第2話 悲劇の豚野郎達
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切り裂くような悲鳴のあと、続くように男女の叫び声が聞こえてきた。なにやら騒々しい物音も耳に入ってくる、鉄と鉄がぶつかり合うような、金切り音に似た音。キーラは顔を真っ青にして、扉へ走り寄ると振り返って私に告げた。
「ここにいてください! 外は危険ですから!」
とだけ言って出て行ってしまった。
残された私はどうしたものかと思案する。
未だに男女の悲鳴が聞こえてくる、大勢がこの建物を通り過ぎる音もだ。いったいなにがあったというのだろうか、只事ではないことだけは確かだ。
「ここにいてくださいとは言われたけれど、それは無理な話だろう、可愛いキーラが危険な目にあっていたら助けなきゃだしね」
私は躊躇いなく扉を蹴り開けた。
その瞬間、赤くて熱い液体が私に降りかかってきた、目の前には男性の背中が見える、不思議なのことに刃のようなものが背骨ごと肉を切り裂いて露出していた。呆気に取られたのは一瞬。倒れ伏す男性の向かい側にいた存在に、私は多少混乱してしまったのである。それは、豚だった。
どう見ても豚にしか見えない二足歩行の生き物が、その手に持つ大きな剣で男性を刺し殺していたのだ。
その、豚野郎は私に気が付くなり、ブヒブヒと下品な鳴き声らしきものを発してこちらに走り寄ってきた。なるほど、これは確かに只事ではないな。刃の切先をこちらに向けて刺突しようとしてくるこの豚野郎の突進をギリギリのラインで避けると、分厚く肉が乗っている奴の手を思いっきり殴り、剣を叩き落とした。
「ブヒ?」
まさか人間にそんなことをされるとは考えていなかったのだろう豚野郎は間抜けな声をあげて、あり得ないものを見る目で私を見つめた。熱い視線サンキュー、でもお前の存在ノーサンキュー。私は剣を蹴って拾い上げると、豚野郎の首を斜めに叩き切った。噴水のように血を撒いて倒れ伏す豚野郎を見下ろして、一撃でオシャカになった剣を投げ捨てる。奴の首はかなり頑丈のようで、無理矢理切り裂いたから刃が折れ曲がったのである。
未だに悲鳴は続いている。豚野郎はこれ1匹ではないようで、そこらで人間達を襲っていた。これはこれは面倒なことだ。本来であれば逃げ出していることだが、私を救ってくれたキーラと滞在の許可をくれた村長の暮らす村である。助けない道理はない。ということで、これから屠殺を開始する。目標は豚、豚、豚、二足歩行の下品な豚だ。
「今日は焼肉っしょーッ!」
まず手始めに、近くで子供を襲っている豚野郎に強襲を仕掛けたのだった。
───
キーラが見つからない。
既に豚野郎を7匹近くぶち殺したが、未だにキーラの姿が見えなかった。もうどこかに逃げているか隠れているかしてくれているかもしれないが、なぜか不安な思いがあった、嫌な予感がするというやつだ。私は血で濡れた顔を袖で拭くと周りを確認する。多くの人々は私のおかげもあり逃げ果せている、間に合わず死なせてしまった人もいるが、そればかりは運がなかったと諦めてもらうしかない。私は美女であり天才でもあるが神のように万能ではないのである。
「キーラー! どこだー! 返事しておくれよー!」
村中を歩いて回る。そこまで大きくはない村だ。どちらかといえば小さいと言っていい。人口は60人もいれば多い方だろう。今日で20人近く減ってしまったので、自然消滅するかもしれないなと思った。このような脅威がいるのだから、もっと大きな集落を作った方がいいんじゃないかとも思うが、色々と事情があるのだろう。他所から来た私があれこれ言うことではない。
「マジでいないな。逃げたのかなぁ……ん?」
近くの馬小屋から物音が聞こえた。
逃げるのに馬は使わなかったのか。
そういえばこの中は見ていない、私は堂々とした足取りで馬小屋に入って行った。するとそこにはまだ生きていた豚野郎がいて、キーラが服を破られ組み伏せられていて──。
その光景を見た瞬間、私の怒りは有頂天を超えた。生まれてから一度もここまで思いっきり何かを蹴ったことはないだろうという渾身のハイキックを背後から豚野郎のこめかみに打ち付けてやったのだ。その勢いは凄まじく、馬小屋に大きな穴を開けて吹き飛ばされ、家屋をふたつほどぶち抜いた。相手が人間だったら血と臓物の霧になっていたかもしれない。
いまの蹴りで私の右足の親指と薬指、中指の骨が粉砕したが、痛みはなかった。アドレナリンがどっぱどっぱと過剰なほどに出ているのかもしれない、まあ私にアドレナリンはないのだが。
ところで、豚野郎はどうなった、こちらに向かって来る様子はない、いまので死んだのか。
いや、腐れ豚野郎のことなど、どうでもいい。
私はキーラに駆け寄る。
彼女は意識を失っているようだった、どうやら犯された形跡もない、間一髪だった。思わず、深い、深いため息が口から漏れて出た。
「良かった」
いま私が着ている服は黒のスーツだ。
それを脱いでキーラを覆う。彼女の衣服はビリビリに破られていた。私はワイシャツの袖を捲り、包帯を剥ぎ取って腕を露出する。薄い色で細身の腕が見える、産毛の一本すらない綺麗な肌だ。
「さて、と」
指を鳴らす。腕を回す。首の骨を鳴らす。
このあと自分がすべきことはわかっている。
軽快な足取りで、吹き飛ばした豚野郎の元へ向かう。が、姿が見えない。よく見れば地面に血の跡が続いていた。かなりの重傷を負ったようだが生きている、ここから逃げ出したようだ。深追いする意味はないと思うか。私は思わない、脅威は殺せるうちに殺しておいた方がいい。後顧の憂いを断つ……というやつだ。その血の跡を追って歩く、行き先は遠くに見える森だ。もう夜も遅いから暗闇だが、私は夜目が効くのでよく見えた。森に入ると、ずいぶんと茂っていた。まるでアマゾンの奥地のようだった。アマゾンの奥地に行ったことはないが、こんな感じだろう。少しばかり歩いて、血の跡が途絶えた。
「あれ?──おぶぁっ」
立ち止まった瞬間、後頭部を殴られて、思い切り身体を大木にぶつけてしまった。その衝撃で葉っぱがパラパラと私に降りかかる。背後から嬉しそうに鳴く豚の声が聞こえた。私は振り返り、ニッコリ笑った。
すると、豚野郎は笑うのをやめて、驚愕の眼差しを私に向けたのである。
「……殺したと思ったか? いまので? まぁそうだな、普通は死ぬわなあ、そんなもんで殴られたら」
と、豚野郎の獲物を指差した。奴が持っていたのは巨大なハンマーである。軽くド突いただけで痣が出来そうな代物だ。そんなもので思いっきり頭を殴られたら人は死ぬのだろう。だが、それは普通の人間だったらの話である。
「私はさぁ」
明らかに戦意が喪失し怯えている豚野郎に、まるでフレンドのように話しかける私。何が怖いんだろうね、奴はとうとう失禁してしまった。
「キーラに名前は覚えてないって言ったけれど、全部忘れてしまったわけではないわけよ。自分が何者かなんて、そんなことならバッチリ覚えていた」
何度か拳を握っては開いてを繰り返す。
そうして、ファイティングポーズをとった。
「なあ、お前、コイツがどう見える?」
私の両腕が変貌を遂げた。
前腕が開き人口筋肉が露出、骨格の役割をしてるアームがくの字に展開。
一瞬にして刃の形に変形した。
腕の一部だけがカマキリの刃になったようだ。
「両腕部開放、超高振動粒子剣展開」
腰が抜けて泣き叫ぶ豚野郎に、私はゆっくりと歩み寄った。腕から破滅的な音を鳴らしながら。