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09:問題ない。甘噛みだ

「とりあえず、子竜を籠から出してみるか?」


 場の空気を変えようとしたのか、ヴィクトールがフィオナの手から子竜の入った籠を受け取った。

 幻竜は希少価値の高い竜なので上位種に値する。同じ上位種の蒼竜が近くにいれば、子竜も落ち着いて外に出て遊ぶかもしれない。そう思ったのだが。


「痛っ!」


 籠の中に入れたヴィクトールの指は、またしても子竜に噛み付かれてしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」

「問題ない。甘噛みだ」


 そうは言うものの、子竜はヴィクトールの左手に絡みついたまま彼の太い指を噛みちぎる勢いでガジガジと齧り付いている。牙がまだ鋭くないことが幸いしたが、放っておけばそのうち血が出そうだ。


「あの……私、代わりましょうか?」

「……頼む」


 ヴィクトールに代わってフィオナが籠の中に手を入れると、子竜の声が「ギャァギャァ」から「きゅぃっ、きゅぃっ」と甘えたものに変わる。更に子竜自ら頭をすり寄せてくるので、フィオナはいとも簡単に子竜を外に出すことができたのだった。


「本当に君によく懐いているんだな」

「生まれた時、最初に見たものがたまたま私だっただけですよ。そうじゃなかったら、きっと私より団長さんに懐くと思います」

「だが私ではきっと持て余すだろう。何というか、こう……小さすぎて壊してしまわないか不安になる」


 とりあえず膝の上に乗せてみると、子竜はフィオナの服に爪を引っかけてよじ登り始めた。けれども子竜はまだ生まれて間もない。当然握力も弱く、結果すぐに力尽きてコテンと膝の上に転がり落ちてしまった。仰向けに倒れたまま体を反転できずに、小さな足だけがパタパタと動いている。


「可愛い」


 曝け出された子竜のお腹をさすると、くすぐったいのか体を丸めてフィオナの指にしがみ付いてくる。いちいち動作が可愛くて、フィオナの心はすっかり子竜に奪われてしまった。

 最初の警戒心もすっかり忘れて夢中で撫でていると、フィオナが余程楽しく見えたのか、ヴィクトールが横からそっと手を伸ばしてきた。その指を見た瞬間、それまで「きゃぅ、きゃぅ」と鳴いて甘えていた子竜が、突然小さな牙を剥き出しにして「ギャゥッ!」と威嚇したのだった。


「この違いは何なんだ……」

「さっきの団長さんの気持ちが分かりました」

「私の?」

「えぇ。私がエスターシャにそっぽ向かれた時、ちょっと笑ってたでしょう? それと同じ気持ちです」


 申し訳ないけれど、何だかおかしい。蒼竜エスターシャに認められるほどなのに、今は何の力もない生まれたての子竜に翻弄されている。あの竜騎士団の団長が……と思えば思うほど、フィオナの顔には堪えきれない笑みがこぼれた。


「こんなにもふもふなのに……ねぇ、良かったら少し団長さんに触らせてくれる?」


 フィオナが子竜をそっとヴィクトールへ近付けると、子竜の目が物凄く不機嫌そうに据わってしまった。


「これは……睨まれているな」

「……睨まれてますね」


 子竜の嫌そうな顔に、二人共が同時に声を上げて笑った。

 きらきらと木漏れ日の揺れる木の下で、同じものを見て楽しげに笑う二人の姿は、まさに恋人同士のようでもあった。柔らかい雰囲気が二人を包み、居心地のいい空間が出来上がっていく。

 空気さえほんのりと色付くような、そんな甘いひととき。まるで「恋」が生まれようとするかのように二人が見つめ合ったその瞬間――。


 ぶぉんっ、と。

 エスターシャの大きな尻尾が薙ぎ払われ、フィオナたちは頭から砂埃を被ってしまったのだった。




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