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第1話 落ちてきた愛

感想よろしくお願いします。

 

 曇天を切り裂いて落下する小さな影。

 彼女は眠っていた、安らかな表情だ、遥か空から地上に向かって真っ逆さまになっているとは思えない顔つきである。良い夢を見ているのか、もしくは夢を見ていないから、このように安心しきった顔をしているのかは定かではない。ひとつ言えることは、いまの彼女に抗う術はなく、その身を任せるままに落ちて行くのみであった。


 地上で彼女の存在に気が付いたのはひとりの少女だった。少女は摘んでいた花を、驚きのあまりぶち撒けてしまって、慌てて彼女が落ちるであろう場所まで全速力で走ったのである。


 彼女が落ちたのは、海だった。


───


 目覚めたとき、最初に知覚したのは嗅覚だ。

 カビと雑草が入り混じったような臭いが鼻を何度も叩いて叩く。次に視界が広がって、所々穴の空いた薄汚れた天井が見えたのだ。身体に痛みはない、少しばかり動かしにくいと思ったのは、全身に包帯が巻かれてあるからだった。私はなぜこんなところにいる、私はどうしてここで寝ているんだ。沸いて現れる疑問の数々を解消する術はない。やや怠さのある身体を起こして周囲を窺う。古びた家屋だ、いや、もはや寂れた倉庫だ。なんだここは。

 情報収集、する必要もないくらいには物がない。

 テーブル、イス、棚のひとつも存在しない。

 拉致、誘拐? それにしては拘束もされていない。ではいったい、この状況はなんだ?

 窓すらない。見たところ触れたら壊れてしまいそうな木製の扉しかない、外の様子を確認する為に、私はドアノブに手を伸ばそうとした。

 その瞬間、不意にがちゃりと音が鳴って、扉が開いたのである。


「あっ」


 そこには長い黒髪をボサボサにした、15かそこらの女の子が、水の揺れる桶を片手に立ち尽くしていた。150センチもない彼女を見下ろす、お互いの視線が交わる。


「お身体、大丈夫ですか?」


 鈴のような、聞き心地の良い声だった。

 お身体、大丈夫? もしかして私を包帯まみれにしたのは彼女なのだろうか。何も答えない私に彼女が不安そうな表情をしている。

 

 眉を下げて、よく見れば可愛らしい顔だ。

 なんというか小動物のような顔なのかも。

 チワワか、いやハムスターか。

 目が大きくて、ぱっちりとした二重瞼。

 長いまつ毛が自然に上を向いている。

 唇は小さいながらもプックリとしていた。

 何か化粧をしているわけでもないだろうに、桃色で綺麗だ。

 庇護欲を唆るというか、父性を唆るというか。

 身体の線も細くて弱々しくい、若干骨が浮き出ていて、栄養が足りていない感じ。くっきりと鎖骨が浮き出て、撫で回したい衝動に襲われた。


 そして服装は……なんだろう。

 一昔前の西欧の庶民が着ていたような、シンプルでワンピースに似た形のない服だ。白色で、腰の周りを茶色のベルトで締めている。特徴のない衣服だが、それが彼女の可憐さを引き出していた。


 そして、胸! 胸がない!

 ド貧乳である。

 私は巨乳派ではあるのだが、これだけ可愛いが乱立している子ならバッチグーである。

 基本的に私は見境がないのだ。


 髪の毛を整えて、軽く化粧をしようものなら化けるな、と思った。


 可愛らしい、可愛らしい。

 なんてことだ可愛らしい。

 私は彼女の腕を引っ張って部屋の中に招き入れた。片手でやや乱暴に扉を閉めて、何が何だかわからないといった様子の彼女に、何の躊躇いもなく、唇を重ねた。桃色のプックリとした唇を私の唇で押し潰す。そして、問答無用で舌をねじ込む。卑猥な水の音が静寂の場を支配した。


「んぶっ」


 数秒の沈黙、自分が何をされたのかわかっていなかった彼女が事態を把握しだして、全身を真っ赤に染めた。だが、抵抗はしなかった。身体を固まらせたまま、私の思うがままに身体を預けた。


 唇を奪って1分少々、たっぷりと味わってから口を離す、お互いの唾液が糸を引いた。


「なん、なん……なな、ななな」


「おっとゴメンゴメン。ついやってしまった。……美味しかったよ」


 故障した機械が如く震えている彼女の耳元で囁くと、桶を落として倒れてしまった。大変だ、白目を剥いている。

 そんな彼女を見下ろして、私は呟くのだった。


「まだ何度か味わえるな」


───


 顔を真っ赤にしたままの彼女を介抱して数時間、ようやく会話が可能になるまで回復してくれたのは、こちらとしてもありがたい話だった。そろそろ彼女に聞きたいことがあったし、ここがどこだかわからないのに長居するもの如何なものかという思いがあったからだ。天井を見上げれば、隙間穴からは星空が除いて見えた。

 彼女が用意してくれた蝋燭が無ければ、室内は真っ暗だっただろう。


「さっきはゴメンよ。あれは私の故郷の、なんというか、挨拶みたいなものでね」


 嘘である。挨拶でディープなキスをする人達は中々いないんじゃないかなと思うのだが、彼女はそれなりに世間知らずな様子で、私の嘘を信じてくれていた。だが突然のことだったので大変怒られてしまった、突然じゃなければいいのだろうか、あまり機嫌を損ねたくはなかったので追求はしなかった。


「それで、あの、お身体の方は平気なんですか?」


「うん、全然大丈夫。君が手当てしてくれたおかげかな。ありがとうね。えーと──」


「私の名前はキーラです」


「キーラ。いい名前だね」


 思考を働かせる。キーラというのは黒髪という意味を持つ言葉だ、彼女には似合っている名前だろう。そのボサボサの髪は、丹念に洗えば綺麗で鮮やかなものに変わるだろう。


「貴女のお名前はなんですか?」


「私? 私は……そうだね」


 名前、名前か。考える。

 まったく思い出せないのだ。キーラを介抱している間、自分の置かれた状況を考えていた際、名前を思い出せなくなっていることに気が付いたのだ。直近の記憶は微かにあるが、私に残されたのはそれだけである。確か、誰かに暴言を吐かれ、ゴミ捨て場に投棄されたのだ。そんなクソみたいな思い出しかないので非常に悲しかった、だから、気を失っていることを良いことに、キーラの唇を奪いまくったのは内緒の話である。


「実は覚えていないんだ、名前」


「記憶喪失、というものなのかしら。ごめんなさい、この村には医者がいないから適切な治療もできなくて、その」


「構わない。私にとって、記憶なんかよりも可愛らしい君のような女性に出会えた幸運こそ大事なのだからね」


「え、え、えーと。……ありがとうございます?」

 困ったように眉を下げるキーラ。

 というか、愛想笑い? まさか、そんなわけ。


 なるほど、この子褒められ慣れていないな。

 まさか私の誉め殺しが気持ち悪いからではあるまい。


 それにしても、村か。ゴミ捨て場に投棄されて、誰かに連れて来られたのか。いまのご時世、日本に村なんてものは存在しなくなっていた。最後に確認されたのは、九州にあるとある農村だ。そこも都市開発の為に居住者は強制的に立ち退きをされて、とうとう村と呼べる規模の人口密集地は消滅、既に20年近く前の話である。つまり、村がある国に拉致されたということだろうか。キーラは白人のように見えるし、欧州かそこらの後進国だろうか。

 私はあらゆる言語を理解してしまう特別な脳があるのだが、相手が何語を話しても日本語に翻訳されてしまうので、言葉からどこの国なのかを把握することは叶わなかった。


 なんて都合の悪いことか。


 しかし、目的はなんだろう。私は別に要人ではないし、誘拐するような資産的価値があるとは思えない。まあ、見た目がよくてついやってしまったという場合もあるだろうが、それならば何故私はこんなところにいる? もしかしてもう使()()()()()なのだろうか。だとしたら許すわけにはいかないな、私が抱くのは女の子のみだからだ。例え相手が女の子であろうとも抱かれるのは嫌だ、攻めと受けならば私は圧倒的に攻めタイプである。意識を失っているときに勝手に使われたことに関してはそこまでの怒りはない。


「でも、記憶が無いなんて大変でしょうから、好きなだけこの村に居てください。村長からも許可は取れていますから」


「なんと! それはありがたいね」


 それは都合が良い提案だ。身体が回復するまで是非ともお世話になってやろうと思う。村にいるお偉いさんに直接話をつけにいかなければいけないと憂鬱な気分だったのでとても嬉しい。

 どうやら私が目覚める前からそのように取り計らってくれていたようだ。親切な子で助かる。

 その村長とかいう人にも礼を言わなければならない。


「ところでひとつ聞きたいことがあるんだ」


「はい、なんでしょう。なんでも聞いてください」


 いま、なんでもって言ったよね。

 言質は取ったからね。


「ここはいったいどこ──」


 私が口を開いたそのときだった。


「きゃぁあぁあぁーッ!」


 外から甲高い悲鳴が聞こえてきたのである。

 

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