世界一可愛い君と院長のちょっとした悪戯
「叔父様、お帰りなさい」
そう言って陽和は、こちらに笑顔を向けてきた。
「ああ、待たせてすまないね。何分、涼君が迷子でねえ」
「迷子になってないし、余計なお世話だ」
星の数ほどここに来てるんだから、迷子になるなんてまずない。
颯太のジョークを華麗にするーしながら俺は陽和に話しかけた。
「櫻井。お前、おっちゃんの姪だったのか」
「……ええ。まあ……」
陽和はおっちゃんという部分でひきつっていたが、なんとか平常の表情へと戻した。
「……それで、用ってなんだ」
「妹が待ってるから手短にな」と言いながら、陽和と同じくソファに座った。
すると、陽和は気恥ずかしそうに口を開いた。
「あの、先ほど傘を貸してくれたじゃないですか」
「ああ、貸したな」
俺が淡々と返事すると、陽和はちょっと渋い顔をした。
「なんだその顔」
「……こんな人に助けられたんだなと……」
「悪かったな。こんな人で」
失礼な感想を受け流すと、俺は「それで?」という意味を込めて視線を送った。
その視線を受け取った陽和は再び口を開いた。
「それでですね……、今日は傘は返せませんけど、改めてお礼をと……」
そう言うと、陽和は顔を赤くして俯いてしまった。
逆に、俺は「なんだそんなことか」と冷めた顔でため息をついていた。
「櫻井、別にお礼なんてそんなもんはいらない」
「え……」
陽和は、赤くなった顔を驚きの色で染めた。
……え、俺なんか変なこと言ったか……?
そう思って颯太に視線を移すと、颯太はフルフルと首を横に振った。
「実は、陽和に借りを作ろうとする不埒な男性が多くてね……」
颯太の説明を聞いてだいたい察した。
「……つまり、櫻井は俺がそいつらと同じように映ったと……」
「っ!」
陽和は、俺のその言葉を聞いて顔を青ざめた。
「すいません!そんなつもりは一切なかったんです」
「いや、いいよ。初対面の人に警戒して接するっていうのは俺もよくあるから」
よくあるというか、ほぼ毎日あるけどな。
「……というかおっちゃん。」
「ん?」
「おっちゃんはなんで俺が陽和に傘を貸したって分かったの?」
すると颯太は「ああ、そのことか」と微笑みを浮かべた。
「実を言うと、陽和は涼君のことをずっと前から知っていたんだよ」
「ずっと前……?」
そう言って陽和を見ると、「ちょっ、叔父様!」と顔を赤くしていた。
「ははっ、悪い悪い」
「……どゆこと?」
俺が陽和本人に尋ねると、陽和は顔を俯かせながら口を開いた。
「その……あれだけ噂になっていれば、どんな人かも気になるので……」
「ああ……なるほど」
どうやら緋色との噂を聞いて俺のことを知ったようだ。
……喜べばいいのか、嘆けばいいのかどうとも言えねえ理由……。
俺がなんとも言えない複雑な感情に入り浸っていると、颯太が声をかけてきた。
「涼君、緋色君が待っているんじゃなかったのかい?」
「え、あ……ヤベっ!」
時計を見ると18時半を過ぎていた。
恐らく緋色が「お兄ちゃん来ない!」と叫んで待っているだろう。
「それじゃ、おっちゃん、失礼しました!」
そう言って立ち上がろうとすると、陽和も同時に立ち上がった。
「叔父様。私もそろそろ……」
「そうか。……だったら二人で帰りなさい」
「「……は?」」
2人で抜けたような声をあげてしまった。
その様子に、颯太は肩をプルプルさせている。……おい、笑うな。
「いやいや、おっちゃん。こんな暗い夜中に男女二人きりにさせるなんてどうかしてるぞ」
「むしろ暗いから一人で帰るなと言っているんだけど?」
楓太は笑みを崩さずにそう言う。この人は送りオオカミという言葉を知らないのだろうか。
……だめだ。勝てる気しない。
陽和も同感なようで、特に言及しなかった。
「それじゃ、また明日ね」
颯太はそう言って公務作業に取り掛かり始めた。
俺たちは互いに見つめ合って、同時にため息をつきながら院長室を後にするのだった。
3
「もう!お兄ちゃん、遅い!」
「悪い悪い!ほら、オレンジジュース買ってきたから許してくれ」
俺は帰る前に、緋色の病室に立ち寄っていた。
ちなみに、陽和は外で待っているそうだ。
正直を言うと、そっちのほうがありがたかった。
もしもこの場にいたら「その女、誰?」と、緋色に問い詰められていたかもしれない。
「それじゃ、俺はもう行くから。また明日な」
ただ、陽和を長時間外にいさせるのはあまりよろしくない。
その為、早めに退散しようと病室の外へ足を向けた。
「えー。もう行くのー?」
「晩飯作れなくなるから……。」
俺がそういうと、緋色は「そっか」と素直に引いてくれた。
「それじゃ、お兄ちゃん。また明日ね」
「おう。また明日」
4
「悪い。待たせたな」
「いえ、もうちょっとかかるかと思ってました」
俺が病院から出ると、扉のすぐそこに陽和がポツンと立っていた。
「あいつ、重度のブラコンでなあ」
「あはは……。ご苦労お察しします……。」
陽和が苦笑するが、もとはと言えば俺が他の男性を一切寄せ付けなかったからブラコンになってしまっただけで、緋色は何も悪くない。
「……じゃあ、帰るか」
「そうですね」
こんな夜中に一緒に帰るってなんだかカップルみたいだなと思いながら、俺たちは二人並んで歩むのだった。