忙しい日々と明日
あれから五日が経ち、テスト後の余韻も大分冷めてきた頃、俺たちはクリスマスパーティーの準備を独自に進め、あと三日というところまで来ていた。
そんな中、俺はというと……。
「冬島くん、好きです!付き合ってください!」
クリスマスパーティーで必要になる機材を運んでいた途中で、何故か一人の女性に捕まってしまい、愛の告白を受けていた。
いやはや、何故こんなクッソ忙しい時に来るのかと心の中で悪態をついてしまうが、相手は勇気を出して俺に告白してきているのだからそういったことを思うこと自体が失礼というものだろう。
俺は一つため息をつき、その子を見つめる。
えっと……
「どちら様で?」
「え?」
…………あー、ヤッチマッター。告白しているのに名前が知られていなかったことはショックが大きいだろう。
十中八九、その子は少々顔を引きつらせながらも「水戸です」と答えた。
うん、偉い。偉いぞ。今回悪かったのは俺だ。相手の名前を知らなかった俺が圧倒的に悪い。
ううっ、涙が出てきた……。
「え、えぇ……。大丈夫?」
「ああ、悪い」
流石にこれ以上引かれるわけにはいかないので、零れかけた涙を拭って改めて向き直る。
「それで、お付き合いをお願いしたいって話だったな」
「う、うん。だから……」
「ごめんなさい」
俺が深く頭を下げると、水戸と名乗った子が「えっ」と疑問の声をこぼす。
その声音を聞くだけで胸がチクリと痛むのだが、しょうがない。俺には好きな人がいるのだから。
「なんで……」
その疑問はもっともだろう。振ってしまった彼女には知る権利がある。
なので俺は、理由を述べるべく口を開いた。
「俺はさ、特に仲がいいわけでもない人と付き合うつもりはないんだ」
「付き合いながら親睦を深めるのは……」
「そんなやり方じゃ絶対長続きしない。……俺の考えを押し付けるつもりはないんだけど、俺にとって交際というのは、互いが好きという感情を持って接してはじめて成立するものだと思ってる。だから、俺は君とは付き合えない」
俺の言葉に水戸は「でも……」と返す。
強情だなと思たものの、相手にこれ以上傷付いてほしくないので言葉にせずに優しい言葉で乗り切ろうと思っていると、ふと俺の後ろからガサッという枯葉を踏んだような足音が聞こえた。
「そんなに涼くんに固執しても、涼くんはあなたのことを見てくれませんよ」
後ろから聞こえたそんな言葉は、聞き覚えがあり、慣れしたんでしまった声で発せられた声だった。
後ろを振り向くと、そこには装飾品を一杯に詰まった段ボールを抱えながら微笑んでいる陽和が居た。
「陽和……!」
俺が驚いたような声で陽和の名を呼ぶと、陽和はニコッと笑って水戸の方へと向き直る。
「盗み聞きしてしまってごめんなさい。でも大切な友人が困っていれば助けるべきだと思ったんです」
「……あなたには関係ない」
「ええ、そうですね。ですが、涼くんに無粋な感情を持って近寄ったことに対しては少々頂けないかなと」
その言葉を言った時の陽和の表情はどこか底知れぬ冷たさを感じてしまう程、完璧な笑顔だった。目が笑っていないと言ってもいい。
そんな表情を水戸は正面から見ているもんだから「ヒッ!」と小さく声を上げ、身じろぎをしている。
すげえ……。陽和パワーすげえ……。どんなパワーかは知らんけど。
「そ、それじゃあ、私はこの辺で……」
陽和の笑顔が怖かったのだろう。少々足早に水戸はこの場を去ってしまった。
陽和は水戸の去った姿を見てしばらくしてから、「ふう……」と消えそうなほどに小さなため息をついた。
その様子を俺はしばらく傍観してしまうのだが、何も言わないのは失礼だとすぐに悟った俺はすぐさま陽和に声をかける。
「悪い陽和。あんなことを言わせて」
「えっ?ああ、大丈夫ですよ」
「涼くんの為ならおちゃのこさいさいです」と陽和は優しく笑顔ではにかんでみせる。
確かに陽和は先ほど、何のためらいもなく俺を助けてくれた。
ただ、陽和のあのような怖い一面を見て水戸という子は黙っていないだろう。良くて恨みを買い、悪くて陽和の悪い噂を流される可能性がある。つまりは陽和は悪役になってしまったということだ。
陽和はこのことに対して特に気にはしないんだろうが、俺が気にしてしまう。
俺が陽和を悪役にしてしまったようなものなのだから。
「ほんとにすまん。陽和」
俺が頭を深く下げて感謝の意を示すと、後頭部越しに「むうー」と、陽和の不服そうな声が聞こえてきた。
「‟すまん”じゃなくて‟ありがとう”と言って欲しくてしたことなのですが?」
「え?」
思わずそんな気の抜けたような声が漏れ出てしまう。
陽和は基本的に恩を着るようなことは遠慮するタイプの子だ。そんな陽和がありがとうと言って欲しいと言うのは極めて珍しく、むしろ聞いたことがなかった。
俺が戸惑いを隠せずにいると、陽和は「はよ言え」と言わんばかりに俺の頬を人差し指でつんつんしてくる。
この行動は男的にはそこそこにクるようなものなのでできれば早急にやめてほしい。ただ、そんな心の声など聞こえるはずもないので、さっさと終わらすために俺は口を開いた。
「……ありがと」
少々気恥ずかしさを覚えてしまい、そっけなくそう言ってそっぽを向くと、陽和はキョトンとして俺を見据える。
「な、なんだよ……」
「いえ、何というか……、涼くんって意外と素直じゃないけど、そういったところも可愛いなと」
「男に可愛いは誉め言葉じゃないからな」
男にとってはカッコイイと言われた方が嬉しくあり、可愛いと言われれても特に嬉しくない。なので陽和に可愛いと言われても特に嬉しくはない。できればカッコイイと言って欲しいが、そんなことを口にすれば陽和に俺の気持ちがバレてしまうので口にはしない。
だが陽和は「そうですか?」と疑問を口にする。
「確かに最初は涼くんはカッコよかったですけど、最近は可愛いという印象が強いですよ」
「そんな印象を持たれても困るのだが」
「私が涼くんのことをどう思おうと勝手ですよね」
「確かそうだが……」
俺がどんなに否定の言葉を並べても陽和は正論で返してきて埒が明かない。
何とも言えないしょうもない絵面に思わず苦笑してしまう。
そんな俺の様子が不思議に思ったのだろう。陽和は「何なんですか」と不服そうに頬を膨らませている。
「悪い悪い。……さて、そろそろ戻らないと皆に心配かけちゃうから戻ろう」
「話をそらさないで下さい」
「じゃあ、陽和だけここに残るの?」
「一緒に行きますけど……もう」
やれやれと言わんばかりに陽和はため息をついて歩き出し、俺の隣に立つと、陽和は俺の手を取ってギュッと繋いだ。
「陽和?」
「はい」
「……いや返事を要求したんじゃなくて、何をやっているのかを聞きたいんだが」
「手をつないでるんですよ」
「いやそういう……はあ、もういいわ」
何を言っても無駄な気がしてしまい、この予感がした時は大体当たるので、もうどうにでもなれと思ってこれ以上追及はしなかった。
陽和は許可が出されたことに機嫌をさらに良くしたようで、繋がれた手がブンブン前後に振り回せれる。
なんとも健気な子だなと思いながらも、そのことを言ってしまえばせっかく良くなった機嫌が悪くなってしまうので口をつぐんですぐ隣にある陽和の手の温もりを感じながらともに歩き出した。
33
あの日から二日が経ってクリスマスパーティーも明日となった今日、俺たちは最後のリハーサルを会場である体育館で行っていた。
「それでは次に、佐神渡からのエンディングセレモニーだ!とくとご覧あれ!」
司会を受け持つことになった流星マイク越しにそう言うと、さっきまで閉じていたステージの幕が開く。そのステージ上に立っているのは、先ほど流星が呼んだ佐神渡である。
渡の手にはマイクが握られており、渡はそのマイクで声を響かせる。
「皆、こんばんは。佐神渡です。今日の締めくくりとして今回は歌いたいと思います」
聞いてくださいと渡が言うと、体育館全体に穏やかな音楽が響き始めた。
この曲はクリスマスでは定番と言って良いほどに有名な曲で、楽しませるというよりは感動させるような曲調だ。ちなみにこの曲を選曲したのは俺だ。今回準備に参加してくれた人の中で一番音楽が分かっているのはなぜか俺だったので、陽和、アキ、流星、渡の四人にどういった曲がいいか希望を聞いて選曲し、渡に音源を渡した。
そうこう考えていると、渡が歌い終わったようだ。体育館にさっきまで響いていた穏やかな曲調の音楽が無くなっていた。
渡は正面に一礼してからステージ脇に移動し、ステージ上の幕が閉まる。
「それじゃ、エンディングセレモニーが終わったということでクリスマスパーティーもこれで終わりだ。
今日はお越しいただきありがとうございますだぜ、てめえら!」
うん。流星は敬語という概念から覚えるべきだったな。
ちょっと後悔していると、照明器具の隣に立っていたアキがいつの間にか俺の隣に立っていた。
「お疲、れ。フユくん」
「おう、お疲れ」
俺は陽和と共に会場の装飾を担当していたので、このリハーサルは特に何もしてないのだが、とりあえず空気に合わせておこうと返答する。
「いよいよ明日か」
「緊張、する?」
アキが悪戯っぽく微笑んで俺の顔を覗いてきて思わずドキリとしてしまうのだが、その感情を押し殺し、「まさか」と優しく微笑み返す。
「俺と陽和は本番はほぼ出番無いから緊張もへったくれもないよ」
俺の明らかに強がった言葉にアキは「そうだ、ね」と笑い気味に返事をする。
なんだか強がったことに対して笑われてしまっているような気もしなくないのだが、気のせいだとおもうことにしよう。
「そうい、えば、陽和ちゃん、は?」
「ん?あいつは用があって先に帰った」
「明日、が本、番なの、に?」
「しょうがねえだろ。アイツだって暇じゃないんだから」
宥めるようにそう言えば、アキはま、いっかといった感じでコクリと頷いた。
その様子を見ながら、俺は明日が楽しみだと胸を躍らせた。そのことが顔に出ていたのか、アキはクスクスと笑って微笑ましそうに俺を見ている。なんだか、明日遠足だけど楽しみすぎて眠れない子を見ているような目で、俺は思わず表情筋に意識を固める。
アキはその様子を見て「今更表情を意識しても」と苦笑する。確かにそうだが、女の子にゆるゆるな自分を見せるのは嫌だという男心を分かってほしいものである。
ただ、アキはやれやれといった様子で俺を見据えるので、いくら言及しても無駄だなと大人しく引き下がった。
「明日が楽しみだな……」
突然俺が言った言葉にアキは一瞬キョトンとするのだが、すぐさま微笑んで「そうだ、ね」とはにかんでみせた。
「本当、に、明日、が楽し、み」
そう言ったアキの顔には、本当に楽しみだと言わんばかりのとびっきりの笑顔が張り付いていた。
俺はその顔を見てさらに笑みを深くして明日を待ち遠しくするのだった。




