08 レベルアップ
さて、この大きな孔雀をどう倒すか……。
「身体強化」をした俺は、孔雀に攻撃を仕掛けるところかその場から未だ一歩も動けずにいた。
決してビビッて動けないからではない。
サーベルタイガーとの戦いを通してか、不思議と恐怖心はなかった。
なら、どうして俺は動けずにいるのか。
答えは至って単純、孔雀を取り巻く風のせいで思うように動けないのである。
「身体強化」を施した肉体でも影響を与える孔雀の暴風があまりにも厄介だ。
どうしかしてこの暴風を抑えたいのだが、そのプランがまるで思いつかない。
孔雀からの遠距離攻撃は「破滅の呪縛」で何とか無効化できているのだが、暴風の静止に結び付ていない以上は決定打に欠ける。
かといって、このまま身動きせず立ち尽くしているわけにもいかないわけで——————
「ピェェェェェェェェェ……」
翼を扇状に大きく広げた孔雀の羽一枚一枚に闇色の光が宿り始める。
確か、孔雀のそういった動作は求婚するためのアピールと小耳に挟んだことがあるが、状況から考えてその可能性は無に等しいだろう。
とすれば、パターンは一つ以外考えられない。
「新しい遠距離攻撃か……」
もしそうだとしても、俺には「破滅の呪縛」がある。
しかし、それだけでは現状の打開に繋がらない。
遠距離攻撃を無効化しても、サーベルタイガーの時のように削り切ることができないからだ。
でも、どうして「生霊力」を削り取ることができないのだろうか。
もしかしたら、削り切る能力は対象に触れていないと発動しないのかもしれない。
「ピェェェェェェェェェ!!!」
エネルギー補填量が最高潮に達したのか、孔雀の身体が鮮やかな闇色の光に包まれる。
そして再び姿を現した時には、不穏な闇色のオーラを漂わせていた。
「ピヤァァァァァァァァァ!!!」
甲高い声を放ちながら、孔雀が俺の方に突進してくる。
だけど、わざわざ近づいてきてくれるなら好都合だ。
そう思って「破滅の呪縛」を発動させようとしたその時、俺の身体に異変が生じた。
「は、発動しない……!?」
今まで使えていた「破滅の呪縛」が、なぜか発動しない。
気が付けば「身体強化」も解除されていた。
何度も、使用するイメージを頭の中で思い浮かべる。
それでも、使える気配をまるで感じない。
これじゃあ、今の俺は無能力のただの人間だ。
「ピェェェェェェェェェ!」
「カハッ……!」
俺との距離を瞬く間に詰めてきた孔雀の突進に、俺は数メートル先まで吹っ飛ばされた。
全身に力が入らない、思うように動かせない。
視界の先が、回ったようにくらくらしている。
だけど、数メートル先で何が起こっているのかは明白に窺えた。
寝息を立てて寝ているフランに、孔雀は攻撃を仕掛けようとしているのだ。
そんなことを、させてはいけない。
フランの代わりに、俺が戦うと約束したんだ。
その使命感が、俺を再び立ち上がらせる。
目が回っているせいで、足取りがおぼつかないが戦闘姿勢を向けないだけまだマシだ。
孔雀の攻撃の矛先が俺だけに向くように、川辺に転がっている石を孔雀に向けて投げつけてみる。
すると、孔雀はあっさりとフランを見捨てて俺の方へとゆっくり向かってきた。
「でも、どうする? 「身体強化」も「破滅の呪縛」も使えないんだぞ……」
言い聞かせるようにして自分に問いかける。
その間にも、孔雀は俺との距離を徐々に詰めてきて——————ふと、違和感に気が付いた。
何だか、心が重く感じる。
この感じを何て表現すればいいのか分からないが、身体は元気なのに心だけがズドンッと重石を乗せられたような……。
それは、孔雀との距離に比例してどんどん重くなっていく。
原因は、きっとあれのせいだ。
「クソ、変なオーラが暴風に乗ってるせいか……!」
体内から漏れ出る闇色のオーラが、暴風と交ざるようにして辺り一帯へと広がっていた。
でも、原因が分かったところで「破滅の呪縛」が使えない今ではどうすることもできない……いや、一つだけ方法が残されている。
俺は、この時まですっかり忘れていた。
自分の「生霊力」は七つの効力を秘めていることを——————
「でも、発動するか分からないんだよな……」
「身体強化」と「破滅の呪縛」が使えなかったのだから、それも使えない可能性は極めて高い。
その力と言うのが——————「生霊吸収」、対象の「生霊力」を吸収できる能力だ。
この暴風に乗った不穏なオーラを吸収さえできれば、「身体強化」も「破滅の呪縛」も使えるようになる。
だからこそ、俺は賭けに出ることにした。
「「生霊吸収」!」
力は……発動しない。
やはりダメかと思った次の瞬間、渦を巻くようにして心の重石を飲み込んでいく感覚が全身に襲い掛かってきた。
次第には、辺りに充満していた闇色のオーラを跡形もなく飲み込んでしまう。
どうして、「生霊吸収」だけ使えたのか分からないが、とりあえず結果オーライだ。
「ピヤァァァァァァァァァァ!!!」
思わぬ事態に怒り狂った孔雀が、俺との僅かな距離を一瞬にして詰めてくる。
咄嗟に「身体強化」と「破滅の呪縛」を使用してみると、無事使えるようになっていた。
そうなれば、話は早い。
「破滅の呪縛」で、肉片もろ共消し去ってしまえばいいのだから——————
そして、「破滅の呪縛」を宿した手が孔雀の嘴を捉えたところで、予想外の出来事が起こった。
目の前にいたはずの孔雀は、まるでアクリルフィギュアのように形を残したままクリスタルの中に閉じ込められているのである。
ひんやりとした冷気が、全身を掠めていく。
誰がやったかなんて、確認するまでもない。
「フラン、お前寝てたんじゃないのか?」
クリスタル化した孔雀の向こうにいるであろうフランに問いかけてみる。
「こんな状況で、寝られるわけないわ」
「だったら、気を遣って逃げるなりしてくれませんかね!? それより、どうして手を出したんだ? 戦いは俺の担当だよね」
「戦いはバランに任せるわ」
「いや、状況からして意味わかんないんだけど……」
このままクリスタル越しで話していても、声を無駄に張らなきゃいけないだけだ。
そう思ってフランの方へ移動を開始したところで、彼女の方からこちらサイドへやってきた。
「ボロボロね。怪我も痛そう」
俺の姿を見るなり、全く感情の籠っていない言葉を投げかけてくる。
もう少し心配してくれてもいいんじゃないだろうか?
いや、戦いを選んだのは俺なんだし、心配されるのを期待するだけ損か……。
そんなことよりも、確かめなければならないことがあった。
「戦いは俺に任せるって分かっておきながら、一体どうして手を出したんだ?」
「手を出す必要があったからよ、それより傷口の手当をしなきゃ」
「あ、ちょっと!?」
困惑する俺の手を引きながら、フランは俺を川の中へと引っ張り込む。
今の時期は分からないけど、運動した後の体温からすればちょうどいいぐらいの水温だった。
すると、フランは次なる指示を俺に出してくる。
「バラン、服を全部脱いで」
「……へ?」
フランの唐突な発言に、俺の口から間抜けた声が漏れる。
だけど、不満そうな表情を浮かべたフランからの追撃は止まない。
「むぅ、服を全部脱いでって言ったのよ。何度も言わせないで」
「いやいやいや! ここで脱げと!?」
「そうよ、夜なら暗いし誰にも見られないから」
「いや、異性の前で全裸になることに抵抗があるんですけど!?」
「私はバランの前で全裸になったわ」
「それは、フランが勝手になってたんだろ!?」
フランの手を払って逃げようとするも、彼女の力はなかなかのものだ。
逃がさないようにしているせいか、かなりの力で握りしめている。
「ダメよ、傷口は綺麗にしないと」
「分かったから! ちゃんと洗うからフランは向こうで待っててくれ!」
「ちゃんと洗うのよ? そのままにしておくと汗と混ざって臭うから」
「分かったってば!」
言うことだけ言って、フランは来た道をゆっくり戻っていく。
その背中を見届けてから、俺は人一人分が隠れられるぐらいの巨岩まで移動し、服を脱いで傷口と体を綺麗に洗い流す。
さっきまで心地いいと感じていた水温も、今は少し冷たいぐらいだ。
「にしても、痛ってぇな~」
暗くて傷口が良く見えないが、痺れるぐらいの痛さが部分的に襲い掛かってくる。
きっと、かなりの大怪我をしているのだろう。
だけど、手持ちに包帯はないし、絆創膏もない。
自然に回復することを祈るしか、今の俺にはできなかった。
そして、ある程度の洗浄が完了したところで、服を着てフランの元へと戻っていく。
「……お前、何してんだ?」
「あ、バラン。お帰り」
後ろから声を掛けると、フランは背中を向けたまま黙々と作業をしている。
何やら、そこらへんに合った石ころで孔雀を閉じ込めたクリスタルを削っているようだ。
中に閉じ込められている孔雀はすでに死んでいるようだが、氷漬けしたのにわざわざ削る理由が全く分からなかった。
「なぁ、どうしてクリスタルを削ってるんだ?」
素朴な質問をフランにぶつける。
だけど、フランは一心不乱に黙々と氷を削っている。
一体何がしたいのか分からないまま、数分が過ぎた頃だった。
「……これ」
突然振り向いたフランが、何かを手に持っている。
ぼんやりと闇色を残した孔雀の羽根だ。
「それが、どうしたんだ?」
「せっかくだから、バランの装備素材に使うわ。それに、これは貴重なの」
「貴重っていうと?」
「「生霊力」を宿したままの素材は、一億体いる内の一体程度しか取れないわ」
「貴重ってレベルの話じゃねぇ!」
よく見るガチャ確率〇.二%なんて比じゃない。
生きている内に出会えないかもしれない比率の方が高い。
そんな代物と巡り会えるとは……きっと、物欲センサーが発動していなかったおかげだろう。
突然フランが手を出してきたのも納得できた。
「そんな貴重なもの、俺の装備素材に使っていいのかよ……」
「バランは私の代わりに戦ってくれるんでしょ? なら使うしかなくない?」
「まあ、そうなんだけど……。本当に俺の装備素材として使っていいんだな?」
「いいわ、いつまでもボロボロの服だとかわいそうだから」
「フラン……」
フランの優しさに、心が温かくなる。
女の子と接点がなかったせいか、今までに感じたことのない不思議な感覚だった。
「でも、まずは装備を作るだけのお金を貯めないとね」
「……」
温かかった心の熱がスッと引いていく。
「聞いてる?」
「……いきなり、現実を突きつけないでもらえます?」
「事実を言っちゃ悪いの?」
「いや、そういうわけじゃないけど、個人的には現実味のある話はもう少し後でして欲しかった」
「なんで?」
「……いや、もういいです」
不思議そうに首を傾げるフランを見て、これ以上は何を言っても無駄だと思った。
とりあえずは、金銭面などは気にせずに素材回収に協力するとしよう。
こうして、二人の長い素材回収の時間は始まったのだった。