第1章 英知の結実(1)
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聖竜歴1243年8の月20の日――
緑土竜ウルペトラ・保有国レダリメガルダ帝国首都レダリム――。
王城謁見の間――。
「隣国、非保有国ケリムガルドは降伏の意を表明いたしております。陛下に置かれましては、寛大なご処断を賜りますよう、謹んでご進言申し上げるところです――」
レダリメガルダ帝国宰相コーウェル・マクダリオンは、仰々しく進言した。
「もう少し早く降伏すればよかったものを――。あやつらの抵抗のせいで、我が帝国軍は予想以上の損害を受けたのだ。初めから降っておれば、こちらの損害もなかったものを、余計な抵抗をすればその代償は高くつくことを、近隣の非保有国どもに見せつけねばならん。ケリムガルドの王城とその城下町はことごとく破壊しつくせ。城下町にいる民衆どもと共に土に返すのだ。一切の温情はかけぬ。我に歯向かったことを後悔しつつ、朽ち果てるがよいわ」
レダリメガルダ帝国国王グレゴリオ・ヴァン・レダリメガルドは冷たく言い放った。
「はっ。ご命令とあらば……」
宰相コーウェル・マクダリオンもこうなっては打つ手がない。
「早速、契約に基づき緑土竜ウルペトラを差し向けることといたします。ケリムガルドの王都に明日の光が射すことはないでしょう……」
「うむ。そうせよ」
帝国国王グレゴリオはそういって右手の手の甲をコーウェルの方へ向けて振り、下がれという意思表示をした。
――――――
コーウェルは、謁見の間を退出し、王城を出て、緑土竜ウルペトラの控える竜宮へ向かった。
竜宮は王城のすぐ隣に建造されている、竜を控えさせる建築物だ。聖堂と言ってもよいか。
この世界には四聖竜という存在がいる。この四聖竜と契約を交わし、竜への供物と交換にその戦闘力を借りるという契約、竜契約を交わしている国を『保有国』と呼ぶ。
『保有国』はその聖竜の力を盾矛として、周囲の小国ににらみを利かせ、他の3国の保有国との均衡を保つことによって、世界の安定を図ろうとしていた。
いわゆる、竜抑止力理論である。
ごくまれに、この保有国の意に反して反逆を起こそうとする小国が現れるが、これまですべて、この四柱の聖竜によって駆逐されてきていた。
今回の事案もいつもと同じであった。レダリメガルダ帝国の隣国のケリムガルドが帝国に反逆を企てたのだ。
事の発端は、ケリムガルド王国の国王の后が若く美しいと聞き及んだグレゴリオ《レダリメガルダ帝国国王》が、その后をレダリメガルダ帝国の領事として出向させよという命令に対し、ケリムガルド王国国王ランサー・ケリムガルが断固拒否の意向を返し、レダリメガルダ帝国から差し向けられた迎えの馬車一行を、王都から締め出すという無礼を働いたがためであった。
コーウェルは、裏から手を回し、ケリムガルド国王ランサーに、謝罪して許しを請うようにと取り計らったのだが、すべては徒労に終わった。
「ふう……。たかが女一人のために国を失い数千の国民の命をも失うことになろうとは。悲惨なものであるな、王の器にない王を持った国というものは――」
思わず口から漏れ出てしまったものを、聞いていたものがいた。
『ふん、なにが王の器だ。この国の王もたかが知れているではないか――。お前たち人間どもなぞ、我から見ればすべて塵芥と何も変わりはせん。そのような些末なことで起こされ出向かぬとならぬ我の身にもなってみろ』
「あ、いや、これはとんだ失礼を。しかしながら、それこそが我が帝国と御身との契約でございまする。なにとぞ、ご容赦願いたい」
『ふん。それもわかっておるわ。気乗りはせぬが、それもまた契約。果たさねばならぬのも承知――』
「ご心中、お察し申し上げる。宜しくお願い仕る」
『ああ、すぐに行って、終わらせてくるさ――――』
そう言った後、その声の主の気配はすでにそこにはなく、王都の上空でけだるそうに唸る竜の咆哮のみが響き渡った――。
――――――
数時間後、ケリムガルド王国の王城および城下町は聖竜の襲来を受け、ことごとく破壊、蹂躙、虐殺され、すべて皆殺しとなった。
聖竜が去った後には、すでに町の痕跡や生命のかけらも存在せず、ただ瓦礫と灰が残るのみであった。
これによりケリムガルド王国は滅亡、その領地はレダリメガルダ帝国へと編入された。