私の願いは
「それじゃあ、涼くん。陽和をよろしくね!」
「胡桃、声のトーンをもっと小さく……。じゃ、またね。涼くん」
あの後、夜ご飯を食べてからしばらくして、胡桃さんたちが帰る準備を整えて、今まさに帰ろうとしていたところだった。
まったく、嵐のような人だった。こんな人はなかなか出会うことすらないだろう。
そう思っていると、胡桃さんが「あ、」と思い出したかのように呟いた。
「涼くん、着物は修復しておくから安心してね。勿論、お金はこっちが負担するわ」
「……スミマセン」
俺はそう言って申し訳なさそうに頭を深々と下げる。
神社の時の手当てのために、着物を破って止血用具にしたということを胡桃さんにはしっかりとバレて、少々怒られはしたものの、人を助けるためなら致し方ないと最終的には許してくれた。
俺が頭を下げるのを見て、胡桃さんは「いいのよいいのよ!」と笑っている。
何と器の大きい人なのだろうか。
先ほどあの着物の値段を聞いたが、頭が真っ白になるほどの桁だった。
いやまあ、櫻井一家は金持ちとは聞いてはいるが、改めて実感したのがその瞬間でした。
俺が胡桃さんの器の広さに感動していると、胡桃さんがちょいちょいと手招きしてくる。
耳を貸せ、という意味なのだろうか。
俺は反射的に胡桃さんの口に自身の耳を近づける。すると……。
「……陽和を泣かせるたびに一割よ」
「……………」
……………………………………こわっ!
え、ちょっと待って。
一割でしょ……。一割ってことは、一十百千万十万百万…………。
うわあ、払えるかなあ……って、何陽和を泣かせる前提で考えてんだよ!
俺は胡桃さんから離れてそっと後ろにいる陽和を見る。
すると、陽和は何を思ったのか、ニコッと笑ってこちらを見据える。
やれやれ、こんな顔を泣き顔に染めるなんて、したくても出来ないよ。
俺は再び胡桃さんの方へと向き直る。そして、
「……当たり前ですよ。何言ってるんですか」
そんな言葉を無意識に口にしていた。
49
「疲れた……」
「私、も……」
胡桃さん達が帰ったあと、家にて俺とアキの二人きりでトランプをしていた。
こんな深夜でも起きているのはコーヒーを二人そろってがぶ飲みしたせいである。
本当は勉強をしようと思っていたのだが、緋色がしつこく誘ってきて、結局は折れてトランプに参加したのだが、そんな当の本人はテーブルに突っ伏して穏やかな寝息を立てながら眠っている。
ちなみに陽和はとっくに帰りました。
まあ、そんなわけで俺とアキの一騎打ちで今は勝負している。
だが、お互い実力がほぼ同じなのか、勝負がなかなか長引いていた。
これではマジで勝負がつかん……。
お互いそう思い始めてたその時だった。
「あ……」
「ん?どうした?」
何かに気付いたかのように呟きの声を上げるアキ。
まさか、そろったとでもいうのだろうか。
ここで揃われたら、俺の負けが確定してしまうのだが……。
「あ、いや、面白い事、思いついて」
「面白い事?」
何だろうかと問いただすと、アキは性格の悪そうな笑みを深く浮かべる。
「勝った方が、何でも、言うこと、一つ聞く」
「それ、テンプレな」
誰でも思いつきそうなことで逆にびっくりしたわ。
ただ、悪くはない提案だと思う。
ただでさえこの勝負に決着がつかないのだ。
ここで何か勝利の報酬があればモチベーションに繋がるだろう。
「けど、もっとモチベ上げるために言うことは3つにしようぜ」
「ん、賛成」
よしっ!ちょうど分からない問題がいくつかあったのだ。ここは絶対に勝って、その問題を教えてもらおう。
そう思いながら、俺は改めてアキに向き直って手を伸ばし、カードを引いた!
50
「負けました……」
「苦しゅうない」
数分後、俺はアキに完全敗北していた。
俺の手にはジョーカーが一枚握られている。
「フユくんは、いちいち、考えすぎ。もう少し、直感的になれば、私に、きっと勝てる」
「いや、本当にババ抜きって心理戦だと思ってたから……」
「だから、私の目ばかり、見てた、の?」
おっと、そこまで気づかれていたとは思わなんだ。
俺が驚くと、アキは俺の額にチョップをかます。
いってえ……。
「フユくんは、分かりやすすぎ。将来、悪い女に、騙されるよ?」
「例えばお前みたいな……って、やめろやめろ!ニコニコしながらテーブルの上にあるコップを投げつけようとすんな!」
俺が必死に諫めると、アキはコップをテーブルの上に戻し、はぁとため息を大きくつく。
ため息をつきたいのはこちらなのだが……いや、これ以上は何も言わん。だって、アキがこっちにすごい勢いで睨みつけてるもん。
「それはそうと、勝ったら、言うこと、聞いてくれる、んだよね?」
「…………ああ、そういえばそんな約束してたな」
「今の間、何?」
「別に?」
他意なんて微塵もない……と思う。
いや、正直に言うと、アキに教えてもらおうとした問題が自力で解かなきゃいけなくなったから、かなりショック受けてます。
「それで、お前の願いは何だ?」
このショックを誤魔化すように、俺はそっとアキに問いかけた。
するとアキは、少し悩まし気に顔をゆがめ、暫くしてから……。
「私の願いは……」
彼女が口にした願いに対して、俺はどんな顔をしていたのだろうか。




