚の紙をひらひらと示してくる陽和。

 なんだろうと思い、冷蔵庫に食材を詰めていた手を止め、リビングへと移動する。

 そして、陽和から受け取り、綺麗に折り畳まれたその紙を広げると、そこには……。


『遺言状……著者、冬島海斗・このは』と書かれていた。


 その瞬間、俺の脳裏には、あの時の、二人を救えなかった時のシーンが蘇り、吐き気が込み上げた。

 そして立ってもいられないような眩暈めまいが俺を襲い、俺は……。


「お兄ちゃん!?大丈夫!?お兄ちゃん!ぉ……」


 緋色の声を最後にして、俺はそのまま気を失った。

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