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金木犀:薫りの音楽
その懐かしい香りのする先からは
拙いピアノの音が聞こえてくる
金木犀の生垣の向こうでは
きっと小さな女の子が一生懸命
楽譜に向かって練習している
その煌めきは仕事帰りの癒しとなり
いつもなぜか立ち止まってしまう
そんなある日玄関から
可愛い少女と母親が現れた
「ピアノ、上達しましたね」
思わずかけたそんな僕の言葉に
少女はさっと母親のスカートの影に隠れた
「まだまだなんですけどね」
柔らかく微笑む母親の側で
少女がモジモジとたたずむ
可愛らしいオレンジの丸い音符が
小さく四方に開いて
芳香という音素を放つ
パッセージは光沢ある常盤の葉に宿り
いずれ完成した音楽となる
成長した少女の演奏を
父として見守ることになるだろうとは
この時の僕には想像だにできなかった……




