世界一可愛い君とブラコン妹
「あ、お兄ちゃん、今日は遅かったね」
「日直だったからな」
俺はあの後、妹が入院している病院に来ていた。
俺がカラっと笑って見せると、妹もつられて笑う。
「今時、日直の仕事も重労働ですなあ」
「いや、慣れれば案外楽だぞ」
「私は慣れたくないなあ」
そう言って遠い目をする妹。名前は冬島緋色。
ちょっと重い病気を患っており、ここ、門脇総合病院に入院中だ。
そんな緋色は何やら不思議そうな顔でスンスンと鼻を鳴らしている。
「どうした緋色。俺匂ってるとか?」
「いや、臭いとかじゃなくて、なんかいい匂いしてるなって。お風呂入った?」
「おお。よく分かったな」
緋色の予想は正解だ。
あの後、濡れてしまったので、家に帰ってすぐにお風呂に入ったのだ。
それを匂いだけで当ててしまう緋色に感心して思わず苦笑してしまう。
「あ、緋色。新しく着替えを持ってきたから、ここに置いとくぞ」
「わーい!お兄ちゃんすきっ!結婚しよう!」
「意味わからんことで結婚しようとか言うな」
そう言いながら抱き着こうとしてしてくる緋色の手を、渋い顔を作りながら撥ね退ける。
……見ての通り、緋色は重度のブラコンだ。原因は……俺だ。
まあ、一言でいえば、緋色の話したことのある異性が俺とこの病院の院長しかいないため、こんなブラコンのド変態になってしまった。……ええんか、それでええんか緋色。
本日も緋色の変態ぶりに付き合っていると、周りから怨念の籠った視線を向けられる。
実は緋色はこの病院で意外と人気がある。まあ見てくれはいいからなあ。……変態だけど。
そんな理由もあり、何故か病院内では「緋色のことが大好きなシスコンド変態」という根も葉もない噂が広まっていた。どこがシスコンだ。むしろ立場的に真逆だ。
「……緋色、下のコンビニで何か買ってくるけど何がいい?」
ちょっと周りの視線が痛かったので、そこから脱出しようとそんなことを聞いてみると、緋色はわざとらしく体をしならせた。
「お兄ちゃんと私の結婚式場かな♡」
……緋色の頬を引っ張り上げた。
「……ふざけるなら二度とここには来ねえぞ」
「ほへんははい(ごめんなさい)」
「まったく……」と呟きながら緋色の頬から手を放す。
「それで、何買ってきてほしい?……式場とか言ったらひっぱたくからな」
「もうっ、お兄ちゃんったら照れ隠ししちゃって……」
こいつっ……!
あまりのウザさにイラついて、キッと睨みつけると、緋色はバツが悪そうにシュンと縮こまった。
「オレンジジュースでお願いします……」
「分かった」
シュンと大人しくなった緋色を背中に、俺は部屋を後にするのだった。
2
ある程度の商品をコンビニで買い終え、再び緋色のいる病室に向かおうと荷物を持ちながらコンビニの扉を通過したその時だった。
「あ、涼君」
突如、俺の名前が背中から聞こえる。
誰が俺の名前を呼んだのかは振り返らずとも分かる。
「何ですか。門脇院長」
俺は振り返りながらその者の名前を呼んだ。
視界に映ったその人は、ちょっと髭のはやした40半ばのおじさんだった。
彼の名前は門脇颯太。この門脇総合病院の院長をやっている人だ。
「いやあ、探したよ。院内には入ったとは聞いていたんだけど、全く見当たらなくてねえ」
「緋色の病室にいけば良かったのでは?」
「一応行ったけど、緋色君からはコンビニに行ったと聞いてね」
そう言って門脇院長は「大変だったんだよ」とはにかんでみせた。
俺はその様子に一つため息を小さくついた。
「それで、俺に何の用ですか。院長」
「院長って、いつもどうりの呼び方でいいのに……」
「……じゃあ、おっちゃん。何の用?」
俺が「おっちゃん」と呼び、それでいてため口で話すと、颯太はうんうんと頷いた。
「いや、細かく言えば僕ではなくて僕の姪がね」
「おっちゃんの姪?」
俺が首を傾げると、颯太は「ついてきて」と言って歩き出した。俺もそれにつられて歩き出す。
ー数分後ー
楓太に連れてこられたのは院長室であった。
颯太は院長室の扉を力強く開けると、中にスルリと入っていく。
俺も「失礼します」と一礼してから入ると、中には颯太の他にも一人、制服を身に纏った少女がポツンと佇んでいた。
「叔父様、お帰りなさい」
そう言って栗色の長い髪をたなびかせる少女、櫻井陽和がそこにいた。