冬島家の真実
「久しぶりだね。涼くん」
そう言って微笑みをたたえながら白銀色の髪をゆらめかせるアキの父、萩原隆平。
彼は刑事をしており、とてもガッチリとした筋骨隆々な体つきだった。
「お久しぶりです。隆平さん」
隆平の突然の訪問にびっくりはしたが、流石になにも言葉を返さないのは失礼なのでそう言いながら微笑んだ。
しかし、そんな考えが漏れていたのか、隆平が気まずそうに頬をポリポリと掻く。
「僕が来たことがそんなに驚くことかい?」
「いえいえとんでもない!」
俺はそう言うと、微笑んでいた表情を深める。
隆平は懐が広い人だ。だからこそ、アキが俺と共に日常を過ごしていると聞き、俺の顔を見たいと思ったのだろう。
だから両親が来るとアキから聞いた瞬間に大体察してもいた。本当に1秒も満たなかったなあ……。
「お父、さん。中に、入りたいん、だけど」
そんな事を考えていると、隆平の後ろからひょこっと顔を出す少女。アキは呆れたようにそう言うと、隆平が「ああ、ごめんよ」と慌ててそこからどいた。相変わらず父としての威厳は薄いっすね隆平さん。
「フユくん、も、邪魔」
「あ、俺もっすか」
まさかの俺まで邪魔者扱い――。
俺は悲しいよアキさん。
とりあえずそこから道を開けるように退くと、アキは「全く……」と怒ったように中へと入っていった。
そしてその場に残された俺と隆平はーー。
「「俺なにかしたっけ?」」
と呟くことしかできなかった。
43
「はじめまして。萩原隆平と申します。いつも娘がお世話になっています」
「あら、これはご丁寧に。私は櫻井胡桃といいます。こちらこそ、いつも陽和がお世話になっています」
あの後、隆平と俺も家の中に入り、陽和たちと合流した。
いやはや、陽和とアキはあんなに仲が悪いのに、なぜ大人ともなるとひがらみが少ないのか。
もうちょっと見習いたまえ。
ちなみに、陽和は隆平の筋骨隆々な体つきにビクビクと震えながら怖がっており、アキはそれを見て大爆笑している。
大人たちのこの違いは一体何なのだろう……。
俺が呆れていると、ビクビクと震えている陽和に気づいた隆平が少し困ったように笑いながらこちらに近づいてきて、華奢な体つき陽和に視線を合わせるように目の前にしゃがみこんだ。
「櫻井陽和君、だっけ?」
「は、はい」
すこし震えた声で返した陽和に「そんなに緊張しないで」と隆平は笑いかける。
すると、陽和は安心したかのように肩の力を見てもわかるほどに抜いていた。本人も驚いているあたり、無意識なのだろう。刑事ってスゲえ……。
「陽和くん。君は涼くんとお付き合いをしている。そうだね?」
「えっ?あ、はい」
「――なるほど」
隆平は理解を示したような口調でそう呟くと目をすうっと細め、鋭い眼差しをこちらに向けてきた。
おっと、これは……。
「涼くん、少し話をしようか」
「さーせんした!!」
俺は一秒にも満たない速さで隆平に土下座をカマしました。
こんな全力で土下座をしたのは初めてだよ……。
土下座をカマされた隆平はどこか困ったようにはあっとため息を吐き、「別にいいよ」と言ってくる。
俺はもうぶち殺される覚悟でその場に土下座をしたからマジでラッキー。といかんいかん。顔が緩んでしまう。
「なぜ涼くんは土下座をしたんですか?」
緩みそうな頬に力を入れながら立ち上がると、陽和が隆平に怒り気味に言う。
さっきのプルプル震えた可愛らしい姿はどこへやら。まあいいけど。
「それは、陽和さんと涼くんが交際するに当たって、一つ問題ができるからだよ」
「なぜですか?別に秋穂さんと約束があったようには見えませんでしたし、涼くんが変な人には見えません。一体どこに問題がーー」
「ーー問題ならあるよ」
突如降り掛かったその言葉は、どこか凛としており、聞き覚えがあった。
その声がした方に目を向けると、堂々と立っている緋色がいた。
「お前今までどこで何してたんだよ」
「お兄ちゃんの部屋でお兄ちゃんの枕の匂いを嗅いでた」
「聞かなきゃよかった……」
「そんなことよりも」
「あ、スルーっすか」
まあいいんだけど、もうちょっと気にかけてもいいじゃないかな。
「陽和さん。お兄ちゃんと交際をするとなると、一つ問題が発生するの」
「だから、それは何なのかをもったいぶらずに言ってください」
「じゃあ、単刀直入に言うけど……」
そこで緋色はこちらに視線を向け、その視線から「言ってもいいよね?」と言っていることが読み取れた。
どっちにしろ後戻りはできないし、言ってしまっても構わない。俺はそう思いコクリと頷くと、緋色は一拍した後に口を開いた。
「問題っていうのは、お兄ちゃんが冬島家だっていうこと」
「えっ……」
緋色が放った言葉にイマイチ処理できない陽和はあからさまに混乱する。
それも当然だ。すでに知っている隆平さんやアキでさえも、最初はこんな反応だった。
ふと胡桃さんの方を見てみると、彼女もかなり驚いた様子で表情を固めている。
「お兄ちゃんの家計である冬島家は代々、世界的に優秀な医師を輩出してきたの」
そう。緋色の言う通り、俺の家系は代々優秀な医師を輩出し、その始まりとなったのが俺の祖先である冬島慎平である。
彼は不治の病とされていた病をたった一人で研究し、その名を歴史の奥深くに刻んだ。そして俺はその家系の二十代目にあたる。しかし――
「冬島慎平なんて聞いたことがありません」
俺の祖先のことを話すと陽和は首を傾げてそう疑問を口にした。
「そりゃそうだ。慎平の名は、政府は何としても隠したがってるからな」
「――どういうことですか?」
俺の説明に、陽和は一気に真剣な表情へと変わる。
瞳には、俺のことを知りたいという好奇心と、政府が隠したがっている事実を知るという覚悟が確かに見て取れた。
俺はその瞳に込められた思いに答えなきゃなと不意に思った。なぜかはわからないけど……いや、陽和と付き合うと決めた時点で、俺は元から覚悟を決めていたんだ。
――それが例え、俺たちの関係を終わらせてしまうかもしれないものであっても。
俺は覚悟を決め、すうっと深呼吸した後にそっと口を開いた。
「俺たち冬島家は、世界中から暗殺対象として見られてるんだ」
「っ……!」
陽和はとうとう、言葉が出なくなってしまったようだ。
無理もない。なにせ、俺はいつ殺されるか分からない立場なのだから。
そう。俺たち冬島家は、家系の始まりからずっと各国から虎視眈々と狙われている。
原因は、戦時中に冬島家の名を圧倒的に上げたことが原因だ。
なにせ、冬島家の者たちは死と寿命以外で治せないものは無いと言われるほどに優秀だ。
日本にとっては希望そのものではあるが、他の国から見たらとんでもな脅威でしかない。
だからこそ真っ先に冬島を殺そうと各国は考えたのだ。
そしてその考えは世界平和が求められる現代社会でも残っている。
政府は今もなお、抗議を続けているが紐解かれる瞬間は一ミリも近づく気配がない。
だから政府は俺たちを殺されないように必死に隠蔽した。だが……。
「俺の母さんと父さんは、ロシアの暗殺者に殺されたんだ」
俺のその言葉が止めであり、その場は一気にシーンと静まり返る。
そう。政府は必死に隠蔽したのだが、内部にスパイが紛れ込んでしまい、俺の両親は殺された。
ちなみに、そのスパイは今も尚生きており、俺のことも虎視眈々と狙っているとのこと。
「――さて、少しつらい話をしたな」
「涼くん……」
俺が明るく振る舞いながら手をパンっと叩くと、陽和は心配するかのように俺をただ見つめてきた。
「陽和と付き合うにあたって発生する問題っていのがまさにこれ。俺の彼女になることで、陽和も巻き添えを食らうかもしれないってこと」
陽和の心配しているような瞳はやがて涙に濡れ始める。
――そんな目で見ないでほしいなあ。
陽和には笑顔が一番似合うんだから、陽和の辛そうな顔なんて見たくない。
俺はそう思いながら陽和を安心させるべく、そっと陽和を抱きしめた。
「涼くん……?」
陽和が俺の顔を見上げるが、俺の顔を見た瞬間、安心したかのように微笑を顔に浮かべる。
「――今の俺、どんな顔してる?」
「とても優しい顔をしています」
「そっか」
俺は陽和の体をさらに強く抱きしめる。
母さんや父さんを失ったみたいに、彼女を失うというのは絶対に嫌だ。だからこそ
「陽和のことは、絶対に何があっても俺が守るから」
陽和の耳元でそう優しくささやくと、陽和は一瞬ビクッとしたものの、すぐに体をモゾモゾさせて俺の耳元に唇を近づけると――。
「じゃあ、私も涼くんを一生守りますね」
と、そう囁いた。
ずるいなあ……。陽和は決まったと言わんばかりにクスクスと悪戯っぽく笑う。
「――ラブラブなのは分かったから、二人共、一回離れようか」
突如かかった声に俺と陽和はほぼ同時に体をビクッと震わせ、反射的に陽和と距離を取る。
声をかけたのはどうやら颯太のようだ。
「二人共、少しは人の目を気にしようか」
その言葉にハッとし周りを見渡すと、大人の人達は顔を赤くし、緋色とアキは「ぐぬぬ」みたいな顔をしていた。
えっと、これは……やってしまいましたね。
ふと、背中からドンッという衝撃が走る。
振り向くと、陽和が俺の背中に軽く頭突きをしていた。
「涼くん、こうなってしまった責任を取ってください」
「取ってくださいって言われても答えかねるな」
「いじわる」
「はいはい。とりあえず痛いから頭突きをやめようか」
そう言いながら苦笑すると、陽和はむうーと頬を膨らませる。
え、かわい。
「お兄ちゃん、鼻の下伸びてる」
「好きな人からこんな事されたら誰だって伸びる」
「フユくん、サイ、テー」
「なんでだよ!?」
そんな馬鹿げたやり取りをしていると、リビングにピロンという軽快な着信音と思わしき音が響く。
着信音が鳴ったのはどうやら胡桃さんのスマホのようで、胡桃さんはすぐにスマホを取り出して画面を見ると。
「陽和、あと涼くん。マンションの駐車場に行くわよ」
「え、どうしてですか?」
「夫が来たみたいね。車に着物を載せているのよ。夫の着物のスペアも持ってきてるから涼くんにも貸してあげる。初詣はもちろん着物じゃなきゃ!」
胡桃さん、さすがっすね。
まるで俺を元から家族のように……。
「それじゃあ、僕たちも行こうか。アキ」
「う、ん」
「あれ、アキも行くの?」
「うん。お父、さんが、着物、持って、きて、くれた、から」
なるほど。それなら一緒に行けるってことか。
ただし、一人だけ問題が……。
「あれ、私は?」
そう疑問を口にしたのは緋色だ。
そう。緋色だけが残ってしまうという問題が発生してしまうのだ。
うーん。流石に家に着物があるわけじゃないし……。
「あら、じゃあ私の着物を着る?」
「え、いえいえ!?とんでもないです!」
「遠慮しなくてもいいのよ。可愛い子の着物姿を見るのは私にとっては癒やされるものだから」
胡桃のその誘いに緋色は「じ、じゃあ」と渋々ながら頷いた。
これで子供組は全員着物を着ることになった。
胡桃さんには感謝だな。
あ、そういえば……。
「胡桃さん、ちょっといいですか?」
「あら、なにかしら。はっ!もしかして『お嫁にください』かしら!」
「やっぱいいです」
「冗談よ!冗談だから見捨てないでぇ!」
泣きつきながらしがみついてくる胡桃さんに呆れつつ、俺は玄関に向いた体を再び胡桃さんに向けた。
「胡桃さんは、さっきの話を聞いてもまだ俺と陽和が付き合うことを許せますか?」
「なんだ。そんなことね」
「そんなことって……」
俺にとってはかなりやばい話だったように感じるが。
ただ、胡桃さんはそんなことは気にしていないと言わんばかりにため息を深くついた。
「最初に言った通り、私は二人の交際に賛成よ」
「そう、ですか」
「……それに、責任はしっかり取ってくれるんでしょう?」
「それはもちろん」
いまさっき陽和に『絶対に守る』と言っているのだ。
それを今更変えるつもりはない。この気持ちは墓の下まで持っていくつもりである。
その覚悟も踏まえてそう返事をすると、「ならいいんじゃない?」と胡桃さんは笑ってみせた。
「そんなことよりも、早く着物を持ってくるわよ!」
「……そうですね」
楽しみなのか、フンフンと鼻歌を口ずさみながら玄関へ体を向ける胡桃さん。
そんなやる気満々な胡桃さんの背中を見て俺は――。
「器が大きいな」
と、小さく呟いた。




