クリスマスの次はお正月
あの後、何とか誤解も解けて今はホッとしながら夜ご飯の準備をしていた。
いやはや、逃げ回りながら誤解を解いてたからいつも以上に腹が減った……。
今日は夜ご飯の量をいつも以上に多くしようと思いながら冷蔵庫から食材を取り出すと、ふと、スマホを必死に見つめている緋色の姿が目に入った。何か動画でも見ているのだろうか。
「ひいろー、何見てんのー?」
気になってキッチン越しに聞いてみると、緋色は「ん~?」とイヤホンを外しながら気の抜けた返事をする。
「普通にニュースだよ。ほら」
そう言って緋色はキッチン内へと移動し、俺にスマホとイヤホンの片方を渡してくる。
俺は受け取ったイヤホンを右耳に入れてスマホの再生ボタンをタップする。すると当たり前ながらニュース動画が再生し始めた。
『クリスマスも終わり、今町ではお正月の準備がされています』
へえ。緋色の亊だから何か笑い要素のあるニュース動画だと思ってたけど、案外まともなものを見ていたようだ。
「……お兄ちゃん、私に対して失礼なこと考えたでしょ」
「気のせいじゃないか?そんなことより、もう年越しか。案外早いもんだな」
「あ、ちょっとわかるかも。なんか年を重ねるごとに時間が短く感じるんだよね。これなんて言うんだっけ……」
「あー……」
「————ジャネーの法則、ですよ。二人とも」
「「へえー。そうなんだ……って、ビックリした!」」
俺たちがなかなか思い出せずにいると、風呂に入るため一時帰宅した陽和が微笑を伴いながら会話に参加してきた。
いや、マジでビックリした。ノックやらインターホンを鳴らすやらしてほしい。いや、こいつの場合は合鍵を持ってるからそんなことを言っても「非効率ですよね」とニコニコしながら論破してきそうだ。ここは敢えて口にしないでおこう。
と、そんな考えは微塵も分からない陽和は「あ、そういえば」と思い出したかのように呟く。
「お正月の三が日にお父さんとお母さんがこっちに来るんですけど……」
「おお、いいじゃん。会ってきなよ」
確か陽和の両親は県外に住んでいるんだっけ。
中々会える機会は少ないのだからこれはいい機会だろう。是非とも家族団欒を楽しんできてほしいものだ。
そんなことを考えていると、陽和が「そうではなくてですね……」と、とても言いずらいといった感じで俺から目を逸らしている。
その仕草に俺は首を傾げるしかないのだが、一体どうしたのだろうか。
そんな俺の考えが顔に漏れていたのか、陽和がやっと口を開いた。
「そのですね、お父さんとお母さんが涼くんに会ってみたいと……」
「……えっ?」
一瞬耳を疑ったが、あいうえおと言ってみても俺の耳は正常だった。
えっと、これはつまり……。
「フユくんを見、極めよう、と、して、いるって事かも、ね」
「アキ……!」
俺の言葉を代行した、先ほど俺を追っかけまわして「疲れたからちょっと寝てくる」と言ってそれっきりだった秋穂ことアキは淡々とした様子で会話に参加してきた。
アキの言葉に俺は「やっぱりか」と少々困った顔を作る。
陽和の叔父である門脇颯太からは話は通っているはずではあるが、やはり心配なものは心配だ。
いや、というか不安要素しかないんだが……。
と、そんなことは置いといてと言わんばかりにアキが「フユくん、フユくん」と袖を引っ張ってくる。
「とて、も不安になって、るフユくんに、朗報、です」
「朗報?」
コテンと首を傾げるとアキが「うん」と首肯を打つ。
「私の、両親も、フユくんに会いたい、って」
「アキの両親って、奈緒さんと隆平さんか。元気にしてるか?」
「多分ね」
俺が興味本位で聞いてみるとアキは微笑みながら答える。そのやり取りに「あの……」とおずおずと手を挙げた。
「秋穂さんのご両親はどういった人なんですか?」
「あー……それは――」
陽和の質問に対して答えようとしたら、緋色から「待って」と俺の口許に手を押し当てて黙らせてきた。
「それは私が答えるから」
「別にいいけど……。どったの?なんか必死になって」
俺がそう聞くと「だって」と緋色は口を尖らせる。
「ここで私が喋っておかないと空気になりそうだったんだもん」
「あ、そういう……」
確かに地味に緋色が空気になりつつあったが、まさかこんなところに打開策を用いてくるとは恐れ入る。たしか文化祭前も緋色は空気になっていたのでその経験を活かしたのだろう。
そんな俺の感心は他所に、緋色は咳ばらいをした後に口を開いた。
「アキちゃんのお母さんは萩原奈緒さん。看護師をしててとっても優しいんだよ。私も何回かお世話になったな」
「へえ、そうなんですか。それで、秋穂さんのお父さんはどのような人なんですか?」
「……なんかやけに陽和さん食いつき良くない?」
「涼くんの知人ということは、何かある人なのかなって思いまして」
「それ言うと私たちも何かある人になっちゃうけど……」
陽和の回答に緋色は苦笑する。
しかし、なるほど。俺も緋色と同様に陽和の食いつきがいいなと思っていたが、そんなチンケな理由だったとは……。ふと、アキの方を見てみるとやはり彼女も苦笑いだ。
うん。さすが俺のカノジョっていう感想に留めておこう!
そんな俺の脳内の奮闘は露知らず、緋色は続ける。
「それで、アキちゃんのお父さんなんだけど、萩原隆平さんっていって、そりゃもうイケメンだよ。それに優しくて刑事もしてるからとっても強いし」
「へえ……」
緋色が「お兄ちゃんほどではないけど」と付け足した後、はあっと溜息を吐く。どうやら精神的に疲れたようだ。
だが、陽和はそんなことには気づいていないようで、目をこれでもかという程にキラキラと輝かせている。
「どうしたの陽和」
「えっ?」
「いやなんか、めちゃくちゃ楽しみそうな眼をしてたから」
「えっ、そうですか?」
コクリと頷くと、「お恥ずかしいばかりです」と陽和は顔を紅に染める。
「そのですね、二つの家庭が来るじゃないですか」
「うん」
「つまりはお年玉にそれなり期待できるじゃないですか」
「現金な理由だなあ……」
「だから言いたくなかったんですよ……」
俺が聞かなきゃよかったと後悔していると、陽和は言わなきゃよかったと後悔する。
そんな様子を見かねた緋色が「はいはいそこまで」と手をパンパン叩いて、羞恥に終止符を打つ。
その一言に熱くなっていた頭が一気に冷めていつもの顔色にお互い戻る。
それを見た緋色は「まったく……」と呟いた。
「お兄ちゃんと陽和さんはホント少しの隙にイチャイチャしだすんだから、ホントに目の毒ですー」
「別にイチャイチャなんか……」
俺の否定の言葉に緋色は「そう?」と不機嫌そうに頬を膨らます。
しかしその態度も束の間で、すぐさまに何か思いついたようにニタァと笑った。
「なんだよ……」
「べっつにー。お兄ちゃんと陽和さんのイチャイチャのレベルが高すぎるなって思っただけー。そんなことよりもお兄ちゃん、お腹すいたー」
「はあ……。分かったよ」
緋色の謎な態度を疑問に思いつつも、夜ご飯はきちんと作らないといけないのでキッチンへと向きなおす。
そして陽和たちはリビングへと移動し、俺の料理を今か今かと待つようにこちらをジッと見ていた。
俺はチラッと緋色の方を見る。すると、視線にすぐ気づいた緋色はニコッと微笑みを返してくる。
そんな緋色に対して俺は――
「本当に何なんだ……」
そんな言葉をぼそっと呟き、疑問をただただ募らせていくばかりなのだった。




