行ってらっしゃい
「つ、疲れた……」
俺は校舎裏にある水道で、誰もいない空間に呟いた。
別に体育館前の水道でもよかったのだが、そっちは混んでいたのでしょうがなくここで水分補給を済ませていた。
ちなみに、先ほどの2百メートル競走は見事一位を獲得し、個人での賞状が確定となった。
テントに帰ってくるなり、男子からは「文武両道ですなあ」と言われ、女子からは「すごいね!」と話しかけられるし、本当にコミュ障な自分としては疲れる展開となってしまった。
「あの、涼くん……」
俺が帰りたくないと内心で泣いていると、ふと聞きなれた声が俺の名を呼んだ。
ビクリと体を震わせながらそちらを向くと、栗色の髪をした少女がいた。
「なんだ陽和か……」
「愛しの隣人になんだは失礼じゃないですか」
「いや、愛しのって……」
思わず苦笑してしまう。
確かに陽和は大切な友人ではあるが、愛しいかどうかと問われるとちょっとなあって思う。
そう思って返したのだが、なんだか陽和はほんのりと不服そうだ。
「涼くんって鋭い時もあれば、鈍い時もありますよね」
「それ、褒めてんの?貶してんの?」
「どちらかというと貶してますね」
「おいこら」
「フフッ。すみません」
俺がちょっと拗ねるように言ってみれば、陽和に笑われた。けど実に楽しい。
なんだかまるで家族みたいな、そんな感覚だった。
「あっ、そういえば一位おめでとうございます。凄く早かったですよ」
「ありがとう。そういう陽和こそ凄く速かったぞ」
俺はそう言いながら陽和の頭に手を乗せて優しく撫でた。
やってしまったとすぐに気づくも陽和は心地よさそうに目を細め、なすがままにされているので、良かったと内心で一息ついた。
「……いつっ」
「へっ。あ、ごめん」
はい。よくありませんでした。
慌てて撫でていた手を離すと、陽和が「いえ、そういうことでは…」と申し訳なさそうに言った。
「その、足を先ほど痛めてしまって……」
そう言って靴を脱いだ陽和は、靴下越しに俺に足を見せてきた。
俺がその足を取り、しゃがんで見てみると、白い靴下に透けて、赤くなっている足が見えた。
ちょっと軽くニギニギしてみると、陽和の顔が苦痛の色に染まるので相当なようだ。
「お前、この後の全員リレー走れる?」
今日の運動会の最後にクラス対抗の全員リレーがある。
つまりは、陽和はあと一回、全力で走ることが求められる。
俺の質問に陽和は苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
「……分かりません。ただ、痛くてつらいというのはあります」
「ん。素直でよろしい」
「私がここで嘘をつくとでも思っているんですか?」
「いんや。けどここで嘘をつかないのは美徳だと思うよ」
普通の人ならば、ここで強がって無茶をしてでも出ようとする。まあ、その場合はだいたい破綻するけどな。
けど、陽和はそれを理解して正直に話してくれているので本当に素晴らしく思う。
俺が称賛の言葉を送ると、陽和はほんのり満足感のある表情を作った。
「……待ってろ。保健室から保冷剤持ってくるから。どうしても辛いならテーピングもするが……」
「いえ、冷やすだけで十分ですよ」
「そっか」と返しながらその場から立って回れ右する。
「水でも飲んで待っててくれ」
「はい。行ってらっしゃい」
なんとも破壊力抜群な言葉を受けて、俺は一時的にその場を後にした。




