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06:女性くらい知っている

 次の日、フィオナはヴィクトールと共に王城を訪れていた。宮廷魔道士のヘイデンに、子竜について詳しい話を聞くためだ。


「昨夜はよく眠れたか?」

「はい! ベッドもふかふかで、食事もおいしくて、とっても幸せな朝でした」


 城下町でひとり暮らしをしていたフィオナにとって、ティルヴァーン家の今朝の朝食は豪華すぎて驚いたほどだ。

 焼きたてのパンにはバターとジャムと蜂蜜が贅沢に用意されており、色鮮やかなサラダには可愛らしい食用の花まで乗っていた。じっくり煮込まれたオニオンスープは体に染み渡ったし、オムレツはとろけるくらいにふわふわで、何と食後にはデザートまでついてきた。既に用意されていたカットフルーツがデザートだと思っていたフィオナは、小さなグラスに入れられたヨーグルトムースを見て思わず声を上げてしまった。


「君は本当に幸せそうに食べていたな」

「うぅ……はしたなくってすみません。あんまり豪華だったので」

「別に怒っていない。それにおいしそうに食べることが、作った者への礼にもなる。ただ今朝は少し料理長も張り切りすぎたようだな。私も驚いた」

「そうなんですか?」

「あぁ、いつもはもっと質素だよ。君が屋敷に来たから、その祝いも兼ねているんだろう。この分だと夜はもっと凄いことになりそうだ」

「だったら夜までに、たくさんお腹を空かせておきますね!」


 そう言うと、ヴィクトールが堪えきれずに吹き出してしまった。



 ヘイデンの部屋に着くと、彼は待っていましたと言わんばかりに子竜の様子を確認し始めた。子竜は昨夜から鳥籠に入ったままだが、特に騒ぎ立てることもなく大人しくしている。


「二人とも、昨夜は幻竜に触れたかの?」

「いいや。幻竜はすぐに寝てしまったしな」

「そうか。今後はできれば、たくさん触ってあげると良いじゃろう。幻竜が幸せを感じれば感じるほど、聖竜へと近付くのが早くなるぞ」

「あの……噛んだりは?」


 恐る恐る訪ねたフィオナに、ヘイデンが目を細めて優しく笑う。


「昨日の様子を見る限り、幻竜はフィオナ嬢を親と認識しておるようじゃ。それに卵が孵化した時、フィオナ嬢は怪我をしていたとか」


 頬の傷に触れると、その時のことをぼんやりと思い出した。ヴィクトールに抱き上げられ、恥ずかしさから確か腕に抱いていた卵に顔を埋めたような気がする。


「これは推測だが、幻竜はフィオナ嬢の血を飲んで、絆を結んだのではないかと思っておる」

「絆だと?」

「ヴィクトール、お前たち竜騎士が竜に認められることを想像すれば良い」

「私たちは血を与えて認めてもらっているわけではないが……」

「幻竜は生まれたてじゃからな。母乳みたいなものだと考えれば」

「ぼにゅっ!?」


 ヘイデンの言葉を遮って、ヴィクトールがおもしろいくらいに噎せた。そのあまりの声の大きさに、子竜がびくりと羽を震わせてヴィクトールを威嚇する。


「お前は本当にこういう話題にはウブじゃな。二十三にもなって女も知らんとは、お前の方がある意味、絶滅危惧種のようじゃ」

「女性くらい知っている! いや、違う! 女性の前で話すことではないっ。今は幻竜の話だ。真面目に話をしてくれ」


 昨日から皆に弄られているヴィクトールが、何だか憐れに思えてくる。でもそのぶん親しみやすさが、フィオナの中でぐんと上がった。


「それじゃあ、ちょっと大事な話をしようかの」


 茹で蛸みたいになっているヴィクトールを横目に、ヘイデンが右手の指をピシッと三本伸ばしてみせる。


「今の段階で分かっていることは三つ。幻竜がフィオナ嬢に親として懐いていること。幻竜を聖竜に成長させるために、できるだけ幸福度を上げること。幸福度を上げるために、二人には夫婦の真似事をして周囲を愛で満たすこと」

「最後の一つは何の意味がある」

「昨日、陛下も言っておったじゃろう?」

「あれは彼女を保護するための話じゃないのか? 竜を育てるために私の屋敷と知識が必要で、そのために彼女を住まわせる表向きの理由だろう? 未婚の女性を屋敷に置くとなると、周りの目もある」

「だったらお前の屋敷の人間にも内緒にする必要はなかろう」


 それもそうだと、言われて気付く。昨夜は国王ティーガスに言われるがまま、フィオナを婚約者として連れ帰ったが、どうやらヴィクトールはその意図を読み間違えていたらしい。そう考えると昨夜フィオナが言っていた「夫婦らしいことをして愛を見せつける」発言も頷ける話だ。知らなかったのは自分だけだったのかと、ここに来てヴィクトールは己の不甲斐なさに肩を落としてしまった。


「二人の関係が偽物だと周囲が知っていれば、いくら愛を囁いたところでそれは誰の心にも響かん。周りも巻き込んで、思う存分幸せオーラをダダ漏れさせるといい」


 国王同様、どこか楽しんでいるようなヘイデンの言葉を合図にして、ヴィクトールとフィオナの仮初め夫婦生活の火蓋は切って落とされたのだった。





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